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第21章 ある国の終焉
8.瀬戸際の神官長
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■■■前書き■■■
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今回のお話はディスコーニ視点→ルクト視点となります。
■■■■■■■■■
色々な可能性を考えながらシェニカの部屋に行くと、彼女はソファに座って本を読んでいた。彼女は次に狙われるのは自分かもしれないと、不安に思っているのではないかと心配していたが、いつもと変わらない様子で自分を迎え、ソファまで案内してくれた。
「ユーリくん!今日もかわいいね!」
「チッ!」
ここ最近警戒してばかりのユーリだったが、シェニカの客室を安全と判断したのか、ソファに座るとポーチから出てきて自分の肩まで登ってきた。シェニカに挨拶されたユーリは、すぐに彼女の手に飛び移り、頭や身体を撫でられると、ひっくり返ってお腹を見せる格好でくたりと脱力した。
「ふふっ!ユーリくん気持ちよさそうだね。私もなでなでするだけで、すごく気持ちがいいよ~♪」
「チチチ…」
時折尻尾が横に振れているから、ユーリはすっかりご機嫌のようだ。シェニカはユーリの大きな耳を撫でると破顔し、今までと変わらないほどリラックスしている。
「いろいろありましたから、不安を感じていませんか?」
「正直に言えば、国王と大使が殺されるなんて思ってなかったからビックリしてるけど…。トラントの首都に向かっている時に夜襲があったでしょ?その時に、慌てたり不安になる場面でも、冷静に落ち着いてないとダメだって学んだし、ディズやファズ様たちをはじめとした、たくさんの人たちが厳重に警備してくれてるのが分かってるから安心してるよ」
「そう感じてくれているのなら良かったです。
そうだ。今夜予定していた神官長らとの面会ですが。延期することもできますけど、どうしますか?」
「予定通り今夜で大丈夫だよ」
「分かりました。今回はトゥーベリアス殿に代わり、私が同席するので安心して下さいね」
今後、彼女の警備にはバルジアラ様の副官も入ることが決まったし、面会するセゼル、ジナ、ドルムオーニという3国の神官長だけでなく、警備を含めた全員の強制催眠の解除も行うし、出されるお茶はこちらで用意するから警備面での不安はないが、神殿と関わりを持とうとするシェニカの今後が心配になっている。
今回の一件で世界中の神殿が影響力を失ったものの、神殿はいまも『白い渡り鳥』様に関することを取り仕切る場所であり、形骸化しているものの一応信仰の場所でもあるから、解体するまでには至らなかった。しかし、肩身の狭い状況になった神官長らは、失った発言力を回復しようと『白い渡り鳥』様を利用することが予想される。
特にシェニカとの関係が築ければ確実に力を持てるから、シェニカが神官長らを呼び出した、となれば彼らはかなり期待するだろう。仕事内容から、彼女が以前より神殿と関わるのは仕方ないとしても、ローズ様という強力な存在がなくなった時にどうなるのか。
自分が将軍職であった方が良い部分もあるのは理解しているものの、やはり隣に立って直接的に動きたい。ファズたちが育ち、国王陛下や王太子殿下を味方につければ、バルジアラ様を説得出来るだろうかと考えたが、最近のあの方を見ていると、頑なに応じようとしない気がする。もはや、バルジアラ様以外の方が筆頭将軍になった方が、自分は早々に退役できるのではないだろうか。となると、誰が筆頭将軍になるのがいいだろうか。
「もしよければ。気分転換を兼ねて、これからチャイドの臨時市に行きませんか?ルクトさんとレオンさんも一緒に」
「あ、それいいね!」
そう提案すると、彼女はとても良い笑顔を見せてくれた。
外出すれば他国の者が尾行してきたり、探りを入れたりしてくるが、彼女に少しでも安心して貰いたい。2人だけで市を見て回りたいが、特に赤い悪魔は目の見える範囲においておかなければ危険に晒される。彼女を優先する意識が根付きつつある今の彼なら、自分と一緒に行動しても問題なく立ち回ってくれるだろう。
◆
「イカ焼き、美味しかったね」
「あれは美味かった。山椒、七味との相性もよかったし、酒と合うな」
「今夜のつまみはイカ焼きに決まりだな」
チャイドの臨時市から戻ると、ディスコーニは打ち合わせがあるからとファズとエニアスと共に側仕えの部屋に入った。今回も相変わらず奴はシェニカの横に張り付いていたが、シェニカは俺やレオンに話を振ったりすることが増えた。レオンが話をしてくれた影響だろう。レオンには何か礼をしなければならないが、あいつが欲しいものは簡単に入らないし。どうすればいいだろうか。
そんなことを頭の隅で考えながらシェニカの部屋で3人でくつろいでいると、ディスコーニが側仕えの部屋のドアをノックした。
「神官長らが集まったそうです」
「じゃあ行こっか」
いつもと同じようにファズが先導し、周囲にはディスコーニの副官2人とトゥーベリアスの副官が2人がいるのだが、今回は今までいなかったバルジアラの副官であるニドニアーゼルとストラまで、警備に加わっていた。警備がより厳重になったのは事件が起こった影響だろう。仕方がないとはいえ、移動が仰々しくなって煩わしさを感じる。
だが、こういう状況が続くにつれて、副官達が周囲に満遍なく意識を向けていることは分かっても、『ディスコーニやトゥーベリアスの意識はシェニカにしか向いていない』としか、感じ取れていないことに気付いた。実際のところ、この2人も副官と同様に周囲にも意識を向けているのに、それを読み取れていないということは、俺はいつだって簡単に背後を取られてしまうことを示している。魔法や剣術、体術だけでなく、気配の読み取り方だけでもこんなに差があると痛感する。どうやってこれらの技術や能力を得られるだろうか。誰に教えを乞えばいいのだろうか。
「こちらの部屋です」
「ありがとうございます」
6階から4階に下りてくると、『第1大会議室』とプレートが掛けられた部屋に入った。室内を殺風景にしないためか、黒い石の天井と壁には透ける白い布が飾ってあり、床には深紅の絨毯が敷かれている。そんな室内のど真ん中には楕円形の巨大なガラステーブルがあり、その中央に飾られた花の向こうの席に3人の神官長が座っていた。透明のガラステーブルだから、立ち上がった3人が着ている上質な神官服や、光を反射するほど磨かれたブーツがよく見える。
「シェニカ様。お声をかけて頂きありがとうございます。私はセゼルの首都で神官長を務めておりますダスカスと申します。こちらはジナの首都で神官長を務めるユスタワ殿。こちらはドルムオーニの首都で神官長を務めるルッツ殿です。ここには世界中の神官長らが集まっておりますが、我々が代表してこの場に参りました。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、お時間を取っていただきありがとうございます」
シェニカが椅子に座ると同時に神官長らも椅子に座ったのだが、神官長らはシェニカが何を言うのか気が気じゃないのか、貼り付けた笑顔が剥がれて余裕のない表情になった。
「今回お呼び立てさせてもらったのは、世界中の神殿に調べて欲しいことがあったからなんです」
「神殿で調べて欲しいことですか?」
シェニカの発言は予想外のことだったようで、3人は顔を見合わせた。
「『聖なる一滴』が作られることになった経緯や最初の製作者などについて、各国、各地方にある神殿の記録などを調査して欲しいのです。新たな事実が判明した場合は私が確認に行きたいと思いますが、調査の結果は、まずセゼル領ダーファスの巫女頭ローズ・エルシニア様におしらせ下さい」
「ロ、ローズ様に…ですか?」
「シェニカ様に直接お知らせすることは出来ないのでしょうか」
「私は『聖なる一滴』についての情報と知識をローズ様から得ました。私が知りたい新しい情報はローズ様も知らないことですから、私が行くべきことなのかローズ様に確認して頂くことにしました」
「し、しかしローズ様はご高齢ですし…」
「それはあまりにも…」
「調べたくない、ということでしょうか」
「いえ、そのようなことはございません。シェニカ様のお力になれるのであれば、喜んで調査させていただきます。しかし、現在『聖なる一滴』の情報は、すべての国において一切の資料が持ち出し禁止になっております。これはシェニカ様のご希望であっても覆すことは難しいことであるため、有益な調査結果が出れば直接足を運んで頂かねばなりません。それはローズ様にとって重い負担になるかと思いますので、シェニカ様と直接連絡させていただければと思います」
「その点に置いては、ローズ様は名代を出すとおっしゃっていますので、問題ありません」
「そ、そうですか…」
神官長たちが必死に反論しようと考えを巡らせている様子を見ると、あの婆さんにはよっぽど会いたくないらしい。しばらく沈黙が続いたのを見て、シェニカは小さくため息を吐いた。
「では世界中の神官長らに、『聖なる一滴』が作られることになった経緯や最初の製作者などについて調査し、新たな事実が判明した場合はローズ様に報せよと命じたと伝えて下さい」
「…分かりました。各国の神官長らに伝えます」
「あと、『聖なる一滴』の解毒薬を作っておきましたので、必要なときに使用して下さい。今までは調合に必要な薬草が絶滅していたので作れませんでしたが、ドルトネアで必要な薬草が見つかったようです。解毒薬のレシピは各神殿にあると思いますので、今後は訪問してきた『白い渡り鳥』に調合してもらって下さい」
「あ、ありがとうございます…」
シェニカは鞄からデカイ麻袋を出してテーブルに置いたのだが。その袋には、やけに立派な団子っ鼻と、ニヒルに嘲笑った口がある緑のカボチャが描いてある。それだけでもセンスのなさが伝わるが、カボチャから生えた2本の触角の先端に、大量のマツゲが生えたリアルな目があるから不気味さが際立つ。解毒薬ではなく、怪しい薬が入っていそうな絵に目が奪われて、テーブル越しに神官長らは絶句している。
「私が話したいことは以上です」
「シェニカ様、私たちからもお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
シェニカが席を立とうとすると、神官長らのなかで一番疲れた顔をしているダスカスが口を開いた。
「シェニカ様もご存知かと思いますが、世界中で改良された『再生の砂』の数が不足しております。ローズ様とジェネルド様から分けて頂いておりますが、その量は世界中の神殿に行き渡る量ではありません。
どうか、どうか一瓶、いや一粒でも構いません。どうかシェニカ様のお持ちの砂を分けて頂けないでしょうか。この通りです!どうかお願いいたします!」
しゃべっているのはダスカスだけだが、一斉に立ち上がった3人は土下座をした。この場にいるディスコーニや副官達は表情すら変えなかったが、レオンは驚いたのかシェニカの方をチラリと見た。しかしシェニカはこの行動と要求を想定していたのか、冷たい目をした無表情だ。
「顔を上げて下さい。今すぐに欲しいということでしょうか」
3人は正座したまま顔を上げ、それぞれが余裕のない切羽詰まった顔で話し始めた。
「今すぐに頂けましたら光栄ではございますが、そのような贅沢は申しません。シェニカ様がここを去るまでの間に頂けましたら…!」
「数に限りがあると承知しております。すべての国にではなく、どこかの国だけでも構いません!」
「どうぞ、どうぞよろしくお願いします!」
「ここに来ていらっしゃる神官長全員に渡すだけの砂を用意するつもりはありませんし、特定の国だけに渡せば不満が出ると思いますので、ここに滞在している間に渡すことは考えておりません」
「では訪問先で頂ける、ということでしょうか」
「そうですね。渡したくなったら渡します」
「シェニカ様、もしよろしければ私の案を聞いて頂けないでしょうか」
「なんでしょうか」
他2人はダスカスが言い出す内容を聞かされていなかったようで、『一体何を言うのか?』と困惑した表情を浮かべている。
「シェニカ様の行く先で砂を頂ける可能性があるのはとてもありがたいことですが、訪問のない国や地方では砂の不足が解消されません。そういった場所にも砂の供給が出来るよう、拠点となる神殿を定めていただければ、スムーズに行き渡るのではないでしょうか。どの国でも構いませんので、シェニカ様に指定していただいた国の首都で、シェニカ様の砂を集中的に管理させて頂けないでしょうか」
「それは定期的に拠点となる神殿に私が砂を届ける、ということですか?」
「いえ。その神殿からシェニカ様へ使者を送りますので、その者に渡して頂く形で運用できればと考えております」
「拠点にする神殿は、別に首都の神官長でなくても良いのではないですか?」
「地方の神殿にも優秀な神官長はいますが、首都の神官長の方が多くの権限を持っておりますので、地方と首都との不要な軋轢などが生じにくいかと考えます。
また、首都の神殿の方が広く設備も整っておりますし、街自体も首都の方が馬車の往来がしやすいよう整備されておりますので、色々と都合がよいかと思います。シェニカ様はダーファスの神殿を拠点に、とお考えでしょうか?」
「ダーファスの神官長は知らない方ですし、私は神殿関係者に不信感しかありませんので、どの神殿にも拠点をおくつもりはありません。」
「しかし…」
「拠点を定める利点は分かりましたが、任せられる方を存じ上げませんので、どの神殿にも拠点を定めるつもりはありません」
「ですが、『再生の砂』の少なさがランクAの方の連帯感を強め、大罪の関与が分かったとしても口を閉ざすという結果に繋がってしまっております。『再生の砂』の不足を改善しなければ不幸が繰り返されてしまうかもしれませんし、ローズ様とジェネルド様の負担の軽減にも繋がります。どうか、シェニカ様のご協力を賜れませんでしょうか」
「おっしゃることは分かります。ですが渡す相手は私が選びます」
「では!これから先、シェニカ様の旅に私を同行させて頂けませんでしょうか。是非シェニカ様のお手伝いをさせて下さい」
ダスカスは何を思ったのか、1人でまた土下座の姿勢になった。他の2人の神官長は正座の状態のまま、あっけにとられた様子でダスカスが頭を擦り付ける姿を見ている。この様子だと、この2人にとってダスカスの直談判は予想外だったのだろう。
今まで神殿が寄越した男は、自分自身がシェニカの恋人兼護衛になろうとする奴だったが、見るからにダスカスに戦闘経験なんてなさそうだし、見た目も疲れた爺さんだ。シェニカはこういう爺さんが好きと思っているのだろうか。
一応会話が続いているから止める素振りはないものの、2人の神官長、ディスコーニ、警備をしている連中は眉を顰めていて、シェニカの反応次第では黙らせようと空気を読んでいる。
「それは護衛として同行したいということですか?」
「私は長年文官として働いてきましたので、護衛としてはお役に立てません。しかし過去を遡れば『白い渡り鳥』様の名代として訪問先の神殿に行き、滞在日程や次の訪問先などを連絡する神官や巫女がおりました。シェニカ様が治療院でのお仕事に集中出来るよう、私も同行させていただき、そのような神殿の対応や『再生の砂』の管理をおまかせくださいませんか?」
「私は気に入った者としか旅をしませんので、その必要はありません」
「ですが神殿とのやり取りに慣れた者がいれば、シェニカ様が神殿にお立ち寄りになる手間を省けると思います。それに、神殿新聞にシェニカ様の動向を記載した方が、治療を受けたい者は希望が持てますし、歓迎の準備などが出来て誰もが喜ぶと思います」
「私は普通に治療院を開ければいいので、歓迎して欲しいなど思っておりません。申し訳ありませんが、もうお話することはありません。では『聖なる一滴』の調査、よろしくお願いします」
「シェニカ様!どうかお待ち下さいっ! 私にはっ!私にはもう後がないのです!もうシェニカ様しか居ないんです!どうか私をお救いくださいっ!お願いします!」
シェニカが立ち上がった瞬間、ダスカスは追いかけようと立ち上がったが、2人の神官長が両方から肩を抑えて取り押さえた。それでも暴れているらしく、ドタバタと暴れる音と「嫌だ嫌だ」「わたしは、もう!もう!」と叫ぶ声が廊下まで響いているが、シェニカは立ち止まることも振り返ることなく、階段を登り続けた。
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「ユーリくん!今日もかわいいね!」
「チッ!」
ここ最近警戒してばかりのユーリだったが、シェニカの客室を安全と判断したのか、ソファに座るとポーチから出てきて自分の肩まで登ってきた。シェニカに挨拶されたユーリは、すぐに彼女の手に飛び移り、頭や身体を撫でられると、ひっくり返ってお腹を見せる格好でくたりと脱力した。
「ふふっ!ユーリくん気持ちよさそうだね。私もなでなでするだけで、すごく気持ちがいいよ~♪」
「チチチ…」
時折尻尾が横に振れているから、ユーリはすっかりご機嫌のようだ。シェニカはユーリの大きな耳を撫でると破顔し、今までと変わらないほどリラックスしている。
「いろいろありましたから、不安を感じていませんか?」
「正直に言えば、国王と大使が殺されるなんて思ってなかったからビックリしてるけど…。トラントの首都に向かっている時に夜襲があったでしょ?その時に、慌てたり不安になる場面でも、冷静に落ち着いてないとダメだって学んだし、ディズやファズ様たちをはじめとした、たくさんの人たちが厳重に警備してくれてるのが分かってるから安心してるよ」
「そう感じてくれているのなら良かったです。
そうだ。今夜予定していた神官長らとの面会ですが。延期することもできますけど、どうしますか?」
「予定通り今夜で大丈夫だよ」
「分かりました。今回はトゥーベリアス殿に代わり、私が同席するので安心して下さいね」
今後、彼女の警備にはバルジアラ様の副官も入ることが決まったし、面会するセゼル、ジナ、ドルムオーニという3国の神官長だけでなく、警備を含めた全員の強制催眠の解除も行うし、出されるお茶はこちらで用意するから警備面での不安はないが、神殿と関わりを持とうとするシェニカの今後が心配になっている。
今回の一件で世界中の神殿が影響力を失ったものの、神殿はいまも『白い渡り鳥』様に関することを取り仕切る場所であり、形骸化しているものの一応信仰の場所でもあるから、解体するまでには至らなかった。しかし、肩身の狭い状況になった神官長らは、失った発言力を回復しようと『白い渡り鳥』様を利用することが予想される。
特にシェニカとの関係が築ければ確実に力を持てるから、シェニカが神官長らを呼び出した、となれば彼らはかなり期待するだろう。仕事内容から、彼女が以前より神殿と関わるのは仕方ないとしても、ローズ様という強力な存在がなくなった時にどうなるのか。
自分が将軍職であった方が良い部分もあるのは理解しているものの、やはり隣に立って直接的に動きたい。ファズたちが育ち、国王陛下や王太子殿下を味方につければ、バルジアラ様を説得出来るだろうかと考えたが、最近のあの方を見ていると、頑なに応じようとしない気がする。もはや、バルジアラ様以外の方が筆頭将軍になった方が、自分は早々に退役できるのではないだろうか。となると、誰が筆頭将軍になるのがいいだろうか。
「もしよければ。気分転換を兼ねて、これからチャイドの臨時市に行きませんか?ルクトさんとレオンさんも一緒に」
「あ、それいいね!」
そう提案すると、彼女はとても良い笑顔を見せてくれた。
外出すれば他国の者が尾行してきたり、探りを入れたりしてくるが、彼女に少しでも安心して貰いたい。2人だけで市を見て回りたいが、特に赤い悪魔は目の見える範囲においておかなければ危険に晒される。彼女を優先する意識が根付きつつある今の彼なら、自分と一緒に行動しても問題なく立ち回ってくれるだろう。
◆
「イカ焼き、美味しかったね」
「あれは美味かった。山椒、七味との相性もよかったし、酒と合うな」
「今夜のつまみはイカ焼きに決まりだな」
チャイドの臨時市から戻ると、ディスコーニは打ち合わせがあるからとファズとエニアスと共に側仕えの部屋に入った。今回も相変わらず奴はシェニカの横に張り付いていたが、シェニカは俺やレオンに話を振ったりすることが増えた。レオンが話をしてくれた影響だろう。レオンには何か礼をしなければならないが、あいつが欲しいものは簡単に入らないし。どうすればいいだろうか。
そんなことを頭の隅で考えながらシェニカの部屋で3人でくつろいでいると、ディスコーニが側仕えの部屋のドアをノックした。
「神官長らが集まったそうです」
「じゃあ行こっか」
いつもと同じようにファズが先導し、周囲にはディスコーニの副官2人とトゥーベリアスの副官が2人がいるのだが、今回は今までいなかったバルジアラの副官であるニドニアーゼルとストラまで、警備に加わっていた。警備がより厳重になったのは事件が起こった影響だろう。仕方がないとはいえ、移動が仰々しくなって煩わしさを感じる。
だが、こういう状況が続くにつれて、副官達が周囲に満遍なく意識を向けていることは分かっても、『ディスコーニやトゥーベリアスの意識はシェニカにしか向いていない』としか、感じ取れていないことに気付いた。実際のところ、この2人も副官と同様に周囲にも意識を向けているのに、それを読み取れていないということは、俺はいつだって簡単に背後を取られてしまうことを示している。魔法や剣術、体術だけでなく、気配の読み取り方だけでもこんなに差があると痛感する。どうやってこれらの技術や能力を得られるだろうか。誰に教えを乞えばいいのだろうか。
「こちらの部屋です」
「ありがとうございます」
6階から4階に下りてくると、『第1大会議室』とプレートが掛けられた部屋に入った。室内を殺風景にしないためか、黒い石の天井と壁には透ける白い布が飾ってあり、床には深紅の絨毯が敷かれている。そんな室内のど真ん中には楕円形の巨大なガラステーブルがあり、その中央に飾られた花の向こうの席に3人の神官長が座っていた。透明のガラステーブルだから、立ち上がった3人が着ている上質な神官服や、光を反射するほど磨かれたブーツがよく見える。
「シェニカ様。お声をかけて頂きありがとうございます。私はセゼルの首都で神官長を務めておりますダスカスと申します。こちらはジナの首都で神官長を務めるユスタワ殿。こちらはドルムオーニの首都で神官長を務めるルッツ殿です。ここには世界中の神官長らが集まっておりますが、我々が代表してこの場に参りました。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ、お時間を取っていただきありがとうございます」
シェニカが椅子に座ると同時に神官長らも椅子に座ったのだが、神官長らはシェニカが何を言うのか気が気じゃないのか、貼り付けた笑顔が剥がれて余裕のない表情になった。
「今回お呼び立てさせてもらったのは、世界中の神殿に調べて欲しいことがあったからなんです」
「神殿で調べて欲しいことですか?」
シェニカの発言は予想外のことだったようで、3人は顔を見合わせた。
「『聖なる一滴』が作られることになった経緯や最初の製作者などについて、各国、各地方にある神殿の記録などを調査して欲しいのです。新たな事実が判明した場合は私が確認に行きたいと思いますが、調査の結果は、まずセゼル領ダーファスの巫女頭ローズ・エルシニア様におしらせ下さい」
「ロ、ローズ様に…ですか?」
「シェニカ様に直接お知らせすることは出来ないのでしょうか」
「私は『聖なる一滴』についての情報と知識をローズ様から得ました。私が知りたい新しい情報はローズ様も知らないことですから、私が行くべきことなのかローズ様に確認して頂くことにしました」
「し、しかしローズ様はご高齢ですし…」
「それはあまりにも…」
「調べたくない、ということでしょうか」
「いえ、そのようなことはございません。シェニカ様のお力になれるのであれば、喜んで調査させていただきます。しかし、現在『聖なる一滴』の情報は、すべての国において一切の資料が持ち出し禁止になっております。これはシェニカ様のご希望であっても覆すことは難しいことであるため、有益な調査結果が出れば直接足を運んで頂かねばなりません。それはローズ様にとって重い負担になるかと思いますので、シェニカ様と直接連絡させていただければと思います」
「その点に置いては、ローズ様は名代を出すとおっしゃっていますので、問題ありません」
「そ、そうですか…」
神官長たちが必死に反論しようと考えを巡らせている様子を見ると、あの婆さんにはよっぽど会いたくないらしい。しばらく沈黙が続いたのを見て、シェニカは小さくため息を吐いた。
「では世界中の神官長らに、『聖なる一滴』が作られることになった経緯や最初の製作者などについて調査し、新たな事実が判明した場合はローズ様に報せよと命じたと伝えて下さい」
「…分かりました。各国の神官長らに伝えます」
「あと、『聖なる一滴』の解毒薬を作っておきましたので、必要なときに使用して下さい。今までは調合に必要な薬草が絶滅していたので作れませんでしたが、ドルトネアで必要な薬草が見つかったようです。解毒薬のレシピは各神殿にあると思いますので、今後は訪問してきた『白い渡り鳥』に調合してもらって下さい」
「あ、ありがとうございます…」
シェニカは鞄からデカイ麻袋を出してテーブルに置いたのだが。その袋には、やけに立派な団子っ鼻と、ニヒルに嘲笑った口がある緑のカボチャが描いてある。それだけでもセンスのなさが伝わるが、カボチャから生えた2本の触角の先端に、大量のマツゲが生えたリアルな目があるから不気味さが際立つ。解毒薬ではなく、怪しい薬が入っていそうな絵に目が奪われて、テーブル越しに神官長らは絶句している。
「私が話したいことは以上です」
「シェニカ様、私たちからもお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
シェニカが席を立とうとすると、神官長らのなかで一番疲れた顔をしているダスカスが口を開いた。
「シェニカ様もご存知かと思いますが、世界中で改良された『再生の砂』の数が不足しております。ローズ様とジェネルド様から分けて頂いておりますが、その量は世界中の神殿に行き渡る量ではありません。
どうか、どうか一瓶、いや一粒でも構いません。どうかシェニカ様のお持ちの砂を分けて頂けないでしょうか。この通りです!どうかお願いいたします!」
しゃべっているのはダスカスだけだが、一斉に立ち上がった3人は土下座をした。この場にいるディスコーニや副官達は表情すら変えなかったが、レオンは驚いたのかシェニカの方をチラリと見た。しかしシェニカはこの行動と要求を想定していたのか、冷たい目をした無表情だ。
「顔を上げて下さい。今すぐに欲しいということでしょうか」
3人は正座したまま顔を上げ、それぞれが余裕のない切羽詰まった顔で話し始めた。
「今すぐに頂けましたら光栄ではございますが、そのような贅沢は申しません。シェニカ様がここを去るまでの間に頂けましたら…!」
「数に限りがあると承知しております。すべての国にではなく、どこかの国だけでも構いません!」
「どうぞ、どうぞよろしくお願いします!」
「ここに来ていらっしゃる神官長全員に渡すだけの砂を用意するつもりはありませんし、特定の国だけに渡せば不満が出ると思いますので、ここに滞在している間に渡すことは考えておりません」
「では訪問先で頂ける、ということでしょうか」
「そうですね。渡したくなったら渡します」
「シェニカ様、もしよろしければ私の案を聞いて頂けないでしょうか」
「なんでしょうか」
他2人はダスカスが言い出す内容を聞かされていなかったようで、『一体何を言うのか?』と困惑した表情を浮かべている。
「シェニカ様の行く先で砂を頂ける可能性があるのはとてもありがたいことですが、訪問のない国や地方では砂の不足が解消されません。そういった場所にも砂の供給が出来るよう、拠点となる神殿を定めていただければ、スムーズに行き渡るのではないでしょうか。どの国でも構いませんので、シェニカ様に指定していただいた国の首都で、シェニカ様の砂を集中的に管理させて頂けないでしょうか」
「それは定期的に拠点となる神殿に私が砂を届ける、ということですか?」
「いえ。その神殿からシェニカ様へ使者を送りますので、その者に渡して頂く形で運用できればと考えております」
「拠点にする神殿は、別に首都の神官長でなくても良いのではないですか?」
「地方の神殿にも優秀な神官長はいますが、首都の神官長の方が多くの権限を持っておりますので、地方と首都との不要な軋轢などが生じにくいかと考えます。
また、首都の神殿の方が広く設備も整っておりますし、街自体も首都の方が馬車の往来がしやすいよう整備されておりますので、色々と都合がよいかと思います。シェニカ様はダーファスの神殿を拠点に、とお考えでしょうか?」
「ダーファスの神官長は知らない方ですし、私は神殿関係者に不信感しかありませんので、どの神殿にも拠点をおくつもりはありません。」
「しかし…」
「拠点を定める利点は分かりましたが、任せられる方を存じ上げませんので、どの神殿にも拠点を定めるつもりはありません」
「ですが、『再生の砂』の少なさがランクAの方の連帯感を強め、大罪の関与が分かったとしても口を閉ざすという結果に繋がってしまっております。『再生の砂』の不足を改善しなければ不幸が繰り返されてしまうかもしれませんし、ローズ様とジェネルド様の負担の軽減にも繋がります。どうか、シェニカ様のご協力を賜れませんでしょうか」
「おっしゃることは分かります。ですが渡す相手は私が選びます」
「では!これから先、シェニカ様の旅に私を同行させて頂けませんでしょうか。是非シェニカ様のお手伝いをさせて下さい」
ダスカスは何を思ったのか、1人でまた土下座の姿勢になった。他の2人の神官長は正座の状態のまま、あっけにとられた様子でダスカスが頭を擦り付ける姿を見ている。この様子だと、この2人にとってダスカスの直談判は予想外だったのだろう。
今まで神殿が寄越した男は、自分自身がシェニカの恋人兼護衛になろうとする奴だったが、見るからにダスカスに戦闘経験なんてなさそうだし、見た目も疲れた爺さんだ。シェニカはこういう爺さんが好きと思っているのだろうか。
一応会話が続いているから止める素振りはないものの、2人の神官長、ディスコーニ、警備をしている連中は眉を顰めていて、シェニカの反応次第では黙らせようと空気を読んでいる。
「それは護衛として同行したいということですか?」
「私は長年文官として働いてきましたので、護衛としてはお役に立てません。しかし過去を遡れば『白い渡り鳥』様の名代として訪問先の神殿に行き、滞在日程や次の訪問先などを連絡する神官や巫女がおりました。シェニカ様が治療院でのお仕事に集中出来るよう、私も同行させていただき、そのような神殿の対応や『再生の砂』の管理をおまかせくださいませんか?」
「私は気に入った者としか旅をしませんので、その必要はありません」
「ですが神殿とのやり取りに慣れた者がいれば、シェニカ様が神殿にお立ち寄りになる手間を省けると思います。それに、神殿新聞にシェニカ様の動向を記載した方が、治療を受けたい者は希望が持てますし、歓迎の準備などが出来て誰もが喜ぶと思います」
「私は普通に治療院を開ければいいので、歓迎して欲しいなど思っておりません。申し訳ありませんが、もうお話することはありません。では『聖なる一滴』の調査、よろしくお願いします」
「シェニカ様!どうかお待ち下さいっ! 私にはっ!私にはもう後がないのです!もうシェニカ様しか居ないんです!どうか私をお救いくださいっ!お願いします!」
シェニカが立ち上がった瞬間、ダスカスは追いかけようと立ち上がったが、2人の神官長が両方から肩を抑えて取り押さえた。それでも暴れているらしく、ドタバタと暴れる音と「嫌だ嫌だ」「わたしは、もう!もう!」と叫ぶ声が廊下まで響いているが、シェニカは立ち止まることも振り返ることなく、階段を登り続けた。
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その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
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それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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