妖精巫女と海の国

ハチ助

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48.歪んだ愛情

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「私を……守るため……?」

 オルクティスの言った事が理解出来ないアズリエールは、その当人である姉に視線を移す。
 すると、姉が悲痛な表情を浮かべながら、フイっとアズリエールから顔を背けた。

「ユリアエール嬢、今後の関係にも大きな影響が出てしまうので、アズリルには話された方がよろしいかと思いますよ?」

 やや呆れ気味な様子で苦笑したオルクティスが、姉に声を掛ける。
 しかし姉は俯いたまま、固く口を閉ざす。
 すると、オルクティスが盛大にため息をついた。

「これはあくまでも私の憶測になってしまいますが……。アズリルが傷ついたままなのは、我慢ならないので、私から彼女に説明してしまってもよろしいですか?」

 それでも姉は、小さく唇を震わせたまま黙って俯いている。
 それを肯定とみなしたのか、オルクティスがゆっくりとした口調でアズリルに語りだした。

「アズリル、君の姉君が7年前の例の事件で、心に深い傷を負ってしまったのは本当だよ。でもそれは恐らく男性恐怖症じゃない。の方だ」
「それって……どう違うの?」
「男性恐怖症なら、男性と接する事に恐怖を感じてしまうから交流は出来ない。でもユリアエール嬢は、普通に男性と会話は出来るし、むしろ自分から惹きつけるような接し方を率先して行っていただろ?」
「確かに……」
「だけど彼女は、男性をかなり嫌悪している……。それこそこの世で一番汚れたおぞましい存在というくらいの酷さで……」

 そのオルクティスの表現の仕方に思わずアズリエールが、勢いよく姉の方へと視線を向けた。
 しかし姉は更に顔を背け、その視線から逃れる。
 その姉の反応から、オルクティスが言った事が本当なのだと確信した。
 だが、それとアズリエールの婚約を妨害した事への繋がりが見えてこない……。

「オルク……どういう事? 仮にユリーが男性をそういう目で見ていたとして、それが婚約妨害の件と関係があるの?」
「あるよ。ようするにユリアエール嬢にとっては、どんなに誠実で紳士的な男性だったとしても、7年前の事件で受けたトラウマの所為で、殆どの男性の事を欲情的なけだものみたいな存在に見えてしまっているんだと思う……。だから彼女自身は、そういう存在と関わらないように公の場には、今まで滅多に参加しなかったはずだ。でも……流石に妹の君の行動範囲までは、いくら姉でも規制は出来ないよね?」
「私? 何で私が……。だって私は特に男性不信ではないのだけれど……」

 いまいちオルクティスの話が飲み込めないアズリエールは、更に怪訝そうな表情を浮かべた。
 同時にオルクティスの方は、何故か同情めいたような表情を浮かべる。

「君が男性に嫌悪感を抱いていなくても、ユリアエール嬢にとっては君に近づく男性全てが、君を穢す衝動的な行動をとる可能性がある危険人物という認識なんだよ。でも君はある程度、風巫女の力で自衛が出来る……。だからユリアエール嬢にとって懸念すべき状況は、君が異性と心を通わせてしまう事だったんだ。君が相手の男性を脅威と見なさなければ、自衛する事はないからね。ましてやその相手と君が婚姻するような事になると、姉君の中では許せない穢れた行為は、夫婦間では当たり前に行われる行為だ。だから君が結婚してしまうと、その未来は必ずやって来る。それはユリアエール嬢にとって、妹の君が欲に狂った獣の毒牙に掛かって穢されるという感覚になるんだと思う……」

 そのあまりにも極論的なオルクティスの考察にアズリエールが唖然とする。

「ま、待って! いくら何でもそんな極端な考え方は――っ!」
「その極端な思考になってしまう程、7年前のあの出来事はユリアエール嬢の心に深い傷を残したんだ……。事件の概要は申し訳ないけれど、アレクシス殿下から僕も聞いているよ。僅か7歳の何も知らない少女が、力では到底敵わない成人しかけの男性二人に興奮気味で寝台に押しつけられて、いかがわしい行為を目的に服を脱がされ掛けるなんておぞましい経験をしたら、それは相当なトラウマになると思う……。ましてや最初に声を掛けてきた際は、紳士的な様子だったんだよね? ただでさえ裏表の激しい貴族社会では、そんな男性ばかりだと思ってしまうと思うよ?」

 悲し気な表情を浮かべたオルクティスがそう語ると、アズリエールがそっと姉の方に視線を向ける。
 姉はまだ俯いて口を閉ざしたままだ。

「だけど何で私だけ……。ユリー本人が、そうやって男性を警戒するなら分かるけれど……」
「ユリアエール嬢自身は、風巫女の長女の役割で将来的に結婚と出産は免れない事だから、そこは諦めが付いていたんだと思う。でも次女である君は、次の世代の風巫女を産む事は出来ないから、将来的に未婚でも問題はない。尚且つ、君の巫女力は特殊で貴重だ。だから君自身も巫女力を失ってまで、結婚したいと思う事はなかった。そうなると君が婚約さえしなければ、その先の結婚もないのだから、ユリアエール嬢がおぞましいと感じている行為を君が体験する事はないという極論に達したんじゃないかな……。でも君自身が、結婚したい相手と出会ってしまったら、それはどうにも止めようがない」

 その言葉に自分の顔が少し赤らんだのを感じたアズリエールが、思わずオルクティスから視線を外す。その事に敢えて気付かないふりをしてくれたオルクティスは、更に言葉を続けた。

「だからユリアエール嬢は、一番その可能性が高かった君の前婚約者を早々に君から引き離す行動に出た……。それと、あと他に二人いた君の幼馴染に関しても、君は大分心を許せる相手だったんじゃないのかな? だからその二人からも君を遠ざける様な行動をお姉さんはしたはずだよ? 婚約破棄後の縁談に関しても、全ての相手を誘惑した訳じゃないと思う。その場合は、必ず君が好印象を抱いた相手のみじゃなかったかい?」

 確かに最初に破談となった二人の縁談相手は、好印象だった気がする。
 しかしそれ以降はあまりにも破談が続くので、もう相手が良いと言うのであればそのまま進めて欲しいと投げやりな判断になっていた……。
 そこから五人くらいに姉は、不必要に交流を図って破談が続いたのだ。
 その辺りの経緯をオルクティスがしっているという事は、恐らく婚約前にされたアズリエールの身辺調査資料や釣書に書いてあったのだろう。
 そう考えると、今回の婚約は王太子のアレクシスが、かなり力を入れて整えてくれたものらしい。

 しかし何故、そこまで厳選されたオルクティスでさえも姉は脅威とみなしたのか……。
 同時に臆病で内向的な姉が、自分が心の底から嫌悪している男性という存在に対して、そこまでの行動に出れたのだろうか……。
 そこがやけにアズリエールには、引っ掛かった

「で、でも! ユリーは男性恐怖症までは行かなくても男性に対して強い嫌悪感を抱いていたんだよね!? なのに、どうしてそこまでして……」
「それだけユリアエール嬢にとって、アズリルは大切な存在だって事だよ……。例え自分が嫌悪感しか抱けない相手でも妹に近づかれるくらいなら、自分の方に引き付けて、その脅威でもある存在から君を守りたいと思うくらいにね……」

 苦笑気味な表情でそう答えたオルクティスは、どこか同情的な視線を姉に向けた。その視線の先には俯いたまま小さく震えている姉の姿があった。そんな姉にアズリエールは近づき、顔を覗き込む。

「ユリー……そうなの?」

 アズリエールの呼びかけに姉が俯いたまま、子供が駄々をこねるように首を大きく振る。そんな姉の両肩をアズリエールが掴み、無理矢理に姉の顔を自分の方へと向けさせる。
 すると、瞳からボロボロと涙を零しながら、姉がアズリエールを見据えてきた。

「だって!! 私はあの時、姉であるのにあなたに守られてばかりで何も出来なかったから!!」

 姉のその叫びにアズリエールが大きく目を見開く。
 あの事件で自身の無力さを痛感したのは、何も自分だけではなかったのだ。姉もまた、妹であるアズリエールを守れなかった自分をずっと責め続けていた。

「わ、私が姉としてもっとしっかりしていれば……。あの時、誘いに乗ってしまったアズをしっかり止められたのに……。私がもっと強かったら……アズが使った巫女力が危険な物だと判断される事も無かったのに……」

 先程言い合いをしていた時の涙とは違い、心の底からの嘆きで流された姉の涙は止まる気配が無い程、瞳から溢れ出す。その様子から姉は恐怖だけでなく、ずっと例の事件から自分の無力さを責め続けていたのだと、アズリエールは初めて知った。

「仕方なかったんだよ……。あの時、私達はまだ7歳だったんだよ? そんな小さな子供が臨機応変に対応なんて出来ないよ。あの時の私達は、本当に非力で小さかったのだから……」
「でも!! でもアズは、ちゃんと私の事を守ってくれた!! 私の為に怒ってくれて……必死に戦ってくれた!! それなのに私は……私は、ただ泣きわめく事しか出来なくて……」
「ユリー……」

 そう言ってアズリエールがユリアエールを抱きしめようとした。しかし、姉はやんわりとそれを拒み、必死で涙を拭う。

「だから……今度は私がアズを守らないとって……。男の人は皆、傲慢で……いかがわしい存在だから……。どんなに紳士的な雰囲気でも、どんなに優しい空気を身にまとっていても、欲に支配されれば誰もが汚らわしいけだものみたいになってしまうから……」

 姉の男性に対する異常なまでの偏見から、7年前に受けた心の闇をアズリエールが改めて痛感してしまう……。
 姉にとって家族や余程しっかりした信頼関係が築かれていない初対面の男性は、全てが汚らわしい存在になってしまうのだろう。そんな姉の様子から、7年前の事件への罪悪感が再びアズリエールの中に蘇る。

「ユリー……男性全てが、あのコーリングスターの令息達のような人ではないんだよ?」
「そんな事、分かっているわ……。でも……」

 そう言って、何故か姉が真っ直ぐにオルクティスを射貫くように見つめる。

「アズに好意を抱いている男性は違う……。そういう男性は、おぞましい独占欲をむき出しにして、絶対にアズを無理矢理に穢そうとするもの!」

 刺すような視線を向けられたオルクティスが、一瞬目を見開く。しかし、姉はそのまま鋭い視線をオルクティスに浴びせ続けた。

「リックもそう……。アズと婚約解消させた直後は、私の方に引き付けられていたけれど、その内またアズの方に戻り始めた……。ノリスだって、何だかんだ言っていつもアズ優先に無意識で動いていた……。でも二人共、アズには異性として全く意識されてなかったし、もし距離を詰めようとしたら私がすぐに妨害していたから、アズが二人に好意を抱く事なんてなかった。なのに……」

 そこで一度言葉を切ったユリアエールは、更に鋭くオルクティスを睨みつける。

「オルクティス殿下は、あっという間にアズとの距離を縮めた……。どんなに親しくても、双子である私にすら、滅多に弱音を吐く所を見せてこないアズなのに……。オルクティス殿下は、簡単にアズに心を開かせた。だから私は、自分が殿下と婚約してでも確実に二人の仲を壊そうとしたの!!」

 すると再びユリアエールの瞳から、ボロボロと涙が溢れだす。
 同時にアズリエールには、何故姉がそこまでオルクティスに脅威を感じたのか分からなかった。

「何で、そこまでして……」
「だって! 殿下は風巫女の力ではなく、アズ自身を手に入れようとしてたから!!」

 そのユリアエールの訴えにアズリエールだけでなく、オルクティスまでも驚きの表情を浮かべた。

「そんな事ないよ? だってオルクはちゃんと約束してくれたもん。友人関係としての婚約者でいてくれるって。だから巫女力も大切にしてくれるって……」
「嘘よ……。ならば何故、殿下は婚約が決まったばかりなのに頻繁にお手紙で関係醸成をなさったの? サンライズへの訪問だってお忙しいはずなのに月に二回もなさるなんて、おかしいわ! アズがマリンパールに向かう時だって、わざわざ殿下が帰国する日程をずらしてまで、アズに合わせる必要なんてないじゃない!」

 アズリエールは、マリンパールに来てからやり取りした手紙に確かにその事を書いたのだが、まさか姉がこのように気にするなど、夢にも思っていなかった。
 だが、そのオルクティスの行動は純粋に見知らぬ国に一人で行かなくてはならないアズリエールを気遣った故の行動だ。
それを酷い男性不振の姉は下心があるが故の行動だと、かなりねじ曲げて解釈してしまったのだろう。

「ユリー。それはね、オルクが対人スキルが高いから、私が安心してマリンパールに来られるように気を遣ってくれただけなんだよ?」
「でも! さっきハッキリと将来的にアズには、公爵夫人としての重大な役割を果たして貰うって!」
「あれは……。多分、ユリーに婚約を妨害していた本当の理由を話させる為にワザとそういう言い方をしたんだと思うよ?」

 あまりにもオルクティスに対する姉の偏見が曲解過ぎるので、思わず同意を求めるようにアズリエールが、オルクティスの方へとに視線を向けた。
 しかし……何故かオルクティスは、無言で笑顔のみを返す。

「オルク? あの……」
「良かったね。長い間、二人が抱えていた蟠りや誤解が解けて」
「え? う、うん……」

 まるで押しきるように、いきなり笑顔で話題を変えてきたオルクティスにアズリエールが、やや戸惑いを見せる。するとオルクティスが、スッとユリアエールの前までやって来て、何故か片膝を付く。そして、そっと手を取り、そのまま姉を見上げるように真っ直ぐ見据えた。

 まるで姉に求婚でもするかのようなオルクティスの行動にアズリエールが、ギョッとする。
 しかしその動きは求婚ではなく、誓い的な言葉を姉に告げる為のものだったらしい。

「ユリアエール嬢、私も彼女を怯えさせる事は絶対にしたくないので、あなたが懸念されているような状況を妹君に強いるような真似は絶対にしないと、お約束致します」
「殿下はそれを……口約束だけで信用しろとおっしゃるのですか……?」
「信用……して頂けませんかね?」
「無理です……」
「そうですか……。では、もし将来的に妹君の方から、私とその状況になる事を望まれた場合は、どうされますか?」

 その瞬間、ユリアエールがカッと目を見開き、怒りを露わにする。

「妹は、その様な事を自ら望んだりなど絶対に致しません!!」
「分からないではありませんか……」
「殿下は、そうさせる自信がおありなのですか!?」
「どうでしょうか……。ですが、あなたがこの国に出向いてまで妨害行為をなさろうとしたのは、それを懸念されての行動だったのでは?」
「――――っ!!」

 思わず言葉を詰まらせたユリアエールにオルクティスが、初めて演技ではない笑顔でニコリと微笑む。

「妹君との婚約期間は、私が成人するまで最低でもあと三年はございます。そこからもし彼女の成人も待つ事になれば四年……。その間に私はあなたに先程お約束した事への誠意をお見せしますので、そちらを見極めてから、私があなたの懸念している男かどうかの判断をして頂けませんか?」
「その間に――もし間違いがあったらどうなさるおつもりですか……?」
「それはそれで両国間で大問題に発展しますね。巫女保護法違反は、多額の賠償金をサンライズ国に払い続けなければならないので……。まぁ、一王族として、自国にその様な甚大なリスクを与えるつもりは一切ありませんが……。そもそも、もし私が不誠実な行いをした場合、すぐに周囲に知れ渡ってしまいますので、間違いが起こる可能性は、ほぼないかと……」
「知れ渡る?」
「その場合、彼女は二度と空を飛べなくなるので」
「なっ――!」

 そう言い切ったオルクティスにユリアエールは目を見開き、その隣にいたアズリエールは驚くような声を上げた後、顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。
 だがそんな二人の反応を気にする事なく、オルクティスは更に言葉を続ける。

「最低でも婚約期間中の三年間は、必然的にあなたの妹君を大切に扱わなくてはなりません。その期間をあなたに私がどれだけ妹君を大切に思っているか、誠意を見せる機会として与えて頂けませんか? もしそれでもあなたが、ご納得されなかった場合は先程の婚約解消の件を検討いたします」
「もしその際……わたくしが納得しないと申せば、婚約を解消してくださるのですか?」
「ええ、もちろん。だたし――――」

 そこでオルクティスは、何かを企むような笑みを浮かべる。

「その判断の際は、妹君の希望を尊重して頂くようにお願い致します」

 するとユリアエールが、呆れるように盛大に息を吐く。

「殿下は……『負け試合』という言葉をご存知ですか?」
「ええ、もちろん知っております」
「知っていらして、そちらをわたくしに提案なさるのですね……」
「何かご不満でも?」
「いいえ。ではその試合、お受けいたしましょう。その代わり殿下は本日から三年間、妹のあざとさで苦しまれるお覚悟をなさってください」
「肝に銘じておきます」

 そう言って、オルクティスが姉の手を解放して、スッと立ち上がる。
 しかしアズリエールには、先程まで討論のような会話を繰り広げていた二人が、いつの間にか和解した状態となっているので、一人だけ取り残された状態になってしまっていた。

「ま、待って! 私一人だけ話に付いていけてないのだけれど!」

 自分の知らぬ間に何やら二人の間で、勝手に話が進んでしまった状況にアズリエールが抗議の声を上げた。すると二人が同時にアズリエールを見つめ、ニッコリと微笑む。

「ごめんね……アズ。とりあえず、オルクティス殿下との婚約解消は諦めるから、さっきの私からのお願いは忘れてね? その代わり三年経ったら、もう一度改めてお願いすると思うから」
「ユ、ユリー……?」
「アズリル、大丈夫だよ。三年後の君は、もうこの国の公爵夫人になっているから。姉君の言っている事は気にしないで?」
「ちょ……っオルクまで何言ってるの!?」

 真逆の事を二人から同時に言われ混乱するアズリエールの様子を見た二人が、同時に笑い出す。
 しかし、ユリアエールは急に笑うのをやめて、スッとオルクティスに向き合う。

「殿下、お願いがございます。来週テイシア様が開いてくださるわたくしの歓迎会のパーティーなのですが……送迎会という名目に変更して頂くようお願い出来ませんか?」

 ユリアエールのその申し出にアズリエールが驚きの表情を浮かべる。
 だが、その隣のオルクティスは苦笑した。

「もう妨害行為は、よろしいのですか?」
「ええ、とりあえずは……。殿下が妹の婚約者でいてくださる三年間は、妹が脅威に晒される事はないと判断したので。ですが、それ以降は殿その脅威になりうる可能性がございますので、その時は全力で抗わせて頂きます」
「手厳しいですね……」
「わたくしにとっては、一等大切な存在の妹なので。何よりも……」

 そこでユリアエールは、一度言葉を切る。

「あそこまで婚約解消を拒絶されては、こちらは手の打ちようがないですから」

 そう微笑んだユリアエールの笑みには、今まで浮かべていた儚げな印象は一切なかった。
 その何かを吹っ切った様子の姉にオルクティスも同じ様な笑みで返す。

「分かりました。母にはパーティーの主旨変更を伝えておきます」
「ユリー、もうサンライズに帰っちゃうの?」
「ええ。今はもう……私がここに滞在する意味はないから……。アズの婚約妨害をしていた本当の理由も殿下に暴かれてしまったし」
「ユリー……あの、ごめんね? 私、今までユリーの行動を私に対する嫌がらせだと、ずっと思っていて……。でも本当は、私の事を守ろうとしてくれていたんだね?」
「ええ。でも結局は、私のただの自己満足で、一番アズの事を傷つけてしまったのだけれど……」
「そんな事は……」
「いいえ。ちゃんと頭では分かっていたの。こんなのアズを傷付けるだけで守ってなんていないって……。私があの時、抱いてしまった恐怖をアズも同じように感じるとは限らないのに。それでも私は、アズにあんな思いをして欲しくなかった。あんな……汚らわしくて、いかがわしい目でアズが誰かに見られる事には、耐えられなかったの……」

 呟くようにそう語ったユリアエールは、そのままふわりとアズリエールの首に抱き付いた。
 そしてその耳元で、そっと囁く。

「忘れないで。どんなに紳士的で優しい男性でも、その奥には恐ろしい獣を宿している事を……」

 そう耳打ちすると、そっと体を離して妖艶な笑みを浮かべる。
 その言葉にアズリエールが、大きく目を見開く。
 すると、まるでアズリエールの視線を誘導するかのようにオルクティスに目を向けた。
 双子姉妹から同時に視線を向けられたオルクティスが、その視線に気づいた。

「何か?」
「いいえ。妹の事を、宜しくお願い致します」
「三年と言わず、生涯お任せ頂いても、こちらとしては大歓迎なのですが?」
「とりあえず、でお願い致します」

 穏やかな笑みを浮かべながら、何故か牽制し合う二人をアズリエールは不思議そうに見やる。
 そんなアズリエールを二人が見守るような優しい眼差しを向けながら、同時に苦笑した。

 そして一週間後――――。
 テイシアが主催した姉の歓迎会改め、送迎会の夜会が開催された翌日、ユリアエールはあっさりとサンライズに帰国する事となった。
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