23 / 25
2章.あやかし探偵俱楽部の事件簿
眠れない夜
しおりを挟む
中庭の騒ぎの後、加害者である川合さんと被害者で負傷した女子の手当や、目撃してしまった女子数人が体調不良を訴えたため、授業は全て中止となった。
「暴れた女子は、体調が悪くて錯乱していただけだ。このことは口外無用だ。いいね」
「……はい。分かりました」
他の目撃者と同様に、鈴と万智子は二人の男性教師から事情を訊かれた後、外部に漏らさないように何度も釘を刺されてから寮へと戻った。
「職員さんたちが話しているのを聞いちゃったんだけど、川合さんに襲われた女子は、縫合する傷も無く幸い軽症で済んだって。でもすごく怯えていて、しばらくは実家に帰って休養するそうよ。川合さんの方は、まだ意識が戻ってないって。川合さんの方が実家の格が上とはいえ、襲い掛かって怪我をさせてしまったしこの後、賠償とか大変でしょうね」
御手洗から遠回りして、職員の部屋の前を通って自室に戻って来た万智子は、腕組みをして椅子に座った。
「そうなんだ。賠償のことは分からないけど、すごく怖かっただろうし休養して傷と心を癒してほしいわ」
襲われた女子の恐怖に染まった顔が脳裏に浮かび、鈴は膝の上に置いた手を握り締める。
「それに、川合さんはまだ目を覚まさないのね……」
(川合さんは黒い靄に操られていたって緋さんは言っていた。操られていたとしても、人間離れした動きをしていたし体への負担は大きかったんだろうな。意識が戻って自分のやったことを知ったら、ショックで倒れてしまうかもしれないわ)
編入したての鈴は、隣のクラスの川合さんとは挨拶しかしたことはなかったが、クラスメイトの話では彼女は控え目な“深窓の令嬢”だということだ。
「あの時、襲い掛かって来た時の川合さんは動物みたいな動きをしていたでしょ? 顔付も鬼みたいだったし……これはきっと妖の仕業だわ!」
瞳を輝かせた万智子は握り締めた右手を高く上げる。
「妖って、何でもかんでも妖のせいにしなくてもいいでしょう。川合さんのことは先生達に任せましょう」
「駄目よ! 休職した今田先生も暴れた川合さんも、きっと妖が絡んでいたのよ。それでね、最近様子がおかしくなった方はいないか、妙な出来事はなかったか、調査しようと思っているの。もちろん鈴は手伝ってくれるわね!」
息継ぎなく一気に言い切った万智子は、顔を引き攣らせて後退った鈴の手を勢いよく握った。
「え、手伝うって、私は」
「妖探偵倶楽部の一員として、手伝ってくれるよね!」
「……前向きに考えておくわ」
拒否の言葉を言い終わる前に、顔を近付けてきた万智子からかぶせるように言われてしまい、断れきれなかった鈴は片手で顔を覆った。
***
昼間の出来事を思い返して寝ようとしない万智子を宥め、ベッドに横にさせてから数時間経った深夜。
隣のベッドで眠る万智子が熟睡しているのを確認して、鈴は体を起こしベッドから抜け出した。
窓を覆うカーテンを半分開いて、薄暗い室内に月明かりを入れた鈴は学習椅子に腰かける。
「子狐ちゃん」
ポンッ
音と共に机の上に現れた子狐は、鈴の右手に頭を擦り付けた。
【鈴、寝られないの?】
「色々考えていたら寝られなかくなったの。ねぇ、川合さんはどうなってしまうの?」
鈴に頭を撫でられて、目を細めていた子狐の左耳がピクリと揺れる。
【昼間のヤツは、ヒヒイロの妖力に煽られて操られていただけだし、無理矢理動かされた体が回復したら目が覚めるよ。鈴は高梨の血筋だし視えちゃっているから、学園内で妖を見かけても近付くなよ。ヒヒイロが来てから学園にいる弱い妖は怯えているし、人に対して敵意を持っているヤツはさらに攻撃的になっているんだ。ヒヒイロは鈴に危険が及ぶって考えないんだから、ぐえっ】
気配無く鈴の背後から伸びて来た手が、腕組みして話していた子狐の首根っこを摘まみ上げた。
摘まみ上げた相手の圧を感じ取り、子狐は目を白黒させて手足をばたつかせる。
「俺のせいにするな」
「緋さん?」
首を動かして見上げてくる鈴と目を合うと、緋は子狐を万智子の眠るベッドへ放り投げた。
「暴れた女子は、体調が悪くて錯乱していただけだ。このことは口外無用だ。いいね」
「……はい。分かりました」
他の目撃者と同様に、鈴と万智子は二人の男性教師から事情を訊かれた後、外部に漏らさないように何度も釘を刺されてから寮へと戻った。
「職員さんたちが話しているのを聞いちゃったんだけど、川合さんに襲われた女子は、縫合する傷も無く幸い軽症で済んだって。でもすごく怯えていて、しばらくは実家に帰って休養するそうよ。川合さんの方は、まだ意識が戻ってないって。川合さんの方が実家の格が上とはいえ、襲い掛かって怪我をさせてしまったしこの後、賠償とか大変でしょうね」
御手洗から遠回りして、職員の部屋の前を通って自室に戻って来た万智子は、腕組みをして椅子に座った。
「そうなんだ。賠償のことは分からないけど、すごく怖かっただろうし休養して傷と心を癒してほしいわ」
襲われた女子の恐怖に染まった顔が脳裏に浮かび、鈴は膝の上に置いた手を握り締める。
「それに、川合さんはまだ目を覚まさないのね……」
(川合さんは黒い靄に操られていたって緋さんは言っていた。操られていたとしても、人間離れした動きをしていたし体への負担は大きかったんだろうな。意識が戻って自分のやったことを知ったら、ショックで倒れてしまうかもしれないわ)
編入したての鈴は、隣のクラスの川合さんとは挨拶しかしたことはなかったが、クラスメイトの話では彼女は控え目な“深窓の令嬢”だということだ。
「あの時、襲い掛かって来た時の川合さんは動物みたいな動きをしていたでしょ? 顔付も鬼みたいだったし……これはきっと妖の仕業だわ!」
瞳を輝かせた万智子は握り締めた右手を高く上げる。
「妖って、何でもかんでも妖のせいにしなくてもいいでしょう。川合さんのことは先生達に任せましょう」
「駄目よ! 休職した今田先生も暴れた川合さんも、きっと妖が絡んでいたのよ。それでね、最近様子がおかしくなった方はいないか、妙な出来事はなかったか、調査しようと思っているの。もちろん鈴は手伝ってくれるわね!」
息継ぎなく一気に言い切った万智子は、顔を引き攣らせて後退った鈴の手を勢いよく握った。
「え、手伝うって、私は」
「妖探偵倶楽部の一員として、手伝ってくれるよね!」
「……前向きに考えておくわ」
拒否の言葉を言い終わる前に、顔を近付けてきた万智子からかぶせるように言われてしまい、断れきれなかった鈴は片手で顔を覆った。
***
昼間の出来事を思い返して寝ようとしない万智子を宥め、ベッドに横にさせてから数時間経った深夜。
隣のベッドで眠る万智子が熟睡しているのを確認して、鈴は体を起こしベッドから抜け出した。
窓を覆うカーテンを半分開いて、薄暗い室内に月明かりを入れた鈴は学習椅子に腰かける。
「子狐ちゃん」
ポンッ
音と共に机の上に現れた子狐は、鈴の右手に頭を擦り付けた。
【鈴、寝られないの?】
「色々考えていたら寝られなかくなったの。ねぇ、川合さんはどうなってしまうの?」
鈴に頭を撫でられて、目を細めていた子狐の左耳がピクリと揺れる。
【昼間のヤツは、ヒヒイロの妖力に煽られて操られていただけだし、無理矢理動かされた体が回復したら目が覚めるよ。鈴は高梨の血筋だし視えちゃっているから、学園内で妖を見かけても近付くなよ。ヒヒイロが来てから学園にいる弱い妖は怯えているし、人に対して敵意を持っているヤツはさらに攻撃的になっているんだ。ヒヒイロは鈴に危険が及ぶって考えないんだから、ぐえっ】
気配無く鈴の背後から伸びて来た手が、腕組みして話していた子狐の首根っこを摘まみ上げた。
摘まみ上げた相手の圧を感じ取り、子狐は目を白黒させて手足をばたつかせる。
「俺のせいにするな」
「緋さん?」
首を動かして見上げてくる鈴と目を合うと、緋は子狐を万智子の眠るベッドへ放り投げた。
10
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる――
その声の力に怯えながらも、歌うことをやめられない翠蓮(スイレン)に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。
優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。
誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているの――?声に導かれ、三人は王家が隠し続けた運命へと引き寄せられていく。
【中華サスペンス×切ない恋】
ミステリー要素あり、ドロドロな重い話あり、身分違いの恋あり
旧題:翡翠の歌姫と2人の王子
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる