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ままならない恋4
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「かなわない恋ですけれど」
「どうして?」
クラリスが声をあげる。
「だって私、お相手の顔も、名前だって知らないのよ?それに、お相手はアルファとわかっているもの。だから、アルファの私とは結ばれるはずもないわ」
「そう……そっか……」
しゅん、とうなだれるクラリスに、アンリエッタは笑みのまま続けた。
「でも、きっと彼も、自分の道を進んでいるの。この国を変える、だなんておっしゃっていたのよ。ふふ。……でも、あの方も頑張っているのなら、私が頑張らないわけないわ。まずは今度の期末試験で一位を取ります」
言って、アンリエッタは話の終わったらしいフェリクスを見やった。
突然水を向けられたフェリクスは、一瞬面くらった顔をしたあと、少しなにか逡巡して――そうして、まぶしいものを見るような目をして、アンリエッタを見た。
「……できるよ、アンリエッタなら」
「あなた、宣戦布告されたのにそういう態度はどうかと思うわ!」
アンリエッタがその眉を吊り上げ、なにか物申してやろうと思った――その時だった。
「ごきげんよう、アンリエッタ様」
「…………、オーク様、ごきげんよう」
ぱさついた赤毛を短く刈りあげた、ヒキガエルのように吹き出物だらけの小太りの生徒――たしか、彼は豪商の息子で、第二性はベータ。Eクラスに所属している――同級生で、最近よくアンリエッタに声をかけてくる、フレッド・オークがそこにいた。
「食事時に失礼します。美しいあなたを目にしたものですから、ついつい花に引き寄せられる蝶のように足が吸い寄せられてしまいました」
腹をたゆんと揺らし、吹き出物だらけの顔をアンリエッタに近づけて、フレッドが賛辞を述べる。ほかの面々はいないようにふるまっている。だが、逆に言えばそれしかしていないのでアンリエッタが彼をたたき出すわけにはいかなかった。
「……そう、ですか。ですが、おっしゃる通り、今は食事中ですの。ご用がありましたら、後ほどお聞かせ願えますか?」
アンリエッタは、ひとを見た目で判断してはいけない、と思いながらも、このフレッドという青年のことが得意ではなかった。
最近アンリエッタに付きまとってくるフレッドは、アンリエッタにべたべたと触れようとしていつも手を伸ばしてくるのだ。
いつもフェリクスにそれを阻まれているが、そのねばついた視線で見られると、おぞけが走ってしまうのも事実だった。
フレッドの目が、まるで品定めでもするかのようにアンリエッタの上から下まで――特に胸元を――じっとりと眺める。アンリエッタは気持ちの悪さに自分の体をかき抱いてしまいそうになるのを強靭な意思で押しとどめ、努めて笑顔でフレッドに対応した。
未来の女公爵として、こんなところで軋轢を生むわけにはいかないのだ。
しかし、相変わらずフレッドはそんなアンリエッタの葛藤を知らないようで、今日も無遠慮にアンリエッタの手を掴もうと手を伸ばしてくる。
「オーク様、ちょっと……」
「誰の許可を得て彼女に触れようとしている」
凛とした、硬質な声が響く。大きく発せられた声に、食堂に集まった生徒たちがちらほらと振り返った。
「こ、う太子殿下……。いえ、別に何も」
「彼女が何も言わないからと言って、それが許されるとでも?」
フェリクスだ。空色の瞳を冷徹に眇めた彼は、アンリエッタに伸ばされたフレッドの手をぐっと掴んだ。
みし、と骨のきしむ音がする。さすがにやりすぎだ。止めようと立ち上がったアンリエッタの服のすそを、クラリスが掴んで首を横に振る。
フェリクスとフレッドの間に入って二人を引きはがしたのは、ユーグだった。
ユーグは、眼鏡の奥に吹雪もかくやというほどの冷たさを宿したまなざしでフレッドを睥睨し、フェリクスを見て目配せをした。フェリクスが得心したように、フレッドとアンリエッタの間に、アンリエッタをかばうように立つ。
「婦女子の体に無遠慮に触れるのは、紳士的とは言えないのでは?フレッド・オーク。それともマナーの教科をもう一年受けるつもりがあるのかな」
くい、と眼鏡を持ち上げ、ユーグが言う。
周囲の生徒達も、フレッドのしようとしたことを理解したのだろう。めいめいに顔をしかめたり何かをささやいている。
フレッドも、さすがに旗色が悪いことを悟ったらしい。
「用事を思い出したので……ッ、失礼します」
悔し気に顔を歪めて立ち去るフレッドの後ろをフェリクスの背中越しに見ながら、アンリエッタは嵐が立ち去ったことにほうと息を吐いた。
「どうして?」
クラリスが声をあげる。
「だって私、お相手の顔も、名前だって知らないのよ?それに、お相手はアルファとわかっているもの。だから、アルファの私とは結ばれるはずもないわ」
「そう……そっか……」
しゅん、とうなだれるクラリスに、アンリエッタは笑みのまま続けた。
「でも、きっと彼も、自分の道を進んでいるの。この国を変える、だなんておっしゃっていたのよ。ふふ。……でも、あの方も頑張っているのなら、私が頑張らないわけないわ。まずは今度の期末試験で一位を取ります」
言って、アンリエッタは話の終わったらしいフェリクスを見やった。
突然水を向けられたフェリクスは、一瞬面くらった顔をしたあと、少しなにか逡巡して――そうして、まぶしいものを見るような目をして、アンリエッタを見た。
「……できるよ、アンリエッタなら」
「あなた、宣戦布告されたのにそういう態度はどうかと思うわ!」
アンリエッタがその眉を吊り上げ、なにか物申してやろうと思った――その時だった。
「ごきげんよう、アンリエッタ様」
「…………、オーク様、ごきげんよう」
ぱさついた赤毛を短く刈りあげた、ヒキガエルのように吹き出物だらけの小太りの生徒――たしか、彼は豪商の息子で、第二性はベータ。Eクラスに所属している――同級生で、最近よくアンリエッタに声をかけてくる、フレッド・オークがそこにいた。
「食事時に失礼します。美しいあなたを目にしたものですから、ついつい花に引き寄せられる蝶のように足が吸い寄せられてしまいました」
腹をたゆんと揺らし、吹き出物だらけの顔をアンリエッタに近づけて、フレッドが賛辞を述べる。ほかの面々はいないようにふるまっている。だが、逆に言えばそれしかしていないのでアンリエッタが彼をたたき出すわけにはいかなかった。
「……そう、ですか。ですが、おっしゃる通り、今は食事中ですの。ご用がありましたら、後ほどお聞かせ願えますか?」
アンリエッタは、ひとを見た目で判断してはいけない、と思いながらも、このフレッドという青年のことが得意ではなかった。
最近アンリエッタに付きまとってくるフレッドは、アンリエッタにべたべたと触れようとしていつも手を伸ばしてくるのだ。
いつもフェリクスにそれを阻まれているが、そのねばついた視線で見られると、おぞけが走ってしまうのも事実だった。
フレッドの目が、まるで品定めでもするかのようにアンリエッタの上から下まで――特に胸元を――じっとりと眺める。アンリエッタは気持ちの悪さに自分の体をかき抱いてしまいそうになるのを強靭な意思で押しとどめ、努めて笑顔でフレッドに対応した。
未来の女公爵として、こんなところで軋轢を生むわけにはいかないのだ。
しかし、相変わらずフレッドはそんなアンリエッタの葛藤を知らないようで、今日も無遠慮にアンリエッタの手を掴もうと手を伸ばしてくる。
「オーク様、ちょっと……」
「誰の許可を得て彼女に触れようとしている」
凛とした、硬質な声が響く。大きく発せられた声に、食堂に集まった生徒たちがちらほらと振り返った。
「こ、う太子殿下……。いえ、別に何も」
「彼女が何も言わないからと言って、それが許されるとでも?」
フェリクスだ。空色の瞳を冷徹に眇めた彼は、アンリエッタに伸ばされたフレッドの手をぐっと掴んだ。
みし、と骨のきしむ音がする。さすがにやりすぎだ。止めようと立ち上がったアンリエッタの服のすそを、クラリスが掴んで首を横に振る。
フェリクスとフレッドの間に入って二人を引きはがしたのは、ユーグだった。
ユーグは、眼鏡の奥に吹雪もかくやというほどの冷たさを宿したまなざしでフレッドを睥睨し、フェリクスを見て目配せをした。フェリクスが得心したように、フレッドとアンリエッタの間に、アンリエッタをかばうように立つ。
「婦女子の体に無遠慮に触れるのは、紳士的とは言えないのでは?フレッド・オーク。それともマナーの教科をもう一年受けるつもりがあるのかな」
くい、と眼鏡を持ち上げ、ユーグが言う。
周囲の生徒達も、フレッドのしようとしたことを理解したのだろう。めいめいに顔をしかめたり何かをささやいている。
フレッドも、さすがに旗色が悪いことを悟ったらしい。
「用事を思い出したので……ッ、失礼します」
悔し気に顔を歪めて立ち去るフレッドの後ろをフェリクスの背中越しに見ながら、アンリエッタは嵐が立ち去ったことにほうと息を吐いた。
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