いえろ〜の極短編集

いえろ~

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ルーズリーフ

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 ルーズリーフ。英語に直すと“loose leaf”。
 “loose”には「とじていない」という意味があり、“leaf”には「葉」という意味が一般的に思えるが、実は「本の紙葉しよう」や「ページをめくる」という意味もあり、「紙」に関連したものもあるのだ。


 今日は、ルーズリーフにまつわる話をしよう。


 私には弟がいる。名前は大輝だいき。ぶっちゃけ言うと、姉弟のわりには仲がいい方だ。

 私が中学3年生の時、弟は小学4年生だった。昔はよく弟の面倒を見るのに一緒に遊んであげたりしたのだが、高校受験シーズンに入ると、やはりその回数は減った。私の志望校は、今の私のレベルよりも一個上の公立高校だったため、その変化は著しかった。
 そればかりでなく、インクの切れたボールペンを買うのに外に出かけるのも惜しくて、弟を遣って買いに行かせたり、ストレスの捌け口として八つ当たりしたり、弟に強いることが気づかないうちに多くなっていた。

 そして、今でもはっきりと覚えているのは、風の強い冬のことだ。
「ねえ大輝、赤ペン切れちゃったからコンビニで買ってきて」
 低く鋭い声で、私は言った。
「……またあ? 風が強いから行きたくないなー」
 ゲームをしながら呑気に答える弟に、私はイライラを隠せなかった。
「何言ってるの? 姉ちゃんは今時間が無いの!! 早く行ってきてよ」
 イライラしながらも書く手をやめない辺りは、我ながら流石受験生だと思う。
「じゃあさ、買いに行ったら遊んでくれる? そしたら買いに行ってあげてもいいよ!」
 その時、私を私たらしめていた「何か」が切れて、気づいた時には、弟が泣いていた。
 すぐこの異変を知った母が私をこっぴどく叱った。どうやら私は手を出してしまったらしい。
 この時ばかりは、私は自己嫌悪に陥ってしまい、勉強する気にもなれなかった。「この惨めな苦い思い出を忘れることは一生できないだろう」とさえ思った。


 さて、その次の日のこと。昨日の遅れを取り戻さなければ、と思った私だったが、早速ルーズリーフを切らしてしまった。
 そして、また、いつもと同じように大輝がいた。
「大輝、ルーズリーフ買ってきてくれる?」
「……」
 弟は、しばらく黙っていた。やはり昨日の今日では心を開いてはくれない、か。と思いきや、
「いいよ。行ってくる」
 それだけ言って、家を飛び出してしまった。

 30分ぐらい経って、弟はようやく帰ってきた。
「姉ちゃあん、買ってきたよう」
 弟が玄関でそう叫ぶので、私も、はあい、と大声で返した。
 弟は手を自身の背中の方に隠しながら部屋に入ってきた。ほっぺたがほんのり赤く染まっている。
「あれ、ルーズリーフは?」
 私が苛立ちを隠しなるべく優しい声で聞いた。
 すると、弟は両手を私の方に差し出してきた。

 大きめの木の枝が一本、置いてあった。

 何のつもりだ。昨日叱られた私だったが、これにはキレたくなった。
 しかし、また手を出してしまうと昨日の二の舞になってしまう。落ち着いて、深呼吸して、聞いた。

「ルーズリーフは? 姉ちゃん、ルーズリーフを買ってきて、って言ったよね?」
 だが、弟は「ルーズリーフだよ?」と、とぼけるだけだ。
 私がしばらく困惑していると、弟がドヤ顔で言ってきた。

「姉ちゃんわかんないの? ルーズって、“失う”って意味なんでしょ? リーフって、“葉っぱ”って意味なんでしょ? 姉ちゃん勉強してたじゃん」


 葉を失った木の枝、それで、ルーズリーフ。


 これに気づいた時、私は大笑いしていた。
「もう、大輝ったら……。なぞなぞじゃないんだからさあ……」
 それを見て、大輝も笑っていた。そういえば、私、最近ずっとしかめっ面で、切羽詰まってて笑ってなんかいなかった。


 結局、自分でルーズリーフを買いに行った。大輝と一緒に、手を繋いで。大輝はちょっと恥ずかしそうだったけど。

 大輝は私に笑ってほしかったのだろうか。あの時はそう思っていた。でも今考えてみると、大輝は単に私と遊んでほしかっただけだったのかもしれない。これは本人には聞いていないから、どっちかはわからない。というか絶対に聞きたくない。多分死ぬ間際になっても聞かないだろう。でも、それでいい。


 相変わらず風は強かったけど、私たちを照らす夕陽はこれ以上になく眩しかった。


 そういえば、大輝はまだルーズリーフを“lose leaf”と勘違いしているのだろうか。
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