雨巫女と天候の国

もも野はち助

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22.最高の玩具

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 野外劇場内の舞台側に出れる裏通路を物凄い速さで歩くアレクシス。
 そろそろ雨乞いの儀が終わる……。
 その裏に下がって来た直後のアイリスを捕まえようと思ったのだ。
 その所為か、アレクシスの歩みは段々と早くなる。

 そもそもアイリスの様子がおかしいと思ったのは、やたらとエリアテールの事を聞いてきた時に気付いていたのだ。
 そしてその際、自分は確実にその対応を間違えた……。

『仮に当時の僕がエリアに好意を抱いていたとして、その事を君が知っていたら……君はその時、どうにかしてくれたかい?』

 アイリスの面白い反応を期待して、そこまで深く考えずに投げかけた言葉……。
 しかし当のアイリスは、その投げかけに対して真剣にアレクシスとエリアテールの仲を取り持てる方法がないか模索するような素振りをした。
 そのアイリスの行動は、アレクシスにとってはかなり面白くない物だった……。

 だからその後、かなり意地の悪い言葉をアイリスに放った。
 そしてその言葉にアイリスが威勢よくいつもの様に反論してくると思っていた。
 しかし、その後のアイリスの行動は、やや思い詰めた様にじっとテーブルの一点を見つめて黙ってしまう。
 アレクシスは、その時の軽率にアイリスへ意地の悪い言葉を放った浅はかな自分自身を後ろから思いっ切り殴り飛ばしたい衝動にかられていた……。

 そもそもアレクシスがエリアテールに想いを寄せる事など絶対にあり得ない。
 確かに現巫女達の中で誰が一番のお気に入りかと聞かれたら、即答でエリアテールの名前を挙げるが、その理由は背後に親友のイクレイオスの存在があるからだ。
 アレクシスがエリアテールを気に入っている理由……それはエリアテールが、完全無欠の自分の親友を唯一振り回す事が出来る存在だからだ。

 だから正確に言うと、アレクシスがエリアテールを気に入っている理由は、あくまでも『イクレイオスとセットで』という条件がないと成立しない。
 あのあべこべな二人のやりとりは、正直ずっと見ていても飽きない。
 そしてあの二人と過ごす時間は、アレクシスにとって楽しいひと時だ。
 だからつい、コーリングスターに頻繁に通ってしまっていた……。
 ただそれだけだったのだが……アイリスは、そうは取らなかったのだ。

 エリアテールの事をやたら聞かれた時、アレクシスはすぐにそれに気付いた。
 気付いたのだが……あえてその誤解を深める対応をついしてしまった……。
 もし過去にアレクシスに意中の相手がいたという事をアイリスが知ったら、一体どういう反応をするか、ただそれが見たかった為だけに……。
 しかしその反応は、自身の望んでいた反応ではなかった。
 だからその後、つい意地の悪い言葉を放ってしまった結果がこれだ……。

 アレクシスの中では、アイリスは『お気に入り』という枠には収まらない。
 それはアレクシスがアイリスに対して抱いている感情が、そんな生易しい物ではないからだ。
 自分だけが遊ぶ事が許されている自分専用の打てば響く最高の玩具、それがアレクシスにとってのアイリスだ。
 しかし10年前、初めて聴いたあの歌声に嫉妬し、怖気づいてしまった幼い自分は不用意に放った言葉の所為で、10年近くその玩具に触る事が出来くなる。
 以降アレクシスはその玩具が、ずっと欲しくて欲しくてたまらなかった……。

 その10年前に初めて会ったアイリスは、愛らしい容姿の少女だった。
 しかし、その当時のアレクシスは、猫を被った自分にコロっとのぼせ上ってしまったその扱いやすい婚約者に一切興味を抱かなかった。
 それどころか、自分によくたかってくる同年代の令嬢達と同一視し、そんな頭の悪そうな自分の婚約者を心の中であざけ笑い、他の令嬢達と同じように理想的な王子の仮面を張り付けて、当り障りのない適当な対応をした。

 だがそれは、アイリスが伝説と語り継がれる程の圧巻な雨乞いの儀を観衆の前で、堂々と披露した事で一変する。
 あの凄まじい程の力強い歌声を聴いたアレクシスは、かなりの衝撃を受けた。
 同時に自分の心を見透かすような純粋で真っ直ぐにぶつかってくるアイリスの歌声に恐怖した……。

 本心を隠し、相手の顔色を窺って自分の有利な方向へと相手を誘導させるスキルをすでに身に付けていたアレクシスにとって、飾らないありのままの真っ直ぐさで、正々堂々と全力ぶつかってくるアイリスの歌声は、そんな自分の滑稽な部分を大きく浮き彫りにさせ、気付きたくなかったアレクシスにその事を気付かせた。
 見下していた相手に……しかも自分よりも二つも年下の少女にそんな思いを抱かされた幼いアレクシスは、プライドを傷付けられ、悔しくてたまらなかった。
 そんな下らない思いが、つい母にあのような歌の感想を述べてしまった……。

 だがまさか、それをアイリスが聞いていたとは思いもしななかった。
 それに気づかず、アレクシスはアイリスに先程とは真逆の感想をアイリスがのぼせ上っていた極上の笑顔で伝えてしまう。
 その瞬間、アイリスの中での自分への評価が地に落ちた……。
 それでも所詮は、見た目や雰囲気に騙されやすい幼い少女だ。
 謝罪すれば、コロっと許してくれるだろうと、高をくくっていたアレクシス。
 しかしその後、アイリスは4年間もアレクシスを徹底的に拒絶し続けた……。

 その執念とも言える根の持ち方にアレクシスは、もう放っておこうとも考えた。
 しかし、雨乞いの儀で聴いたアイリスの歌声が耳から離れない……。
 どうしても、もう一度アイリスの歌が聴きたかったアレクシスは、拒絶されてから三ヶ月以上も謝罪の為、アイリスの屋敷に暇さえあれば通い続けた。
 アイリスに異常に執着する人間が存在する事に気が付いたのは、その時だ。
 その対策もしつつ、何度も何度もアイリスの屋敷に通ったアレクシス。
 それでも一切会ってくれないアイリスに今度は三日に一度の手紙を送り出す。
 しかし……それらが読まれもせずに捨てられている事を彼女の妹達から聞いてしまう。

 そこまで拒絶されれば普通は心が折れそうなものだが、アレクシスは違った。
 何としてでも許しを得て、もう一度アイリスの歌を聴きたくて仕方なかった。
 その件で、母セラフィナに仲介役を頼んでみたが、アイリスの怒りがあまりも深すぎて無理だと言われてしまう……。

 それならばアイリスが雨乞いの儀をしている現場に行って、少しでもいいから歌声が聴ければと思い、大雨が降り出す度に一目散に外に出るようになった。
 しかしその願いは叶わず、毎回その雨は父よって抑え込められていた。
 アイリスの降らせる雨を抑え込むのは、本来自分の役割だったはず……。
 それすらも拒絶されたアレクシスは、その悔しさから大雨が降ると、父よりも強力な自分の晴天の力を必要以上に発動させ、その雨を晴天に変え続けた。
 アイリスが雨乞いの儀をする時だけ、見事な虹が出ていたのはこの所為だ。

 そんな無駄な足掻きをしつつ、アイリスに4年間手紙を出し続けたアレクシス。
 しかし、3年目で流石に心が折れ出してしまう……。
 そしてその苛立ちから、便箋一枚に大きく一言だけ綴った内容を送り出した。
 初めは謝罪的な一言だったのだが……日に日にそれらは自分を拒絶し続けるアイリスへの不満の言葉へと変化する。
 しかし、それが返ってアイリスとの交流再会の切っ掛けとなる。

 だからあの時、アイリスが便箋5枚にも及ぶ抗議の返事を寄越して来た際、アレクシスはアイリスがやっと反応してくれた事が嬉しくてたまらなかった。
 だが、そこですぐ食い付けば、アイリスはまた自分から遠ざかってしまう……。
 だからアレクシスは、そこからは慎重にじわじわとアイリスの日常に入り込む事から始めた。

 その手始めが、あのそっけない内容での手紙の返事だ。
 そうやって徐々に手紙をやり取りする機会を増やし、アイリスの生活の中に自分の存在を自然に溶け込ませていったアレクシス。
 その手紙を通して、自分の発した言葉にアイリスが面白いくらいにポンポンと嫌味を返してくるので、アレクシスはすぐにそのやり取りに夢中になっていく。

 そして3年後、ついにアイリスはやっと自分と面会してくれるようになった。
 その頃にはアレクシスは15歳になっており、対してアイリスは13歳へと成長していた。そんな7年ぶりにやっと顔を会わせてくれた婚約者は、不機嫌そうな顔を浮かべながら、アレクシスの予想を遥かに超える美女へとなりかけていた。

 そんなアレクシスは、いつしかアイリスの歌を聴く事よりもアイリスと過ごせる時間を求める様になってゆく……。
 アレクシスにとっての最高の玩具は、気が付けばその前に『愛しくてたまらない』という形容詞を付け出していた。

 だからアイリスの登城を成功させた時、初めは自分が過剰に構い過ぎない様にアイリスに接する機会をセーブしていたアレクシス。
 しかし、あの巫女会合でアイリスがやっと自分の目の前で歌ってくれた事で、慎重に、そして堅実に事を進めていたアレクシスのタガが外れてしまう……。

 タガの外れたアレクシスは、この一カ月間必要以上にアイリスの許を訪れ、過剰なまでにアイリスの感触を堪能し、満足行くまでアイリスの反応を楽しんだ。
 その結果、アイリスをここまで追い詰めてしまったのだ……。
 10年もかけ、やっとここまで来る為に費やした努力は、ほんの一瞬の気の緩みと飢えすぎた事で生まれた執着心により、一瞬で水の泡となってしまった……。

「クソ……っ! 自分自身が嫌になる……」

 肩を怒らせながら歩くアレクシスは、忌々し気にそう吐き捨てる。
 まさか自分がここまで執着心が強い人間だったとは、夢にも思っていなかった。
 それだけ10年間のアイリスの拒絶は、アレクシスをここまで飢えさせた。

「これではイクスに説教なんか出来る立場じゃないな……」

 自嘲気味にそう呟いたアレクシス。
 実際、ここ最近の自分は親友のイクレイオスとは比べものにならない程の酷い執着心をアイリスに抱き、病的に絡みに行っていた。
 しかし、それを自覚していてもやっとアイリスが自分と接してくれる様になった事に浮かれすぎて、アレクシスはそれを全く抑える事が出来なかった。
 これではこの間のアイリスを襲った男と大して変わらない……。

 そんな自制の利かなかった自分にアレクシスは呆れる様に盛大なため息をつく。
 すると、急に物凄い歓声が劇場内に響き渡った。
 恐らくアイリスの雨乞いの儀が終了したのだろう。

 アレクシスは、その歓声がハッキリ聞こえる方へと歩みを更に早めた。
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