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第八章
逃亡1
「何のためにお前なんかに愛想を振りまいたと思ってるんだ!? イリスレインに王位継承権を放棄させるためだろ!?」
「きゃ……!」
部屋に入ってきたオリバーはレインに抱き着いたままのヘンリエッタの髪をむんずと掴み上げ、引きずるように引き倒した。
ヘンリエッタが痛みに顔を歪める。ぶちぶちと髪の抜ける音がした。
「ユリウスが欲しいとか言うから! 手伝ってやろうとしたんだろう!?」
そのままオリバーがヘンリエッタを殴りつける。鈍い音が響いて、レインはあまりの痛々しい様子に叫んだ。
「やめて……!」
「ああ、イリスレイン、お前が……ヘンリエッタをたぶらかしたのか? お前は父上も、そのグズ弟も、使用人も、大勢をたぶらかす天才だからな」
オリバーがレインに今気づいたとでもいうように、レインに向き直る。……ヘンリエッタを踏みつけにして。ヘンリエッタは足に踏まれて肺がつぶされたのか、ひゅうひゅうと息をしている。
「……ッ」
「何黙ってるんだよ! お前も俺のことを馬鹿にしてんだろ!? 何もかも乏しい第一王子だってみんなが言ってるのを知ってるんだよ!」
オリバーが叫ぶ。裏返った声は狂気的で、オリバーの青い目が血走っている。尋常でない様子に、レインはアレンを抱きしめる腕に力を込めた。
オリバーがヘンリエッタに唾を吐き捨てる。
「いいよなあ、お前は、先代女王の攫われた子供ってだけでお涙ちょうだい。慕われて、女王になる……王になるはずだったのに、俺にはこんなゴミみたいな妄想女しか残らない!」
「訂正してください! ヘンリエッタはゴミみたいでも、妄想女でもないわ!」
「ああ……そうやって、きれいごとでこいつのこともたぶらかしたんだな。奴隷が調子に乗りやがって」
もはやあの王子然としたさまはなりをひそめ、乱暴な様子で口から唾を吐き散らかすオリバーに、アレンは怯え、ヘンリエッタは震えている。這いずるだけのヘンリエッタからオリバーはもう興味を失ったのだろうか。
その足で、まるで絨毯でも踏むようにヘンリエッタを乗り越え、レインに近付いた。生魚のような息がレインに吹きかけられる。
レインは眉根を寄せ、静かに、オリバーに向けて口を開いた。
「それが、あなたの『ほんとう』なのね」
「……あ?」
「最初に出会ったあなたは、もう少し、貴公子だったわ」
「ああ、貴公子、貴公子ねェ……。こうすればいいかい?」
オリバーは髪をかき上げてにっこりと笑って見せた。それはあの入学式の日の彼のようで、ああ、やはり取り繕っていたのだと思った。それが悪いわけではない。けれど、そうしてだれかを騙そうとしていたのだと、失望にも似た気持ちだった。
「そうしないと、君たちは認めないだろう? あの凡庸な王の息子だと……無才の王子だと陰であざ笑って!」
オリバーはそばにぼうっと突っ立っている使用人を突飛ばした。レインを囲むうちの一人は、何の反応も示さずその場に倒れ込む。
「きゃ……!」
部屋に入ってきたオリバーはレインに抱き着いたままのヘンリエッタの髪をむんずと掴み上げ、引きずるように引き倒した。
ヘンリエッタが痛みに顔を歪める。ぶちぶちと髪の抜ける音がした。
「ユリウスが欲しいとか言うから! 手伝ってやろうとしたんだろう!?」
そのままオリバーがヘンリエッタを殴りつける。鈍い音が響いて、レインはあまりの痛々しい様子に叫んだ。
「やめて……!」
「ああ、イリスレイン、お前が……ヘンリエッタをたぶらかしたのか? お前は父上も、そのグズ弟も、使用人も、大勢をたぶらかす天才だからな」
オリバーがレインに今気づいたとでもいうように、レインに向き直る。……ヘンリエッタを踏みつけにして。ヘンリエッタは足に踏まれて肺がつぶされたのか、ひゅうひゅうと息をしている。
「……ッ」
「何黙ってるんだよ! お前も俺のことを馬鹿にしてんだろ!? 何もかも乏しい第一王子だってみんなが言ってるのを知ってるんだよ!」
オリバーが叫ぶ。裏返った声は狂気的で、オリバーの青い目が血走っている。尋常でない様子に、レインはアレンを抱きしめる腕に力を込めた。
オリバーがヘンリエッタに唾を吐き捨てる。
「いいよなあ、お前は、先代女王の攫われた子供ってだけでお涙ちょうだい。慕われて、女王になる……王になるはずだったのに、俺にはこんなゴミみたいな妄想女しか残らない!」
「訂正してください! ヘンリエッタはゴミみたいでも、妄想女でもないわ!」
「ああ……そうやって、きれいごとでこいつのこともたぶらかしたんだな。奴隷が調子に乗りやがって」
もはやあの王子然としたさまはなりをひそめ、乱暴な様子で口から唾を吐き散らかすオリバーに、アレンは怯え、ヘンリエッタは震えている。這いずるだけのヘンリエッタからオリバーはもう興味を失ったのだろうか。
その足で、まるで絨毯でも踏むようにヘンリエッタを乗り越え、レインに近付いた。生魚のような息がレインに吹きかけられる。
レインは眉根を寄せ、静かに、オリバーに向けて口を開いた。
「それが、あなたの『ほんとう』なのね」
「……あ?」
「最初に出会ったあなたは、もう少し、貴公子だったわ」
「ああ、貴公子、貴公子ねェ……。こうすればいいかい?」
オリバーは髪をかき上げてにっこりと笑って見せた。それはあの入学式の日の彼のようで、ああ、やはり取り繕っていたのだと思った。それが悪いわけではない。けれど、そうしてだれかを騙そうとしていたのだと、失望にも似た気持ちだった。
「そうしないと、君たちは認めないだろう? あの凡庸な王の息子だと……無才の王子だと陰であざ笑って!」
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