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21.拒絶の歌
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夜会参加時にアイリスが襲われかけてから、5日が経った。
この5日間、アイリスは建国記念日の式典の準備に追われ、当日着るドレスの合わせや、式典のリハーサル等をこなしていた為、幸いな事にアレクシスとあまり顔を会わせずに済んでいた。アレクシスの方も打ち合わせなどが多く、アイリスの部屋に顔を出す暇が無かった。
そんなバタバタとした5日間はあっという間に過ぎ、ついにアイリスに出された最終課題でもある建国記念日がやって来る。
「アイリス、準備は出来ているかい?」
野外劇場内にあるやや豪華な控室にアレクシスが顔を出した。
「ええ。ただこのドレス、少し動きづらいのだけれど……」
「本当はエンパイアラインのドレスが一番動きやすいそうなのだけれど……母の話では君は身長がそこまで無いから、次に動きやすそうなAラインドレスにしたそうだよ。これならシルエットのバランスも綺麗だし、足元も他の形のドレスよりも動きやすいそうだ」
「確かにプリンセスラインとかに比べれば動きやすいのだけれど……」
そう言ってアイリスがその場でクルクル回ると、その動きに合わせる様にドレスがシャラシャラと衣擦れの音を奏でる。
「君の場合、全身を使って歌い上げるからね……。そして結局、首周りのデザインはベアトップになったんだ?」
「本当は袖のあるスクエアネックが良かったのだけれど……セラフィナ様が、肩は出した方がいいとおっしゃられて……」
「母は今回の君の着るドレス選びに嬉々として取り組んでいたからなぁ。まぁ、夜会のドレス選びを全て僕が決めてしまった反動もあるだろうし、今回は大目に見てあげてくれないかな?」
「もちろんよ。だってあなたが選んだドレスに比べれば、セラフィナ様のお選びくださったドレスには、悪意は一切感じられないもの」
「その言い方だと、僕の選んだドレスは悪意があったと聞こえるのだけれど……」
「あら、違うの?」
相変わらずの皮肉の応酬を繰り出してくるアイリスにここ最近、微妙にギクシャクしていた事への懸念がアレクシスの中で少し和らぐ。
「そういえば……式典で披露する歌は目星はついているのかい?」
アレクシスのその問いにアイリスは、自信満々の綺麗な笑みを浮かべた。
「ええ! この建国記念日に相応しいとっておきの歌が見つかったの! その歌であなたの気持ちを代弁するかの様な見事な歌を披露出来ると思うわ!」
そのアイリスの反応にアレクシスが怪訝そうな表情をする。
「君……今回やけに僕に協力的だよね……? 何故だい?」
「だってこの式典を成功させれば、私はやっと自宅に戻れるのでしょ?」
「まだ成功するとは決まっていないのだけれど?」
「私が歌うのよ? 上手く行くに決まってるじゃない」
「凄い自信だね?」
「だって私の歌声は、聴き手を狂おしい程、心酔させてしまうのだもの」
そう言って意味ありげな美しい笑みを口元に作るアイリス。
そのアイリスの態度にアレクシスが、何か危機感の様なものを抱く。
「アイリス……。君、一体何の歌を……」
すると突然、扉がノックされてアレクシスの言葉が遮られる。
今回はアイリスの身支度を手伝えたパールとカルミアが同時に扉に手を掛ける。
するとアレクシスの側近のヒースが中に入って来た。
「失礼いたします。アレクシス様、そろそろ式典の開始時間になりますので、ボックス席の方に移動して頂きたいのですが……」
「あ、ああ。分かった」
「それではアレク。また後で」
「うん……。アイリスも頑張ってね?」
「ええ。もちろん」
アイリスの控室を後にしたアレクシスは、ヒースに誘導されながら、式典を観覧する王族専用のボックス席へと向かった。
しかし、先程の何か企む様なアイリスの態度が妙に引っかかる……。
そんな事を考えていたら、いつの間にかボックス席に着いていた。
「アレク。こんなギリギリまでどこに行っていたのだい?」
すでに着席している父である国王エクリプスがアレクシスに声を掛ける。
その横には母セラフィナ、そして叔父であるジェダイト夫妻が席に着いていた。
「これから雨乞いの儀を披露するアイリスに激励をと思いまして……」
「ふふっ! アレク、あなた今日は嬉しそうね?」
「義姉上、仕方ありませんよ。なんせアレクは、10年越しでやっと歌を聴かせて貰えるようになったのですから」
自分の過去の大失態の詳細を知る母と叔父の言葉にアレクシスが苦笑いを浮かべた。
すると開始を告げるファンファーレが鳴り響き、アレクシスも慌てて着席する。
式典の進行役は儀典長によって行われ、まず初めに開始の宣言挨拶を国王であるエクリプスが述べる所から始まる。
次に宰相の挨拶が入り、その際にサンライズの巫女達に向けた感謝の言葉が捧げられる。同時に今年で任期を終了、あるいは終了予定の巫女達の名前が挙げられる。二か月後に挙式を控えているエリアテールも今回名を挙げられる一人だ。
その後が、いよいよアイリスによる雨乞いの儀の披露となる。
現状、目の前では開会の宣言をする為、父が席を立って移動を始めているのだが、その様子に見向きもせずにアレクシスは、顎に手を掛けたまま、先ほどからずっとある事について考え込んでいた。
それが別れ際に意味深な笑みを浮かべていたアイリスについてだ。
恐らくアイリスは、今回の雨乞いの儀でアレクシスにとって衝撃的な何かをしでかそうと企んでいる事は、間違いない。
しかしその企みがどういう物なのか、今のアレクシスは全く予測が付かない。
一番容易に思いつくのが、アレクシスが一番望まないマイナスのイメージを抱かせる歌を歌い上げる事だが……しかしそれでは、先程アイリスが言っていた『建国記念日に相応しい』という言葉を満たす事は出来ない。
6年にも渡り、手紙と口頭で嫌味と皮肉の言い合いをして来ただけの事があるアレクシスは、アイリスの考えそうな事は容易に想像出来るはずなのだが……。
ここ最近、お互いに今まで無かったギクシャクした状態の影響からなのか、今回アイリスが何をしでかそうとしているのか、アレクシスには全く分からない……。
しかし……とてつもなく嫌な予感だけは、ハッキリと感じられる。
正直、アイリスが開き直った時の最強さは、アレクシスは身を持って知ってる。
今回はそれに匹敵する程の威力のある事をアイリスは、企んでいるはず……。
そんな事ばかりを考えていたら、いつの間にか今年任期を終える巫女達の名前が挙げられ出していた。
この次に来るのが、アイリスの雨乞いの儀だ。
今現在この野外劇場に集まっている人間の殆どの目的は、10年前に伝説的な雨乞いの儀を行って以来、雲隠れしてしまった雨巫女の歌声を聞く事だ。
そんな注目された舞台で、アイリスは一体何をやらかそうとしているのか……。
目の前でアイリスの歌声を楽しみにして、はしゃいでいる母と義理の叔母とは裏腹にアレクシスの今の心境は焦りと不安に苛まれている……。
すると、劇場の広い舞台の中心に向かってアイリスが姿を現した。
薄いラベンダー色のAラインのドレスの裾を優雅に翻し、いつもはハーフアップにしている夜の雪景色のような淡い水色のフワフワした髪を両サイド部分だけ少しだけ垂らし、華やかにまとめた編み込みの髪には、銀の薔薇のモチーフの大きな髪飾りが挿されていた。
金色に近い琥珀色の大きな瞳には、瞬きしただけでフサリと音がしそうな程、長く美しい睫毛が綺麗に生えそろっている。
正直、アイリスの場合、歌など披露しなくてもこの容姿で公の場に姿を現しただけで、最高のパフォーマンスになってしまう。
舞台の中心まで来ると、アイリスはまず初めにこちらの王族専用のボックスに向かって最上級の礼をする。その所作だけで会場からは、感嘆の声が上がった。
次にそこから時計回りに三方向へと礼をした。
アイリスはその動きだけで、早くも客席を魅了してしまっている。
そして礼をし終わったアイリスは、瞳を閉じて両手を胸の辺りで重ねる。
そして天に祈りを捧げる様に精神を集中させた。
すると澄み渡る様な青空が、少しづつ薄黒い雨雲達によって支配され始める。
全ての青空が姿をくらますと、雲の合間から漏れだした光がまるでアイリスを照らす様に降り注いできた。
その絶妙なタイミングで、アイリスが天に向かって歌い出す。
その第一声のあまりにも甘美で切ない歌声に会場全体が息を呑んだ。
しかし、アイリスが紡いだ歌の歌詞は、恐らく会場の9割近くの人間には意味の分からない言語だった。
「古代語……?」
それに気付いたアレクシスが、小さく呟く。
アイリスの様に歌う事で力を使う巫女達は、何曲かの古代語の歌を覚える事が理想とされている。それは教会関係から神事で巫女力を披露して欲しいと依頼が来た際、古代語で対応出来ると崇高な雰囲気が増す為、非常に喜ばれるからだ。
古代語は、まだこの国が建国する遥か昔、この地上に巫女達の様な存在の人間を神が地上にもたらす際、人々に呼びかけた言語だと言い伝えられている。
そしてその神が発したとされる古代語は、代々国で管理している古文書の解読に必要な為、サンライズの王族は皆、幼少期に日常言語と共に学ばされていた。
幼少期より王家へ嫁ぐ事が決まっていたアイリスももちろん、それに該当する。
その為、アイリスは古代語の歌自体を覚えたのではなく、通常の歌を古代語に訳して歌う事が出来るのだ。
『建国記念日に相応しい』と言っていた部分は、恐らくこの事だろう。
しかし今この会場内で古代語を理解出来る人間は、自分達サンライズ王家の人間と、古代語の研究をしているほんの一握りの者達くらいだろう。難解過ぎるという訳ではないが、現在では古代語は一般的には、あまり知られていない言語である。
ただそうなると……アレクシスが望まない事が行えるまずい状況が出来上がる。
「アレク……。お前は、最近アイリスと何か揉めていたのか……?」
そうおもむろに口にしたのは叔父のジェダイトだ。
その隣では義理の叔母と母が、青い顔をしてアイリスの歌声を聴いている。
そして母の隣にいる父は、大きく息を吐いた。
「アレク、確かお前は最近アイリスとは和解しつつあると言っていたね? では何故アイリスはこの様な歌を歌っているんだい……?」
責める……というよりは、息子と婚約者の仲を心配している様な表情で、父エクリプスがアレクシスに問う。
その問いにアレクシスが、一度唇を軽く噛んでから答える。
「申し訳ございません……。三日前までは、いつもと変わらず私に対して愉快な皮肉を浴びせてくれていたので……まさか、このような事になるとは……」
そう言い訳するも、その兆候をアイリスは何度もアレクシスに見せていた。
そもそもアイリスが自身の感情を曲げてまで、アレクシスのリクエストの歌を歌い上げると宣言していたこと自体おかしかったのだ。
そういう場合、今までのアイリスならば、リクエストには答えられないと、きっぱり断ってくる。少し考えれば、すぐに自分はその事に気付けたはずだ。
しかし……ここ最近のアレクシスは、かなり気が緩んでいた……。
アイリスが登城した事で、以前とは比べものにならない頻度で、アイリスと会話が出来る様になった事に。
巫女会合で、やっと自分の目の前でアイリスが歌を披露してくれた事に。
夜会での不仲説を覆す為に行っていた過剰な愛情表現にも嫌々ながらも協力的してくれた事に。
これらの要因が普段では考えられない程、アレクシスの判断を鈍らせたのだ。
そしてそんなアイリスが今歌っている古代語の歌は……『拒絶』という言葉を連想させる内容の歌詞だ。
言葉の意味が全く分からない人間にとっては、切なく慈しむ様な何ともたまらない美声でアイリスが歌い上げている為、その様な意味を成した歌詞の歌だとは夢にも思わないだろう。実際に今この会場にいる殆どの観客は、アイリスの歌声に心奪われ涙している者さえもいる。
しかし古代語の分かる人間が聴けば、この歌が示す意味はすぐに気付くはずだ。
そんなこの歌をアイリスは、アレクシスになりきって歌うと宣言していた。
すなわち……それはアイリスの気持ちではなく、アレクシスが抱いている気持ちだと、アイリスは言いたいのであろう。しかしアレクシスには、アイリスにそう思われてしまった原因に全く心当たりがない……。
「アレク……」
母セラフィナが、心配する様な眼差しを向けながらアレクシスに声を掛ける。
舞台上のアイリスはその問題視されている歌で、会場内に見事な大雨を降らし、観客全ての視線を釘付けにする程の奇跡の様な雨乞いの儀を披露している。
その歌が終盤に差し掛かかったと同時にアレクシスが、急に席から立ち上がる。
そして裏通路に続く出口に向かって、凄い勢いで歩き出した。
「アレクっ! 待ちなさい! どこへ行くんだ!」
「今すぐアイリスと話し合ってきます!」
アレクシスは父である国王の制止も聞かず、そのまま肩を怒らせるようにボックス席から出て行ってしまった。
この5日間、アイリスは建国記念日の式典の準備に追われ、当日着るドレスの合わせや、式典のリハーサル等をこなしていた為、幸いな事にアレクシスとあまり顔を会わせずに済んでいた。アレクシスの方も打ち合わせなどが多く、アイリスの部屋に顔を出す暇が無かった。
そんなバタバタとした5日間はあっという間に過ぎ、ついにアイリスに出された最終課題でもある建国記念日がやって来る。
「アイリス、準備は出来ているかい?」
野外劇場内にあるやや豪華な控室にアレクシスが顔を出した。
「ええ。ただこのドレス、少し動きづらいのだけれど……」
「本当はエンパイアラインのドレスが一番動きやすいそうなのだけれど……母の話では君は身長がそこまで無いから、次に動きやすそうなAラインドレスにしたそうだよ。これならシルエットのバランスも綺麗だし、足元も他の形のドレスよりも動きやすいそうだ」
「確かにプリンセスラインとかに比べれば動きやすいのだけれど……」
そう言ってアイリスがその場でクルクル回ると、その動きに合わせる様にドレスがシャラシャラと衣擦れの音を奏でる。
「君の場合、全身を使って歌い上げるからね……。そして結局、首周りのデザインはベアトップになったんだ?」
「本当は袖のあるスクエアネックが良かったのだけれど……セラフィナ様が、肩は出した方がいいとおっしゃられて……」
「母は今回の君の着るドレス選びに嬉々として取り組んでいたからなぁ。まぁ、夜会のドレス選びを全て僕が決めてしまった反動もあるだろうし、今回は大目に見てあげてくれないかな?」
「もちろんよ。だってあなたが選んだドレスに比べれば、セラフィナ様のお選びくださったドレスには、悪意は一切感じられないもの」
「その言い方だと、僕の選んだドレスは悪意があったと聞こえるのだけれど……」
「あら、違うの?」
相変わらずの皮肉の応酬を繰り出してくるアイリスにここ最近、微妙にギクシャクしていた事への懸念がアレクシスの中で少し和らぐ。
「そういえば……式典で披露する歌は目星はついているのかい?」
アレクシスのその問いにアイリスは、自信満々の綺麗な笑みを浮かべた。
「ええ! この建国記念日に相応しいとっておきの歌が見つかったの! その歌であなたの気持ちを代弁するかの様な見事な歌を披露出来ると思うわ!」
そのアイリスの反応にアレクシスが怪訝そうな表情をする。
「君……今回やけに僕に協力的だよね……? 何故だい?」
「だってこの式典を成功させれば、私はやっと自宅に戻れるのでしょ?」
「まだ成功するとは決まっていないのだけれど?」
「私が歌うのよ? 上手く行くに決まってるじゃない」
「凄い自信だね?」
「だって私の歌声は、聴き手を狂おしい程、心酔させてしまうのだもの」
そう言って意味ありげな美しい笑みを口元に作るアイリス。
そのアイリスの態度にアレクシスが、何か危機感の様なものを抱く。
「アイリス……。君、一体何の歌を……」
すると突然、扉がノックされてアレクシスの言葉が遮られる。
今回はアイリスの身支度を手伝えたパールとカルミアが同時に扉に手を掛ける。
するとアレクシスの側近のヒースが中に入って来た。
「失礼いたします。アレクシス様、そろそろ式典の開始時間になりますので、ボックス席の方に移動して頂きたいのですが……」
「あ、ああ。分かった」
「それではアレク。また後で」
「うん……。アイリスも頑張ってね?」
「ええ。もちろん」
アイリスの控室を後にしたアレクシスは、ヒースに誘導されながら、式典を観覧する王族専用のボックス席へと向かった。
しかし、先程の何か企む様なアイリスの態度が妙に引っかかる……。
そんな事を考えていたら、いつの間にかボックス席に着いていた。
「アレク。こんなギリギリまでどこに行っていたのだい?」
すでに着席している父である国王エクリプスがアレクシスに声を掛ける。
その横には母セラフィナ、そして叔父であるジェダイト夫妻が席に着いていた。
「これから雨乞いの儀を披露するアイリスに激励をと思いまして……」
「ふふっ! アレク、あなた今日は嬉しそうね?」
「義姉上、仕方ありませんよ。なんせアレクは、10年越しでやっと歌を聴かせて貰えるようになったのですから」
自分の過去の大失態の詳細を知る母と叔父の言葉にアレクシスが苦笑いを浮かべた。
すると開始を告げるファンファーレが鳴り響き、アレクシスも慌てて着席する。
式典の進行役は儀典長によって行われ、まず初めに開始の宣言挨拶を国王であるエクリプスが述べる所から始まる。
次に宰相の挨拶が入り、その際にサンライズの巫女達に向けた感謝の言葉が捧げられる。同時に今年で任期を終了、あるいは終了予定の巫女達の名前が挙げられる。二か月後に挙式を控えているエリアテールも今回名を挙げられる一人だ。
その後が、いよいよアイリスによる雨乞いの儀の披露となる。
現状、目の前では開会の宣言をする為、父が席を立って移動を始めているのだが、その様子に見向きもせずにアレクシスは、顎に手を掛けたまま、先ほどからずっとある事について考え込んでいた。
それが別れ際に意味深な笑みを浮かべていたアイリスについてだ。
恐らくアイリスは、今回の雨乞いの儀でアレクシスにとって衝撃的な何かをしでかそうと企んでいる事は、間違いない。
しかしその企みがどういう物なのか、今のアレクシスは全く予測が付かない。
一番容易に思いつくのが、アレクシスが一番望まないマイナスのイメージを抱かせる歌を歌い上げる事だが……しかしそれでは、先程アイリスが言っていた『建国記念日に相応しい』という言葉を満たす事は出来ない。
6年にも渡り、手紙と口頭で嫌味と皮肉の言い合いをして来ただけの事があるアレクシスは、アイリスの考えそうな事は容易に想像出来るはずなのだが……。
ここ最近、お互いに今まで無かったギクシャクした状態の影響からなのか、今回アイリスが何をしでかそうとしているのか、アレクシスには全く分からない……。
しかし……とてつもなく嫌な予感だけは、ハッキリと感じられる。
正直、アイリスが開き直った時の最強さは、アレクシスは身を持って知ってる。
今回はそれに匹敵する程の威力のある事をアイリスは、企んでいるはず……。
そんな事ばかりを考えていたら、いつの間にか今年任期を終える巫女達の名前が挙げられ出していた。
この次に来るのが、アイリスの雨乞いの儀だ。
今現在この野外劇場に集まっている人間の殆どの目的は、10年前に伝説的な雨乞いの儀を行って以来、雲隠れしてしまった雨巫女の歌声を聞く事だ。
そんな注目された舞台で、アイリスは一体何をやらかそうとしているのか……。
目の前でアイリスの歌声を楽しみにして、はしゃいでいる母と義理の叔母とは裏腹にアレクシスの今の心境は焦りと不安に苛まれている……。
すると、劇場の広い舞台の中心に向かってアイリスが姿を現した。
薄いラベンダー色のAラインのドレスの裾を優雅に翻し、いつもはハーフアップにしている夜の雪景色のような淡い水色のフワフワした髪を両サイド部分だけ少しだけ垂らし、華やかにまとめた編み込みの髪には、銀の薔薇のモチーフの大きな髪飾りが挿されていた。
金色に近い琥珀色の大きな瞳には、瞬きしただけでフサリと音がしそうな程、長く美しい睫毛が綺麗に生えそろっている。
正直、アイリスの場合、歌など披露しなくてもこの容姿で公の場に姿を現しただけで、最高のパフォーマンスになってしまう。
舞台の中心まで来ると、アイリスはまず初めにこちらの王族専用のボックスに向かって最上級の礼をする。その所作だけで会場からは、感嘆の声が上がった。
次にそこから時計回りに三方向へと礼をした。
アイリスはその動きだけで、早くも客席を魅了してしまっている。
そして礼をし終わったアイリスは、瞳を閉じて両手を胸の辺りで重ねる。
そして天に祈りを捧げる様に精神を集中させた。
すると澄み渡る様な青空が、少しづつ薄黒い雨雲達によって支配され始める。
全ての青空が姿をくらますと、雲の合間から漏れだした光がまるでアイリスを照らす様に降り注いできた。
その絶妙なタイミングで、アイリスが天に向かって歌い出す。
その第一声のあまりにも甘美で切ない歌声に会場全体が息を呑んだ。
しかし、アイリスが紡いだ歌の歌詞は、恐らく会場の9割近くの人間には意味の分からない言語だった。
「古代語……?」
それに気付いたアレクシスが、小さく呟く。
アイリスの様に歌う事で力を使う巫女達は、何曲かの古代語の歌を覚える事が理想とされている。それは教会関係から神事で巫女力を披露して欲しいと依頼が来た際、古代語で対応出来ると崇高な雰囲気が増す為、非常に喜ばれるからだ。
古代語は、まだこの国が建国する遥か昔、この地上に巫女達の様な存在の人間を神が地上にもたらす際、人々に呼びかけた言語だと言い伝えられている。
そしてその神が発したとされる古代語は、代々国で管理している古文書の解読に必要な為、サンライズの王族は皆、幼少期に日常言語と共に学ばされていた。
幼少期より王家へ嫁ぐ事が決まっていたアイリスももちろん、それに該当する。
その為、アイリスは古代語の歌自体を覚えたのではなく、通常の歌を古代語に訳して歌う事が出来るのだ。
『建国記念日に相応しい』と言っていた部分は、恐らくこの事だろう。
しかし今この会場内で古代語を理解出来る人間は、自分達サンライズ王家の人間と、古代語の研究をしているほんの一握りの者達くらいだろう。難解過ぎるという訳ではないが、現在では古代語は一般的には、あまり知られていない言語である。
ただそうなると……アレクシスが望まない事が行えるまずい状況が出来上がる。
「アレク……。お前は、最近アイリスと何か揉めていたのか……?」
そうおもむろに口にしたのは叔父のジェダイトだ。
その隣では義理の叔母と母が、青い顔をしてアイリスの歌声を聴いている。
そして母の隣にいる父は、大きく息を吐いた。
「アレク、確かお前は最近アイリスとは和解しつつあると言っていたね? では何故アイリスはこの様な歌を歌っているんだい……?」
責める……というよりは、息子と婚約者の仲を心配している様な表情で、父エクリプスがアレクシスに問う。
その問いにアレクシスが、一度唇を軽く噛んでから答える。
「申し訳ございません……。三日前までは、いつもと変わらず私に対して愉快な皮肉を浴びせてくれていたので……まさか、このような事になるとは……」
そう言い訳するも、その兆候をアイリスは何度もアレクシスに見せていた。
そもそもアイリスが自身の感情を曲げてまで、アレクシスのリクエストの歌を歌い上げると宣言していたこと自体おかしかったのだ。
そういう場合、今までのアイリスならば、リクエストには答えられないと、きっぱり断ってくる。少し考えれば、すぐに自分はその事に気付けたはずだ。
しかし……ここ最近のアレクシスは、かなり気が緩んでいた……。
アイリスが登城した事で、以前とは比べものにならない頻度で、アイリスと会話が出来る様になった事に。
巫女会合で、やっと自分の目の前でアイリスが歌を披露してくれた事に。
夜会での不仲説を覆す為に行っていた過剰な愛情表現にも嫌々ながらも協力的してくれた事に。
これらの要因が普段では考えられない程、アレクシスの判断を鈍らせたのだ。
そしてそんなアイリスが今歌っている古代語の歌は……『拒絶』という言葉を連想させる内容の歌詞だ。
言葉の意味が全く分からない人間にとっては、切なく慈しむ様な何ともたまらない美声でアイリスが歌い上げている為、その様な意味を成した歌詞の歌だとは夢にも思わないだろう。実際に今この会場にいる殆どの観客は、アイリスの歌声に心奪われ涙している者さえもいる。
しかし古代語の分かる人間が聴けば、この歌が示す意味はすぐに気付くはずだ。
そんなこの歌をアイリスは、アレクシスになりきって歌うと宣言していた。
すなわち……それはアイリスの気持ちではなく、アレクシスが抱いている気持ちだと、アイリスは言いたいのであろう。しかしアレクシスには、アイリスにそう思われてしまった原因に全く心当たりがない……。
「アレク……」
母セラフィナが、心配する様な眼差しを向けながらアレクシスに声を掛ける。
舞台上のアイリスはその問題視されている歌で、会場内に見事な大雨を降らし、観客全ての視線を釘付けにする程の奇跡の様な雨乞いの儀を披露している。
その歌が終盤に差し掛かかったと同時にアレクシスが、急に席から立ち上がる。
そして裏通路に続く出口に向かって、凄い勢いで歩き出した。
「アレクっ! 待ちなさい! どこへ行くんだ!」
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