天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第21章 ある国の終焉

11.茶会の裏側で

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■■■前書き■■■
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更新お待たせいたしました!
今回はファズ視点→ディスコーニ視点→第三者視点となります。
■■■■■■■■■

「ご馳走様でした。お茶とお菓子、美味しかったです」
「シェニカ様!お待ち下さい!」

ーーこれで7か国目か。
簡単な自己紹介、自国の紹介を行ったあと、シェニカ様がすぐに席を立たれる状況が続いている。こういった国も、うまく進行した国と同様に、茶会が始まって終わるまでの数分の間に、特におかしなことがあったわけじゃない。でもシェニカ様は何か思うところがあるのか、すぐに席を立たれることが多い。カケラの交換ができた国は今のところないが、ちゃんと会話ができた国はたった5か国だ。
シェニカ様が何を見て、そのような対応をされているか分からないが、ディスコーニ様なら分かるだろうか。ただ、席を立たれる場合でも、シェニカ様は菓子と茶を完食され、立ち去る間際には『美味しかったです』と言葉をかけられる。律儀なところもディスコーニ様とお似合いだな、早くお2人の関係が進まないだろうか、などといったことを考えながら、次の茶会の相手国ミダリオスの待つ庭園へと入った。


「シェニカ様、我が国の王太子ゴルダ・タルティダ=ミダリオス殿下です」
「お会いできて大変喜ばしく思っております」
「シェニカ・ヒジェイトです。よろしくお願いします」

シェニカ様は不機嫌な感じではないが友好的な態度でもない、という状態だったが、ミダリオスの面々は気にすることなく椅子を勧めた。


「今回は大罪に巻き込まれた上に、身の危険に晒されるなど大変なご経験をされたかと思います。心身に多大な負担がかかったと思いますが、体調面など大丈夫でしょうか」

「ありがとうございます。ご心配には及びません」

「我が国の魅力は紹介書にしたためましたが、ご一読いただけたでしょうか」

「もちろんです。山々に囲まれた水が綺麗な場所で、清流でしか育たない薬草や魚、農産物が豊富な国だと書いてありました」

「読んでいただけて光栄です。我が国は美しい環境と産物を周辺国から長い間狙われ続けており、国民も安心して眠れない状態が続いているのです。国民が安心できる国を目指しておりますが、領土を奪われることもある状態でして…。そこでなのですが。私に1滴で構いませんので、『天使の涙』を譲っていただけないでしょうか。もちろん相応の対価はお支払いいたします」

「『天使の涙』とは?」

「シェニカ様のおつくりになった『聖なる一滴』のことです」

ここまで遠回しに要求することはあっても、はっきりと『天使の涙』を要求するのはミダリオスが始めてだ。ディスコーニ様のご様子から、シェニカ様は『天使の涙』にあまり良い印象を持っていらっしゃらないと思う。だから、このような要求があれば気分を害されるのではないかと心配になったが、シェニカ様は表情を変えることなく、お茶を飲まれている。


「相応の対価とおっしゃいましたが、具体的にはどのような対価をお考えでしょうか」

「シェニカ様が望むものはすべて叶えます」

「そうですか。私が望むものは何もありませんし、あったとしても叶えられるとは思いません。ごちそうさまでした。お茶とお菓子、美味しかったです。失礼します」

シェニカ様は無表情でそう言うと、有無を言わさない空気を出して立ち上がった。それに焦ったミダリオスの一行は引き止めようと立ち上がったものの、トゥーベリアス様らが立ちはだかり、引き下がるよう迫った。

その後も茶会はつつがなく進行したが、長話をした国はごくわずかで、ほとんどが相手にされていない。どの国もいつ茶会の順番が来てもいいように準備はしているが、思った以上に早く進行していることで異常を察し、何が起きているのか情報収集に必死になっている。茶会が上手くいかなかった国、今後茶会を予定している国は、ウィニストラに情報提供や仲介を依頼したりするのだろう。


「次のアルトリューズが本日最後となります」

そう言って案内した先にいたのは、日焼けした女王と筆頭将軍、副官、文官で、他国が揃えていたような若い男はいない。どうやらこの国も『贈り者』を用意しなかったようだが、そのような国であってもシェニカ様は早々に切り上げている場合もあった。シェニカ様は疲れが影響しているのか分からないが、既にそっけない感じの空気を出しているから、この国との茶会もすぐに終わりそうな気がする。


「はじめまして。私はアルトリューズで筆頭将軍を務めておりますオルトロスと申します。こちらはフローラ女王陛下でございます」
「フローラ・ルエラ=アルトリューズです。お会いできて光栄です」
「シェニカ・ヒジェイトです。お会いできて光栄です」

アルトリューズは世界地図では記載が省略されるヴォルベット地方国の1つで、ランクの低い傭兵界隈では経験と知名度を上げるための場所として有名だが、それ以外の人間には知名度は低い。他のヴォルベット地方国とは茶会が行われていないが、シェニカ様が最初に冷たい態度を取ったのは、ヴォルベット地方国の1つサンダラエスだったから、シェニカ様にとってこの地方は興味がないのだろうか。


「可愛らしい絵ですね」

着席して間もなく紅茶と菓子が運ばれてくると、シェニカ様はすぐにカップケーキを手に取って、柔らかい声を発された。その内容を確認すると、シェニカ様はカップケーキの下にあったネズミの絵が描かれた敷き紙を見ていた。


「これは私の娘が描いた、我が国の小麦畑に生息するサラーネズミです。周辺国にも生息しているカヤネズミの一種なのですが、近隣の国では小麦を食い荒らす害獣として駆除されています。ですが、我が国ではある程度の小麦が食べられるのは容認し、害虫や雑草の種を食べてくれる益獣として共存しています」

「そうなんですか。それにしても可愛いですね」

シェニカ様はそう言うとカップケーキを皿に戻し、敷き紙を手に取ってじっくり眺められている。自分は芸術に詳しくないが、誰が見ても「可愛い」と判断できる絵で、他に魅力があるのか分からない。他国が使用していた茶器などにも絵はあったが、シェニカ様が絵を褒めたのは初めてだ。何が違うのだろうか。


「警戒心が強いので捕獲することが難しいのですが、小麦の収穫期になると、近くの葦畑に避難出来るように少しずつ刈り取り、共存を図っています」

「素敵な取り組みですね」

「国民全員がサラーネズミを仲間と認識しているので、大雨や強風で畑に被害が出そうな時は対策を施したり、臨時の家を作ったりしているんです。私の家紋にはサラーネズミの足跡が描かれているんです。
紅茶のカップケーキには、サラーネズミと一緒に作った小麦を使っています。どうぞお召し上がりください」

「美味しい…」

シェニカ様はカップケーキを一口食べると、思わずといった感じで声がこぼれ落ちた。見た目は赤茶色の素朴カップケーキだが、想像以上に美味しいのかシェニカ様はご満悦の様子だ。


「我が国自慢の紅茶と伝統菓子のカップケーキは、国民全員が大変愛してやまないティータイムのセットです」

「紅茶も深い香りが良いですね。カップケーキとすごく合います」

「我が国の紅茶葉は出がらしの方が香りが残るので、カップケーキには出がらしの茶葉を入れて作ります。紅茶を飲むのは成人を迎えてからと決まっているので、その年齢に達するまで、子どもたちはカップケーキで紅茶の味と香りを楽しむのです」

「どうして未成年は紅茶を飲めないのですか?」

「領土が広くないので大人の消費量分の茶葉しか栽培できないのです。そのため、紅茶を飲むのは成人の証となりました」

「成人するのが楽しみになりますね」

シェニカ様がアルトリューズに興味を持ったことに安心したのか、女王は緊張がほぐれたような自然な笑顔を浮かべた。その顔を見た時、苦労の片鱗が見える雰囲気や日焼けした姿から、女王に我が国の王太子妃殿下と印象が重なった。


「我が国は隣国から頻繁に起こされる戦争や外交問題も影響して、『白い渡り鳥』様の訪れがもう何年もない状況でして…。国中を回ってもらっても2ヶ月もかからないような本当に小さな小さな国です。我々の勝手な都合ではございますが、戦争で傷ついた者や親の代わりに必死に働く子どもたちのためにも、どうかシェニカ様に訪問して頂きたいのです」

「是非伺わせてください」

「ありがとうございます。水が綺麗なだけで、大した観光地も特産もない国ではありますが、気の良い国民ばかりです。お待ちしております」

女王の必死な様子に何かあるのだろうと直感したようで、シェニカ様は真剣な顔で頷いた。その後、女王となんとなく空気が合うのか、今の時期に畑で収穫される野菜の話、それを使った郷土料理など、珍しく雑談をされていた。そして打ち解けた空気になったあと、シェニカ様はあの敷き紙を手に取られた。


「この敷き紙、持って帰っても良いでしょうか」

「もちろんです。気に入って頂けましたか?」

「なんだか見ていると、胸が暖かくなるなと思いまして」

「まぁ!シェニカ様に褒めていただき、娘もとても嬉しく思っているはずです」

「もし良かったらカケラの交換をしてもいいでしょうか」

「もちろんです」

カケラの交換を終えると、シェニカ様は女王と握手をして惜しむようにお別れになった。
これで無事に本日の茶会が終了したのだが、ディスコーニ様に報告する内容としては、短い会話をする国がいくらかあるくらいで、長話をした国はごくわずか。カケラの交換ができた国はアルトリューズのみ、ということくらいだろうか。シェニカ様がどの国にどのような印象を抱いたのか、どういう基準で冷淡な対応をしているのか、という内容も欲しいところだが、そういったことはディスコーニ様がシェニカ様に直接ご確認されるだろう。

それにしても。ウィニストラは今回運に恵まれたが、もし鍾乳洞に落ちたシェニカ様を保護したのがサザベルだったら、今自分たちがやっていることはサザベルで、ウィニストラは茶会に頭を悩ませている立場だ。もしその状態になっていたら、ウィニストラは茶会でどのような作戦を練ったのだろうか。
おそらく他の国同様に『贈り者』を見繕ったと思うが、その相手はきっとディスコーニ様ではなかっただろうし、シェニカ様は動物の話題が好き、というのも分からず苦戦を強いられたに違いない。そして、サザベルはシェニカ様を利用し、独占するためにあらゆる手を取っただろう。
そう考えると、シェニカ様を保護したのがディスコーニ様で本当によかった。このまま順調に信頼関係を深め、ご結婚。そしてディスコーニ様が望まれているように、退役してシェニカ様の旅に同行という流れに持っていきたいが…。成し遂げることはできるだろうか。



「では本日の尋問はここで終了といたします。質問事項の整理のため、明日以降、尋問は午後の部から再開といたします」

尋問が終わり、公邸へ戻るバルジアラ様たちの馬車を見送った後、副官たちを連れてシェニカのいる6階に向かっていると、


「ディスコーニ殿。少しお話をよろしいですか」

どこかの王太子や将軍らに、すれ違うたびにこんな風に声をかけられる。無視するわけにもいかないから、足を止めて一言二言言葉を交わすのだが…。


「シェニカ様は誰に『天使の涙』を渡していると思いますか?」
「私には分かりません」

「ディスコーニ殿は、シェニカ様と非常に親しい間柄とか。いやぁ、羨ましい」
「私もシェニカ様のような女性とお近づきになりたいのですが、どのようにすれば良いか助言をいただけませんか?」

こんな話ばかりだから曖昧な返事で終わらせ早々に立ち去るが、今日茶会を行った国からの声には思わず立ち止まった。

「シェニカ様はなぜ我々の話を聞いていただけなかったのでしょうか。もし我が国に不手際があったのであれば心から謝罪を行いたいので、シェニカ様に取り次いでいただけませんか」

「どういうことでしょうか」

「茶会が始まってすぐ行った紹介までは良かったのです。しかし、雑談を少しした後にシェニカ様はすぐに席を立たれまして…。引き留めようとしましたが、取り付く島がない状態だったのです。我が国の前に茶会を行ったアクリスも、ろくに話せない状態だったと聞いています。これはアクリスに何か問題があったせいでシェニカ様が不快になり、その影響が我が国まで及んだのではないかと思っています。納得がいかないので、もう一度我が国との茶会を開いてもらえないでしょうか」

1時間ごとに来る定時報告では、どの国も目立った無礼などがあったわけでもないのに、楽しそうに話し込む国よりも、数分で席を立つことの方が多かったとあった。何があったか自分も知りたいところだが、こういう態度を取るのは彼女なりに理由があるのだろうから、自分が取り次ぐ必要性はないだろう。
上手くはぐらかしてその場を離れると、自分が使っている側仕えの部屋に入り、シェニカの部屋のドアをノックした。部屋に1人でいた彼女は、「はーい」と言いながら扉を開け、笑顔で自分を迎えてくれた。

「ディズ、おかえりなさい。お疲れ様!」

『おかえりなさい』と言われたことが嬉しくて、思わず彼女を抱きしめると、彼女も自分の背中に手を回して抱きしめ返してくれた。

「お疲れ様でした。今日は20か国以上も相手にしたそうですが、大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。でも、やっぱり気が張るとドッと疲れるね」

「そうですね」

ソファに座ったと同時にユーリが外に出てきて、大きなあくびと伸びをした。そしてユーリはシェニカの手に乗ると、すぐに頬擦りされていた。


「どの国もお菓子とお茶がすごく美味しかった。ずっと食べてたから、夜ご飯がいらないくらいお腹いっぱいだよ」

「お茶やお菓子も国ごとの特徴が出て面白いですね。どの国のものが気に入りましたか?」

「どれも美味しかったけど…。そうだなぁ。一番印象に残ったのはアルトリューズかな。紅茶とお菓子がすごく美味しかったし、この敷き紙が可愛いんだ。見てみて!」

そう言ってシェニカに渡された敷き紙には、絵が上手な子供が描いたと思われる小麦を抱えたネズミの絵だった。一生懸命描いたのが伝わってくる絵で、自分も可愛いと思うが…。ファズから報告があったように、絶賛するほどのものか自分には分からない。


「とても可愛いですね。そういえば、挨拶程度で終える国が多かったと聞きましたが、何かありましたか?」

「あ…。うん。『聖なる一滴』を使うことに賛成した国があったでしょ?そういう国とはお付き合いしたくないなって思ったから、早めに切り上げようって思ってるんだ。でも、少し話してみたいなって思ったら、そのまま話しているんだよ。実際、アルトリューズは賛成した国だったけど、話してみたら悪い感じはしなかったし、女王陛下はスァンみたいな感じで良い人だと思ったんだ」

「なるほど。そうでしたか」

シェニカがふるいにかけて対応したことは良いことだと思う。茶会が進行していけば冷遇された国の共通点も知れ渡り、『聖なる一滴』に関する話題は不快感に繋がる可能性が高い、という認識が広まるだろう。そうなれば彼女に『天使の涙』を要求する機会は減るから、彼女は快適な旅路を歩めるだろう。



とある国の応接室では、ソファにどっかりと座った王太子が忌々しげにワインを飲む一方、向かいに座る筆頭将軍は報告書と題した書類を静かに眺めていた。広い応接室にはたった2人しかいないが、王太子から出続けるため息のせいで重苦しい空気が流れていた。


「今日茶会を行った国はほとんど上手くいかなかったらしいな。我が国も万が一の場合のことを考えなければならないが、ウィニストラは仲介するつもりがない様子らしい。どうにかならないだろうか」

「ウィニストラは、書簡すら面識がなければ門前払いとのことです。茶会以外での接触は難しい状態なので、親密になった国に仲介してもらえるよう働きかけるしかないかと思われます。カケラの交換ができたアルトリューズには、既に会談の申し込みが殺到しているそうです」

「ウィニストラめ。独り占めしやがって。こうなれば、シェニカ様に直接会いに行きたくもなるが、客室に近づく術はないだろうか」

「シェニカ様が到着される前、秘密裏に客室に細工を施していた国があったようですが、トラブルが起きて失敗したようです」

「トラブル?どこの国がやっていたんだ?」

「失敗は国の恥を晒すことになるので、どこの国かは分かりません。噂では、『天使の涙』の窃取か、シェニカ様を拉致する目的で細工をした国があったものの、その後に同じ目的を持った国が侵入して、仕掛けを作動させてしまい失敗したのではないかと言われています」

「なんだそれは。足を引っ張り合うなど、一体何をやっているんだ。他に手立てはないのか」

「茶会が上手くいけば個別会談も可能になるかもしれませんが、失敗した場合は手立てがなくなりそうです。その場合、シェニカ様が旅路に戻られた際に、我が国に足を運んでもらうよう待つか、関係を構築できた国に促してもらうか、という流れが現実的だと思います」

「待っているのではなく、手っ取り早く攫ってくればいい、と考える頭の悪い国が出てくるから、それを利用するのもありだな」

「そうですね。ディスコーニがやったように、悪者から助け出し恋に落ちる、というのは王道ですからね」

筆頭将軍がそう言うと、王太子はニヤリと笑ってワインを飲み干した。
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