4 / 25
1章.少女と付喪神
由緒ある“高梨家”
しおりを挟む
物心の付く前に植木職人だったという父親を亡くした鈴は、母親と二人で寄り添って下町の借家で生活をしていた。
十五歳になってすぐに、母が病に倒れるまでは貧しくとも穏やかな生活が続くと思っていた。
「ううっ」
「お母さん、大丈夫?」
「少し眩暈がしただけ。大丈夫よ。ご飯の準備をするわね」
数日前から「眩暈がする」と言っていた母親は、工場での作業中に倒れてしまい病院に運ばれて、一度も意識が戻らぬまま亡くなってしまった。
近所の大人たちの力を借りてどうにか葬儀を終えた後、一人になった鈴は悲しみに暮れる暇すら与えられずに、母親の遺品と引き払う借家の片付けをすることとなった。
「……あの子をどうする? 引き取るのは無理だぞ」
「母親の親族が見つからなければ、十五になるし働いて自活させればいい」
泣きながら遺品整理をしている鈴の耳に、孤児を誰が引き取るのかと相談する周囲の大人たちの話声が届く。
胸が張り裂けそうな夜は、母親の遺骨が入った骨壺と遺品の首飾りを抱き締めて眠った。
「新木鈴さんですね?」
「……はい」
知人に頼みこみ奉公先を探していた鈴の前に現れたのは、各都市で多くの事業を手掛けている古くからの名家、高梨家の使いの者だった。
大した説明も無いまま、使いの者に半ば強引に連れて行かれたのは高梨家本邸。
そこで待っていたのは、母親の兄だという高梨家当主代行の高梨章宏と彼の妻、波津子だった。
「この子が美幸の娘か?」
広い部屋の中央、座布団も敷かれていない畳の上に正座をする鈴に近付き、章宏は無遠慮に顔を覗き込む。
「確かに、美幸の面影はあるな。庭師の男と駆け落ちして病気にかかって死んだ上に、役に立ちそうもない娘を押し付けるとは迷惑な話だ」
使いの者のよそよそしい態度から歓迎はされていないと推測していたが、初対面の章宏から吐き捨てるように言われ怒りで鈴の体が震えた。
「いいか。お前の母親は政府高官へ嫁ぐ予定だったのに、庭師の男と駆け落ちをしたんだ。育てて貰った恩を忘れ、親父と兄である私の顔に泥を塗った。死んだとしても許されるものではない。よって、お前を高梨家の血筋とは認められん。お前を引き取ったのは、駆け落ちして死んだ美幸の醜聞を隠すためだ。使用人として離れには置いてやるが、絶対に母屋へは近付くな。連れて行け」
「はっ。おい、早く立て!」
章宏の言葉を合図に鈴の周りを使用人が取り囲み、呆然としている彼女の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
使用人達は引き摺るように鈴を室外へ連れて行き、裸足のまま母屋の外、数年は使われていなかっただろう老朽化した離れの建物へ押し込んだ。
母親と暮らしていた借家から何も荷物を持って来れず、着の身着のまま高梨家へ連れて行かれた鈴に与えられたのは、使用人用の着物と最低限の生活用品だけ。
洗濯は離れの側にある井戸から水を汲み自分で行い、食事は母屋の使用人用勝手口まで行き頭を下げて受け取らなければならない。
「……お母さん、私、帰りたいよ」
唯一、懐に入れて持ち出せた母親の形見の玉の付いた首飾りを胸に抱き、灯りは古い提灯のみの薄暗い部屋で身を縮めて涙を流していた。
***
高梨家で居候以下、使用人以下の扱いをされるのならばなぜ、ここに来させられたのか分からないまま、半月が過ぎた。
昔から高梨家に仕えており、母親をよく知っていて鈴に同情的な初老の使用人と女中が他の者達の目を盗んで食事と日用品を持ってきてくれなければ、引き取られてすぐに鈴は衰弱して床に伏していただろう。
使用人と女中の話によれば、鈴の祖父にあたる高梨家現当主、章政は五年前から体調を崩し入退院を繰り返しているらしい。
現在は予断を許さない状況が続き、母親が亡くなったことも鈴が高梨家引き取られたことも、伝えられていないという。
口には出さずとも、駆け落ちした娘のことを気にかけていた章政が、鈴の待遇を知ったら伯父一家を許さないはずだ、とも女中は憤っていた。
ドンドンドン!
激しく扉を叩く音が離れ全体に響き渡り、着物の解れを縫っていた鈴の手が止まる。
「おい! 出て来いよ!」
ガラッ!
声変わり途中の少年の声とともに引き戸が開かれ、どかどかと木の床板を足音踏む音が聞こえ、溜息を吐いた鈴は着物を畳の上に置いた。
十五歳になってすぐに、母が病に倒れるまでは貧しくとも穏やかな生活が続くと思っていた。
「ううっ」
「お母さん、大丈夫?」
「少し眩暈がしただけ。大丈夫よ。ご飯の準備をするわね」
数日前から「眩暈がする」と言っていた母親は、工場での作業中に倒れてしまい病院に運ばれて、一度も意識が戻らぬまま亡くなってしまった。
近所の大人たちの力を借りてどうにか葬儀を終えた後、一人になった鈴は悲しみに暮れる暇すら与えられずに、母親の遺品と引き払う借家の片付けをすることとなった。
「……あの子をどうする? 引き取るのは無理だぞ」
「母親の親族が見つからなければ、十五になるし働いて自活させればいい」
泣きながら遺品整理をしている鈴の耳に、孤児を誰が引き取るのかと相談する周囲の大人たちの話声が届く。
胸が張り裂けそうな夜は、母親の遺骨が入った骨壺と遺品の首飾りを抱き締めて眠った。
「新木鈴さんですね?」
「……はい」
知人に頼みこみ奉公先を探していた鈴の前に現れたのは、各都市で多くの事業を手掛けている古くからの名家、高梨家の使いの者だった。
大した説明も無いまま、使いの者に半ば強引に連れて行かれたのは高梨家本邸。
そこで待っていたのは、母親の兄だという高梨家当主代行の高梨章宏と彼の妻、波津子だった。
「この子が美幸の娘か?」
広い部屋の中央、座布団も敷かれていない畳の上に正座をする鈴に近付き、章宏は無遠慮に顔を覗き込む。
「確かに、美幸の面影はあるな。庭師の男と駆け落ちして病気にかかって死んだ上に、役に立ちそうもない娘を押し付けるとは迷惑な話だ」
使いの者のよそよそしい態度から歓迎はされていないと推測していたが、初対面の章宏から吐き捨てるように言われ怒りで鈴の体が震えた。
「いいか。お前の母親は政府高官へ嫁ぐ予定だったのに、庭師の男と駆け落ちをしたんだ。育てて貰った恩を忘れ、親父と兄である私の顔に泥を塗った。死んだとしても許されるものではない。よって、お前を高梨家の血筋とは認められん。お前を引き取ったのは、駆け落ちして死んだ美幸の醜聞を隠すためだ。使用人として離れには置いてやるが、絶対に母屋へは近付くな。連れて行け」
「はっ。おい、早く立て!」
章宏の言葉を合図に鈴の周りを使用人が取り囲み、呆然としている彼女の腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
使用人達は引き摺るように鈴を室外へ連れて行き、裸足のまま母屋の外、数年は使われていなかっただろう老朽化した離れの建物へ押し込んだ。
母親と暮らしていた借家から何も荷物を持って来れず、着の身着のまま高梨家へ連れて行かれた鈴に与えられたのは、使用人用の着物と最低限の生活用品だけ。
洗濯は離れの側にある井戸から水を汲み自分で行い、食事は母屋の使用人用勝手口まで行き頭を下げて受け取らなければならない。
「……お母さん、私、帰りたいよ」
唯一、懐に入れて持ち出せた母親の形見の玉の付いた首飾りを胸に抱き、灯りは古い提灯のみの薄暗い部屋で身を縮めて涙を流していた。
***
高梨家で居候以下、使用人以下の扱いをされるのならばなぜ、ここに来させられたのか分からないまま、半月が過ぎた。
昔から高梨家に仕えており、母親をよく知っていて鈴に同情的な初老の使用人と女中が他の者達の目を盗んで食事と日用品を持ってきてくれなければ、引き取られてすぐに鈴は衰弱して床に伏していただろう。
使用人と女中の話によれば、鈴の祖父にあたる高梨家現当主、章政は五年前から体調を崩し入退院を繰り返しているらしい。
現在は予断を許さない状況が続き、母親が亡くなったことも鈴が高梨家引き取られたことも、伝えられていないという。
口には出さずとも、駆け落ちした娘のことを気にかけていた章政が、鈴の待遇を知ったら伯父一家を許さないはずだ、とも女中は憤っていた。
ドンドンドン!
激しく扉を叩く音が離れ全体に響き渡り、着物の解れを縫っていた鈴の手が止まる。
「おい! 出て来いよ!」
ガラッ!
声変わり途中の少年の声とともに引き戸が開かれ、どかどかと木の床板を足音踏む音が聞こえ、溜息を吐いた鈴は着物を畳の上に置いた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる