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1章 隣人の鈴木君

  幸運の御守り②

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「相変わらずアンタってズレてるねー。この前まー君と行った旅行でね、よく当たるっていう占い師に二人の今後を占ってもらったのよね。で、『二人の未来は明るい。もっと幸せになるように、これを持っていななさい』って追加料金払ったらくれたのだよ。何でも、異世界の魔女の力を込めたすばらしい幸運の御守りだって。理子も持っていたら彼氏が出来るとか、いい事あるかもよ? 実はねー、昨日、ついについに、まー君からプロポーズされちゃったの!」
「何それ? もの凄く怪しいじゃない」

 頬を赤らめている香織を見て、理子の愚痴を聞いてくれることよりも、彼氏からプロポーズをされたという報告が今回の目的だったと気が付いた。
 枯れた自分の悩みと頭の中がお花畑の香織。真逆の状況に、いくら友人といえども今ばかりは「リア充爆発しろ」と祈っても今は許されるだろう。

「今彼氏が出来たら身がもたない。面倒くさい。というか、異界の魔女って、胡散臭さ満載でしょ中二病臭いし。あっ、もしかして上手い事のせられて追加料金払って買ったけど怖くなったか、追加料金が惜しくなって私に買い取らせようとしているんじゃないの? そういえば化粧品買ったって言っていたし、愛しのまー君の誕生日がそろそろだったよね?」

 さっきのお返しとニヤリ笑ってやれば、香織は「バレたか」と、ペロリと舌を出した。


 ***


「うう……」

 昨夜の深酒が原因だろう倦怠感から、目が覚めても直ぐには起き上がれずに痛むこめかみを親指でグリグリと押さえる。
 ベッドに寝転んだまま、下に放ったままになっている仕事用バックの持ち手を持ち、自分の手元へと引き上げた。
 バックに入れたままだったスマートフォンを取り出して時間を確認する。
 時刻は十時半、昨夜は帰宅が午前様だったとはいえこれは寝過ぎだ。

「頭、痛い……」

 痛む頭を押さえつつ体を起こすと、胸の上に乗せていたバックが布団の上に倒れる。
 倒れた拍子に、バックからコロリと赤い球体が転がり落ちた。

「これに一万円の価値があるの?」

 掛け布団の上に転がった赤い球体を、人差し指と親指で摘まむ。
 遮光カーテンの隙間から差し込む陽光に透かして見れば、光の加減によって赤色が朱にも黒に近い深紅にも見えた。
 目を凝らせば、球体の中の金の装飾は文字のようにも見える。触れた感触はガラスでもプラスチックでも無い。
 石よりも硬く鉄より柔らかな感触。それに仄かに温かい気もした。

「玩具では無い、か」

 軽い気持ちで金欠だと言う香織に泣き付かれ、彼女の買値で異世界の魔女のお守りとやらを買い取ったが、確かにインチキ商法じゃなくこれは価値のある物かもしれない。
 給料日前なのは理子も一緒、冷静に考えれば給料日前に一万円の支出は痛かった。
  これが価値のあるものならお守りとして大事にしてみるのもいいかと、自分自身を納得させる。

「婚約祝いを贈ったと思えば安いものかな」

 プロポーズされたと嬉しそうに笑う香織は、大衆居酒屋に居るのにキラキラ輝いて見えて綺麗だった。これが俗に言う幸せオーラなのだろう。

「いいなぁ。でも、恋愛をするのは面倒くさいんだよね」

 誰かと恋愛をするのは、時間も体力的にもキツイと感じている自分は枯れていると思う。
 学生の頃は彼氏もいてそれなりに楽しかったのに、社会人になってからは要領の悪い自分には仕事だけで精一杯で、恋愛まで手が回らない。
 恋愛している暇があるなら寝ていたい。結婚相手との出会いは、お見合いでいいやと理子は考えていた。
 二十代前半にしては既に枯れている、とは自覚している。

「さて、起きるか」

 両腕を上げて伸びをした後、緩慢な動作で理子はベッドから抜け出した。



 “上下左右の部屋からの生活音が気になるなら、気軽にできる防音対策として壁側に本棚やタンスなど大型の家具を設置しましょう。厚みがあって音を隔ててくれる効果があります。”
 “大型の家具の配置を変えても音が気になるなら、天井や壁に吸音材を貼り付けてもいいでしょう。音を遮って聞こえにくくしてくれます。ただし、壁一面にすべて貼り付けるとなると費用がかかります。事前にどのくらい必要なのか、ホームセンターやネットで金額を確認して予算を考えながら検討することをおすすめします。”

「マンション、隣、生活音」でタブレットを使って検索したページを開いて、理子は新聞の折り込みチラシの裏面に簡単な部屋の見取り図を書いていた。
 完成した見取り図に書き加えるのは、キャビネットやベッド等の大型家具。
 卑猥な騒音で、睡眠不足へと追いやってくれた鈴木君の部屋はマンションの一階角部屋。
 鈴木君宅から発生する騒音は、全て理子を攻撃しているのだ。
 深酒をして爆睡するなら寝られるだろうが、毎夜深酒をしたらアルコール依存性まっしぐらである。
 鈴木君の部屋と繋がる壁に大型家具を設置し、少しでも騒音からの自衛を試みようと考えたのだ。

「タンスを動かしてみて駄目なら、壁に段ボールかプチプチでも貼ろうかな」

 先ずベッドを半ば引き摺って動かし、次は衣装タンスから引き出しを抜いタンスを壁際へと運ぶ。

「よっと、と」

 両手で抱えたタンスによって前が見えず、バランスを崩してよろけてしまった。

 ガンッ!

「ああっ!」

 鈍い音とタンスを抱える手に伝わる衝撃から、よろけた際にタンスの角を壁に当ててしまったのが分かり、理子は血の気が引いた。
 抱えていたタンスを床に下ろし、壁に出来た傷を確認する。

「穴が、開いちゃった……これはマズイかな」

 理子の視線の先には床上三十cmほどの高さの壁に、タンスの角と同じ形に空いた穴があった。
 穴を確認するために、屈んだ理子が履いている短パンのポケットから赤い球体が転がり落ちる。

「あっ」

 手を伸ばして拾う間もなく、ポケットから落ちた赤い球体は、吸い込まれる様に壁の穴へと吸い込まれていった。

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