いえろ〜の極短編集

いえろ~

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長い眠りにつく

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 正月でさえも、自称進学校から出された「作業」という名の課題に明け暮れる。数学のワークなんて提出範囲が120ページもある。これだけあったら生徒達もモチベーションを失い、答えを写す「作業」になることを教師陣は理解しているのだろうか。いずれにせよ、この量は合理的ではない。むしろ生徒の勉強意欲を削いでいる悪の塊だ。

 いつしか外は夕暮れる。時計の針は午後5時前。

「ただいま」と、介護施設のパートタイムで働く母が帰ってきた。

「また勉強してたの?」

「学校からの課題が多いからね」

「昨日も寝るの遅かったんでしょ? 今日ぐらいは早く寝なさいよ」

「……そうすると多分終わらないんですけど」

 僕は少し苛立って言った。こっちだってやりたいことは山ほどある。睡眠も然りだ。あたかも「やりたくて勉強している」と思っていそうな母の口ぶりが毎度毎度嫌だった。

「そういえば、今日お父さんは同窓会だよね。夜はカレーでいい?」

「カレー? やったね」

 高校生になっても好きな食べ物はカレー。正直週7でカレーでもいいと思っている。

 母がリヒングを出ると、見計らったように母の携帯が鳴る。父からの着信だった。

「もしもし?」僕は電話に出た。

「あれ、お母さんは?」と言われたので、和室で洗濯物を畳んでいた母に携帯を渡す。

「もしもし……。……えぇっ!? うん……。えぇ……」

 驚愕、呆然、沈痛の10秒間。僕は母の姿を不審に思い、その場の壁に背を預ける。

 母が電話を切った。赤い目には涙が浮かんでいる。

「どうしたん?」

「琴美さんが亡くなったって」

「え?」

 これには僕自身も驚いた。琴美さんは、近所に住むおばさんで、姉の友達の親でもある。たまに我が家に来ては、1時間近くも、なかなか迷惑な人だったが、楽しい人でもあった。年齢も母より少し上なだけで、明らかに寿命ではなかったはずだ。

「5月くらいから、ずっと『腰が痛い、腰が痛い』って言っててさ、私も『腰が痛くて長い期間治らないと内臓が悪いかもしれないから、そっちの病院も行った方がいいよ』とは言ったんだけどさぁ……」

 僕は母の話を聞いていたが、それは本当に「聞いていた」だけで、僕はひたすら「死」の存在をすぐ近くに感じていた。

  ◇◇◇◇◇

 結局、床につこうとしたのは夜中の3時過ぎであった。廊下に出ると、夜の寒さが体を突き刺す。

 母が眠る寝室。目の前の布団に入る。

 仰向けになって、目を閉じる。

 死ぬ。

 死後の世界はどんなものだろうか。

 それは天国かもしれないし、地獄かもしれない。

 でもそれは人が考え出した幻想で、本当は何も無いかもしれない。

 いつも通り目が覚めて、物心がついたばかりの幼子として転生するかもしれないし、またはもう一度「僕」を始めるのかもしれない。

 ああ、体の力が抜けていく。

 動かそうにも、動かない。

 時間が止まっているようだ。1秒が限りなく長い。いや、1秒の定義が、時間の定期が通用するかもわからない時空の狭間に、僕はいる。

 体の表面は温かいのに、芯は冷たい。

 ああ。死んでいく。

 これが死後の世界かもしれない。

 でも、これも僕が考え出した幻想で。

 ――やめよう。不毛だ。非合理だ。

 突然興冷めして、考えることを止めた。すると、体が、すっ、と布団に馴染んだ。


 翌朝、柔らかな太陽の光に包まれて、僕は生きていた。

 今日も、作業に明け暮れる。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

木立 花音
2019.01.01 木立 花音

短編は短い中でしっかりと物語を練りこむ必要があるので難しいのですが、安定した構成で良いと思いました。
文章力もしっかりとしていて、参考になります。

2019.01.02 いえろ~

お褒めの言葉ありがとうございますm(_ _)m

お世辞でもとても嬉しいです!! 文章力だったり構成だったり表現だったりはまだまだ精進あるのみですが、もしよろしければこれからの作品・何故か分けてしまった別の作品の方の短編も読んでくださると嬉しい限りです。

優里タンさんの小説も楽しみにしてます!

解除

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