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第二話 聖女暗殺未遂という濡れ衣⑦
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「ミリー?」
ユアンの手が、ミリエルの頬をそっと撫でる。案じるようなまなざしに、ミリエルは微笑んで返した。
「大丈夫よ、ユアン。なぜかしら、セレナたちのことを、もう、恐ろしいと感じていないの」
「……そっか」
ほっとしたようにユアンが目を細める。
けれど、ミリエルの言葉に、弾かれたようにセレナが顔を上げた。
「なん、ですって……!? ば、ば、ばかにして……!」
セレナの体が発光する。突然の魔力の放出に跳ね飛ばされた護衛兵たちが目を押さえ、悲鳴をあげて転がる。
ゆらり、と立ちあがったセレナがぎ、とミリエルをにらみつける。
掲げられた手の中には、白い光の塊が燃えるようにゆらゆら揺れていた。
「このバグ女! あんたがいるからゲームがうまく進まなかったのよ! あんたさえいなければ邪竜だってあたしのものになったのに……!」
セレナの絶叫に振り返ったミリエルに、白い珠が向かってくる。思い切り投げられたそれの動きは速く、ミリエルの動きでは避けられそうになかった。
びゅう、と風の音がする。直撃する──ミリエルが目を閉じるのと同時に、身体をふわりとあたたかなものが包み込んだ。
「大丈夫だよ、ミリー」
優しい声がミリエルに降ってくる。そして。
「いつ、だれが、お前のものになった?」
──冷たい、血の一滴まで凍り付くような声が、遠くのセレナに投げかけられた。
キイン、と音がした。ガラスとガラスがすりあわさるような音。
目を開けたミリエルが見たものは、ユアンに残る竜の証、背の大きな翼にぶつかった光の球が、そのまま弾かれて逆行し、セレナの頭に向けて吸い込まれるところだった。
パン!という炸裂音、それとともにセレナの体がふらりと傾ぐ。
咄嗟に駆け寄ろうとしたミリエルを強い力で抱き留めたのはユアンだった。
「ユアン……!」
「ミリーが情けをかける必要はないよ。もう、終わった」
「終わった、って」
ミリエルがユアンを振り仰ぐ。そこには、ユアンの静かな表情があるだけだった。
「ゆ、あん」
背後でセレナが再び護衛兵に取り押さえられている。
しかし、セレナは異様に静かだった。まさか死んでしまったのでは、とセレナへともう一度視線を返す。はたして、セレナは生きていた。
ただし、きょとん、と驚いたような顔をして。
今自分が何をしたのか、気付いていないのだろうか。いいや、そんなことはあり得ない。それならなぜ。
……答えはすぐに知れた。
「うー? あう……?」
セレナはその白い指を口に含み、ちゅぱちゅぱと吸っている。そして自分の周りに屈強な男たちがいることに気付いてか、わんわんと声を上げて泣き始めた。しょわわ、とセレナの法衣に黄色い染みが広がって、独特のにおいが鼻をつく。
まるで赤子のようだ、と思ったミリエルに、ユアンが静かな声で口を開いた。
「聖なる魔力は相手に危害を加えることができない。しかし、聖なる魔力は悪しきものを浄化することができる。浄化と消滅は同じものだ。聖なる魔法が跳ね返ったことで、彼女の中の記憶がすべて消滅したんだ。……浄化された、と言うべきか」
「あー! あああー!」
泣き続けるセレナは、護衛兵に肩を押さえられたままだ。心配して駆け寄る者はいない。
それはとてもさみしい光景だった。と同時に、彼女への報いの重さを思い知るようなものだった。
「もう大丈夫だよ、ミリー」
ユアンがミリエルの銀髪をそっと撫でる。血の塊をほぐすようにして、何度も何度も手櫛でくしけずられる。そこに、ミリエルへのいたわりはあれど、セレナへの憐憫のようなものは感じられなかった。
そう、これが人ではない、ということなんだわ。とミリエルは一瞬、ユアンに畏怖のようなものを抱いた。けれど、たったその一点を超越するほど、ユアンを愛していた。もう、ずっと昔から、そう思っていた。
ユアンの手が、ミリエルの頬をそっと撫でる。案じるようなまなざしに、ミリエルは微笑んで返した。
「大丈夫よ、ユアン。なぜかしら、セレナたちのことを、もう、恐ろしいと感じていないの」
「……そっか」
ほっとしたようにユアンが目を細める。
けれど、ミリエルの言葉に、弾かれたようにセレナが顔を上げた。
「なん、ですって……!? ば、ば、ばかにして……!」
セレナの体が発光する。突然の魔力の放出に跳ね飛ばされた護衛兵たちが目を押さえ、悲鳴をあげて転がる。
ゆらり、と立ちあがったセレナがぎ、とミリエルをにらみつける。
掲げられた手の中には、白い光の塊が燃えるようにゆらゆら揺れていた。
「このバグ女! あんたがいるからゲームがうまく進まなかったのよ! あんたさえいなければ邪竜だってあたしのものになったのに……!」
セレナの絶叫に振り返ったミリエルに、白い珠が向かってくる。思い切り投げられたそれの動きは速く、ミリエルの動きでは避けられそうになかった。
びゅう、と風の音がする。直撃する──ミリエルが目を閉じるのと同時に、身体をふわりとあたたかなものが包み込んだ。
「大丈夫だよ、ミリー」
優しい声がミリエルに降ってくる。そして。
「いつ、だれが、お前のものになった?」
──冷たい、血の一滴まで凍り付くような声が、遠くのセレナに投げかけられた。
キイン、と音がした。ガラスとガラスがすりあわさるような音。
目を開けたミリエルが見たものは、ユアンに残る竜の証、背の大きな翼にぶつかった光の球が、そのまま弾かれて逆行し、セレナの頭に向けて吸い込まれるところだった。
パン!という炸裂音、それとともにセレナの体がふらりと傾ぐ。
咄嗟に駆け寄ろうとしたミリエルを強い力で抱き留めたのはユアンだった。
「ユアン……!」
「ミリーが情けをかける必要はないよ。もう、終わった」
「終わった、って」
ミリエルがユアンを振り仰ぐ。そこには、ユアンの静かな表情があるだけだった。
「ゆ、あん」
背後でセレナが再び護衛兵に取り押さえられている。
しかし、セレナは異様に静かだった。まさか死んでしまったのでは、とセレナへともう一度視線を返す。はたして、セレナは生きていた。
ただし、きょとん、と驚いたような顔をして。
今自分が何をしたのか、気付いていないのだろうか。いいや、そんなことはあり得ない。それならなぜ。
……答えはすぐに知れた。
「うー? あう……?」
セレナはその白い指を口に含み、ちゅぱちゅぱと吸っている。そして自分の周りに屈強な男たちがいることに気付いてか、わんわんと声を上げて泣き始めた。しょわわ、とセレナの法衣に黄色い染みが広がって、独特のにおいが鼻をつく。
まるで赤子のようだ、と思ったミリエルに、ユアンが静かな声で口を開いた。
「聖なる魔力は相手に危害を加えることができない。しかし、聖なる魔力は悪しきものを浄化することができる。浄化と消滅は同じものだ。聖なる魔法が跳ね返ったことで、彼女の中の記憶がすべて消滅したんだ。……浄化された、と言うべきか」
「あー! あああー!」
泣き続けるセレナは、護衛兵に肩を押さえられたままだ。心配して駆け寄る者はいない。
それはとてもさみしい光景だった。と同時に、彼女への報いの重さを思い知るようなものだった。
「もう大丈夫だよ、ミリー」
ユアンがミリエルの銀髪をそっと撫でる。血の塊をほぐすようにして、何度も何度も手櫛でくしけずられる。そこに、ミリエルへのいたわりはあれど、セレナへの憐憫のようなものは感じられなかった。
そう、これが人ではない、ということなんだわ。とミリエルは一瞬、ユアンに畏怖のようなものを抱いた。けれど、たったその一点を超越するほど、ユアンを愛していた。もう、ずっと昔から、そう思っていた。
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