風巫女と精霊の国

ハチ助

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【番外編】

ピアス

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本編終了後で婚約披露宴の前日の話になります。
本編25話『無自覚な報復』でチラッと出てきたエリアテール愛用のラピスラズリのピアスについてのエピソードになります。
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「まさか予定通り婚約披露宴の準備を終わらせるなんて……流石イクスだね!」

 ニコニコしながら、一切悪びれた様子のないアレクシスが口を開く。
 その言葉にエリアテールは、やや苦笑した。

「絶っ対、間に合わなくなって延期すると思ってたんだけどなー。でも延期したら、君らの不仲説が更に濃厚だという噂が流れちゃうから……イクスも必死だったみたいだねー」

 イクレイオスが苦労した事に心底嬉しそうな反応を見せるアレクシス。
 流石に親友から、このような扱いを受けているイクレイオスが不憫に思えてきたエリアテールは眉を下げ、バツが悪そうな笑みを浮かべた。

「アレク様……あまりイクレイオス様に辛く当たらないでくださいね?」
「え? 嫌だよ。だってイクスには、これぐらいの罰じゃまだまだ足りないよ?」
「そんな事、おっしゃらずに……」
「エリアは優しいなー。でもあんまりイクスに甘い顔し過ぎちゃダメだよ?」

 アレクシスから相変わらずの塩対応をされているイクレイオスだが……実は今この場にはいない。明日の婚約披露宴の最終確認の為、今日一日ほぼ城内を駆けずり回らなければならない状態となっている。

 そんなイクレイオスとは対照的に婚約披露宴に出席する為、一日早くコーリングスターを訪れたアレクシスは、エリアテールと共に優雅にお茶を楽しんでいた。

「アレク様、今回はお忙しいのに一日早くのご来訪、誠にありがとうございます」
「気にしないで。僕が勝手に動いた事だから。なんせ昨日から天気が崩れ気味だからねぇ……。折角の婚約披露宴が雨になってしまったら……死に物狂いで頑張ったイクスが、ちょ~っとだけかわいそうかな~って思っちゃったんだよねー」

 そう言って、出されたお茶を口にするアレクシス。
 天候の国と呼ばれているサンライズだが、それは何もエリアテール達のような風や雨を起こせる巫女達がいるからというだけではない。王族であるアレクシスもまた、どんな悪天候でも一瞬で晴天に変えてしまえる力を持っている。それはサンライズ王家に生まれた男児のみが受け継げる力であり、巫女力同様に第一子のみが次世代にその力を引き継がせる事が出来るのだ。そしてアレクシスの場合、歴代の王族の中でも特にその力が強い。

 今回、一日早くアレクシスがコーリングスターを訪れてくれたのは、明日の天候が崩れるような事があれば、その晴天の力で早々に天候を回復させられる様にとの気遣いからだ。その為、明日の天候が優れなかった場合は、すぐに対応出来るよう一日早く訪れ、今日はこのままコーリングスターの城内に宿泊する。
 何だかんだ言っても、やはり親友のイクレイオスの力には、それなりになりたいとアレクシスは思ってくれているのだ。そんなアレクシスの気持ちに思わず、エリアテールが笑みがこぼす。

「そういえば……今回のこの婚約披露宴には、アレク様のご婚約者であらせられるアイリス様もご参加頂けるのでしょうか?」

 エリアテールのその問いにアレクシスの動きが一瞬止まった。
 そして珍しく寂しげな表情を浮かべながら哀愁ある笑みを浮かべる。

「ごめんね……。アイリスには、まだ公務関係で同行をして貰う事には正式には義務付けはされていないんだ……」

 アレクシスのその返答内容から、二人の関係がエリアテールがコーリングスターに長期滞在する前の状態と、何も変わっていない事を察する。

「あの……余計な事を伺ってしまい、本当に申し訳ございません……」
「アイリスを連れて来れなくて、ごめんね? エリアは同じ歌巫女として、ずっとアイリスに会いたがっていたのにね……」

 普段は明快な話し方のアレクシスだが……婚約者のアイリスの事となると途端に歯切れが悪くなる。
 触れてはいけない事を聞いてしまったと、落ち込むエリアテールの反応に気付いたアレクシスが苦笑を浮かべる。

「そのかわり……半年後の君たちの婚礼には、必ずアイリスを連れて来るからね!」

 そう言ってエリアテールに優しく笑いかけるアレクシス。
 そんなアレクシスの心遣いにエリアテールも微笑み返す。
 すると、その反動でエリアテールが身に付けている愛用のラピスラズリのピアスが揺れた。

「そのピアス……また身に付ける様になったんだ?」

 アレクシスの問いにエリアテールが、少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。
 勘違いからエリアテールが婚約破棄を希望した際、示談金の一部としてイクレイオスが加工してくれた金属部分とダイヤモンドの部分のみを返却しようと、一度は大事に箱にしまわれてしまったラピスラズリのピアスだ。
 アレクシスの問いで、その時の事を思い出してしまったエリアテールは、急に恥ずかしくなる。
 そんなエリアテールは、今ではあの時に言われたイクレイオスへの『痛恨の大打撃』の意味を、ちゃんと理解している。

「あの時は、イクレイオス様のお気持ちを無下にするような言動をしてしまいましたが……。その、悪気は一切無かったのです……」

 そうバツが悪そうに話すエリアテールに、再びアレクシスの笑いが復活する。

「いや、あれはもう……芸術的としか言いようがないくらい素晴らしい反撃だったと思うよ?」

 そう言いながら、あの時の石像の様に固まってしまったイクレイオスの様子を思い出してしまい、またしても笑いを堪える為に小刻みに震えだす。
 そんなアレクシスの様子に再び恥ずかしくなったエリアテールは、ぎゅっと目を瞑って俯いてしまった。
 その反応から少々からかい過ぎてしまったかと、アレクシスが少しだけ反省しだし、お詫びの意味も込めてある話題を振って来た。

「エリアは……サンライズではお馴染みの恋人や伴侶に贈り物をする際の風習は、もちろん知ってるよね?」
「もちろんです! 男性がその女性の誕生日花のデザインやモチーフの腕輪を贈る風習ですよね?」
「実はコーリングスターにも、それと似たような風習がある事は知ってる?」
「コーリングスターにもあるのですか?」

 エリアテールのその反応にアレクシスは思わず、今ここにいない親友の抜けっぷりに呆れてしまった。

「イクスは本っ当、肝心な所が変に抜けているよね……」
「イクレイオス様が……どうかされたのですか?」
「ああ、ごめん。こっちの話」

 そう独り言のように言って苦笑するアレクシスは、今この場にいない親友の詰めの甘さに落胆するように息を吐く。同時に未だにエリアテールが、ある事に気付いていないという事を認識した。

「うん、あるよ。コーリングスターの場合だと、男性が恋人や伴侶の女性に自分の瞳と同じ色の宝石をあしらった装飾品を贈る風習があるんだ」
「コーリングスターにも、そのような素敵な風習があったのですか!?」
「うん。その風習には諸説諸々あって……特に番有名なのが二つある。一つは男性が自分の瞳と同じ色の宝石をあしらう事で『あなたをいつも見守っています』っていう意味を込めて女性に贈るっていう説と……」

 そこでアレクシスは一端言葉を切り、悪戯を企む子供のような表情を浮かべる、

「もう一つは『これは私の物だから手を出すな! いつでも監視しているぞ!』とおいう感じで、周りの男性達を牽制する為だという説があるんだ」
「まぁ! 前者はとてもロマンチックなのに……。後者はやけに実用的な説なのですね?」
「そうだね。でもまぁ、男からしたら後者の理由で贈る方が多いと思うよ? いわゆる男避けっていう意味で」
「なるほど……」

 そう関心しているエリアテールだが……。
 この話をしても今回の騒動で問題となったある事への真相を未だにエリアテールが気付いていない事にアレクシスは気付き苦笑する。そんな相変わらずの鈍感さを見せるエリアテールに、アレクシスはかなり分かりやすいヒントを口にした。

「ちなみにイクスの場合だと……そのあしらう宝石はダイヤモンドになるね」

 その言葉を聞いたエリアテールは、何かに気付いたように目を大きく見開いた。
 そして改めてイクレイオスの瞳の色を思い出す。確かに光の加減で虹色に見える事があるイクレイオスのシルバーな瞳は、宝石で例えるならダイヤモンドの色合いがピッタリだった。
  だが、その事について確信に至るまでの内容には思考が到達していないらしい。更なるヒントを求めるようにエリアテールは、無意識に更なるヒントを求めるようにアレクシスに視線を向ける。

「えっと……あの……」
「『誕生日の贈り物の装飾品には、毎年の様に高級なダイヤモンドがあしらわれていたから、恐れ多くて身に付けられなかった』って言ってたけど……そのその品物がイクスから君に贈られた理由が何でか分かったかな?」

 アレクシスの言葉を聞いたにエリアテールは、一気に顔色が真っ青になった。
 イクレイオスがわざわざ個人資産を使ってまで、高級なダイヤモンドをあしらう事に拘り続けてた理由……。
 しかもそんな心のこもった品を自分は、婚約解消時に発生する示談金の一部として売却したいと言ってしまっていたのだ。

「あ、あの! わ、わたくし……」
「そんなに思い詰めなくても大丈夫だよ。というか……あのエリアの言葉は、あの時のイクスにとっては最高の制裁になったと思うし……」

 そしてアレクシスは意地の悪い顔をする。

「あれは完全にイクスの自業自得だ」

 そうは言われても……知らなかったとはいえ、かなり酷い対応をしてしまった事にやっと気づいたエリアテール。その所為か、半分涙目になっている。そんなエリアテールを気の毒に思いつつも、面白くてたまらないアレクシスは更に口を開く。

「そもそもあのラピスのピアスだって、イクスの本音としては、あまりエリアに愛用して欲しくなかったみたいなんだよね」
「ええっ!?」
「でも、エリアが愛用している理由から強く言えなかったみたいだよ?」
「愛用している理由……?」
「エリア、子供の頃にイクスにこう言った事があるんだってね? このお守り効果が高いラピスラズリのピアスを付けていたから、イクスの婚約者に選ばれて厳重警備対象になれたって。だからこのピアスは自分にとっては、絶大な守護効果をもたらした幸運のお守りだって」
「は……い。でもそれが……どうして?」

 そこでアレクシスがまた苦笑する。

「自分の婚約者が、他の男が用意したピアスを愛用しているのは、気にくわない。でもそのお蔭で自分と婚約出来た事を幸運と言っている。これじゃあ、そのピアスを愛用するなとは……強くは言えないよね?」
「そ、それは……」
「だからね、そのピアスが破損した時、イクスはそれを好機と捉えたんだ。そしてちゃっかり自分の瞳と同じ色のダイヤモンドを修理ついでにあしらった」

 そしてアレクシスが少し呆れ気味な表情をしながら微笑む。

「君が肌身離さず毎日愛用しているそのピアスに、どうしても自分の瞳の象徴的なダイヤモンドをあしらいたかったんだろうね」

 それを聞いたエリアテールは、項垂れながら両手で顔を覆う。

「そのピアスの修理部分のみを……婚約破棄の為の示談金の足しにと、わたくしは返品しようとしたのですね……」
「そうだね! もう僕からすると、最高の公開処刑だったよね!」

 アレクシスがまた復活してしまった笑いのツボに苦しみ出す。
 対照的にエリアテールは、また涙目になってしまっていた。

「わたくしは……イクレイオス様に一体どれくらいの謝罪の言葉を述べればいいのか分かりません……」
「エリア、謝罪なんて必要ないよ?」
「ですがぁ……」

 今にも泣きだしそうなエリアテールに、アレクシスが優しく諭す様に話す。

「そのかわり、イクスにこうお願いしてごらん? 『たった一つでいいから、毎日肌身離さず身に付けられるダイヤをあしらった装飾品をください』って。その方が謝罪するよりもよっぽどイクスが喜ぶから」
「そんな……不敬行為を行った挙句、物をねだる等……」
「それが一番の効果的なお詫びの仕方だと思うよ?」

 アレクシスのその提案に不安を感じるエリアテール。
 果たして本当にそれでイクレイオスへの謝罪になるのだろうか……。

「それでもし……イクスが君の為にそういう装飾品を用意してくれたのなら、そのラピスのピアスは卒業しないとね?」
「え……?」
「ダイヤモンドには退魔の力があると言われているからね。そのラピスよりも、もっと君の事を守ってくれると思うよ?」

 そういってアレクシスは、兄のような優しい笑みを浮かべる。

「エリアには、もう僕の守りは必要ないからね……。だってこれからは、イクスがしっかり守ってくれるし」
「アレク様……」
「でももしまたイクスに泣かされる様な事があれば、すぐに僕に言うんだよ? その時は即、巫女保護法を適用してあげるからね?」
「そ、その様な事は……」
「だからそのすぐに巫女保護法を切り札に出すのは、やめろと言ったはずだっ!」

 急に後ろから割って入って来た声にエリアテールが驚く。

「イ、イクレイオス様っ!?」
「やぁ、イクス。ノックもしないで入ってくるなんて……かなり無作法だね?」
「本人がいない所でロクでもない話をしているお前たちの方が、余程無作法だろ」

 そう言って、イクレイオスがエリアテールの隣にドカリと腰を下ろす。

「エリア、お前またアレクから変な事を吹き込まれていないだろうな?」
「いえいえ! そのような事は……」
「イクス、意外と早かったね? もう婚約披露宴の最終確認は終わったのかい?」
「話を逸らすな!」

 そのままいつもの様に軽口をたたき合う二人に苦笑するエリアテール。
 そして先程、アレクシスに言われた事を少し考える。
 そんなエリアテールの様子に気が付いたアレクシスが声を掛ける。

「エリア、さっき僕が提案した事、少し考えてみてね?」
「何の事だ?」
「イクスにとってもいい事だよ?」
「絶対にロクな事じゃないな……」

 そんな二人のやりとりに再びエリアテールは苦笑した。
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