妖精巫女と海の国

もも野はち助

文字の大きさ
45 / 50

45.譲れないもの

しおりを挟む
「何、で……? どうして、急にそんな事言うの……?」

 ポロポロと無意識にアズリエールが涙を零しながら、自嘲気味な表情で問うとユリアエールの方も苦し気な表情を返してくる。

「急ではないの……。ここ二週間、オルクティス殿下と接する機会が多い中で少しずつ――」
「でも!! 初めてオルクに紹介した時、ユリーはそんな素振り一切なかったのに!!」

 責め立てるようにアズリエールが訴えると、ユリアエールの瞳にも涙が溜まり出す。
 それが罪悪感からなのか、アズリエールには分からない。
 だが、ユリアエールは涙が零れぬようにグッと堪え、アズリエールを真っ直ぐに見つめ返してきた。
 そして大きく息を吸う。

「それでも今は、好きになってしまったの!!」

 そう言い切った姉の言葉にアズリエールの心が揺さぶられる。
 自分には、ここまで強く言い切れる程の思いをオルクティスに抱いていただろうか……。
 アズリエールがオルクティスの隣にいたい理由は、穏やかな平穏を与えてくれる存在だからだ。
 一緒にいるだけで落ち着ける存在。
 それはアズリエールにとっては数少ない貴重な存在となるが、人によっては家族でも友人でも代用が利く存在でもある。
 だがそれは姉のように誰かを押しのけてまで手に入れたいと思える程、情熱的な感情ではない。
 思いの熱量が違い過ぎる……。
 それでも……アズリエールは、手放す事という選択肢はしたくなかった。

「嫌……」
「アズ……?」
「絶対に嫌っ!! 今回だけは、絶対にユリーには譲らない!!」

 感情的にそう言い切った妹にユリアエールが、大きく瞳を見開く。
 だがその表情は、すぐに悲しみでクシャリと歪み始めた。

「どう、して……? だって、アズは私が男性恐怖症になってしまって苦しんでいる事をずっと心配してくれていたじゃない!! ずっと……ずっと傍でその苦しんでいる様子を見ていたでしょ!? 私が……私が心から信用できる男性と出会える事が、どれだけ奇跡的な事か知っているはずなのに……」
「じゃあ、どうして私と縁談が持ち上がった相手ばかり、交流しようとしたの!? 苦しんでいたのなら、簡単に男性に話しかけたり出来ないはずでしょ!? なのに……ユリーは毎回私が縁談している時に一緒に面会して、私以上に相手の人と盛り上がっていたよね!? ユリーのそれは本当に男性恐怖症なの!?」

 すると、ユリアエールの瞳からもボロボロと涙がこぼれ始める。

「酷い……。なんでそんな酷い事言うの!? 私、本当に男性に触れられる事が怖いのに!! アズだって7年前に私がどんな怖い思いをしたか目の前で見ていたじゃない!! あんな事がなければ私だって、素敵な男性と素敵な恋がたくさん出来たかもしれないのに……。なのに……なのに何でその原因を作ったアズが、そんな酷い事言うの!?」

 姉が放った言葉が、アズリエールにグサリと突き刺さる。
 姉の方も思わず感情的になった所為で、自分が口にしてしまった事が失言であったと感じたのだろう。
 慌てて口元を両手で押さえていた。

「やっぱりユリーは……7年前の事件は、私の所為だって思っているんだよね?」

 震えながらアズリエールが問うと、涙を流しながら姉がフッと顔を逸らせた。
 その反応が、すでに答えになっている事に気付かずに……。

「もしかして……ずっと私の縁談をワザと邪魔していたの?」
「…………」
「リックとの婚約解消も……ノリスが私との婚約話を拒絶するように仕向けたのも……全部、ワザと?」

 感情をこそげ落としたような声で茫然としながらアズリエールが問い掛けると、ユリアエールは軽く唇と噛みながら更に俯いてしまう。その姉の反応にアズリエールの唇が小さく震えた。

「今言ったオルクの婚約者になりたいっていうのも……婚約を解消させたいから……?」

 真っ青な顔色で恐る恐る姉に確認するアズリエールをユリアエールが鋭く睨みつける。

「そうよ! 全部……全部ワザと邪魔したの!!」

 姉のその言い分にアズリエールの瞳から、再びボロボロと涙が零れる。

「何……で……?」
「何で!? そんなのアズが一番分かっているはずよ!? 私はあの事件の所為で、男の人から視線を向けられるだけで恐怖を感じてしまって、しばらく外に出られなくなったわ……。リック達と外で遊べるくらいまで回復しても、大勢の人が集まるお茶会に参加出来なくなった……。風巫女の家系の長女として早々に婚約し子を成さねばならない役割も7年前のトラウマの所為で、婚約どころかその相手を探すお茶会にすら恐怖心の所為で参加出来なかった……。それなのに――」

 一度そこで話を切ったユリアエールは、射貫くようにアズリエールの瞳を真っ直ぐ見据えた。

「アズだけ何の問題もなく縁談や婚約出来て……。一人だけ幸せになろうとするなんて……許せる訳ないじゃない!!」

 普段は控えめで大人しいユリアエールの声が、薔薇園に響き渡る。
 鋭い視線で妹を睨みつける姉と、その姉の視線に射殺されたように動けない妹。
 一瞬だけ、耳が痛くなる程の静寂が二人に伸し掛かる。
 先にその静寂を打ち破ったのは、姉のユリアエールだ。

「どうして一緒に恐ろしい思いをしたのにアズだけは平気なの……? どうして私だけ、あんな恐ろしい思いをしなければならなかったの? どうしてアズは……私が必死に止めたのに、あの若い貴族の誘いに乗ってしまったの!?」

 責める様な姉の言葉にアズリエールが涙を零したまま震えだす。

「あの時、アズがあの貴族の誘いに乗らなければあんな目には遭わなかった!! なのに何でその原因であるアズは、普通に男性と話せて、公の場にも出てれて、婚約までしているの!?」

 姉の悲痛な抗議をアズリエールは青い顔をしたまま、ただただ聞く事しか出来なかった。

「私は婚約どころか、しばらくの間、男性と一対一で会話する事すら出来ない状態だった……。なのにアズはすぐに立ち直って、挙句に隣国の第二王子の婚約者にまで選ばれて、しかもこのマリンパールで大勢の人に囲まれて楽しそうに過ごしているなんて……。こんな不公平な事ってないじゃない!!」

 覚悟はしていたつもりだったが……。
 実際に姉の口から放たれたその言葉はアズリエールの心に深く、鋭く突き刺さる。
 それでもアズリエールは、その言葉を受け止めなければならない……。
 7年間、姉がずっと抱え込んでいた闇をアズリエールは知らなければならない。
 ずっと逃げ回って耳を塞いでいた自分を戒める為に。

 その事に姉も気づいているのか……。
 今まで訴える事が出来なかった不満や思いを全力でぶつけてくる。

「どうして私に男性不審になる原因を作ったアズだけが、幸せになれそうな結婚をしようとしているの? 私はまだ前に進めないままなのに……。どうしてアズだけ、全力で守ってくれる男性ばかりに出会えるの? 私はその出会いの場にすら参加する事が出来なかったのに!!」

 この7年間、縛られていたのは自分だけではない。
 それは姉のユリアエールも同じだったのだ……。
 だが、姉があまりにも自分にベッタリだった為、アズリエールはその可能性をすっかり忘れてしまっていた。
 姉が自分を恨んでいるかもしれない可能性を……。
 その事を責め立てるように更にユリアエールは、ずっと燻っていた怒りをぶつけてくる。

「アズだけ幸せな結婚をするだなんて、絶対に許さない……」
「ユリー……私……」
「アズが、あの7年前の事件に物凄く責任を感じてくれている事は知っているわ……。その事で必死で私に気を使ってくれている事も。リックとの婚約解消だって、私の事を一番に考えてくれた決断だって。あの事件はアズの所為じゃないって、頭の中ではちゃんと分かっているの!! でも……それならばこの怒りは、誰にぶつければいいの? すでに罰せられたコーリングスターの貴族の人達? それともいつまで経ってもトラウマを克服できない自分自身? 誰かを恨まないと心が保てない程、私はあの7年前の事件に囚われたまま辛くてたまらないの!!」 

 ずっと抱えていた怒りを全て吐き出すような姉の悲痛な声にアズリエールは、自分とは比べ物にならない闇を姉が抱えていた事にやっと気付く。

「だからアズを大切にしてくれそうな雰囲気をまとっていたリックや、縁談相手の男性に割り込むように交流を図ったの……。そういう男性なら、双子の私の事もきっと大事にしてくれると思ったから……。その中でもオルクティス殿下は、特別だった……」

 姉が下したオルクティスの評価にアズリエールが、大きく瞳を見開いた。
 するとすっかり渇いてしまった涙の所為か、アズリエールの頬が少しだけ突っ張る。

「だからね? アズからオルクティス殿下の婚約者という立場を譲って貰いたかったの。だってアズもオルクティス殿下となら、幸せになれそうだと感じていたでしょ? アズがそう思える男性なら、きっと私の事も幸せにしてくるはずだもの……」

 そう言って幸福そうな笑みを浮かべた姉は、どこか歪んだ人間に見えてしまう。
 だが、それは姉本人が一番感じているはずだ……。
 そういう歪みを抱えなければ、姉は抱えてしまった怒りと向き合えなかったのだろう……。
 だからなのか……今、目の前で微笑んでいる姉は恐ろしい程、美しく満たされた表情を浮かべている。

「だからお願い。私にアズのお気に入りのオルクティス殿下を譲って? もしそうしてくれたら、私はきっと7年前の事件を許せるし、私自身も前にも進めると思うの」

 その姉の願いを拒絶するようにアズリエールは、茫然としたまま再び首を静かに振り続ける。

「お願いだから……。私を救う為にあなたのお気に入りの王子様を私に譲って?」

 背筋が凍る程の美しい笑みを浮かべた姉をアズリエールは、しばらく茫然としたまま見つめ返していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

クズ王子から婚約を盾に迫られ全力で逃げたら、その先には別な婚約の罠が待っていました?

gacchi(がっち)
恋愛
隣国からの留学生のリアージュは、お婆様から婚約者を探すように言われていた。リアージュとしては義妹のいない平和な学園で静かに勉強したかっただけ。それなのに、「おとなしく可愛がられるなら婚約してやろう」って…そんな王子はお断り!なんとか逃げた先で出会ったのは、ものすごい美形の公爵令息で。「俺が守ってやろうか?」1年間の婚約期間で結婚するかどうか決めることになっちゃった?恋愛初心者な令嬢と愛に飢えた令息のあまり隠しもしない攻防。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

嘘コクのゆくえ

キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。 生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。 そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。 アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで…… 次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは…… 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。 作者は元サヤハピエン主義を掲げております。 アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

【完結】懸命に働いた結果、無実の罪で魔王への生贄にされた聖女。でも、その『氷華の魔王』様に溺愛され、誰よりも幸福な人生を手に入れました。

小平ニコ
恋愛
主人公マリエラは懸命に聖女の役割を果たしてきたのに、婚約者である王太子ウィルハルドは、お気に入りの宮女のデタラメを真に受けて婚約破棄。そしてマリエラを恐るべき『氷華の魔王』レオナールへの生贄にしてしまう。 だが、冷徹で残忍と噂されるレオナールは、マリエラに対して深い愛情と優しさを注ぎ、マリエラを侮辱したウィルハルドの顎を氷漬けにして黙らせ、衆目の前で大恥をかかせた。 そして、レオナールと共に魔王国グレスウェアに移り住むマリエラ。レオナールの居城での新しい生活は、甘く幸福なものだった。互いに『運命の相手』と認め合い、愛を育み、信頼を深めていくマリエラとレオナール。 しかしレオナールは、生まれついての絶大な魔力ゆえの呪いとして、長く生きられない体だった。ショックに打ちひしがれるマリエラ。だがある日、封印された禁術を使えば、自らの寿命が大幅に減るものの、レオナールに命を分けることができると知るのだった。 その頃、王太子ウィルハルドは自分に恥をかかせた魔王レオナールへの憎しみを滾らせ、魔王国の反王政派と結託してレオナールの暗殺を企てる。 しかしそれは、あまりにも愚かな選択だった。レオナールのマリエラに対する態度があまりにも優しかったから、ウィルハルドは彼を侮り、忘れていたのである。『氷華の魔王』が恐るべき存在であることを……

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

処理中です...