妖精巫女と海の国

もも野はち助

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37.元婚約者

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「リッ……ク?」
「やっぱり、アズだよ……な?」

 驚きながら、そう呟く元婚約者にアズリエールも茫然とした表情で見つめ返す。

「一瞬、ユリーかと思った……。だってお前、確か今は一年前に婚約したマリンパールの第二王子殿下と一緒にそっちの国に行っているはずだろ?」
「あっと。うん、確かにそうなんだけれど……」
「そうなんだけれどって……。まさか……黙って勝手にサンライズに戻って来たとかじゃないよなっ!?」
「ええっと……」

 目を泳がせるアズリエールの反応にリックスが、片手で両目を覆いながら天を仰ぐ。

「アズ……それ、相当マズいんじゃないのか? 今頃マリンパールじゃ、お前がいないって大騒ぎしてるぞ!?」
「そ、それは大丈夫だよ! 確かに黙ってこっちに来ちゃったけれど……。でもね? 一応今日丸一日、一人で自由に過ごしてもいいって了承を得てるから。だからこの後、こっそり戻れば今日勝手にサンライズに戻って来た事は、知られないと思う!」

 それを聞いたリックスは、呆れながら盛大にため息をついた。
 物心が付いた頃からの付き合いであるリックスとは、お互い言いたい事をズケズケと言える関係だった為、昔からこんな感じだ。

 しかし一年前、姉がリックスの婚約を受け入れない理由をアズリエールだと言い出してからは、お互いに距離を置くようになり、それから一年程は一切顔を会わせていなかった。
 その為、再び以前のようなやり取りが出来ている事にアズリエールの方が驚いている。だがリックスの方は、左程その事を気にしていない様子だ。
 その証拠に呆れ顔のまま、以前の遠慮のない態度でアズリエールに説教を始めてきた。

「お前なぁ……。いくら空を飛べるからって普通、伯爵令嬢が国境越えを一人でやるかぁ?」
「だって! 馬車だと三日掛かるけれど、巫女力を使えば一時間半くらいで戻れるんだよ!?」
「そういう問題じゃない!! 仮にも伯爵令嬢だろ!? 護衛も無しで、しかも空飛んで帰ってくるなんて……。もし何かあったら、どうするんだよっ!!」
「平気だよ!! だって私、巫女力である程度の自衛は出来るもん!!」
「『私』? そういえばお前、一人称が元に戻って……」
「あ、当たり前でしょ!? 流石に第二王子の婚約者の一人称が『僕』だったら大問題だよ!!」
「確かに……」

 もはや年の近い兄妹喧嘩のようになってしまっている二人だが、気まずい関係になる前は、ほぼこんな感じだったのだ。
 赤みがかったオレンジに近いフワフワの髪質に明るめな茶色の瞳をしたリックスは、色味的にも中身の性格面でもオルクティスとは真逆なタイプの人間だ。
 どちらかと言うと直情的な性格のリックスは、言いたい事をはっきり言う上にオルクティスのような紳士的な面もそこまで持ち合わせていない。
 その為、アズリエールと会話をすると年の近い兄妹が、じゃれ合っているような雰囲気になってしまう。

 そういう意味ではリックスという存在はアズリエールにとって、オルクティスとはまた違った意味で、ありのままの自分でいられる相手ではある。
 だが、あまりにも近すぎる関係が長かったので、アズリエールの中ではリックスが異性として認識される事は、ほぼないと言ってもいい。
 だからこそ、姉からリックスに好意を抱いている素振りをされた際、すんなりと打診された婚約解消を受け入れられたのだが……。

「アズ、大体お前、サンライズに何しに戻って来たんだよ?」
「何って……」
「ここに来たって事は、今悩んでいたり、落ち込んだりしてるって事だろ?」

 リックスのその言葉に再びアズリエールが、大きく目を見開く。
 不安になるとこの場所に来てしまう事は、アズリエールの子供の頃からの癖ではあるが、まさか未だにリックスが覚えていてくれたとは思ってもみなかったのだ。
 それをアズリエールの反応から読み取ったリックスが、バツの悪そうな表情を浮かべる。

「子供の頃からの付き合いなんだから、それぐらい分かる……。そもそもお前、マリンパールに行く直前にも、ここに来てただろ? うちの使用人達が空飛ぶお前を毎回目撃してるから、我が家では筒抜けだぞ?」
「そ、そうなのっ!?」
「あれだけ目立つ登場の仕方してんだから、当たり前だろ?」
「ううっ……知らなかった……。なんか恥ずかしい……」
「それよりも。向こうで何か困った状況にでもなってんのか? わざわざサンライズにまで戻ってくるなんて、よっぽど――」

 そう言いかけたリックスだが、何かに気が付いたように動きを止める。

「まさか……そっちに今、ユリーが行ってんのかっ!?」

 そう言われたアズリエールは、思わず体をビクリと強張らせてしまった。
 その反応を見たリックスが、何故か忌まわし気に唇を噛む。

「ユリーの奴……普通、そこまでやるか!? アズ、もしかして今ユリーは、第二王子殿下と親しくなろうとしているんじゃないか?」

 リックスのその問いにアズリエールが、驚くように目を見開く。

「ど、どうして、それをっ!?」
「やっぱり……。ユリーの奴、どこまでアズの婚約を壊せば気が済むんだよ……」

 ボソリと呟かれたその言葉にアズリエールが、ビクリとしながら固まる。

「壊すって……。ユリーはそんなつもりじゃ……っ!!」
「そんなつもりも何もあれは故意での振る舞いだ! アズだって、とっくに気が付いているはずだろ!? サンライズにいる間に何回縁談を壊されたんだよ!! 俺との婚約だって――っ!!」

 苛立ちながら最後は何かを言いかけたリックスだが、何故か急にキッと唇を噛む様に口を噤んでしまった。その様子にアズリエールが怪訝そうな表情を浮かべる。

「リック?」
「アズ。この後、まだサンライズで過ごせる時間はあるか?」
「う、うん。一応こっちを14時くらいに発てば、問題なくマリンパールに戻れると思うから、あと二時間くらいなら……」
「なら、少し俺に付き合え」

 そう言って、グイっとアズリエールの腕を掴んだリックスが、少し離れたところに繋いでいる自分の馬の方へと向かおうとする。

「ま、待って! どこに行くの!?」
「…………ノリスのところだ」

 その事を聞いた瞬間、アズリエールがグッと踏ん張るように立ち止まり、逃れるようにリックスの腕を振り払おうとした。しかし、リックスはガッシリとアズリエールの腕を掴んで離してくれない。
 会わなかったこの1年間で、二つ年上のリックスはオルクティス程ではないが、かなり身長が伸びて男性的な体格になっており、小柄のアズリエールでは巫女力でも使わない限り、振り切れそうにもない。

「離して!! ノリスの所に行っても私と一緒だったら追い返されちゃうよ!!」
「そんな訳ないだろう!? いいから、少し付き合え!!」
「嫌っ!! 私、もう大切な幼馴染達から嫌われているような反応をされたくないの!」
「お前は嫌われてなんかいない!! むしろ……ノリスの方がお前に対して酷い態度をした事を後悔してて、ずっと気に病んでるんだよっ!!」

 そのリックスの言葉にアズリエールが目を見開きながら、抵抗する事をやめる。

「それ……どういう事?」
「ノリスは……二年前からユリーとは一切交流していない。あいつは、俺よりも先にお前から俺達を遠ざけようとしていたユリーの行動に気付いたんだよ……。それまでは俺とユリーの取り合いをしてて、その間は俺達も一切会話すらしない状態だったんだ。だけど、お前の婚約が決まった辺りからノリスから手紙がきて、ユリーがお前の婚約者候補から俺達を除外させる為だけにワザと俺達の気を引いていたって書かれていて……」
「ま、待って! 結果的にそうなったとしてもユリーは、そんなつもりは――」
「なら、何で俺どころか更に熱心に婚約の申し入れをしていたノリスへの返事をずっとはぐらかしていたんだ!?」
「で、でも! 一年前まではリックもうちに何度も遊びにきたりして、ユリーと親しくしてたでしょ!? 何でユリーの事をそんな酷い言い方するの!?」
「酷いのはどっちだよ……」

 急に声を低めたリックスから怒りの感情を感じ取ったアズリエールが、思わず体を強張らせる。
 その様子に気付いたリックスが我に返って、情けなさそうな表情を浮かべた。

「悪い……。アズに当たっても仕方ないよな。でもな、俺が言う事は事実だ」
「な、何か証拠でもあるの?」
「ある。ユリーは、お前がマリンパールの王子殿下との婚約が決まってから、手のひらを返したように俺と一切会わなくなったんだよ!」

 吐き捨てるようにそう告げたリックスの言葉にアズリエールが固まる。

「面会どころか、ユリーは俺からの手紙すら一切受け取らなくなった。初めはお前への罪悪感に耐えられなくなって、俺との婚約を断ろうと決心したのかと思った。でも違ったんだ……。あいつは俺とアズが婚約解消した後、毎回アズの新しい縁談相手の事をしきりに調べていた。そしていつの間にかお前よりも親しくなる。俺とノリスが婚約の申し入れをしている最中も、ずっとそんな事を繰り返していたんだ! だから俺よりも熱心にユリーの事を想っていたノリスが、先にその事に気付いた。そして一年前に俺にも目を覚ますようにその事を教えてくれたんだ……」
「そ、そんな……」
「お前だって、もうとっくにユリーが故意でそういう行動をしていた事に気付いているはずだろ?」
「それは……」
「それとも本当にお前の事を心配して、婚約者候補を吟味する為に縁談に一緒に参加していたと思っているのか?」
「…………」

 思わず黙り込んでしまったアズリエールの様子にリックスが、今日二度目のため息をつく。

「俺は婚約解消後は、お前が普通に接してくれたから一年前までは辛うじて幼馴染の関係を続けられていたけれど……。ノリスの場合、この7年間ずっとお前に対して酷い暴言を吐いてしまった事を引きずっているんだ。ずっと謝罪したくてもその機会すら得られずに……」
「『機会すら得られず』って……。私、ノリスからそういう申し入れをされた事なんてないのだけれど……」
「ああ。だって、ずっとユリーがお前宛のノリスの手紙を隠していたみたいだからな」
「ユ、ユリーが!? どうしてそんな事を!!」
「お前とノリスが和解してしまったら、また婚約話が持ち上がるかもしれないって警戒したんだろう?」

 苛立った声でそう答えるリックスの考えにアズリエールの視界が歪み出す。

「ユリーは……どうしてそこまでして私の婚約を邪魔するの……?」
「俺にも分からない……。だが、その辺の事もノリスに聞けばいい。あいつは、二年前にユリーと交流を断つ前にかなりその事で食ってかかったみたいだから……。もしかしたら、何かユリーから聞き出せているのかもしれない」

 そう言われたアズリエールは、溜まりかけた涙を必死で引っ込めようとする。
 そんなアズリエールの頭をポンとリックスが慰めるように手を置いた。

「ごめんな、アズ……。俺達、いくらユリーに夢中になって周りが見えなくなっていたとは言え、お前に酷い事ばかり言って……。ノリスだけじゃなくて、本当は俺もお前とこうやって会話して貰える資格なんて無いのに……」
「そんな事無いよ……。だってリックはただユリーの事を好きになってしまっただけでしょ? 人を好きになる事は悪い事じゃないもの。それにリックは、ユリーが婚約を承諾してくれない理由を私の所為にした時、ちゃんと私自身の言い分も確認して納得してくれたでしょ?」
「だけど……」
「それにほら! 私の方もリックに恋愛感情を抱いていた訳じゃないから。だから私は、リックには傷付けられていないよ?」
「恋愛感情はない……か」
「リック?」
「何でもない。それよりも……今からノリスに会ってやってくれないか? あいつ、去年やっと別の令嬢と婚約が決まったんだが、自分だけ平穏に婚約者を得る事に引け目を感じているらしくて……。お前への罪悪感からか、あいつも前に進めなくなっているんだ……」

 困った笑みを浮かべながら、申し訳なさそうに頼んできたリックスの様子から、昔と変わらない面倒見の良さを感じたアズリエールは、懐かしさから何故か優しい気持ちになる。

「こんな虫のいい話で悪いんだが……。ノリスに……会ってくれるか?」
「もちろん!」
「アズ、ありがとう……」

 こうしてアズリエールは、リックスの馬に乗せられながら、もう一人の幼馴染のノリスの屋敷へと向った。
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