元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

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第五章

婚約への後悔3(ユリウス視点)

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 それは、はっきりとした言葉だった。
 臆することなく言い切ったベンジャミンを見上げたユリウスの目を、ベンジャミンのまっすぐな視線が射抜く、
 そこに、不敬への後悔や、罰への恐怖はみじんもなかった。

「おひいさまを幸せにするんだろう? 危機を排除するんだろう? いわばそれは姫君の騎士となるということ。想う相手とてそれは同じだ」
「……騎士」
「そうだ、騎士だ。ユリウス・アンダーサン。俺は爵位なんぞ何も持たぬ、ただの平民。だがかつて前女王陛下に仕えた騎士、ダンゼントが息子、ベンジャミンは、この誇りだけは違えたことがない」

 べンジャミンは言って、乗りあがるようにしてユリウスに顔を近づけた。苛烈な感情を帯びた瞳が炯々とぎらついてこちらを見ている。

「婚約破棄が難しい? たわごとを抜かすな、ユリウス・アンダーサン。お前がやろうと思えば可能なはずだ。おひいさまの評判? お前が守るんだろう。悪意からも、何からも。お前が悩んでいるのは、おひいさまの想いを聞かずに破棄をしたことで、お前がおひいさまを傷つけるかもしれないということを恐れているからだ」

 ベンジャミンが畳みかける。それは、いっそユリウスに剣を向けていると言っても過言ではないような不敬だった。ぶしつけで、直情的な、怒りだった。

「お前を、主君と仰いだことを後悔させてくれるな。失望させるなら、今ここでお前の首を噛みちぎってでも俺がおひいさまを攫うぞ」
「……二度目の誘拐を、私がお前に許すと思うか。レインを傷つけるなにをも、私は許さない。……許さないと誓ったんだ、あの日、レインを救い出した日に」

 ユリウスはゆらりと立ちあがった。幽鬼のような顔が窓に映る。
 ああ、ひどい顔だ。そう思った。
 ユリウスはこぶしを振り上げ、思い切りベンジャミンの横っ面を殴りつけた。
 さすが騎士と言うだけあって、ベンジャミンは少したたらを踏んだだけだ。しかし、口の中が切れたのか、その唇の端からは血が流れている。

「レインは私の命だ! 何より大切なあの子を、もう二度と怖がらせはしない! お前じゃない、ベンジャミン! 私が守る! 私が――己のすべてをかけても守ると誓う!」

 ぜえぜえと肩で息をするユリウスを、ベンジャミンがじろりとねめつける。……そうして。

「……ほら、言えるんじゃないですか」

 ――ふっと、笑った。

「不敬を、申しました。ユリウス様。主君に牙を向く従僕は、罰せられても仕方ありません。どうぞ罰をお与えください」

 ベンジャミンは深く頭を下げた。首を差し出すようにこうべを垂れて、ユリウスの断罪を待っている。けれど、ユリウスは静かに言った。

「……ここで罰すれば、私は主に噛みついてまで主の本心を引き出そうとした忠義に厚い従僕を失うことになるな」
「……」
「すまなかったな。ベン。お前のおかげで、最初の決意を思い出せたよ」

 こぼすように言ったユリウスに、ベンジャミンが顔をあげる。

「……何言ってんだよ。ユーリ。親友だろ。……友人のために全力を尽くせるってのが、親友って関係だ」

 ま、ちょっと痛かったけどな。そう言ってベンジャミンはにかっと笑った。

 それを見て、ユリウスもふ、と握りしめていたペンを離す。

「お前が親友でよかった。……ベン、今から王城へ行く」
「何のためにか聞いても?」
「無論、レインの婚約を破棄するためだ」

 ユリウスは口元に薄く笑みを浮かべた。ベンジャミンが頷き、馬車の準備をするために駆けていく。
 考えるのは得意だ。口先も、そのための土台も、レインのために研ぎ澄ませた。――だからもはや、迷いなどありはしなかった。

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