妖精巫女と海の国

もも野はち助

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38.もう一人の幼馴染

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 リックスと馬に相乗りをする形でノリスの屋敷に向ったアズリエールは到着後、すんなりと屋敷の執事によって客間に通された。
 その対応から今は本当にノリスが、アズリエールに対して怒りを抱いていないという事を実感する。

「な? 平気だっただろう?」
「うん……」

 それでも7年前にノリスから放たれた言葉を思い出してしまうと、今から面会する事に不安を抱いてしまう。
 そんな過去のトラウマから、出されたカップの中に映った自分の顔をジッと見つめるように俯いてしまった。
 すると、客間の扉が丁寧にノックされる。
 その音でアズリエールは、勢いよく顔を上げた。

「二人共、待たせてごめん……。あとアズ、久しぶりだね……」

 そう声を掛けてきたノリスだが……その声は不安からなのか、とてもか細い。
 そして気まずそうにアズリエールから、やや目を逸らしている。
 幼馴染仲間の中では一番頭の回転が速く、幼少期の頃から理論的な話し方をしていたノリスだが、その分熱弁を振るう事が多く、ユリアエールの事でアズリエールを責めていた時もかなり感情的になっていた。
 その為、7年前はアズリエールの所為でユリアエールが男性不審になってしまった事をかなり責め立てられたのだ……。

 だが当時のアズリエールは、自分の不注意で姉がトラウマを抱えてしまった為、その事で責められるのは自業自得だと感じ、ノリスの言葉を受け止める姿勢でいた。ノリスの言葉に傷つかなかった訳ではないが、それでも自分はその責めを受け止めるべきだと思っていたからだ。
 しかし、今のノリスはその時の自身の振る舞いを非常に恥じている様子だ。
 目を逸らしたまま、悔しそうに唇を噛みしめている……。

 しかし急に何かを決意したようにスッと顔を上げた。
 そして席に着かずに真っ直ぐとアズリエールの前まで歩み寄る。

「ノリ……ス?」

 アズリエールが見上げながら、そっと呼びかけると同時にノリスが勢いよくキレイな姿勢で腰を折り、頭を下げてきた。

「アズ!! 今まで本当にごめん!! 僕は7年前、ろくに詳細も確認しないで一方的に君を責め立ててしまって……」

 よく見ると小刻みに震えているノリスから、心から謝罪してくれている様子が窺える。
 そんなノリスの様子にアズリエールが慌てだした。

「そ、そんな! 気にしないで! そもそも実際に私の所為で、ユリーが心に傷を抱えてしまったのは事実だし!」
「だけどそれはアズも一緒だろ? それなのに僕は被害者はユリーだけだと決めつけて……。アズだって同じように怖い思いをしたというのに……」

 悔しそうに歯を食いしばるノリスの様子にアズリエールの中で同情心が芽生える。
 7年間、アズリエールに対してしてしまった事をノリスは、ずっと気に病んでくれていたのだ。
 そのまま有耶無耶にして交流を避ける選択肢もあったはずなのだが、それでもこうして謝罪の場を求めて来てくれただけで、アズリエールにとっては十分な誠意を感じられた。

「ノリス……もういいよ。私、本当に気にしてないから……」
「だけど……」
「とりあえず座ろう? あと婚約が決まったんだよね? 私、その話の方が聞きたいな!」
「アズ……」

 敢えてアズリエールが明るい話題に変えようとする。
 しかし、それも阻むようにリックスが話を元に戻す。

「それよりもアズは、ユリーの事で聞きたい事があるんだろ?」
「リック!」
「ユリーの事? もしかして……まだ君の婚約を妨害しているのか!? でも君は今、マリンパールの王族と婚約しているはずじゃ――」
「その王族との婚約すら、ユリーは壊そうとしているんだ」
「嘘……だろ……? 下手をしたら不敬罪になるじゃないか!」
「ああ。だからお前が知っていたら聞きたい。何故ユリーは、そこまでしてアズの婚約や縁談を妨害するのかを」

 アズリエールがなかなか切り出さなかったからなのか、リックスが核心を探り始める。
 その問いに何故かノリスは、押し黙ってしまった。

「お前も知らないのか? それとも言いづらい理由なのか?」
「両方だ」
「「両方?」」

 矛盾した内容で返答するノリスに対して、アズリエール達がで怪訝そうな表情を浮かべながら、互いに顔を見合わせる。

「僕はなかなか婚約を承諾してくれず、尚且つアズの縁談相手ばかりと親しくなろうとしているユリーに不信感を募らせて、その事で抗議した。そしてその時、確かに話の流れで何故必要以上にアズの縁談を壊す行動ばかりをするかも咎めた……。でも返って来た返答が、ユリーの本心かどうかは判断が付かないんだ……」
「それでもその理由をユリーは、お前に話したんだろ?」
「ああ……」
「ユ、ユリーは何て言っていたの!?」

 思わず食いつくように聞いてきたアズリエールに対し、何故かノリスが視線を逸らす。

「自分はあの出来事で男性が苦手になったのにアズだけ幸せな結婚をするなんて許さないって……」

 そのノリスの言葉を聞いたアズリエールは顔を真っ青にし、瞳にジワリと涙が溜め出す。
 やはり姉は、ずっとアズリエールの事を恨んでいたのだと……。
 しかし隣に座っているリックスは、怒りを含んだ低い声で呟く。

「何だよ、それ……」
「リック……」
「そんなのおかしいだろ!? 何でユリーだけ被害者ぶってんだよ!! あの時アズだって怖い思いをしたのをユリーだって知ってるはずだ! その恐怖を自分だけ克服出来なかったからって……。これじゃ、まるでアズに八つ当たりしているだけじゃないかっ!!」

 感情的になったリックスの声が響き渡った後、客間に重い沈黙が圧し掛かる。
 しかし、その沈黙をノリスが破った。

「だから『両方』と言ったんだ……。僕も初めはユリーのその返答を鵜呑みにして、かなり彼女を責めたてた。でもよくよく考えると、そのユリーの返答は矛盾している。アズが幸せな結婚をする事が許せないと言いつつも何故ユリーは、その憎んでいるアズに未だにベッタリくっ付いているんだ? そもそも今回は、隣国の王族の婚約者になっているのだから、このままアズがマリンパールに嫁げば、もうユリーはアズとあまり顔を会わせなくて済むようになるはずだ。だから婚約を邪魔するメリットはないはずだろ?」
「だがそれがユリーにとって、アズが幸せな結婚をするという未来になるんだろう? だから今回も邪魔をしているんじゃないのか?」
「幸せな結婚? 巫女力目当ての政略的婚約なのに?」

 ノリスの言葉にリックスだけでなく、アズリエールも驚きから目を見開いた。

「ノリス……どうして、その事を知っているの……?」
「僕の婚約者は、サンライズの外交関係を担っている家系なんだ。特にマリンパールとの交流をメインでね。だからどうしてもアズの事は、僕の耳に入って来てしまう」
「そ、それより、政略的な婚約って……。アズ! どういう事なんだよ!?」

 両肩と掴んでガクガクさせてきたリックスの手をアズリエールが、やんわりと離すように促す。

「オルク――オルクティス殿下との婚約は、マリンパールに入港してくる船の円滑な誘導の為、私の巫女力が必要で。婚約する事で私の巫女派遣費用を抑える為の政略的なものなんだ。だからお互いのメリットとして『巫女力を失わせない』という条件のもとで交わした婚約なんだよ……」
「そ、それって! お前は一生家族を増やせないって事じゃないか!!」
「うん。でもそれは私自身も望んだ事だから。だって貴族では当たり前の女性は子供を産むという役割を担わなければならない婚約だと、私はこの便利な空飛ぶ能力を失う事になるし。それにね、お飾り妻なのに友人として対等に扱ってくれるっていう好条件の婚約だったから」
「だからって……お前、それでいいのかよ!?」
「その時はそれが自分にとって、理想的な婚約条件だって思ったの」
「でも今は……違うんじゃないのか?」
「どうだろう……。正直なところ、今はよく分からないかも……」

 俯きながら思わずそう呟くと、そのやり取りを見守ってくれていたノリスが口を開く。

「アズは、リックの時みたいにまたユリーにオルクティス殿下を譲って欲しいような事を言われてしまったら、どうするつもりなんだ?」

 ノリスのその質問にアズリエールが、ビクリと肩を震わせる。

「またユリーに婚約者を譲ってしまうの? 言っておくけれど、それは罪を償う行為なんかじゃない」

 真っ直ぐ射貫く様な目を向けらて、そう告げてきたノリスにアズリエールが狼狽えだす。

「君がその選択をした分だけ、ユリーの印象は、悪女的なものになっていく一方なのだから。そもそも7年前の事件に対して、君が無駄に責任を感じているという状態が間違っている。この件に関してはアズは一切、悪くないんだ」

 今までずっと周りから同じような慰めの言葉を言われてきたが、どうしてもその言葉を素直に受け入れる事が出来なかったアズリエール。
 しかし過去にその事で自分を責め立てた事のあるノリスが、今はその考えを改めてくれてくれたこの状況にアズリエールの心の中にもその言葉が、ジワジワと浸透し出す。

 やっとその言葉を受け入れられそうになったアズリエールは、思わず零れ出しそうになった涙をグッと堪えた。すると隣のリックスが、アズリエールの頭をポンポンと優しく叩く。

「アズは、昔から人の為に全力で頑張り過ぎなんだよ……」
「あと我慢もし過ぎ。僕達の前では空元気なふりをしても通用しないよ?」

 一年ぶりに再会したリックスはともかく、7年も会っていなかったノリスまでもが自分の性格を理解してくれていた事にアズリエールの凝り固まっていた心が少しづつほぐれて行く。
 その安堵感からか、堪えていた涙がアズリエールの瞳からボロボロと溢れ出した。

「「本当に我慢し過ぎだ」」

 そんなアズリエールの頭をリックスは撫でながら、ノリスと声を揃えて呆れたように呟いた。
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