天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第4章 小さな変化

7.ディモアの街にて

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野宿を繰り返し、ようやくセゼル領内のディモアの街に到着した時、街には西陽が眩しく差し込む時間になっていた。


この街は人口が多く、貴族の領主が治める中核都市くらいの規模がある。
賽の目に灰色の石畳の通りが走る規則的な街並みの中心には立派な噴水広場があり、そこでは子供達が無邪気に遊んでいて、穏やかな空気が流れている。




赤い煉瓦造りの小洒落た町長の家に挨拶に行けば、白ひげを蓄えた穏やかそうな町長がにこやかに迎え入れてくれた。


「ようこそお越しくださいました。私は町長のレガルドと申します。どうぞおかけ下さい」


「いいえ、すぐにお暇いたしますのでこのままで結構です。私は『白い渡り鳥』のシェニカと申します。
早速なのですが、この街で治療院を開きたいのですが、どこか空き家などを紹介して頂けないでしょうか?」


町長さんにソファに座るように勧められたが、長居するつもりはないという意思表示のために立っておいた。この時間に長居をしてしまえば、夕食を誘われるのは目に見えている。





「えぇ、もちろんです。この街は戦地から離れておりますが、過去の戦で傷を負った者達が多くいます。
噴水広場の近くに空き家がありますので、そちらを提供いたしましょう。
明日の朝、空き家においでください。分かるように人を待たせておきます」


「ありがとうございます。ご厚意に感謝いたします。では…」

話は済んだと部屋を出ようとすると、後ろから町長さんが慌てたように話しかけてきた。



「シェニカ様。よければ滞在中はこの屋敷にお泊りになりませんか?ここからなら空き家も近いですし、便利かと思いますが」


「いいえ、お気持ちだけで十分です。宿に滞在させて頂きます。では失礼します」


私は足早に町長の家を出て、宿へと向かった。








「じゃあ、お風呂入ったら一緒に食堂に行きましょ」


「分かった。後で迎えにいくから部屋で待ってろよ」

いつも通りルクトと隣り合う部屋を取り、部屋に入るとすぐにお風呂に入る。
野宿中は水浴びか浄化の魔法で身体を綺麗にするが、久しぶりの宿屋でのお風呂なので気持ち良さに鼻歌を唄ってしまう。




「ふんふ~ん♪ ふふふんふ~ん♪」

お風呂から上がると鼻歌を響かせながら髪を梳き、初級の火の魔法で髪を乾かす。私の火の魔法は初級で濡れた髪や服を乾かす程度しか効果がない。

私の黒魔法のレベルは残念なことだが、野宿する時やこういう面では役に立ってくれている。



「シェニカ、準備できたか?」


身支度を済ませてベッドの上に寝転んでいると、扉をノックする音とルクトの声か聞こえた。


「うん、行きましょ」







1階に降りれば、食堂は多くの客で溢れかえっていた。
お酒の入ったジョッキを片手に、楽しそうに食事をしていて賑やかだ。


ルクトもジョッキのお酒を頼んでいるが、野宿の疲れもある私は、アルコールが入るとすぐに寝てしまいそうなのでジュースを注文した。


「『白い渡り鳥』って本当に待遇が良いんだな。どこの街に行ってもすぐに町長に面会出来るのも驚いたが、まさかあっちから宿にどうかと言われるなんてなぁ。
良かったのか?あっちの屋敷の方が豪華だし宿代もいらないんじゃないのか?」


「そんなことしたら、相手の思うつぼだよ。前にあまりに申し出がしつこくて、断りきれなかったことがあったんだ。その時どうなったと思う?」


「どうなったって…。まさか襲われたのか?」

ルクトは飲もうとしていたジョッキを持つ手を止めて、いぶかしげに眉を顰めた。




「そう、そのまさか。町長の息子が夜這いに来た。結界張ってたから鍵を開けても部屋には入れなかったんだけど、血走った目で結界を叩いているのは恐ろしかったわ。
護衛がやめさせようとしたら、父親の町長もグルで、記念に一晩だけお願いしますとか言われてさ!
まったく何が記念よ!私は歩く観光名所じゃないわよ!夜中だったけど、怒ってすぐに宿に移ったわ」


今でも当時の事を思い出すと、恐怖と怒りが込み上がる。
いつも侵入不可の結界を張っているが、そのありがたさを実感した事件だった。


それ以来、宿がないとか特別の事情がない限り、村長や町長の家には泊まらないようにしている。



「そりゃ災難だったな。でも夜這いしてどうするんだ?」


「既成事実を作って、その街に居着いて欲しかったか、監禁したり脅そうとでもしたんじゃない?子どもが出来たら流石に旅なんて出来なくなるし…」


「なるほどねぇ」


ルクトはそう返事をすると、部屋で飲む分なのか酒瓶を数本注文していた。本当に彼はよくお酒を飲む。二日酔いしないのが不思議だ。







翌朝の早朝、朝食を食べ終えた私達は噴水広場の近くにある空き家へと向かった。
すると空き家の前に、色白で細身の茶髪の若い男性が立っていて、私達を見ると顔を綻ばせて近づいてきた。


「はじめまして、僕は父からシェニカ様を補佐するように言いつかりました。ニニーグと言います」

丁寧に挨拶したのは、いかにも好青年な感じの優しげな微笑みを湛えた町長の息子だった。




「町長さんの息子さんですか。そのような方にサポートしてもらうのは恐縮ですし、大丈夫ですよ」


「いいえ、滅多に『白い渡り鳥』様なんて来ませんから、是非お手伝いさせて下さい」

私はルクトと顔を見合わせて、ニニーグさんに分からないように小さくため息をついた。







「シェニカ様、何か準備するものなどありますか?」


私とルクトが空き家の窓を開けたり掃除を始めると、ニニーグさんは私達の事を気にかけて喋りかけてきた。
面倒見の良い性格なのか好奇心旺盛なのか分からないが、初めて『白い渡り鳥』を見るわけじゃないだろうに、張り切ってお手伝いしてくれるらしい。



「じゃあお言葉に甘えまして、治療に使う簡易ベッドを1台と椅子を4脚、待っていただく方用のソファと椅子を貸していただけますか?」


「分かりました、すぐに用意します」

ニニーグさんはそう言って、空き家から喜々として出て行った。





「まさかの町長の息子だったな。まぁヘナチョコな感じだけど」

その様子を見送ったルクトは、面倒くさそうな顔をして私を見てきた。



「ニニーグさんには待合室にいてもらうから、護衛はルクトに任せたよ」


「もちろんだ」





掃除を終えた頃、ニニーグさんはお願いした家具を抱えた従者を連れて戻ってきた。椅子、ソファは町長さんの屋敷から持ってきたのか、とても立派なものばかりだった。



「シェニカ様、お待たせしました。こちらはどこに置きましょうか」


「こっちにお願いします」


簡易ベッドを置いたり、椅子を並べて待合室を作ってみれば、平屋建ての建物はあっという間に治療院へと変わった。
いつもより治療院の中が上品な感じがするのは、言うまでもなくニニーグさんが持ってきたものが上等なものばかりだからだ。




「シェニカ様、既に家の外には街の人が集まっていますよ」


ニニーグさんが指を差した窓を見れば、治療院の前にかなりの人数が行列を作っていた。この様子だと、今回も忙しくなりそうだ。




「そうですか。じゃあ治療を始めますので、玄関の扉を開けたままにしておいて下さい。
治療中は申し訳ありませんが、ニニーグさんは待合室で人の整理や話し相手になって頂けますか?」


「はい、分かりました」

治療院の扉が開くと、次々に治療を求める患者で待合室はいっぱいになった。




最初の患者は、左足を引きずる様に歩く商人のおじさんだ。なぜかその背には大きなキャベツが入った籠を背負っていた。


「随分前に足を骨折して、一度白魔道士に治療して貰ったんです。でも、ずっと痛みと違和感があるんです」


私の前に座ったおじさんは、ズボンの裾を捲って左足を見せた。
そこに触れて確認してみれば、脛の骨が一部折れたままになっている。どうやら治療した白魔道士は中級の治療魔法しか使えなかったらしい。



「なるほど。完全には骨折は治っていませんね。すぐに痛みと違和感が消えますよ」


骨折した部分に手をかざして治療魔法をかけると治療終了だ。民間人や白魔道士が苦戦するような治療も、白魔法特化の『白い渡り鳥』にかかれば、あっという間に解決する。


街に派遣される白魔道士は、ほとんど中級の治療魔法までしか使えない。上級の治療魔法が使えない場合は、今回のように出来る所まで治療魔法をかけ、上級の治療魔法を使える白魔道士が居る時に治療を頼むか、『白い渡り鳥』が来るのを待つしかない。

でも上級の治療魔法を使える白魔道士は戦場に送られていることが多いので、結局は『白い渡り鳥』に頼むしかなくなるのが現実だった。





立ち上がって足の具合を確認したおじさんは、嬉しそうな顔をしてくれた。そしておもむろに背負っていた籠を下ろし、大きなキャベツを差し出してきた。


「先生、これ今日の朝採れた良いキャベツなんです。お礼に受け取って下さい」


「こんなに立派なキャベツ、良いんですか?」

キャベツを受け取ると、まだ葉に朝露がついているし土が微かにくっついている。




「もちろんです。うちは市場の小さな八百屋ですが、このキャベツはうちの畑で採れたんです。味は保証しますので是非どうぞ」


「じゃあ、遠慮なく頂きます。ありがとうございます」


私はキャベツを落とさないように大事に抱えると、おじさんは嬉しそうな顔をして出口から出て行った。




「次の方どうぞ~」

次の患者を呼ぶと、傭兵姿の女性が仲間と思われる男性に手を引かれながら部屋に入ってきた。





「先生、私…片目が見えづらいんです。治療できますか?」

見えづらいと訴える目に触れてみると、眼球に細かい傷が多数刻まれている。
風の魔法で巻き上げられた何かに目を傷つけられたのだろうか。



「出来ますよ。目に傷が付いていますね。すぐに治りますよ」

失明の治療とは違い、治療魔法を全体にかければ終わりなので、あっという間に治療終了だ。
治療を終えると、女性は周囲を見渡して嬉しそうに付き添いの男性に笑いかけた。




「良かった…!これでみんなに迷惑かけずに済む!」


「先生、ありがとうございました。これはお礼です」

男性が私に革袋を渡そうとしてきたが、私は両手で遮って拒否をした。
この感じから察するに、きっとこの人達が治療を頼んだ時、私の同業者が謝礼を要求したことがあるのだろう。


本当になんで謝礼を要求するのか理解できないし、怒りさえ込み上げてくる。






「無料ですからお礼なんて良いですよ。そのお金でみんなで美味しいお酒を飲んで下さい」

私がそう言うと、2人は何度も頭を下げて嬉しそうに部屋から出て行った。



治療院を開けば、他の『白い渡り鳥』がいかに横柄な態度で接しているかを実感する時がよくある。


恩師であるローズ様に、『白い渡り鳥』とはどうあるべきかと厳しく指導された私には、何でそんな態度を取るのかよく分からない。横柄な態度を取る他の同業者は、指導者が悪かったり、指導が不十分だったということだろう。


ローズ様の指導は泣きたくなるほど厳しいものもあったが、私が真っ当な『白い渡り鳥』になれるように指導して下さったローズ様に深い感謝をした。


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