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3 息子アレンは遊んでる

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「ダンさんから聞いたよ。全く、こんな僕と同じくらいの人にまで迷惑をかけて」
「ちゃんと礼してるんだからいいじゃねぇか」
「ごめんね、君。うちの親父は脳の一部が欠けてるんだ、お酒とかで手を打ってくれないかな」
「おい」
「いえ、こんな美味しいものをご馳走いただいたので十分ですよ」
「そう言って貰えるとありがたいよ」
「おい」

 はあ、とため息をついた美青年は空いている席に座る。にしても本当に親子か疑問に思うくらい顔立ちが違う。ドグはかなり厳つい顔だけど彼は爽やか系だ。鼻筋がすっきりとしている。

「アーリィ、君のおすすめをおくれ」
「ひぇうっ!?」

 彼が手を挙げて呼ぶと、アーリィが目に見えて動揺した。顔が耳まで真っ赤に染まって、眉が降りる。間違いなく恋する乙女だ。分かりやすい。

「あ、アレンくん!? いつ来たの、やだ今見ないでちょっと……」
「大丈夫。働いているそのままの君が素敵なんだ。もっと良く見せて」
「あうあうぁぅ……」

 アレンはアーリィに近寄ってさりげなく肩を抱き、顔同士を近づける。彼女に「うん、今日も可愛いね」と囁いてから俺とドグの間の席に座る。

「さ、君の心がこもった料理を早く食べたいな」
「あ、あ、あぅぁぁぁあああーーー!」

 ぱちんとウインクをするとアーリィが発狂する。厨房へ猛進していくスカートを見送って、それから俺のほうを向いた。

「改めて、僕はアレン。正真正銘このバカの息子さ。顔は母親譲りだから似て無いけどね」
「おい、お前さっきから酷いぞ」
「調子に乗って武器まで無くす狩人なんてバカで十分じゃないか。それで、君は?」
「俺はフレドです。よろしく」
「よろしく。恋のことで悩みがあれば相談に乗るよ」
「こいつこう見えても30だぞ」
「えっマジ?」

 うーん、第一印象は爽やか系イケメンだったのに実際はかなり遊んでそうだ。あと仮面が一瞬剥がれたぞ。早すぎだろ。

「んんっ!同い年くらいにしか見えないな……何か美容にはまっているのかい?」
「いや、このポーションに美容効果があって、偶然常飲してたんですよ」
「フレド君。せっかく僕が砕けて話しているんだから、君もそうしてくれないかな? そんな口調じゃ女性と仲良くなれないよ」
「わ、わかったよ」

 椅子を近づけて肩に手を回してきた。なんだろう、めんどくさくなってきた。ん? アレン君の顔が少し赤いような…。

「あー、兄ちゃん。そいつな、めっちゃ酒に弱いんだわ」
「え?」

 酒場の匂いだけで酔っ払ったって事? あんな遊んでそうな雰囲気だったのに?

「だから多少絡むくらいは許してやってくれや」
「フレド君! 琥珀酒もいいけれど、女性と飲むときには紅玉酒や水晶酒のようなお洒落なものを頼むんだよ!」
「ははは、ドグさんと真逆なんですね」
「かみさんが酒にとことん弱くてな、そっちが遺伝しちまったんだ。まあ男でよかったぜ」
「どうしてですか?」

 個人的にはお酒に弱い女性も可愛いと思うけど、何か嫌なことでもあったんだろうか。

「女だったら酔わせて持って帰られちまうだろうが」
「そんなことする人いるんですか?」
「当然だ。俺がそれでかみさん貰ったからな」

 最低だこの人。いやだがしかし、そういう結婚の仕方もあるのか? 島にあった教本はどれも「恋に落ちてプラトニックな関係を続けた後結婚する」としか書いていなかった。

 ドグは実際に結婚しているのだから、一つの事例として重要な資料になりうる。『机上の空論より行動を』とは数少ない含蓄のある先祖の言葉だ。

「でも無理矢理は良くないのでは?」
「そりゃ良くないが、何が何でもって姿勢を見せないと振り向いちゃくれないぜ?」
「そうだよフレド君! 君がいいなと思った女の子は、同時に他の人も狙っているんだ! 唾を付けとく程度じゃダメダメ、全身舐め回すくらいしないと!」
「確かに、一理ある」

 酔いで頭が回らず何言ってるか良く分からないが、女性経験に関して彼らは先輩だ。先達から学ぶことは一番の近道でもある。

 うんうんと頷いていると、アーリィが馬鹿でかい皿に肉の塊を載せて戻ってきた。

「で、できたよアレンくん! ブラウンディアとフユジカの合挽きハンバーグ、特製愛情ソースたっぷりです! Dearアレンくん! きゃーーっっ!!」

 ドンとテーブルのど真ん中にそれを置いてお下げを握り締めると、口元を隠しながら叫んでどこかへ走り去っていった。騒々しい子だ。それはそうとお店をほっぽりだして良いのだろうか。

「そういえばアレン君はアーリィちゃんのことどう思ってるんだい?」
「どうも何も本命さ。アーリィに唾を付けようとする奴は一人残らず排除する。アーリィは可愛いんだぞだって――」
「確かに」

 突然真顔になって語り始めた何この人怖い。目が据わってるし、適当に相づち打ってほっとこ。

 それよりお酒で気分が良くなったら急に女性が欲しくなってきた。こんなに飢えたような感覚は初めて感じる。

「ドグさん、可愛い女の子と確実に仲良くなりたいです」
「がはは! 金持ちになればモテるぞ! そうだな、魔導技師だって言えば群がってくるわ!」
「確かに。いえ、でも魔導具を売って生活する気はないので」

 魔導具作りは趣味だ。それより上でも未満でもない。趣味を仕事にしたら、それはもう趣味ではなく仕事でしかないんだから。俺は好きに作っていたい。やだったらやだ。

「腕っ節に自信があるなら冒険者なんかも良いぞ。それなりの狩れれば実入りも十分だ。兄ちゃんには魔導具があるんだから、使わにゃ損だろ」
「確かに、死蔵しておくのも勿体ないですね」
「アルアンは宿場町だし仕事は少ねえが、シーロアなら探せばあるからな。ここで慣れろとは言ったが、生活できるなら早めにシーロアへ行っても問題ねえよ」
「確かに、それもそうですね」

 そういえばお金を持ってきていなかった。少しだけならイスタラクシアにあったはず。まさかドグに面倒を見て貰う訳にもいかないし、シーロアへ行こうか。

 何より嬢酒場が魅力だ。早く行ってお触りしたい。

「アーリィはああ見えてとっても怖いところが――」
「確かに」
「それからギャンブルとかでもいいな。元でが無くても運さえ良けりゃなんとかなる」
「確かに」

 雑談しつつ飲み食いしていたら頭がくらくらしてきた。水、水……なんだかやけに苦い水だな。色も変だし。まあいいか。

 結局その日、意識を失うまで酒盛りを続けてしまった。

 朝気付いたら俺は知らない部屋で横になっていて、隣にはアレンが寝ている。何これどういう状況?
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