9 / 40
出会い編
リズ、笑って
しおりを挟む
目が覚めたのは、全てが終わったあとだった。
侯爵夫妻曰く、リーゼロッテを刺したのは、何か薬を盛られて正気を失った男だったらしい。その男は、リーゼロッテを刺し、殴りつけたあと、クロヴィスの反撃によって怪我を負い、逃げた先で王太子の愛犬を殺したのだそうだ。
ーーそう。王太子の愛犬を。物語のキーたる、シャロを。
傷口が化膿して、熱を出し、こんこんと眠り続けたリーゼロッテが目覚めた時、それはなぜか、クロヴィスのせいということになっていた。
誰あろう、クロヴィスが、男をそそのかしたと自白したらしい。
そんなわけがなかった。あの子がそんなことするわけがない。
誰かがゲームの設定通りに進めようとしているのかとすら思った。
けれど、違ったのだ。
はじめ、責任を問われたのはリーゼロッテだった。狂った男に初めに襲われた、元々孤児の養女。それは、責任を押し付けるための生贄にぴったりで。
だから、クロヴィスはリーゼロッテを庇ったのだ。
だから、リーゼロッテのせいで、クロヴィスは罰を受ける。
だからーー……だから。
ベッドにうずくまって、リーゼロッテは泣いた。
ティーゼ侯爵家の力で、なんとかクロヴィスは帰ってこれた。背中におびただしい裂傷を得て、三日三晩熱を出して生死の境をさまよった。
ティーゼ侯爵夫妻は、リーゼロッテを責めなかった。クロヴィスが選んだ結果なのだから、リーゼロッテは悪くないのだと。
その目に涙を堪えて、リーゼロッテを抱きしめて。
リーゼロッテがクロヴィスに会えたのは、一ヶ月が経った頃。
ヴィー、と呼んで手を伸ばしたリーゼロッテの手を、そっと押しとどめ、クロヴィスは、笑った。
それは歪な笑みだった。悲しい笑みだった。切ない笑みで、苦しい笑みだった。
リーゼロッテは声をあげて泣いた。
悲しくて、悲しくてならなかった。
けれど何より、それがゲームのクロヴィスに似ていたことが辛かったから。
守ってあげる、なんて、どの口が言ったのだ。
呑気なリーゼロッテ。
「リズ、笑って」
クロヴィスはそう言った。だからリーゼロッテは泣いたのだ。
ごめんなさいと謝った。繰り返して泣いた。クロヴィスはなにも言わなかった。
その日の晩、リーゼロッテは吐いた。
憎かった。あの日、どうしてもっと警戒しなかった。過去を思い出す努力をしなかった。
呑気に幸せを享受すべきではなかった。
リーゼロッテは、自分自身が憎かった。殺してやりたいとすら思った。
ベッドの上、シーツを握りしめて、できもしないのにただただ呪いの言葉を吐いた。
「死ねばよかった、あんたなんか、死ねばいいの」
蜂蜜色の髪がほつれて、指に絡んでぶちぶちと抜ける。
リーゼロッテは、馬鹿だ。
愚かで、愚鈍で、無知で、そうして、無力で。
シーツを握る手が白く冷たくなる。リーゼロッテには死ぬ勇気すらなかった。
だからただ、呪った。
「死ねばよかったの、あんたなんか」
ーーリーゼロッテの部屋、扉の前、淡い金髪をした少年が、それを聞いて、静かに静かに呟いた。
「ごめんね、リズ」
君がいないと、僕はもう息もできないんだ。
なんて、ひどく歪に笑いながら。
侯爵夫妻曰く、リーゼロッテを刺したのは、何か薬を盛られて正気を失った男だったらしい。その男は、リーゼロッテを刺し、殴りつけたあと、クロヴィスの反撃によって怪我を負い、逃げた先で王太子の愛犬を殺したのだそうだ。
ーーそう。王太子の愛犬を。物語のキーたる、シャロを。
傷口が化膿して、熱を出し、こんこんと眠り続けたリーゼロッテが目覚めた時、それはなぜか、クロヴィスのせいということになっていた。
誰あろう、クロヴィスが、男をそそのかしたと自白したらしい。
そんなわけがなかった。あの子がそんなことするわけがない。
誰かがゲームの設定通りに進めようとしているのかとすら思った。
けれど、違ったのだ。
はじめ、責任を問われたのはリーゼロッテだった。狂った男に初めに襲われた、元々孤児の養女。それは、責任を押し付けるための生贄にぴったりで。
だから、クロヴィスはリーゼロッテを庇ったのだ。
だから、リーゼロッテのせいで、クロヴィスは罰を受ける。
だからーー……だから。
ベッドにうずくまって、リーゼロッテは泣いた。
ティーゼ侯爵家の力で、なんとかクロヴィスは帰ってこれた。背中におびただしい裂傷を得て、三日三晩熱を出して生死の境をさまよった。
ティーゼ侯爵夫妻は、リーゼロッテを責めなかった。クロヴィスが選んだ結果なのだから、リーゼロッテは悪くないのだと。
その目に涙を堪えて、リーゼロッテを抱きしめて。
リーゼロッテがクロヴィスに会えたのは、一ヶ月が経った頃。
ヴィー、と呼んで手を伸ばしたリーゼロッテの手を、そっと押しとどめ、クロヴィスは、笑った。
それは歪な笑みだった。悲しい笑みだった。切ない笑みで、苦しい笑みだった。
リーゼロッテは声をあげて泣いた。
悲しくて、悲しくてならなかった。
けれど何より、それがゲームのクロヴィスに似ていたことが辛かったから。
守ってあげる、なんて、どの口が言ったのだ。
呑気なリーゼロッテ。
「リズ、笑って」
クロヴィスはそう言った。だからリーゼロッテは泣いたのだ。
ごめんなさいと謝った。繰り返して泣いた。クロヴィスはなにも言わなかった。
その日の晩、リーゼロッテは吐いた。
憎かった。あの日、どうしてもっと警戒しなかった。過去を思い出す努力をしなかった。
呑気に幸せを享受すべきではなかった。
リーゼロッテは、自分自身が憎かった。殺してやりたいとすら思った。
ベッドの上、シーツを握りしめて、できもしないのにただただ呪いの言葉を吐いた。
「死ねばよかった、あんたなんか、死ねばいいの」
蜂蜜色の髪がほつれて、指に絡んでぶちぶちと抜ける。
リーゼロッテは、馬鹿だ。
愚かで、愚鈍で、無知で、そうして、無力で。
シーツを握る手が白く冷たくなる。リーゼロッテには死ぬ勇気すらなかった。
だからただ、呪った。
「死ねばよかったの、あんたなんか」
ーーリーゼロッテの部屋、扉の前、淡い金髪をした少年が、それを聞いて、静かに静かに呟いた。
「ごめんね、リズ」
君がいないと、僕はもう息もできないんだ。
なんて、ひどく歪に笑いながら。
0
あなたにおすすめの小説
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました
Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに!
かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、
男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。
痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。
そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。
「見つけた! 僕の花嫁!」
「僕の運命の人はあなただ!」
──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。
こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。
すっかりアイリーンの生活は一変する。
しかし、運命は複雑。
ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。
ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。
そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手……
本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を───
※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる