元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

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第二章

庭師のダンじいや

 庭師のダンは、温室にいた。
 ダンは腰の曲がった老人で、気難しい顔をして薔薇の前で何かをしている。
 少し恐ろしい表情に、レインが委縮したのがわかったのだろう。

 ユリウスが背を撫でてくれたので、レインは「そうだわ、ひとを見た目で判断してはいけないんだわ」と思って、しゃんと立ちなおした。

 だって、レインだって、この赤い目で嫌だと思われたら悲しいから。

「ダン、ちょっといいか?」
「なんですかい、ユリウス坊ちゃん」
「坊ちゃんはやめてくれ……。紹介するよ、アンダーサン公爵家の姫君、レインだ」
「レイン……?」

 訝し気に振り返った老人――ダンは、レインをみとめておや、という顔をした。

「姫君、ですかい。坊ちゃんがそう呼ぶのを、儂はひとりしか知りませんが……」

 ダンはまじまじとレインの頭の上からつま先までを見た。そうすると、ユリウスが不機嫌そうに腕を組む。

「ダン、レインに失礼なことをしてみろ、いくらお前でも許さないぞ」
「かっかっか。坊ちゃんにそんなことできないことは、儂はじゅうじゅう承知です。坊ちゃんが優しいから、このじじいがしっかり見定め……て……」

 その時、ふいに雲が切れて、温室に光が差し込んだ。
 レインの目を見て、ダンがあっと唇を震わせる。

「おひいさま……!」
「おひいさま?」

 レインが首を傾げると、ダンは「ああ、本当に、そういえば面差しが」と何度もうなずいた。
 レインは誰かに似ているのだろうか。そんなことを思ったレインをよそに、ユリウスはそっと唇に指を立てる。

「ダン、その話はあとで」
「ええ、はい、そうでしょうとも。……帰ってこられた、本当に、本当にうれしいことじゃ……。おひいさま、ダンと申します。ダンじいじ、と呼んでくれると嬉しいですわい」
「しれっとじいじ呼びを提案するな、いくらレインがかわいいからって」
「お、お兄様!?」

 かわいいと言われてレインは目を瞬いた。
 突然飛び火してきたので、それまで疑問に思っていたことが霧散してしまった。

「おひいさま、何の花が好きですかい。どんな花でも、このダンじいじがきれいに咲かせてみせましょうね」
「ええと、ダン……さん」
「……おひいさま……」
「……ダン、じいじ……」
「はい! おひいさま」
「ええと、あの……」

 食い気味に来られて、レインはたじろぐ。最初の、怖いと思った面影はもうない。
 相好を崩し、すっかり笑顔で迫るダンからレインをかばうようにユリウスが立ちふさがる。

「坊ちゃん、なんで邪魔をするんですか」
「ダン、勢いがよすぎる。レインに会えてうれしいのはわかるが、レインがおびえているぞ」
「おっと……それはすみません」

 ダンは目を白黒させるレインに頭を下げた。

「い、いいえ、怖くないです。大丈夫」
「儂に敬語は不要ですわい。儂には男孫しかいませんので、気軽にじいじ、と」
「レインを先に孫と呼びたい先代公爵に言いつけるぞ」
「あんなひょろながで儂にかなうはずありますまい」

 かっかっか、と笑うダンは、確かに鍛えられた体をしていた。ユリウスは細身なので、それと比べると腰が曲がっていても大男に見える。
 庭師ってすごい、と思いながら、レインはおずおずと口を開いた。

「だ、ダリア……」
「ほう」
「と、タンポポ……」

 最後は小さくなってしまった。しかし、そんなレインの声を聞いていたのだろう。
 嬉しそうに目を細めたダンは、うんうんと頷いて「お任せください!」と胸を叩いた。

「おひいさまの好きなお花ですからね、儂にお任せください! どこよりも美しく咲かせて見せましょうとも!」

 ダンは、タンポポという雑草を好きだと言ったレインをさげすまなかった。驚きもしなかった。

 まるでそうあることが当たり前みたいに、レインの好き、を受け入れてくれた。

「どうして……? 変、って思わない、ですか? タンポポなんて、どこにでも咲いているのに」
「どこにでもあるからです。おひいさま」

 ダンは髭の生えた顔でくしゃりと微笑んだ。

「タンポポという花は、一般的には雑草です。雑草とひとまとめにして考える人もおります」
「そう、だから」
「だから、タンポポも名前があり、ひとつひとつ花を咲かせる、ということを知っていることは、すごいことなのですよ。おひいさま。儂はそれを尊いことだと思います」

 ダンの大きな手が、レインの手を包み込む。

「どうか健やかにお育ちになってください。儂の望みは、それだけです」

 ダンが笑う。このひとは、ここの屋敷のひとたちは、みんなそういう。
 レインが大切なのだと、態度と言葉で伝えてくれる。

 そういうものを受け取る理由がなにもわからないのに、その気持ちは、レインと間違った誰か、ではなく、正しくレインに向けられていると信じられるから、レインはいつだって泣きそうになるのだ。
 目を潤ませたレインにあわてるユリウスとダンに、レインはにっこりと笑った。

「ありがとう、ダンじいや」
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