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第三章

オリバー第一王子2

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「レイン、手をお見せ。……ああ、赤くなっているじゃないか……」
「大丈夫です、お兄様」

 レインが微笑むと、ユリウスは心配げに眉根を寄せた。
 ユリウスは心配症だ。このくらい、すぐに治るのに。

 念のため冷やしておこう。あちらに保健室がある。

「ねえ、ちょっと待ってくれないか。レイン、その子はレインというのか。もしかして先代公爵が養女にしたって噂の?」

 周囲にさざめきが広がる。養女、という言葉だけで、周囲の視線の温度が侮るようなものへと変化したのがわかった。

 ユリウスの舌打ちが聞こえる。
 兄がこんなに怒っているのは、レインをタンベット男爵から救い出してくれた時以来だ。
 良くないことだろうけれど、レインは、ユリウスが自分のために怒ってくれることが嬉しかった。

「……今から、保健室に行くのですが」
「大丈夫だろう、ちょっと赤くなっただけだ」
「……殿下がそれを言うんですか」

 けれど、この状況はよくないだろう。きっとよくない。
 レインはそっとユリウスの手を押しとどめ、オリバー、と呼ばれたその男子生徒に向き直った。
 貴族名鑑も、新聞も、国の情勢もすべて頭に入っている。だから、この少年がおそらくはイシス王国の第一王子である、オリバー・グレイウォードだということも察しがついていた。

 レインはスカートを摘まみ、優雅に腰を落とす。周囲からほう、とため息が出るほど美しい姿勢は、家庭教師によく教えてもらった、レインの努力の結果だ。

「オリバー・グレイウォード第一王子殿下にはお初に御目文字します。アンダーサン公爵の妹、レイン・アンダーサンと申します」
「レイン……!」
「そうか、レインというのか、ああ、顔をあげていいぞ。なるほど、なるほど……公爵、よい義妹じゃないか」
「……」

 ユリウスは今にも爆発しそうだった。礼を失した態度をとられているのはさすがにわかるが、相手は第一王子だ。ここでユリウスが手や内を出しては、のちのちユリウスが困ることになる。
 レインはユリウスを振り返って頭を振る。

 さらさらの薄青い髪が揺れて、さり、と音がした。
 かばわれた形になったオリバーが満面の笑みでこちらを見ている。
 レインはそれに若干の不快感を覚えながら、静かに頭を下げた。

「レイン、公爵は保護者としてのつきそいだろう。なら僕と一緒に入学式の会場へ行こう」

 冗談ではなかった。今日はユリウスが膨大な仕事を片付けてやっと作ってくれた休みなのだ。そんな大切な入学式を、つぶされたくはない。

「光栄です、殿下。しかし……」
「だろう! じゃあいっしょに行こう」
「きゃ……」

 腕を強くひかれ、レインはたたらを踏んだ。
 どうしよう、このままついていくしかないのだろうか。レインが救いを求めるようにユリウスを振り返ろうとした、その時だった。

「失礼、殿下」

 レインの視線が届くより速く、ユリウスがレインを横抱きにしたのだ。

「あ、おい!」

 そのままかつかつと速い歩調で進んでいく。ついて来ようとするオリバーに、ユリウスが強い視線を向ける。それだけで、オリバーはぐっと喉を詰まらせて立ち止まった。
 ユリウスはそれを確認すると、もう振り返ることはなかった。

 ユリウスが話すことはない。無言だった。きっとユリウスは苛立っている。ただレインだけが、救われたことへの安堵と、兄に抱かれていることへの胸が張り裂けそうな歓喜に、ぎゅっと両手を握りしめていた。

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