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第4章 小さな変化
8.視線の先
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怪我の重さは様々だが、今回もたくさんの人がシェニカの治療を受けに来た。
治療を受けた後の患者は満足の結果になったことを物語る笑顔を浮かべると、「無料ですよ」とシェニカが言っても「気持ちです」と言って何かを渡そうとする。
金を差し出された時は突き返しているが、その他の物なら受け取ることが多い。
今回は野菜や菓子を持ってくる者もいたが、シェニカは「ありがとうございます」と言って笑顔で受け取っていた。
どうやら菓子の中でも焼き菓子が好きらしく、焼き菓子を貰うとすぐに次の患者呼ばずに必ず一個口に入れていた。
「おい、口の端に食べカスついてるぞ」
「え?あ、本当!危なかった~。ルクト教えてくれてありがと」
食べた時幸せそうな顔をするのだが、だいたい口の端に菓子のカケラをつけている。その幸せそうな顔やマヌケな顔がとても可愛かったが、そんな顔を他の奴に見せるのが何となく嫌で、その都度ちゃんと教えてやった。
シェニカの治療に満足した患者がまた別の患者を呼び、いつまで経っても行列は解消されず、ずっとシェニカは働き詰めだった。
「シェニカ様、差し入れをお持ちしました。どうぞ召し上がって下さい」
「ありがとうございます。遠慮なく頂きます」
昼休憩を削るためにもらった菓子で昼メシを済ませた俺達に、ニニーグは午後の休憩時間にパンなどの軽食を差し入れてきた。
俺も部屋の中にいるが、ニニーグは俺の存在を知らないかのようにシェニカばかりを視界に捉えていた。
「シェニカ様は今までどの国をまわったのですか?」
シェニカが立ったままパンを食べ始めると、隣に立って給仕のようにシェニカの飲み物を持ち、嬉しそうに話しかけてきた。
「小国が多いですよ。ニオベにマードリアに…」
こいつは常にシェニカに恋情を込めた目で見ているし、今だって頬を赤らめて見つめている。
シェニカのことが好きらしいが、肝心のシェニカは鈍いのかその視線に気付いていない。
ーーシェニカの隣はお前の場所じゃない、退け。
こいつがシェニカの隣に立ち、話をしているのを見ると無性に腹が立つことに気付いた。
胸の奥をジリジリと炎で焼く様なその感覚は、今まで感じたことのない不思議な感情だった。
そしてその日最後の患者の治療が終わった後、片付けをする俺達ににこやかな笑顔を浮かべてニニーグがシェニカに声をかけてきた。
「シェニカ様、今日はお疲れ様でした。あんなに多くの人が来るとは思いませんでした。もし良ければこの後、我が家で食事はいかがですか?」
「ニニーグさんお疲れ様でした。夕食は宿屋で食べる予定です。お気遣いありがとうございます。私たちは宿に戻りますので戸締まりお願い致します。
ではまた明日の朝に。じゃあ、ルクト行こう」
シェニカは患者から貰ったでかいキャベツを大事そうに抱えて、断られて悲しそうな顔をするニニーグを置いてクルリと背を向けて治療院を出た。
「そのキャベツ、どうするんだ?」
一般的なキャベツの1.5倍はある。この量を2人で食べようと思っても、とてもじゃないが無理だ。一体どうするのだろうか。
「ふふっ!あとのお楽しみ!」
宿に戻るとシェニカは女将を呼び止めて、もらったキャベツを渡した。
「女将さん、これで何か料理を作ってくれませんか?」
「まぁ!立派なキャベツだね。
じゃあスープとロールキャベツにするよ。すぐに料理するから、座って待ってておくれ」
「なるほどな。ここで料理してもらうのか」
「そ!こういうのも楽しみの一つなんだよ?面白いでしょ」
女将は厨房にいる料理人にキャベツを渡すと、すぐに料理をしてくれることになったようで美味しそうな匂いが客席まで漂ってきた。
目の前に出された美味い料理を頬張りながら、他愛のない話を始めた。
「今回も患者は多かったな。疲れてないか?」
1日中精神力を使う白魔法を使い続けているのだから、普通なら魔力切れを起こしかけたり、グッタリ疲れていそうなものだ。
だが、シェニカと旅を始めてからそういう状況になっているのを見たことがない。
「そうね。疲れたけどまだ大丈夫だよ。私、魔力量が多いから1日働き詰めでも大抵は大丈夫なんだ。
心配してくれてありがとう。ルクトがいるから安心して仕事が出来るよ」
「それが俺の仕事だからな」
今までの自分の傭兵生活では考えられなかったが、最近こういうのんびりとした時間や護衛の仕事も悪くないと思うようになった。
だが強敵がいない分、腕が鈍ってしまいそうだ。これは俺の中では絶対譲れないことだった。
あの時のように護衛の仕事を疎かにする気は無い。だが、俺の宿敵とも言えるバルジアラに復讐するためにも、この平和ボケしそうな状況に甘んじる訳にはいかない。
「なぁ、今までほとんど戦場にいたから、こういう生活してると腕が落ちそうなんだ」
「そっか…。ルクトの腕が落ちるのは私も困るもんなぁ。ルクトはどうしたい?」
「できれば戦場に行きたい」
俺は素直に戦場に行きたいと言ったが、シェニカのことだから許す気はないだろう。
「うーん。分かった。私は戦場に行けないからルクトも戦場には行かせられないけど、隣のトリニスタの国で腕試し大会みたいなのをやってるんだよね。それに出てみる?」
「腕試し大会?コロシアムのことか?」
「そうそれ!最近、世界中で流行ってるやつ。最初は各国の首都だけでやってたけど、最近じゃ地方の中核都市でもやるようになったのよ」
「へぇ、そうなんだ。それ出たいな」
コロシアムはどの国にもある娯楽のようなもので、その国の首都だけで開催されていた。
舞台の上で剣と魔法を駆使しながら戦う者達を見て、観客はその緊迫感の溢れる空気を楽しんだり、野次を飛ばしたり、勝敗を賭けたりして楽しむ有名な娯楽だった。
だがいつの間にか地方の中核都市クラスでも開催されるようになったということは、それほど人の集まる娯楽が少なくなってきたということなのだろう。
「じゃあこの街で治療を終えたら、トリニスタに行きましょう」
それから数日。シェニカは治療院で治療を行っていたが、初日ほどの患者は押し寄せてこないものの、昼食の休憩時間は30分ほどしか取れないくらい忙しかった。
ある日の昼休憩が明けてすぐの患者は、見るからに異様だった。
背が高く身体つきも良いので男だと思うのだが、肌が露出している腕や首、顔には白い包帯で覆われていてミイラ男状態だ。
民間人の良く着る普通の服を身に付けているが、足音を立てずに歩く癖がついているから、元軍人だろう。
「先生、彼の火傷の治療を頼めますか?」
付き添いの若い女が、男の後ろからひょっこりと顔を出した。
「ええ、大丈夫ですよ。火傷はどのくらいの範囲ですか?」
「上半身と顔、それと喉を焼いてしまっているので声が出なくて…」
「そうですか。では、服を脱いでベッドに横になって下さい、すぐに治りますから安心して下さいね」
男は女に手伝って貰いながら服を脱ぎ、包帯を外して行く。
白い包帯の下には、男の黒い肌を覆い尽くすように黒に近い紫色の火傷の跡が広範囲に広がっていた。
顔は俺でさえ目を背けたくなるような、よく目が無事だったと思える酷い火傷だった。
付き添いの女はその顔を見るのは流石に出来ないらしく、男が自分で顔の包帯を外していた。
「ではお顔から治療を始めますね」
「よろしくお願いします…」
少し離れた場所で女が手で顔を覆いながら、時折指の隙間からチラリとベッドに横たわる男の顔を見ていた。
シェニカが治療魔法をかけていくと、焼けただれ引き攣った肌がどんどん元に戻って行く。
ミイラ男の顔は、彫りの深い精悍な顔立ちをした凛々しいものだった。
手で顔を覆っていた女がその光景をチラリと見ると、手を外して男のそばに寄ってきた。
「バイス!顔が!顔が…っ!」
女は泣きながら焼けただれた男の手を握りしめた。
「はい、お顔は終わりです。今から喉を治療しますから、会話出来ますよ」
シェニカが喉の治療を始めると、男の口から呻き声とは違ったくぐもった声が出てきた。
その声が次第に嗚咽を漏らす声に変わり、肩が震え始めた。
「アージェ!うぅっ!良かった…!こんな風になっても俺のこと見捨てないでくれてありがとな…」
「馬鹿!見捨てるわけないじゃない!元に戻って良かった…」
2人が泣きながら嬉しそうに会話する傍ら、シェニカは男の上半身の火傷の治療を終えた。
「はい、全部終わりました。良かったですね」
「先生、ありがとうございました。本当に助かりました。これで延期になっていた彼女との結婚が出来ます。一時は破談になる所でしたが、これでやっと一緒になれます」
男は付き添いの女の隣に立つと、女の腰を抱いて互いに顔を見合わせて幸せそうに笑った。
「あのままじゃ接客なんて出来ないからって、私の親に結婚を反対されたんです。
でもこれで誰にも文句言わせません。これからは元ミイラ男がお花屋さんです」
ーー確かにミイラ男が花なんて売ってても、買わねぇだろうな。あの状態で店にいたら怖くて誰も近付かないだろ。そりゃあ親も結婚に反対するわ。
「ご結婚おめでとうございます。幸せになって下さいね」
「「はい!」」
2人は幸せそうに顔を見合わせながら、手を繋いで治療院を後にした。
シェニカはその後ろ姿を見送ると、机の端に置いておいた焼き菓子を手に取ってパクリと食べた。
そしてまた幸せそうな顔をして、食べカスを口の端に付けていた。
この日最後に来た患者は、怪我をしているのか動かない仔犬を抱いた少女だった。
「先生、ティナのシフォンが病気になっちゃったの」
「じゃあ、ティナちゃんが椅子に座って、お膝の上にシフォンちゃんを置いてくれる?」
「はーい」
「シフォンちゃん、いつから病気になっちゃったのかな?」
シェニカは仔犬を優しく撫でながら少女と話を始めた。
「えっとね。ティナがさっきお昼寝から起きた時から元気がないの」
シェニカは少女の膝の上に力なくダラリと寝そべる子犬に手をかざしながら、少女の話を引き出していった。
「そっか。シフォンちゃんはね、足をぶつけたみたいで怪我しちゃってるね。はい、治療終わったよ」
「えー?シフォン、どこかにぶつかっちゃったの?」
治療を受けた子犬は少女の膝の上から胸に前足をかけ、少女の顔をペロペロと舐め始めた。
「シフォンちゃん、元気になったね」
どうやら犬はすっかり元気になったらしく、その様子を見た少女も不安そうな顔から笑顔に変わった。
「先生、ありがとう!これ、お礼だよ。ティナの宝物なの」
そう言って、少女がシェニカに小さな丸い物を手渡した。
「わぁ~!可愛いバッジね。もらっていいの?」
「うん!シフォンを助けてくれたお礼だもん!」
「ありがとうティナちゃん」
少女は仔犬を抱いたまま治療院を笑顔で帰っていった。
その姿が見えなくなるまで手を振って見送ったシェニカは、手の平にある少女から貰ったバッジを愛おしげに見つめていた。
「そのバッジ、気に入ったのか?」
「当たり前じゃない。ティナちゃんの宝物なんだから。
お金で買えない、思いがいっぱい詰まった大事な宝物だよ。こういうのがあると、私、この仕事してて良かったなって思うんだ」
バッジを改めて見ると、色とりどりの小さな花が小さなバッジいっぱいに描かれている。
大人から見ればガラクタに分類される物だが、少女にとっては大事なものだったのだろう。
「…そうだな。そういうのも悪くないかもな」
仔犬が元気になった時の少女の嬉しそうな顔を思い出すと、こういうお礼の仕方もあってもいいんじゃないかと、素直に思えたことに自分でも驚いた。
ギスギスした傭兵生活とは違う生活に、少し自分の中で変化があったのだろうか。
治療院を訪れる患者がようやく目に見えて少なくなったある日。
「大分この街で治療が必要な人は診たから、明日の朝にこの街を発とうと思うけど良い?」
「良いよ。出発の判断は任せる」
シェニカは明日の出発を手伝いに来たニニーグに話すと、奴が一瞬思い詰めたような顔をしたのを俺は見逃さなかった。
ーー急に襲ったり、夜這いとかしかけるんじゃないよな?
こういう大人しい奴は思い詰めると、こっちの予想を越える暴走をすることがある。シェニカの護衛に油断が混じらないようにしなければ。
そしてこの街での最後の治療を終えると、ニニーグはシェニカに話しかけてきた。
「シェニカ様、今日でこの治療院も最後になるんですね。
あの…僕と一緒に食事に行きませんか?できれば2人きりで」
奴は俺をチラリと見ながら暗に席を外せと言っているが、俺はその視線に気付かないフリをしていた。
「お誘いは嬉しいのですが、私は護衛と一緒でしか行動しませんし、公的な立場の人やそれに近い方とのお付き合いには、少し距離を取らせてもらっているのです。そこを理解して頂けると助かります」
「そう…なんですか。じゃあ、今、ここで2人きりで話をするのはダメですか?
ルクトさんには隣の部屋で待っててもらって、扉は開けたままでも構いませんから…!」
大人しい感じだったニニーグの必死な様子に、シェニカは一瞬驚いたように固まった。
「ニニーグさん、お気持ちはありがたいんですが」
「もう言ってしまいますが、僕、シェニカ様のことが好きなんです。出会って時間なんて少ししか経ってないし、旅をするのが使命であるシェニカ様と、この街から動けない僕では結ばれない運命だと分かっているんです。
でも、どうしても…。どうしても諦められないんです。だからせめて少しの時間だけ、思い出を僕に下さい」
シェニカは俺をチラリと見て、声に出ないため息をついた。
「分かりました。でもこの部屋で扉を開けたまま、少しの時間お話するだけで良いですか?」
「もちろんです」
「ルクト、隣の部屋で待ってて」
俺はシェニカとニニーグを残して隣の待合室に移動し、すぐに扉の近くに立って2人の会話に聞き耳を立てた。
治療を受けた後の患者は満足の結果になったことを物語る笑顔を浮かべると、「無料ですよ」とシェニカが言っても「気持ちです」と言って何かを渡そうとする。
金を差し出された時は突き返しているが、その他の物なら受け取ることが多い。
今回は野菜や菓子を持ってくる者もいたが、シェニカは「ありがとうございます」と言って笑顔で受け取っていた。
どうやら菓子の中でも焼き菓子が好きらしく、焼き菓子を貰うとすぐに次の患者呼ばずに必ず一個口に入れていた。
「おい、口の端に食べカスついてるぞ」
「え?あ、本当!危なかった~。ルクト教えてくれてありがと」
食べた時幸せそうな顔をするのだが、だいたい口の端に菓子のカケラをつけている。その幸せそうな顔やマヌケな顔がとても可愛かったが、そんな顔を他の奴に見せるのが何となく嫌で、その都度ちゃんと教えてやった。
シェニカの治療に満足した患者がまた別の患者を呼び、いつまで経っても行列は解消されず、ずっとシェニカは働き詰めだった。
「シェニカ様、差し入れをお持ちしました。どうぞ召し上がって下さい」
「ありがとうございます。遠慮なく頂きます」
昼休憩を削るためにもらった菓子で昼メシを済ませた俺達に、ニニーグは午後の休憩時間にパンなどの軽食を差し入れてきた。
俺も部屋の中にいるが、ニニーグは俺の存在を知らないかのようにシェニカばかりを視界に捉えていた。
「シェニカ様は今までどの国をまわったのですか?」
シェニカが立ったままパンを食べ始めると、隣に立って給仕のようにシェニカの飲み物を持ち、嬉しそうに話しかけてきた。
「小国が多いですよ。ニオベにマードリアに…」
こいつは常にシェニカに恋情を込めた目で見ているし、今だって頬を赤らめて見つめている。
シェニカのことが好きらしいが、肝心のシェニカは鈍いのかその視線に気付いていない。
ーーシェニカの隣はお前の場所じゃない、退け。
こいつがシェニカの隣に立ち、話をしているのを見ると無性に腹が立つことに気付いた。
胸の奥をジリジリと炎で焼く様なその感覚は、今まで感じたことのない不思議な感情だった。
そしてその日最後の患者の治療が終わった後、片付けをする俺達ににこやかな笑顔を浮かべてニニーグがシェニカに声をかけてきた。
「シェニカ様、今日はお疲れ様でした。あんなに多くの人が来るとは思いませんでした。もし良ければこの後、我が家で食事はいかがですか?」
「ニニーグさんお疲れ様でした。夕食は宿屋で食べる予定です。お気遣いありがとうございます。私たちは宿に戻りますので戸締まりお願い致します。
ではまた明日の朝に。じゃあ、ルクト行こう」
シェニカは患者から貰ったでかいキャベツを大事そうに抱えて、断られて悲しそうな顔をするニニーグを置いてクルリと背を向けて治療院を出た。
「そのキャベツ、どうするんだ?」
一般的なキャベツの1.5倍はある。この量を2人で食べようと思っても、とてもじゃないが無理だ。一体どうするのだろうか。
「ふふっ!あとのお楽しみ!」
宿に戻るとシェニカは女将を呼び止めて、もらったキャベツを渡した。
「女将さん、これで何か料理を作ってくれませんか?」
「まぁ!立派なキャベツだね。
じゃあスープとロールキャベツにするよ。すぐに料理するから、座って待ってておくれ」
「なるほどな。ここで料理してもらうのか」
「そ!こういうのも楽しみの一つなんだよ?面白いでしょ」
女将は厨房にいる料理人にキャベツを渡すと、すぐに料理をしてくれることになったようで美味しそうな匂いが客席まで漂ってきた。
目の前に出された美味い料理を頬張りながら、他愛のない話を始めた。
「今回も患者は多かったな。疲れてないか?」
1日中精神力を使う白魔法を使い続けているのだから、普通なら魔力切れを起こしかけたり、グッタリ疲れていそうなものだ。
だが、シェニカと旅を始めてからそういう状況になっているのを見たことがない。
「そうね。疲れたけどまだ大丈夫だよ。私、魔力量が多いから1日働き詰めでも大抵は大丈夫なんだ。
心配してくれてありがとう。ルクトがいるから安心して仕事が出来るよ」
「それが俺の仕事だからな」
今までの自分の傭兵生活では考えられなかったが、最近こういうのんびりとした時間や護衛の仕事も悪くないと思うようになった。
だが強敵がいない分、腕が鈍ってしまいそうだ。これは俺の中では絶対譲れないことだった。
あの時のように護衛の仕事を疎かにする気は無い。だが、俺の宿敵とも言えるバルジアラに復讐するためにも、この平和ボケしそうな状況に甘んじる訳にはいかない。
「なぁ、今までほとんど戦場にいたから、こういう生活してると腕が落ちそうなんだ」
「そっか…。ルクトの腕が落ちるのは私も困るもんなぁ。ルクトはどうしたい?」
「できれば戦場に行きたい」
俺は素直に戦場に行きたいと言ったが、シェニカのことだから許す気はないだろう。
「うーん。分かった。私は戦場に行けないからルクトも戦場には行かせられないけど、隣のトリニスタの国で腕試し大会みたいなのをやってるんだよね。それに出てみる?」
「腕試し大会?コロシアムのことか?」
「そうそれ!最近、世界中で流行ってるやつ。最初は各国の首都だけでやってたけど、最近じゃ地方の中核都市でもやるようになったのよ」
「へぇ、そうなんだ。それ出たいな」
コロシアムはどの国にもある娯楽のようなもので、その国の首都だけで開催されていた。
舞台の上で剣と魔法を駆使しながら戦う者達を見て、観客はその緊迫感の溢れる空気を楽しんだり、野次を飛ばしたり、勝敗を賭けたりして楽しむ有名な娯楽だった。
だがいつの間にか地方の中核都市クラスでも開催されるようになったということは、それほど人の集まる娯楽が少なくなってきたということなのだろう。
「じゃあこの街で治療を終えたら、トリニスタに行きましょう」
それから数日。シェニカは治療院で治療を行っていたが、初日ほどの患者は押し寄せてこないものの、昼食の休憩時間は30分ほどしか取れないくらい忙しかった。
ある日の昼休憩が明けてすぐの患者は、見るからに異様だった。
背が高く身体つきも良いので男だと思うのだが、肌が露出している腕や首、顔には白い包帯で覆われていてミイラ男状態だ。
民間人の良く着る普通の服を身に付けているが、足音を立てずに歩く癖がついているから、元軍人だろう。
「先生、彼の火傷の治療を頼めますか?」
付き添いの若い女が、男の後ろからひょっこりと顔を出した。
「ええ、大丈夫ですよ。火傷はどのくらいの範囲ですか?」
「上半身と顔、それと喉を焼いてしまっているので声が出なくて…」
「そうですか。では、服を脱いでベッドに横になって下さい、すぐに治りますから安心して下さいね」
男は女に手伝って貰いながら服を脱ぎ、包帯を外して行く。
白い包帯の下には、男の黒い肌を覆い尽くすように黒に近い紫色の火傷の跡が広範囲に広がっていた。
顔は俺でさえ目を背けたくなるような、よく目が無事だったと思える酷い火傷だった。
付き添いの女はその顔を見るのは流石に出来ないらしく、男が自分で顔の包帯を外していた。
「ではお顔から治療を始めますね」
「よろしくお願いします…」
少し離れた場所で女が手で顔を覆いながら、時折指の隙間からチラリとベッドに横たわる男の顔を見ていた。
シェニカが治療魔法をかけていくと、焼けただれ引き攣った肌がどんどん元に戻って行く。
ミイラ男の顔は、彫りの深い精悍な顔立ちをした凛々しいものだった。
手で顔を覆っていた女がその光景をチラリと見ると、手を外して男のそばに寄ってきた。
「バイス!顔が!顔が…っ!」
女は泣きながら焼けただれた男の手を握りしめた。
「はい、お顔は終わりです。今から喉を治療しますから、会話出来ますよ」
シェニカが喉の治療を始めると、男の口から呻き声とは違ったくぐもった声が出てきた。
その声が次第に嗚咽を漏らす声に変わり、肩が震え始めた。
「アージェ!うぅっ!良かった…!こんな風になっても俺のこと見捨てないでくれてありがとな…」
「馬鹿!見捨てるわけないじゃない!元に戻って良かった…」
2人が泣きながら嬉しそうに会話する傍ら、シェニカは男の上半身の火傷の治療を終えた。
「はい、全部終わりました。良かったですね」
「先生、ありがとうございました。本当に助かりました。これで延期になっていた彼女との結婚が出来ます。一時は破談になる所でしたが、これでやっと一緒になれます」
男は付き添いの女の隣に立つと、女の腰を抱いて互いに顔を見合わせて幸せそうに笑った。
「あのままじゃ接客なんて出来ないからって、私の親に結婚を反対されたんです。
でもこれで誰にも文句言わせません。これからは元ミイラ男がお花屋さんです」
ーー確かにミイラ男が花なんて売ってても、買わねぇだろうな。あの状態で店にいたら怖くて誰も近付かないだろ。そりゃあ親も結婚に反対するわ。
「ご結婚おめでとうございます。幸せになって下さいね」
「「はい!」」
2人は幸せそうに顔を見合わせながら、手を繋いで治療院を後にした。
シェニカはその後ろ姿を見送ると、机の端に置いておいた焼き菓子を手に取ってパクリと食べた。
そしてまた幸せそうな顔をして、食べカスを口の端に付けていた。
この日最後に来た患者は、怪我をしているのか動かない仔犬を抱いた少女だった。
「先生、ティナのシフォンが病気になっちゃったの」
「じゃあ、ティナちゃんが椅子に座って、お膝の上にシフォンちゃんを置いてくれる?」
「はーい」
「シフォンちゃん、いつから病気になっちゃったのかな?」
シェニカは仔犬を優しく撫でながら少女と話を始めた。
「えっとね。ティナがさっきお昼寝から起きた時から元気がないの」
シェニカは少女の膝の上に力なくダラリと寝そべる子犬に手をかざしながら、少女の話を引き出していった。
「そっか。シフォンちゃんはね、足をぶつけたみたいで怪我しちゃってるね。はい、治療終わったよ」
「えー?シフォン、どこかにぶつかっちゃったの?」
治療を受けた子犬は少女の膝の上から胸に前足をかけ、少女の顔をペロペロと舐め始めた。
「シフォンちゃん、元気になったね」
どうやら犬はすっかり元気になったらしく、その様子を見た少女も不安そうな顔から笑顔に変わった。
「先生、ありがとう!これ、お礼だよ。ティナの宝物なの」
そう言って、少女がシェニカに小さな丸い物を手渡した。
「わぁ~!可愛いバッジね。もらっていいの?」
「うん!シフォンを助けてくれたお礼だもん!」
「ありがとうティナちゃん」
少女は仔犬を抱いたまま治療院を笑顔で帰っていった。
その姿が見えなくなるまで手を振って見送ったシェニカは、手の平にある少女から貰ったバッジを愛おしげに見つめていた。
「そのバッジ、気に入ったのか?」
「当たり前じゃない。ティナちゃんの宝物なんだから。
お金で買えない、思いがいっぱい詰まった大事な宝物だよ。こういうのがあると、私、この仕事してて良かったなって思うんだ」
バッジを改めて見ると、色とりどりの小さな花が小さなバッジいっぱいに描かれている。
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「…そうだな。そういうのも悪くないかもな」
仔犬が元気になった時の少女の嬉しそうな顔を思い出すと、こういうお礼の仕方もあってもいいんじゃないかと、素直に思えたことに自分でも驚いた。
ギスギスした傭兵生活とは違う生活に、少し自分の中で変化があったのだろうか。
治療院を訪れる患者がようやく目に見えて少なくなったある日。
「大分この街で治療が必要な人は診たから、明日の朝にこの街を発とうと思うけど良い?」
「良いよ。出発の判断は任せる」
シェニカは明日の出発を手伝いに来たニニーグに話すと、奴が一瞬思い詰めたような顔をしたのを俺は見逃さなかった。
ーー急に襲ったり、夜這いとかしかけるんじゃないよな?
こういう大人しい奴は思い詰めると、こっちの予想を越える暴走をすることがある。シェニカの護衛に油断が混じらないようにしなければ。
そしてこの街での最後の治療を終えると、ニニーグはシェニカに話しかけてきた。
「シェニカ様、今日でこの治療院も最後になるんですね。
あの…僕と一緒に食事に行きませんか?できれば2人きりで」
奴は俺をチラリと見ながら暗に席を外せと言っているが、俺はその視線に気付かないフリをしていた。
「お誘いは嬉しいのですが、私は護衛と一緒でしか行動しませんし、公的な立場の人やそれに近い方とのお付き合いには、少し距離を取らせてもらっているのです。そこを理解して頂けると助かります」
「そう…なんですか。じゃあ、今、ここで2人きりで話をするのはダメですか?
ルクトさんには隣の部屋で待っててもらって、扉は開けたままでも構いませんから…!」
大人しい感じだったニニーグの必死な様子に、シェニカは一瞬驚いたように固まった。
「ニニーグさん、お気持ちはありがたいんですが」
「もう言ってしまいますが、僕、シェニカ様のことが好きなんです。出会って時間なんて少ししか経ってないし、旅をするのが使命であるシェニカ様と、この街から動けない僕では結ばれない運命だと分かっているんです。
でも、どうしても…。どうしても諦められないんです。だからせめて少しの時間だけ、思い出を僕に下さい」
シェニカは俺をチラリと見て、声に出ないため息をついた。
「分かりました。でもこの部屋で扉を開けたまま、少しの時間お話するだけで良いですか?」
「もちろんです」
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「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
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神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
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彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
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