天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第21章 ある国の終焉

10.炯眼の篩

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■■■前書き■■■
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更新お待たせしました!
今回のお話は、ルクト視点→ディスコーニ視点です。
■■■■■■■■■

第5庭園に行くと、サンダラエスという国の小太りの中年王太子、筆頭将軍、顔立ちは良いが背の低い副官がいた。全員がシェニカを見て微笑を浮かべたのだが、中年男はシェニカを舐めるように見ると、王太子とは思えないような下卑た笑みになった。

「シェニカ様、初めまして。私はサンダラエスで筆頭将軍を務めておりますウェニス・シャジーです。こちらは私の副官キルシュ・ベニッドです」

「はじめまして。キルシュと申します」

「はじめまして。シェニカ・ヒジェイトです」

この副官はシェニカに気に入ってもらいたいようだが、肝心のシェニカは微笑すら浮かべないほど表情が硬い。その様子に副官はもちろん、筆頭将軍や王太子も戸惑った空気を出したが、さすがと言うべきか一瞬で切り替えた。
シェニカが警戒するのも当然な下心たっぷりの国ではあるが、まだ顔を合わせただけの段階なのに、セゼル、ミルトスとは違う反応だ。中年王太子のせいもあると思うが、それだけでこの態度は取らないだろう。印象を悪くするような何かがあったのだろうか。


「我が国の王太子、エドール・ウォン=サンダラエス殿下です」

「高名なシェニカ様にお会いできる日を心待ちにしておりました」

「はじめまして」

全員が座ると、王太子の後ろから紅茶が入ったティーセットと菓子が運ばれてきた。目を引く茶器はあちこちに金が使われている明らかに高価なもので、菓子は金粉がまぶされた1口サイズのチョコレートタルトという、金持ちをアピールしたい国のようだ。

「我が国は小国ではありますが、農業も工業も積極的に取り組んでいるので、少しずつではありますが、着実に豊かになっている未来ある国なのです」
「最近では砂金が発見されまして。ポルペアのように他国に融通する様な量はとれませんが、このように食用の金粉や工芸用の金粉ができる様になりました」
「シェニカ様が普段お使いの物、身につける物など、ぜひ我が国から提案させていただきたいと思っています。持ち手部分に金粉でさりげない絵を描いた万年筆が人気なのですが、シェニカ様はどのようなペンをお使いになっていますか?」

「貴国のますますのご発展、楽しみにしております。ご馳走様でした。お茶とお菓子、とても美味しかったです。本日はありがとうございました」

王太子たちの話に頷く程度の反応だけだったシェニカは、菓子のタルトを頬張り、紅茶を飲み干すと、挨拶を済ませて静かに立ち上がった。その様子に焦った王太子は立ち上がってシェニカに近付こうとしたが、控えていたセナイオルやトゥーベリアス達に阻まれた。


「シェニカ様!もう少し話を聞いてもらえないでしょうか!」

王太子は声を張り上げたが、シェニカは振り向くことなく庭園を後にした。シェニカは不機嫌ではないが、関わりたくない、興味がないという空気が出ている。あーいう下心しかない連中と関わりたくないから、あの態度を取ったとは思うが、なんとなく今は声をかけない方が良さそうな気がした。


「次はレミルトです」

シェニカの微妙な空気を感じながら第7庭園に入ると、胸元まで届く立派な顎鬚が特徴の中年国王と若い筆頭将軍の2人がいた。この2人の左の薬指には金の指輪があるし、周囲にいる男といえば離れた場所にいる給仕係と文官しかいないから、さっきのサンダラエスと違ってシェニカに取り入ろうとする作戦ではないらしい。


「はじめまして。ハンス・オーベン=レミルトです。シェニカ殿と、こうして顔を合わせることができ、とても嬉しく思っています」

「はじめまして。シェニカ・ヒジェイトです」

「こちらは私の3番目の息子であり、我が国で筆頭将軍を務める、リューズ・オーベン=レミルトです」

「シェニカ様、はじめまして。リューズと申します。お会いできて光栄です」

「はじめまして」

国王は中肉中背の色白で、王らしい風格が出ている一方、息子の筆頭将軍はディスコーニと変わらないくらいの年齢と体格なのに、日焼けした精悍な顔立ちで王族とは思えない。若いが他国の筆頭将軍と変わらない威圧感と貫禄があるから、王子という立場に甘んじることなく、軍人として真面目に実績を積み上げてきたらしい。


シェニカが椅子に座ると、紅茶より鮮やかな赤い色でベリーの香りがする飲み物、小さなグラスに入ったベリームースが出された。ムースの上には小さな赤紫色の実がこんもりと盛られ、その上からかけられたハチミツが光を反射している。

「我が国の特産品の一つ、ルージュベリーのムースとブラッドベリーティーです。ぜひお召し上がりください」

「ベリーティーは酸味があってが美味しいですね」

「酸味のあるブラッドベリーティーと甘味の強いルージュベリーの組み合わせは、老若男女問わず人気なのです。国中の街や村で、さまざまなベリーを使った菓子や料理があるんですよ」

シェニカに茶と菓子を褒められた国王は、王らしい風格を一瞬忘れたような、屈託のない笑みを浮かべた。その顔に良い印象を抱いたのか、シェニカから緊張が解けたのを感じた。


「我が国は領土こそ広くはありませんが、陽気で活気のある国なのです。特産品は農産物ですが、トマト、赤パプリカ、ビーツ、赤とうがらしといった、赤い野菜が多いのが特徴です」

「国旗も赤なのですね。赤が好きなのですか?」

「えぇ。赤は情熱、野心、怒りを思い浮かべますが、我が国の場合、今後勢いを増し、大きく成長する国であることを象徴しております」

「そうなんですね」

「ですが…。我が国では『黒変病』という、性別に関係なく、40歳前後になると皮膚が黒くなり始め、病気にかかりやすくなって60歳を迎えることなく死亡する、という風土病があるのです。シェニカ様はこのような病をご存知でいらっしゃいますか?」

「いいえ。初めて聞きました」

筆頭将軍の言う『黒変病』に興味を持ったようで、シェニカは先を促すように視線を向けた。


「もう何十年も前から学者を招いて調査にあたっていますが、いまだに原因を特定することが出来ないままでして。『白い渡り鳥』様に来て頂いて治療していただくしかない状態が続いています」

「治療魔法が有効なのですか?」

「はい。『白い渡り鳥』様に治療して頂くと、皮膚の色も戻り、病気になりにくくなるのですが、数年後には再発してしまうのです。そのため、若い世代も不安を抱えておりまして…。シェニカ様に是非一度診ていただき、何かご助言いただければと思っております」

「分かりました。近くに行くことがあれば立ち寄らせて頂きます」

「悩み相談となり申し訳ありません。ご訪問を心待ちにしております」

レミルト国王らはそう言うと、立ち上がったシェニカをあっさり見送った。そして次の庭園に向かう小道に出ると、シェニカは懐からガイドブックを取り出し、レミルトのページに何か書き込んでいた。




ーーいまごろシェニカはどの国と話をしているのだろうか。シェニカが嫌な思いをしていなければいいのだが…。

シェニカのことを考えながら当事者席に座って議場を見渡すと、各国の議席にいるのは初日と変わらない面々なのだが、各国が一番話を聞きたかったトラント国王は死亡し、シェニカは茶会で不在。しかもトラント国王が生前に大罪の関与を認めているという事実があるため、『もはやウィニストラの侵攻は正当なものであったことは確定』という空気で満たされ、初日に見られたような空気は感じられない。


「では、本日の尋問を開始します。各国から集めた質問に返答していただきます。まずトラントに質問です。トラント国王陛下は、今回協力した方以外に他に協力する『白い渡り鳥』様たちがいたと仰っていましたが、具体的にどなたが協力予定だったのでしょうか」

「今回の一件について私たちは何も知らないため、そのようなことは分かりません」

「今回の4人以外の『白い渡り鳥』様には、どのように協力してもらうよう提案したのですか。具体的に教えて下さい」

「申し訳ありませんが、我々には分かりません」

「国王陛下は以前シェニカ様がトラントを訪れた後、元将軍に尾行させていたと仰っていましたが、その際の報告書はどのようなものでしたか」

「私たちはそのような事実を知りませんでしたし、そういった報告書や情報を見聞きしたことはございません」

「シェニカ様に協力していただく方法として、護衛傭兵の懐柔や媚薬を考えておられたようですが、それ以外の方法はなかったのでしょうか」

「申し訳ありませんが、我々には分かりません」

「トラント王太子殿下、宰相、護衛していた将軍、副官らは、自殺したような痕跡が見つかったとウィニストラの報告書にありますが、そこで指摘されているように、生存している可能性も十分考えられます。トラント国王陛下はどう思われていますか」

「国王陛下は逝去されているので分かりませんが、我々としましても、分からないと答えるほかありません」

「今回の一件、どうすれば成功していたと考えられていますか」

「国王陛下がどうお考えだったかは分かりません。しかし、大罪を犯すような大それたことは、うまくいかなかったのではないかと我々は考えています」

「トラント国王らが身を潜めていた首都の地下にある鍾乳洞は、王宮内では知られていたのですか」

「我々は王宮に文官として3年から10年勤めていましたが、鍾乳洞の存在はまったく知らされておりませんでしたので大変驚きました。フェアニーブにいる武官は元副官ですので、彼らにも聞き取りを行った結果、彼らはその存在を知っていました。彼らはその存在を明るみにはしないと、国王陛下の前で宣誓していたそうです」

「フェアニーブにいるトラントの元副官方は、自国で行っていた『聖なる一滴』の実験や、大罪の一件について知っていたのでしょうか」

「知らなかったそうです」

トラント国王は死亡しているため、国王への質問はフェアニーブにいる文官らが答えるしかないのだが、何も聞かされていない彼らが答えれることは少ない。それは誰もが理解しているから、不満を漏らす者はいないが、冷めた空気が流れている。


「次はウィニストラに質問です。貴国がトラントを調査している際に、4人の他に協力する予定だった『白い渡り鳥』様の具体的な情報は見つからなかったのですか?」

「くまなく探しましたが、そのような資料は発見されませんでした」

「トラントは元将軍にシェニカ様を尾行させていたそうですが、その報告書はありましたか」

「くまなく探しましたが、そのような資料は発見されませんでした」

「ウィニストラはトラントが行っていたランクAの方の『聖なる一滴』の人体実験の結果を開示していますが、貴国においてシェニカ様の『天使の涙』の人体実験は行いましたか」

「シェニカ様の『聖なる一滴』については今回の大罪とは関係ないので、返答いたしかねます」

「シェニカ様とディスコーニ殿は大変親しいご様子とお見受けします。ディスコーニ殿は『天使の涙』を持っていらっしゃいますか」

「シェニカ様の『聖なる一滴』については、今回の大罪に関することではないのでお答え致しかねます」

「トラント国王の証言から、アストラとベラルスは悪意を持ってシェニカ様に襲いかかったのは間違いないようなので、シェニカ様が自身の身を守るために『聖なる一滴』を使用したのは当然のことだと思います。しかし、ディスコーニ殿は『天使の涙』の効果を直接見るため、あわよくば手に入れるために、わざとシェニカ様に使用させるよう仕向けさせたのではないですか」

「そのようなことは決してありません」

「今後このような大罪が行われないようにするため、また、同様の事態が起こった際にはすぐに関係者を特定できるよう、『白い渡り鳥』様の所在を明白にした方が良いですし、『天使の涙』の所在も明確にしておいた方が良いかと思います。
ディスコーニ殿はシェニカ様と随分親しいご様子だと聞いております。協力していただけるよう、話をしていただけないでしょうか」

「シェニカ様にはシェニカ様のお考えがあります。私から口を挟むつもりはありません」

「ディスコーニ殿に質問です。シェニカ様は、どのようにしてアステラとベラルスに『天使の涙』を使用したのですか」
「私がいた場所からは見えませんでしたので、分かりません」

「ディスコーニ殿に質問です。『天使の涙』は、どのような形状で保存されていましたか」
「シェニカ様が使用された時、私は物陰に隠れて様子を窺っていたので分かりません」

「ディスコーニ殿に質問です。貴殿はシェニカ様とカケラの交換をしたと聞いております。今後…」


「午前の部はこれで終わります。これより3時間の休憩の後、午後の部を始めます」

議場を出て当事者控室に入った瞬間、バルジアラ様と王太子殿下のため息が響き渡った。シェニカに関する質問や要求ばかりで、うんざりしている自分もため息を吐いたのだが、この2人の大きなため息にかき消されてしまった。


「失礼します。今後の進行についてお話ししたいのですが、少しお時間をよろしいでしょうか」

ウェルニ筆頭書記官が控室に入ってくると、ライオットがソファを勧めたが、彼は小さく会釈をして断った。

「各国から寄せられる質問は多数ありましたが、トラント国王陛下は逝去されているため中身のある返答は期待出来ませんし、その他の質問も類似のものが多いため、予定よりも早く質問がなくなり、尋問を早期に終結出来る可能性が出てきました。しかし、安全保障の観点から茶会の終了も待つ必要があるため、当面、尋問は午後の部のみ開催し、茶会の終了より前に質問が尽きた場合は尋問を一時休会。そして茶会の終了後に終結宣言を行う、とすればスムーズに進行できると考えておりますが、いかがでしょうか」

「そのように進行してもらって結構だ」

王太子殿下がそう答えると、ウェルニ筆頭書記官は「ありがとうございます」と返事をして議場へ戻っていった。その姿を見届けた殿下やバルジアラ様は、再度大きなため息をついてソファにどっかりと腰掛けた。


「異例の事件だからこそ場所と時間を整えたというのに、早々に終結するとはなぁ」

「主役のトラント国王が死んだ上に、ウィニストラの勝利が確定している状況では、関心がシェニカ様に向くのは当然の流れとは言え、こうも質問が集中するとシェニカ様じゃなくても不快に感じるレベルです」

「会談の方が口を滑らせる可能性の方があると見て、舵を切るのも当たり前なんだが。申し込みの数が多すぎて、もううんざりだ」

同じことを聞かれても回答が変わることなんてないのに、シェニカの情報を得ようと会談の申し込みが殺到している。また、自分に同席するよう求められるのだろう。


「トラント国王たちの暗殺の責任問題ってどうなる感じ?」

「4人の『白い渡り鳥』様の牢を監視をしていた3国、国王を監視していた3国に責任があるとされ、なんらかの処分が課される議決が出ると思います」

バルジアラ様と喋っていた王太子殿下は、小さなため息を1つ吐くと、困った表情で自分に視線を向けた。


「シェニカ様のあの回答。ディスコーニはどう思う?」

「渡していなければ明確に否定すると思うので、名言を避けたということは、誰かに渡している可能性があると思います。ですが、誰に、ということは分かりません」

「ディスコーニからシェニカ様に聞くことは出来ない?」

「気が進みません」

「う~ん…。まぁ、すんごい気になるけど、別に禁止されているわけじゃないから、シェニカ様が誰に渡そうと自由だからな。聞けるなら聞いて欲しいけど、無理に聞き出そうとしてディスコーニとシェニカ様の関係が悪化するのは避けたいし、ウィニストラとシェニカ様の関係に響くのも避けたい。俺はディスコーニを信頼してるし、応援してるぞ!」

「ありがとうございます」

国のために『天使の涙』の所在を把握しておきたいから、殿下がシェニカから聞き出して欲しいと考えるのは分かるし、バルジアラ様もどうにか聞き出して欲しい様子だ。自分も聞いておきたいのだが、アステラとベラルスに『聖なる一滴』を使った時の、彼女の動揺した様子が頭をよぎる。

渡していない可能性もあるが、もし渡しているなら相当の覚悟と何か考えがあってのことだと思う。なら、相手は誰だろうか。

彼女が渡すとすれば相手の身の安全を考えてのことだろうから、真っ先に考えたのが『赤い悪魔』だったが、もし彼が持っていたら自分かバルジアラ様に対して使っていただろうし、これまでの反応を見る限り、彼は持っていないだろう。
次に考えられるのはシェニカの両親だが、彼女が両親を心配する気持ちはあっても、持っているだけで狙われるような『天使の涙』を渡すことはしないだろう。
あとは…。可能性があるならローズ様だが、保存ができないとはいえ、あの方は自分で『聖なる一滴』が作れるし、引退されたとはいえ、国の宝である『白い渡り鳥』様の身の安全は保障されているから、渡すメリットがないように思える。

考えられるのはこれらの人物だが、ほかに彼女が渡している可能性がある人物はいるのだろうか。もし本当に渡しているなら、何を目的にそうしたのだろうか。
どこかのタイミングで、それとなく聞いてみることが出来るといいのだが。
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