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第二話 聖女暗殺未遂という濡れ衣⑤
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ユアンが体の角度を変え、腹の下にミリエルをかばうように体を丸めた。ユアンがミリエルをかばってくれたおかげでミリエルは無傷だけれど、気が気ではなかった。
だって、どう見たって、あの魔法の威力は人ひとりくらい簡単に殺傷できるものだった。光を集めて熱で焼き焦がす、聖なる魔法に唯一ある攻撃魔法。
それがユアンに直撃したのだ。
「どうしてその女をかばうの! 邪竜様!」
「セレナ、何を……っ」
「そう、そうなのね、バグが起きてるのね? じゃあ私の魔法で浄化しなきゃ。聖なる魔力で浄化して、正気に戻してあげる!」
「やめて……ッ!」
セレナの手のうちに、また光が集まり始める。ミリエルにはそれが浄化魔法には見えなかった。憎しみなど、邪心ある心で行使した浄化は、他者を傷付ける光の刃となる。それが聖なる魔法のたったひとつの攻撃方法なのだ。
セレナの魔力量はおそらく膨大だ。そうでなければあんなに大きな光の球が生まれるはずがない。今や両手で抱えるほどにもなった光が、セレナの手から放たれる。
あんなものがユアンにあたって無事であるはずがない。
ミリエルは手を大きく伸ばした。ミリエルにだって聖なる魔力がある。ありったけの魔力を使えば、クッションくらいにはなれるはずだ。
ミリエルは修行なんてほとんどしていない。セレナのはきだめであるミリエルには、そんな時間与えられなかった。だから、これでいいのかわからない。けれど、守る、というたったひとつの意志だけで放出した魔力は、ユアンとミリエル自身の前で大きな盾の形をとった。
光の球と盾が正面からぶつかり、きいいん、と澄んだ音があたりに鳴り渡る。
弾かれたのは、セレナの魔法の方だった。
盾に触れた瞬間あっけなくはじけ、そのまま砂のようになって消えてしまったセレナの魔法の球は、そのままさらさらと空気に溶けて消えていく。
──あの程度が、ミリーに勝てるわけないだろう。
「え……?」
ユアンの声を耳にしながら、ミリエルは呆然とそう口にした。そうしているのはセレナもだった。
セレナは自分の魔法が負けるとは思っていなかったのだろう。
ミリエルだって、自分がセレナの魔法を防げるとは思わなかった。
「どういうことだ」という声が地上から聞こえてくる。
「聖なる魔法で聖女様が敗れるだと……!?」
「そもそも、あれは邪心なくしては発動もしない攻撃魔法じゃないか?」
「悪姉のほうが使った魔法、盾の魔法だろう? あんなに大きな盾、見たこともないぞ……?」
口々にそう続ける地上の人々は、次第にセレナへ疑いの目を向ける。そこには、セレナの魅了魔法にかかっていただろう護衛たちの姿もあった。
──大丈夫? ミリー。
「ユアン」
──動転している人間には魅了魔法も通じない。安心して、みんな、もうあの女の支配からは抜け出してる。全員、正しいものを見られるはずだよ。
「ただしい、もの?」
ミリエルのつぶやきに、ユアンが竜の顔で頷く。
その言葉を不思議に思って、ミリエルが聞き返そうとした、その時。
「セレナ! 君は今、いったい何をした……!」
怒声を張り上げ、金髪を肩口で切りそろえた、鷲色の目の青年がこちらへ駆け寄ってきた。
あっとミリエルが声を上げる。彼を守るように騎士団長と宰相が走ってくるのが見える。国の要人に囲まれたその青年は、ミリエルの見間違いでなければ、この国の第一王子にして王太子であるルキウス・ポウル・アトルリエだった。
護衛兵と宰相、騎士団長に囲まれた王太子ルキウスは、ユアンに抱かれたミリエルに気付き、一瞬恐れるように目を見開いた後、ぐっと唇を噛んでセレナに向き直った。
「どういうことだ! どうして神竜様に攻撃をしたんだ、聖女セレナ!」
「ルキウス様! ああよかった! あたし、今邪竜を浄化しようとしていたところですの。それをあの『悪姉』が邪魔して……」
「浄化!? 恐れ多くも神竜様に魔法をかけようとしたのか!?」
「……何で怒っているんですか? ルキウス様」
セレナは不思議そうな顔をしてルキウスたちを見上げる。しかし、見つめられた彼らはセレナに魅了されるどころかセレナの言葉に呆れたように──いいや、憤っているようにも見える──あるいは絶望したように、彼女を見下ろした。
──ほら、強い感情が、魅了魔法の効果を打ち消した。もう、あの女の味方はいないよ。
ユアンの言葉に、ミリエルははっと王太子たちの様子を確認した。たしかに、彼らからいつも感じるぼやけたあざけりのようなものは今はない。
王太子をはじめとする国の要人にまで魅了をかけていたのか、とミリエルは口元を押さえた。そんなことをして、国が崩壊したらどうするのだ。
いや、そもそも、先ほどセレナは女王になると言っていた。まさか、そんなことを考えて誰しもを魅了していたというのだろうか。恐れを知らない所業にもほどがある。
火山の頂上、儀式のために集った人々が作った狭い安全地帯はざわついている。けれど、その中で悲鳴じみた王太子の声はよく響いた。
「神竜様は浄化された! 邪竜だったのは過去の話だ! 今は火山の中で眠りにつき、聖女の生まれる地の守り神となっている……! これは教会の上層部ならだれでも知っている話だ。君は聖女のくせにそんなことも知らないのか!?」
「え……?」
だって、どう見たって、あの魔法の威力は人ひとりくらい簡単に殺傷できるものだった。光を集めて熱で焼き焦がす、聖なる魔法に唯一ある攻撃魔法。
それがユアンに直撃したのだ。
「どうしてその女をかばうの! 邪竜様!」
「セレナ、何を……っ」
「そう、そうなのね、バグが起きてるのね? じゃあ私の魔法で浄化しなきゃ。聖なる魔力で浄化して、正気に戻してあげる!」
「やめて……ッ!」
セレナの手のうちに、また光が集まり始める。ミリエルにはそれが浄化魔法には見えなかった。憎しみなど、邪心ある心で行使した浄化は、他者を傷付ける光の刃となる。それが聖なる魔法のたったひとつの攻撃方法なのだ。
セレナの魔力量はおそらく膨大だ。そうでなければあんなに大きな光の球が生まれるはずがない。今や両手で抱えるほどにもなった光が、セレナの手から放たれる。
あんなものがユアンにあたって無事であるはずがない。
ミリエルは手を大きく伸ばした。ミリエルにだって聖なる魔力がある。ありったけの魔力を使えば、クッションくらいにはなれるはずだ。
ミリエルは修行なんてほとんどしていない。セレナのはきだめであるミリエルには、そんな時間与えられなかった。だから、これでいいのかわからない。けれど、守る、というたったひとつの意志だけで放出した魔力は、ユアンとミリエル自身の前で大きな盾の形をとった。
光の球と盾が正面からぶつかり、きいいん、と澄んだ音があたりに鳴り渡る。
弾かれたのは、セレナの魔法の方だった。
盾に触れた瞬間あっけなくはじけ、そのまま砂のようになって消えてしまったセレナの魔法の球は、そのままさらさらと空気に溶けて消えていく。
──あの程度が、ミリーに勝てるわけないだろう。
「え……?」
ユアンの声を耳にしながら、ミリエルは呆然とそう口にした。そうしているのはセレナもだった。
セレナは自分の魔法が負けるとは思っていなかったのだろう。
ミリエルだって、自分がセレナの魔法を防げるとは思わなかった。
「どういうことだ」という声が地上から聞こえてくる。
「聖なる魔法で聖女様が敗れるだと……!?」
「そもそも、あれは邪心なくしては発動もしない攻撃魔法じゃないか?」
「悪姉のほうが使った魔法、盾の魔法だろう? あんなに大きな盾、見たこともないぞ……?」
口々にそう続ける地上の人々は、次第にセレナへ疑いの目を向ける。そこには、セレナの魅了魔法にかかっていただろう護衛たちの姿もあった。
──大丈夫? ミリー。
「ユアン」
──動転している人間には魅了魔法も通じない。安心して、みんな、もうあの女の支配からは抜け出してる。全員、正しいものを見られるはずだよ。
「ただしい、もの?」
ミリエルのつぶやきに、ユアンが竜の顔で頷く。
その言葉を不思議に思って、ミリエルが聞き返そうとした、その時。
「セレナ! 君は今、いったい何をした……!」
怒声を張り上げ、金髪を肩口で切りそろえた、鷲色の目の青年がこちらへ駆け寄ってきた。
あっとミリエルが声を上げる。彼を守るように騎士団長と宰相が走ってくるのが見える。国の要人に囲まれたその青年は、ミリエルの見間違いでなければ、この国の第一王子にして王太子であるルキウス・ポウル・アトルリエだった。
護衛兵と宰相、騎士団長に囲まれた王太子ルキウスは、ユアンに抱かれたミリエルに気付き、一瞬恐れるように目を見開いた後、ぐっと唇を噛んでセレナに向き直った。
「どういうことだ! どうして神竜様に攻撃をしたんだ、聖女セレナ!」
「ルキウス様! ああよかった! あたし、今邪竜を浄化しようとしていたところですの。それをあの『悪姉』が邪魔して……」
「浄化!? 恐れ多くも神竜様に魔法をかけようとしたのか!?」
「……何で怒っているんですか? ルキウス様」
セレナは不思議そうな顔をしてルキウスたちを見上げる。しかし、見つめられた彼らはセレナに魅了されるどころかセレナの言葉に呆れたように──いいや、憤っているようにも見える──あるいは絶望したように、彼女を見下ろした。
──ほら、強い感情が、魅了魔法の効果を打ち消した。もう、あの女の味方はいないよ。
ユアンの言葉に、ミリエルははっと王太子たちの様子を確認した。たしかに、彼らからいつも感じるぼやけたあざけりのようなものは今はない。
王太子をはじめとする国の要人にまで魅了をかけていたのか、とミリエルは口元を押さえた。そんなことをして、国が崩壊したらどうするのだ。
いや、そもそも、先ほどセレナは女王になると言っていた。まさか、そんなことを考えて誰しもを魅了していたというのだろうか。恐れを知らない所業にもほどがある。
火山の頂上、儀式のために集った人々が作った狭い安全地帯はざわついている。けれど、その中で悲鳴じみた王太子の声はよく響いた。
「神竜様は浄化された! 邪竜だったのは過去の話だ! 今は火山の中で眠りにつき、聖女の生まれる地の守り神となっている……! これは教会の上層部ならだれでも知っている話だ。君は聖女のくせにそんなことも知らないのか!?」
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