天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第17章 変化の時

18.5 書類の山

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■■■前書き■■■

更新おまたせしました。今回はファズ視点のおまけ話となります。

■■■■■■■■■



「バルジアラ様、ディスコーニ様からの報告書です」

カイゼルベルグの軍の建物の3階にある、机がU字に置かれた広い会議室。
U字の折返し地点にある議長席に座り、黙々とデスクワークをこなすバルジアラ様の前で立ち止まって声をかけると、長時間に渡る厳しい鍛錬中でも見たことのない、疲労感たっぷりの顔で自分を見てきた。机の上にある2つの書類の山に触れないように報告書を提出すると、バルジアラ様は溜息を吐いた。


「あいつはまだ戻ってこないのか?」

「シェニカ様のお部屋にいらっしゃいます」

自分の席に戻る途中、今度は書類の束を両手に抱えたストラとフォリナスがバルジアラ様の前にやってきた。バルジアラ様はその書類を見た途端、眉間に今以上の深いシワを刻み、机に両肘を付いて頭を抱えた。


「バルジアラ様、お手紙が届いております。こちらにまとめたお手紙の内容ですが。ファーナストラ殿下からは暇を持て余したアビシニオン王子が、暗部ごっこと称して軍の建物に侵入した結果、1階の応接室の扉に傷をつけて修復不能な状態にさせてしまったことの報告と謝罪。
アルベルトとの国境にいるリュバルス様からは、侵略の構えを見せていたアルベルト軍が撤退した報告と、久しぶりに将軍らしいことをしたらバルジアラ様と鍛錬がしたくなった、とのことです。同様に、イダニス軍も国境沿いから撤退したという報告が来ております。
次にこちらにまとめたお手紙は、リュバルス様を含む今回一時復職した元将軍方からの戦勝のお祝いです」

「宰相様からは、フェアニーブでの尋問の日程、同行人数、同行者、滞在日数、トラント国王の処刑場所などのご相談。トラント領に派遣する大臣や文官のリストです。トラントとの国境にいるトゥーベリアス様からは、シェニカ様へのご対応についての問い合わせが来ております。
こちらの手紙はフェアニーブにいる我が国のバストラ大使からのもので、トラント大使からの申し入れをまとめたものです。内容はトラント国王を丁重に扱うよう求めていること、大使は今回の大罪には何の関係もなく、何も知らされていなかったこと、トラントが滅亡となった場合の貴族としての地位の保全などです」


「急ぐものはこっち、それ以外はそっちに置いといてくれ……」

バルジアラ様の消え入りそうな声を聞き漏らさなかった2人は、書類の山を崩さないように静かに積むと、エニアスから少し離れた場所にある自分達の席に戻った。


「はぁ~……」

顔を上げたバルジアラ様は、今まで読んでいた書類に目を通し始めたが、ざわつく会議室に響く大きな溜息を吐いた。

自分の席に座って机の上にある数枚重なった書類に手を伸ばした時、少し離れた場所に座る自分の同僚アクエル、ラダメール、アヴィス、セナイオルの4人の様子を窺った。彼らはディスコーニ様宛に送られてくる手紙や、部隊の部下から上がってくる報告をまとめていて、数時間前まであった書類の山は自分と同様片付いた。仕事が一段落したからか随分と表情が穏やかなのに対し、目の前に書類が山積みのエニアスやストラ達は、余裕のない表情をしている。
自分に視線を送るエニアスを見ると、『もう処理が終わったのか。いいなぁ。羨ましい』と目で語っていたが、手伝ってやりたくても、ディスコーニ様の許可なく手を貸すわけにはいかない。彼らには心の中で頑張れ、とエールを送っておいた。


「やってもやっても終わんねぇよ。はぁ……」

軍の中で一番デスクワークが多い立場にあるバルジアラ様だが、その仕事はいつもディスコーニ様に任せていらっしゃるから、こうして長時間座って黙々と仕事をしているのは珍しいことだ。ただ、こうして書類が溜まっていくと、バルジアラ様のヤル気がどんどん失われていくのが見ているだけで伝わってくる。
頼みの綱のディスコーニ様はシェニカ様の世話役となっているために、ご自身が処理しなければならない仕事はやらなければならないが、バルジアラ様の溜まった仕事までは引き受ける時間はない。時間があるとすれば、シェニカ様がお休みになってから、ご自身が休まれるまでなのだが、その時間で処理できる量は限られる。この場にいないもう1人の将軍レイビニオン様は、移動続きを考慮して今日はもう休まれているし、それがなくても、普段から関わることが少ないレイビニオン様に仕事を渡すことはないだろう。


疲れた顔のバルジアラ様が、親指と人差し指で紙の末端をつまんで嫌そうに書類を読む様子を見た後、手元の書類を読みながら、ディスコーニ様の部屋で耳にしたまさかの別れ話を思い出した。

鍾乳洞での死体確認の時、『赤い悪魔』がシェニカ様に狼藉を働いたというのは分かったが、その後は傍から見ても2人の間に距離を感じていた。でも、シェニカ様はそれなりにあの男を気にかけていたし、複数の相手を持てる方だから、関係は微妙でも別れるとは思ってもみなかった。
ディスコーニ様とシェニカ様は、初々しくじれったいような仲睦まじい様子だから、これを機にディスコーニ様が恋人になるのだろうか。上官の恋は気になるところだが、シェニカ様の言うイルバという人物のことも気になる。護衛にするということは、それなりに実力のある者だと思うのだが、シェニカ様が敬称をつけるとすれば軍の関係者だろうか?
ベラルスが保管していたシェニカ様の記録を思い返しても、そんな名前の人物は出てこなかったし、シェニカ様が足を運んだ国にそのような名前の副官や将軍はいなかったと思う。そうすると、退役した貴族の令息だろうか。


自分もアクエル達も仕事は一段落したし、彼らにも別れ話のことを話したいから、休憩がてら全員でディスコーニ様の近くに行っておこう。そう思って、書類に目を通していたアクエル達の後ろに移動した。


「仕事も一段落したし、話したいこともあるから全員でディスコーニ様の元に行こう」

「話したいこと?なんかあったのか?」

「ここじゃあれだから、ディスコーニ様の部屋の隣のテラスで」

自分がそう言うと、アクエル達は顔を見合わせて席を立ち上がった。
部屋の外にいる部下にディスコーニ様の元に行くことを伝え、無言でテラスまで移動した。シェニカ様の部屋にディスコーニ様の気配があるのを確認したが、一体何の話をしているのだろうか、と思いながら5人でテーブルを囲むように並んだ。


「ファズ、話したいことってなんだ?」

セナイオルが早く聞きたい様子で小声で言ってきたが、もっと音を小さくするように手で合図をした。


「ディスコーニ様の部屋で仕事をしている時、シェニカ様と『赤い悪魔』がここで食事をされていた。シェニカ様は結界を張ってなかったから、話し声が部屋に聞こえてきた。最初は他愛のない話だったんだが、途中から空気が変わって、シェニカ様が『赤い悪魔』と恋人関係を解消なさった」

「は?」
「え?それって別れたってこと?」
「なんで?」
「ディスコーニ様とのご関係は?」

やはりこの4人もシェニカ様の別れ話には驚いたようで、それぞれが目で話の続きを促してきた。


「俺の知る限りでは、『赤い悪魔』はシェニカ様への横暴な行動が原因で信頼関係を失ったらしくて、それが原因でフラれたみたいだ。ただ、シェニカ様と何かの約束をしていたらしく、押さえなくて良いと思えるまで主従の誓いを結ぶこと、護衛を増やすこと、ポルペアまでという条件で護衛として同行することを許した。
この別れ話の後、ディスコーニ様はシェニカ様のお部屋に行かれたが、2人の関係がどうなったのかは分からない」

「ちょ、ちょっと話が急展開過ぎてついていけないんだが」
「主従の誓いってことは、シェニカ様は『赤い悪魔』を奴隷にしたってことか?」
「護衛を増やすとはいえ、別れた恋人と四六時中一緒ってどうなんだ?」
「『赤い悪魔』の様子を見る限り、シェニカ様のこと好きだよな。シェニカ様が旅に戻られたら、元サヤに戻れるように頑張るのかなぁ?」

4人は困惑した顔でそれぞれの意見を言い始めたが、情報が少ない上に「どうなるのだろう?」という未来のことばかりで想像の域を出ない。でも、欲しい情報を握るのは自分達の上官、シェニカ様、『赤い悪魔』の3人しかいない。誰に聞くわけにもいかないから、しばらくは様子を見つつ、ディスコーニ様やシェニカ様の会話の中から情報を得るしかない。


「とりあえず落ち着こう。俺達の仕事はディスコーニ様がシェニカ様と上手くいくように動くことだ。恋人や愛人を選ぶのはシェニカ様だが、増える場合には出来るだけディスコーニ様にとって不利のない相手が良い。
で、だ。その別れ話の結果、追加の護衛は以前一緒に行動していた『青い悪魔』になったようだ。ベラルスの記録にあった名前と一致するからそう断定出来るし、『赤い悪魔』が『青い悪魔』はシェニカ様には恋愛感情がないと言っているから大丈夫だと思うんだが。気になるのは、ベラルスの記録にも出てこなかった『イルバ』という人物なんだよ」

「イルバ?」

他国の副官や将軍の名前を頭に入れているラダメールを含め、誰もその名前にピンとこないようだ。


「その人物について分かっている情報は、シェニカ様が『赤い悪魔』を護衛にして以降、どこかで出会っていて、護衛にしても良いと思うほどの相手であること。シェニカ様はその男に好意を抱いてないが、その男はシェニカ様に恋愛感情があるらしいということ。今回は護衛にならなかったが、シェニカ様が『赤い悪魔』と別れたら、この男が護衛として同行する可能性があること。シェニカ様が『イルバ様』と敬称をつける相手だから、多分傭兵じゃないということくらいだ」


「敬称をつける相手となると、地位や身分が高いってことだよな?王族はないだろうから、貴族の令息か軍の関係者?」

「『白い渡り鳥』様が敬称をつける相手って、軍の関係者だと階級は副官以上になるけど。イルバっていう将軍は聞いたことないけど、副官は結構入れ替わったりするからなぁ。ラダメール、お前聞いたことある?」

「いや、聞いたことない。でも、シェニカ様はそういう相手とは距離を取ってると思うんだけど」

「ディスコーニ様は知ってるのかな?」


「ディスコーニ様がその男を知っているかは分からないし、俺達じゃ暗部は使えないから出来ることは限られているけど、こういう訳だからイルバという人物については注意しておいてくれ」

自分がそう言うと全員が大きく頷き、みんなでシェニカ様の部屋に顔を向けて気配を読み始めた。
シェニカ様が『赤い悪魔』と別れたことで、ディスコーニ様はライバルはいなくなった上に、お2人は誰がどう見ても両想い。シェニカ様は別れ話をした直後といえど、好きな相手と2人きりの状況であれば、そういう空気になっても良さそうなのに、横に並んで座っていらっしゃるだけのようだ。


「シェニカ様が選ぶ相手、ディスコーニ様にとって面倒じゃない相手だと良いな」

「うーん。一番の強敵って誰なんだろうか」

「治療に名声、子供に『聖なる一滴』。シェニカ様からもたらされるものは多くある上に、ディスコーニ様とのことが表に出たら、世界中の国の将軍たちが狙いにくるよな。ディスコーニ様にとって面倒な相手は世界中にいるけど、その中でも厄介なのはやっぱり大国の将軍かなぁ?ラダメールはどう思う?」

「世界中に未婚の将軍って結構いるけど、やっぱりディスコーニ様のライバルとされる大国の将軍か、筆頭将軍が強敵だよな。となると、サザベルだとディネードとかユド?ドルトネアだとアズネイト?ジナの将軍は全員結婚してるから、副官がシェニカ様狙いになるのかなぁ」

身内ウィニストラで未婚の将軍って何人かいるけど。注意すべきはディスコーニ様に敵対心丸出しのトゥーベリアス様だよなぁ。国境にいるってことは明日には顔を合わせるのか」

「シェニカ様に意見することなんて、多分誰にも出来ないと思うけど。シェニカ様の選ぶ相手が、ディスコーニ様にとって悪い相手じゃなければいいんだが」

「シェニカ様がディスコーニ様だけにして下さると良いんだけど、そんな『白い渡り鳥』様っていないもんなぁ」

「聞いたこと無い」

ディスコーニ様は相手が誰であろうと受け入れる覚悟をしている様子だが、願わくばディスコーニ様とシェニカ様の間を引き裂く意図のない人であってほしい。でも、誰もがシェニカ様の寵愛を独占しようと思うだろうから、ディスコーニ様がシェニカ様の近くにいなければ不利な立場になるだろう。


「とりあえず、俺達が出来るのはシェニカ様とディスコーニ様の仲が順調に進むように動くこと。ディスコーニ様が退役してシェニカ様の元に行けるように、日々努力すること。そして、シェニカ様が通常の旅に戻られたら、離れたディスコーニ様を忘れないようにしてもらうことだ」

「どうすればいいかなぁ」

「お2人の様子を見る限り、カケラの交換はしそうだから、手紙のやりとりはするだろうなぁ」

「手紙もいいけど、肖像画を渡すとかどうだろうか。大きいやつじゃなくて、ポケットに入るサイズくらいのとか」

「アクエル、お前絵が上手いよな。出来るか?」

「俺が得意なのは風景画だから、肖像画は難しいかなぁ。ファズ、どう思う?」

「こういうのはどうだろうか」

難しい顔をしていた4人に自分の意見を伝えると、どんどん明るい顔になってきた。どうやら、良い意見だと思ってくれたようだ。


「それいいな!流石ディスコーニ様の次にシェニカ様を近くで見てるだけあるな!」
「それだと絶対ディスコーニ様のことを忘れないだろうな」
「腕の見せどころだぞ!」
「シェニカ様もディスコーニ様もきっとお喜びになる」
「じゃあデスクワークの分担量も変えようか」


全員であれこれと意見を言い合っていると、シェニカ様の部屋で上官が動く気配を感じた。5人でテラスを出て上官の部屋の前に控えて待つと、部屋からディスコーニ様が出てきた。


「私はこれから国王の尋問に行ってきます。1人で行いたいので同行の必要はありません。セナイオルとラダメールがシェニカ様の護衛を兼ねて部屋で休み、ファズ、アヴィス、アクエルは会議室に戻っておいて下さい」

「分かりました」

自分達が使う部屋は、休んでいても護衛の役目を果たせるように、『赤い悪魔』のいる部屋から1つ離れた部屋の向かい側に用意されている。その部屋に行くセナイオルとラダメールを残して会議室に入ると、バルジアラ様とエニアス達は疲労困憊な様子でこちらを見たが、ディスコーニ様を視界に捉えた瞬間、バルジアラ様の顔が一気に嬉しそうな顔に変わった。


「ディスコーニ!待ってたぞ!この書類の山を処理しろ」

上機嫌になったバルジアラ様は、ご自身の目の前にある『急ぐ書類』に分類された山を指さしたが、ディスコーニ様はそれに返事をすることなく、机を挟んだバルジアラ様の前に立った。


「今からトラント国王の尋問に行ってきますので、書類のお手伝いはその後で時間があれば行います」

「フェアニーブに行くまで時間あるんだから、今やらなくてもいいだろ」

「シェニカ様の身の安全に関わる尋問ですので、早く行いたいのです」

ディスコーニ様にご命令出来るバルジアラ様も、そう言われてしまうと後回しにしろとは言えないようで、物凄く嫌そうな顔をして盛大な溜息を吐いた。


「さっさと終わらせて早く戻ってこい」

「分かりました」

「ユーリは置いてけ」

その言葉に苦笑したディスコーニ様は、ユーリをバルジアラ様に預けると1人で地下牢へと向かわれた。
シェニカ様の身の安全に関わることであれば、ディスコーニ様と常に行動を共にする自分は内容を聞いても良さそうなのに。一体何を聞き出そうとしているのだろうか。

そんなことを思いながら自分の席に座ると、エニアスやフォリナス達も可愛いユーリが気になっているようで、バルジアラ様の方を凝視している姿が目に入った。数瞬前まで不機嫌そうだったバルジアラ様は、書類の匂いを嗅ぎまわるユーリを見ると幾分穏やかな表情になり、どこからともなくクルミを取り出した。


「クルミ食うか?」

「チチッ!」

おねだりを始めたユーリを見るバルジアラ様は、ユーリの背後にある書類の山は視界に入っていない様子で、クルミをユーリに近づけたり、遠ざけたり、円を描いたりと、クルミを追う姿を堪能している。バルジアラ様も、エニアスも、ストラ達も仕事の手が完全に止まってしまったが、部屋の中に充満していた重い空気は和らいだ。


「ジジッ!」

「あ!」

バルジアラ様の焦らしにしびれを切らしたユーリは、一番近い場所にいるエニアスが机の上にクルミを置いているのを見つけると、バルジアラ様に警戒する鳴き声を出して、机を駆けてエニアスのところに行ってしまった。
ユーリがエニアスにおねだりを始めると、エニアスは嬉しそうな顔をしてユーリとクルミを両手に包み、ユーリに構いたくて仕方がない顔をしたフォリナス達の席に行って、クルミを食べる姿を全員で眺め始めた。残されたバルジアラ様は短い溜息を吐いて寂しそうな表情をしているものの、机のあちこちにクルミを置いて、ユーリが戻ってくるのを誘っている。


「はぁ~。やるか」

逃げられたとはいえ、ユーリから元気とヤル気を少し貰った様子のバルジアラ様は、ため息混じりにそう言うと再び書類に目を通し始めた。時折溜息を吐くものの、今までのような響くものではないのはユーリのおかげだろう。
仕事を再開したバルジアラ様の邪魔をしないように、エニアス達は声を発さない状態でユーリを撫でたり、くすぐったりと可愛がる。円陣を組むように並んだ5人の身体を駆けたり、誰かと誰かの間をジャンプしたりと楽しく遊んだ後、ユーリはクルミに誘われてバルジアラ様の元に戻った。


「ちゃんとやるから、ヘソを曲げるな」

バルジアラ様は今度はすぐにクルミを渡し、カリカリとクルミを頬張る姿を頬杖を付きながら眺めている。席に戻ったエニアス達はその姿を微笑ましく見ながら、止まっていた仕事を再開した。

穏やかな空気にしてくれたユーリが食べきれないクルミを頬袋に詰め込むと、バルジアラ様は軍服の胸ポケットにユーリを入れ、膨れた顔を出した姿を満足そうに見た。そして、今度は溜息を吐くことなく書類を手にとって仕事を始めた。


「ただ今戻りました」

誰もが仕事に集中する有意義な時間が訪れ、バルジアラ様が書類の山を3分の1ほど減らした頃、会議室にディスコーニ様が戻ってきた。


「こんなに長時間座ってると、ケツが変形するか苔やキノコが生えそうだ。ディスコーニ、この書類を頼んだぞ」

「分かりました」

「全部片付けてもいいからな。エニアス、お前達も休憩だ」

「流石にこの量は無理です。ユーリはそろそろ寝る時間ですから、ポーチに戻りましょう」

バルジアラ様は名残惜しそうにユーリをディスコーニ様に渡すと、エニアス達を連れて部屋から出て行った。


小さな溜息を吐いたディスコーニ様は、書類の山を半分抱えるとバルジアラ様の隣の席に座って仕事を始めた。
バルジアラ様が3分の1を片付けたとはいえ、あの山を1人で処理するには徹夜に近いだろう。徹夜をして翌日も仕事というのは今までもあることだし、明日にはウィニストラに入る。国境を越えてしまえば残党の心配はなくなるが、今度はディスコーニ様を目の敵にするトゥーベリアス様が待ち構えている。
ソルディナンドのように理由をつけてシェニカ様から遠ざけるということも出来るのだが、格が下になる自分達では押し止められないかもしれないし、トゥーベリアス様はディスコーニ様の話題を餌に、シェニカ様に接近しようとする可能性がある。
シェニカ様はディスコーニ様のことを気に入って下さっているだけに、その話に耳を傾けるかもしれない。そうなれば、トゥーベリアス様はあることないこと吹き込もうとするだろうし、それが折角の親しくなった2人の間に悪い影響を及ぼすかもしれない。
ディスコーニ様がシェニカ様の世話役という大役と、ご自身の敵にそつなく対処出来るようにするためにも、しっかりと休んで頂きたい。それはバルジアラ様も同じだから、無理して書類を終わらせろとは言わないのだろう。


ディスコーニ様はこうしたデスクワークだけでなく、戦場であっても淡々としていらっしゃる方で、感情を表に出さない。だから、トゥーベリアス様あたりからは「面白みのない奴」「腹黒い奴」「根暗」などと悪口を言われているが、バルジアラ様と同様に面倒見が良く、慕う部下は多い。
確かに社交の場では目立つ話はないし、プライベートでも浮いた話もないから、面白みのない人だと思われるかもしれないが、警戒心の強いオオカミリスの主人と認められただけでなく、短期間でシェニカ様に信頼されて、『お友達』になられた。「シェニカ様とキスをした」「シェニカ様とお友達になった」という話を聞いた時は驚いたが、シェニカ様がディスコーニ様の良さを理解わかって下さった、というのは自分のことのように嬉しく誇らしかった。

ディスコーニ様の恋が実るように。シェニカ様と共に旅がしたいという願いが叶うように。今すぐには無理でも、ディスコーニ様の跡を継げる能力と実績を得られるように。


ディスコーニ様に近付けるように、自分に何が足りないのかを紙に書き出してみたが、あまりの多さに自分の未熟さを痛感した。



■■■後書き■■■

・シェニカの恋愛観などを知らないファズは、他の『白い渡り鳥』同様、ルクトと別れた直後でも好きな相手が近くにいれば、ベッドに行くのでは?と思ったようです。(;´∀`)

・ユーリはみんなに愛されてますね。銀髪将軍もエニアス達も、ファズ達も、ユーリのような相棒が欲しいと思っているようです。

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