赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助

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7.噂の真相

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 翌日、再びジェラルドがオーデント家を訪れ、昨日雑談会と化してしまった分を取り戻すように今後の視察予定に関して、濃い話し合いが行われた。

 本来ならクレアがジェラルドの滞在先を訪れるべきなのだが、手助けをして貰っている立場でそれは申し訳ないと言われてしまい、好意に甘んじてオーデント邸まで足を運んでもらっている。
 しかしオーデント家側からすると、ジェラルドがここへ訪れることは問題児の妹と遭遇しやすくなってしまう。
 ならば、できる限りこちらからジェラルドのもとへ出向くほうが安全である。

 そんな本日は、未だに取引先農園を決めかねているカモミールと、セージを取り扱う農園の件で話合っている。
 ミントに関しては、初日にジェラルドが目をつけて視察した農園にクレアの補足説明を聞いた後、取引候補にしたそうだ。
 だがカモミールとセージは、まだどの農園から仕入れるか決めかねている。

 ただしクレアと共に訪れたマウロ農園に関しては、試飲したはちみつ入りカモミールティーをジェラルドが気に入り、自分用にと個人的に契約するらしい。
 マウロ農園的にも王弟であるアストロメリア公爵閣下御用達という宣伝効果に今回取引先候補から外されてしまっても、それ以上のメリットを得て喜んでいる。

「セージに関しては、邪気払い的な用途で使われる事が多いので、需要面では取引先の農園を得たい気持ちが強い。カモミールに関しては、最悪少量でも取引をと思っているので、最終的には視察したマウロ農園をも検討しているが、出来れば生産量の多い農園方が好ましい」
「ですが、ハーブの質は高い方がよろしいのですよね?」
「ああ、そこはあまり妥協したくない」
「そうなりますと、キャストリー農園かフィンス農園あたりですかね。ただ、どちらもメインは別のハーブを育てておりますが」
「そのメインのハーブとは?」
「キャストリー農園はレモングラスを。フィンス農園では、タイムをメインで栽培しております」

 するとジェラルドが少し考え込む。

「レモングラスは名前からのイメージ通り、柑橘系の香りがするハーブだったな。そういえば東の大陸の方で需要が多いハーブと聞いたが」
「確かにレモングラスは東の大陸では料理によく使われておりますね。実はキャストリー農園の前農園主の妻が、その東の大陸出身なのです。当時はまだこの大陸内でもあまり需要のなかったハーブでして、我が領地では十年ほど前に取り扱いの申請を前国王陛下へ申請致しました。ただ……こちらではあまり料理に使われないので、需要としては精油加工後に調香工房や石鹸工房等が取引先に多いです。ですが防虫効果と美容効果の高いハーブとして今注目を集めているので、我が家は伸びしろを期待している農園の一つになります」
「ならばキャストリー農園の視察もしてみるか」
「では父に視察の手配するよう伝えておきます」

 そう言って、クレアはメモ書き用の紙にキャストリー農園の名を書き記す。

「それと今後うちで取り扱うといいハーブがないか検討しているのだが、あなたのおススメのハーブは何かあるか?」
「そうですね……。ハーブウォーターの関係で、ターゲット層を女性重視でお考えならば、美容系で効果が高いヤロウやエルダーフラワーですかね? ヤロウは傷などに効くので吹き出物や肌荒れに、エルダーフラワーは肌を引き締め、シミやそばかす防止に効果があります。あとはレモンバームでしょうか。ですが、この精油がかなり貴重な物になるので管理が大変難しいです」
「なるほど。ではそれらを扱っているハーブ園も今回の滞在中に視察をしたい。だが滞在期間的に全ては難しそうだな。レモンバームを扱っている農園は、余裕があったら周ろうと思う」
「かしこまりました。ヤロウとエルダーフラワーに関しては、両方扱っている農園がございますので、今回はそちらをご案内させていただきます」

 そんなやり取りをしている内にジェラルドがオーデント家の領地に滞在してから、あっという間に一週間が過ぎてしまった。
 その間、クレアはジェラルドがハーブ園の視察に行く際は必ず同行を求められ、視察予定が無い日は、オーデント家にて視察先のハーブ園を取引先にするかの相談に乗っていた。

 つまりクレアはこの一週間、ほぼジェラルドと共に過ごしていたことになる。
 その影響からなのか、当初ジェラルドに対して抱いていた重圧や緊張感は今は一切ない。
 むしろリラックスした状態で対応できている自分に驚いてしまう。

 しかし相手は王弟であり、公爵なのだ。
 うっかり失言などしないように細心の注意を払わなければならない。
 しかし、あまりにもジェラルドが気さくに接してくれるので、つい軽い冗談などが出てしまう。
 そんな状態で本日も雑談に興じながら、クレアはジェラルドとのお茶を中庭で楽しんでいた。

 きっと年の離れた兄がいたら、こんな感じなのだろうとクレアは思う。
 時々ジェラルドが見せる素の表情は、なんとも言えないほっこりとした気持ちにさせてくれる。
 五歳も年上で公爵である彼に対して抱くには失礼な感情なのだが、その無防備な状態には思わず親近感を抱いてしまうのだ。

 そのため、つい一緒に過ごす時間を楽しんでしまっていたクレアだが、ふいにジェラルドが振ってきた話題でその流れが少しだけ変わりはじめる。

「クレア、あなたは確か今後自身がやりたい事として、他令嬢達の教育係の仕事を目指したいと言っていたが、いつ頃から行動を起こすつもりだ?」
「今は、まだはっきりとは決めておりません。とりあえず動き出すのは、成人後の十八になってからと考えているので、来年の春先以降になると思います」
「そうか。そうなると来年の今頃は、あなたはここにはいない可能性があるという事だな」
「どうでしょうか……。そもそも経験が一切ない若い娘を教育係として、受け入れてくれるところなど稀でしょうね」
「確かに。ならば私が、口利きをするというのはどうだろう?」
「そ、そのような恐れ多い事は! もしご先方の納得いく仕事ぶりをわたくしが発揮出来なければ、閣下にご迷惑がかかってしまいます!」

 するとジェラルドが、珍しく意地の悪い笑みを浮かべた。

「だからいいのだろう? 公爵の口添えで雇った教育係に不満などは言えない。だからあなたは安心して働ける。まだ出会って一週間だが、あなたの優秀さを私は十分に理解している。もしあなたの仕事ぶりに不満があると言うのであれば、それは先方にも問題があると私は思うが?」

 屁理屈のようなジェラルドの言い分に思わずクレアが苦笑する。

「閣下は、なかなか素敵なご性格であらせられますね……」
「でなければ『黒髪の冷徹公爵』等とは、呼ばれてはいない」

 そう言ってジェラルドは、すっかり気に入ってしまったはちみつ入りのカモミールティーの入ったティーカップに口づける。
 その優雅で凛とした美しい容姿から、何故少年時代のジェラルドにあのような噂が出回ったのか不思議で仕方ないクレアは、思わずジェラルドを見つめる。
 するとクレアの視線に気づいたジェラルドが、にっこりと笑みを返して来た。

「クレア、何か聞きたい事でも?」
「その……閣下の少年時代のお噂を少々耳にした事があるのですが、何故あのような偽りのお噂が流れてしまったのかと思いまして」

 思わずこぼしてしまった内容がジェラルルドに対して、かなり失礼な内容だったことに気づいたクレアが、慌てて口を手で覆う。
 ここ最近、あまりにもジェラルドが気さくな雰囲気で接してくれていたので、つい気が緩んでしまったのだ。

「も、申し訳ございません! 只今の質問はお忘れください!」
「いや、構わない。だが、その噂は嘘ではない。本当の事だ」
「えっ?」
「実際、私は十三歳頃までは、かなり卑屈な態度で過ごしていたからな。ただでさえ銀髪の多い王家に黒髪で生まれてしまったのにその髪質は剛毛。幼少期は顔中ソバカスだらけだったが、思春期にさしかかると、それは吹き出物に変わった。それを隠すように常に前髪で顔を覆い、挙句の果てには自分を目立たなく見せようと猫背も酷かった」

 そう言ってジェラルドが、やや困ったような笑みを浮かべた。

「両親と兄……現陛下からは、十分な愛情を注いでもらったが、世間の反応はかなり辛辣なものだった。もちろん、コリウスのように私に対して親身になって仕えてくれた者もいる。だが城勤めの殆どは、陰で私の容姿を揶揄する者たちが圧倒的に多かった。そうなると人前に出る事が苦痛になり、自然と対人関係から逃げるようになってしまう。あの時ほど容姿の良さの重要性を痛感した事はない」

 やや自嘲気味な笑みを浮かべて、そう語るジェラルドの表情は少し悲しげだ。
 振ってはならない話題を振ってしまった事にクレアが唇を噛んで俯く。
 しかし、ジェラルドは急に声のトーンを明るくして続きを語り出した。

「だがいくら容姿に優れていなくても内面さえしっかりしていれば、どうにでもなる。昔、それを自身よりも小さな少女から、教えられた。それ以降、私は自分自身の存在を隠すような振る舞いや、態度を一切止めた。ちょうどそれと同じくらいに外見も変化した。王家の主治医の話だと、成長段階でホルモンバランスが変わるので、それによる体質変化ではと言われた。まぁ、たまたま良い方に転がったという事だろう。ただし対人スキルの向上と人間不信に関しては、あまり改善はされなかったがな」

 そこまで語るとジェラルドが、ややバツが悪そうな表情を浮かべた。

「それでお噂と現在の閣下の人物像が全くそぐわない状況になっているのですね……。ならば閣下にその事を気づかせたその小さな少女は、大手柄ということになりますね」
「プラチナブロンドだった……」
「はい?」
「その少女だ。真っ直ぐで絹糸のような美しさのプラチナブロンドの髪をしていた。当時の私は、来客が多い日は必ずと言っていい程、城内の中庭に身を隠し、挨拶などで人前に自身の姿を晒す事を拒んでいた。そんな時、そのプラチナブロンドの少女が、王城に一緒に来ていた別の少女が庭に迷い込んでしまったらしく、それを必死で探し廻っていた。その時、たまたま私と出くわし、ほんの少しだけ会話をした。だが、その見事な髪色を褒めた際、はっきり言われてしまった。『例えどんなに見た目が美しくても中身が淑女で無ければ、意味がない』と」

 そのジェラルドの話にクレアが、口をポカンと開けてしまった。

「しゅ、淑女ですか?」
「ああ。どうやらその少女は、中庭に迷い込んでしまった自身の連れの少女への不満として言った言葉だったらしい。だが、私にしてみれば、それだけ容姿に恵まれているにも関わらず、内面の重要性をその幼さで理解している事に驚いてしまった。同時にその少女よりも年上の自分が、その事を必要以上に気にしている事に酷く恥ずかしくなってしまって……。以来、容姿を気にする事を止め、内面を磨く方に専念するようになったのだ」

 その頃の事を思い出したのか、ジェラルドがやや照れ臭そうな表情を浮かべる。
 しかし、クレアの方はその話である事に気がついた。

「もしや妹にご興味がおありだとおっしゃっていたのは……」
「もしかしたらあなたの妹君が、その少女だったのではないかと思ったんだ。だが話を聞く限り違うようだな。プラチナブロンドは確かに目を引く髪の色だが、上流階級の女性内ではそこまで珍しくもない。しかも当時は、大陸外からの来客も多かったので、もう会う事は難しい相手なのかもしれない。だが、どうしてもその時の礼を言いたい気持ちが、私にはまだある」

 そう言って喉を潤すようにジェラルドがカモミールティーを口にする。

「まぁ、向こうとしては、私に礼を言われても何の事だかさっぱり分からないだろうし、今はその少女も立派な女性へと成長しているはずだ。何よりも髪の色しか覚えていないので、彼女を探しようがないのだが……」

 残念そうな顔をしながら、そう呟くジェラルドにクレアも釣られてしまう。

「その少女の言葉は閣下を変える切っ掛けになったのですね」
「流石に七歳前後の少女が、そのような考えを持っているのに十三歳の私が容姿に固執し引きこもっているなど、子供の癇癪にしか見えないからな。どこのご令嬢か今では分からないが、聡明な女性に成長していることだろう」

 昔を懐かしむように優しい笑みを浮かべているジェラルドの様子にクレアも思わず、微笑ましい気持ちになってしまう。
 しかしそんな自分達の許にベテラン侍女のマリンダがやって来る。

「ご歓談中のところ、失礼いたします。クレアお嬢様、実は先程からイアル様がお見えになっておりまして。どうしても本日、クレアお嬢様におつたいしたいことがあるとお待ちになっている状態です」
「今? 閣下がお見えであることは伝えたの?」
「はい。ですが、お時間は取らせないとおっしゃられて……」

 その困惑気味なマリンダの様子にクレアもつい眉間にシワを寄せてしまう。
 するとジェラルドが静かに口を開いた。

「クレア、私のことは気にしなくていい。行ってあげなさい」
「ですが、閣下をこのままお一人にしてしまうのは失礼かと」
「相手は時間を取らせないと言っているのだろう? ならば早々に話を聞いて、また戻ってくればいい。それまで私はのんびりと茶を味わうとにしよう」
「閣下……申し訳ございません。お気遣い大変感謝いたします」

 ジェラルドの気遣いに感謝しながら、クレアはイアルのもとへと向かった。
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