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3気づいてはいけない思い
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「それじゃ、行ってくる。どこか出かける時には渡した合鍵使って施錠して」
「うん、わかった。行ってらっしゃい」
翌朝。会社に行くお兄ちゃんを玄関前で見送る。私服のラフな格好のお兄ちゃんもかっこいいけど、スーツ姿を着こなすお兄ちゃんもすごくかっこいい。思わず見惚れて緩みそうになる頬を引き締めながら、私は笑顔で挨拶した。
ふと、お兄ちゃんが何かに気づいたように私を見て微笑む。ん?なんだろう?
「どうしたの?」
「いや、こうして同じ家にいて出かけるときに見送られるの、なんだか懐かしなって思って」
「そうだね、一緒に暮らしてた頃、たまにあったもんね。ふふ、確かに懐かしいかも」
昔を思い出して思わず笑みがこぼれてしまう。そんな私に、お兄ちゃんは目を細めて嬉しそうに近寄ってきた。
「だろ?それに……」
それに?
「こうして二人きりだと、なんだか新婚さんみたいだな」
「……は?」
「ブッ、ハハハ。すごい顔してる。それじゃ、今度こそ行ってきます」
お兄ちゃんは楽しそうに笑って私の頭にぽんぽんと手を軽く置くと、満足そうに玄関から出ていった。え、なに?なんなの!?もしかして、揶揄われた!?
すごい顔してるって、絶対顔真っ赤になってたよね!?ううう、恥ずかしい!急に新婚だなんて、言うから!
「もう、お兄ちゃんのせいで調子が狂う……」
私は、ズルズルとその場に崩れ落ちた。
*
カタカタカタカタ。
PCを打つ音が、リビングに鳴り響く。朝、お兄ちゃんを見送ってから一通り家事をして一息ついてから、クライアントさんからのメールを確認したり原稿を書いたりしていた。
仕事を辞めてから人と関わることが怖くなって、在宅でできる仕事をしたいと思った私は、前から気になっていたライター業を始めることにした。結局意味がなくなってしまったけれど、密かに結婚資金としてコツコツためていた貯金もあるし、失業手当もあるし、当分はちゃんとした仕事にならなくてもなんとかなると思って始めてみたライター業は、やっぱりなかなか難しい。
それでも、気になっていた頃から少しずつ勉強していたし、何より文章を書くのは楽しくて好きだから、辛いとか苦しいとか思うことはない。むしろ、知らないことを知っていくことは楽しいし、提出した原稿がクライアントさんに誉められたり喜ばれたりすると本当に嬉しくてもっと頑張ろうって思えるのだ。
「ただいまー」
玄関の鍵が開く音とドアの音がしてから、お兄ちゃんの声が聞こえてきた。
「えっ、もうそんな時間!?」
慌てて時計を見ると、すっかり夜になっていた。私、時間も気にせずずっと仕事しちゃってたんだ?
「お帰りなさい!ごめん、時間全然見てなくて夕飯の支度とか何もしてなかった。今から何か作るね」
私が慌ててお兄ちゃんの顔を見てそう言うと、お兄ちゃんはいつの間にかジャケットを脱いでネクタイを外し、首元を緩めていた。うわ、なんだか色気があってかっこいい……って、そんなこと考えている場合じゃなかった!
「あ、もしかして仕事してたの?楓は昔っから夢中になると、そればっかりになっちゃうタイプだったもんな。いいよ、何か宅配取ろうよ。楓だって疲れてるだろ?」
お兄ちゃんは机の近くまできて私を覗き込むと、フッと笑って頭にポンと優しく手を置き、そう言ってくれた。
「う、ごめん……」
「謝らなくていいって。さて、楓は何食べたい?っていうか、お昼とかちゃんと食べたか?」
そう聞かれて、私はうーんと首を捻った。そういえば、食べた記憶ないかも?そう自覚した瞬間、グウーッとお腹が鳴る。ひっ、は、恥ずかしい!
「……そういえば、何も食べてないかもしれない。お腹空きすぎて何が食べたいかもよくわかんないかも」
「楓、夢中になると本当に他は無頓着になるもんな。そういうところちょっとかっこいいと思うし羨ましいけど、もっとちゃんと自分を大事にしたほうがいいぞ」
「うう、ごめんなさい」
「だから謝らなくていいってば。それじゃ、今日は俺が食べたいものでいい?」
「うん!お任せします」
よし、と言ってお兄ちゃんはスマホで宅配の検索を始めた。スマホで検索しているだけなのにすごく絵になる。昔からお兄ちゃんはかっこいいのだ。きっと会社でもモテるんだろうな……そう思った瞬間、胸の奥がちくり、と痛んだ。
なんで胸が痛くなるんだろう。どうしてモヤモヤするんだろう。お兄ちゃんは、義理とはいえお兄ちゃんだ。もう戸籍では他人になってしまっているけれど、私にとっては「お兄ちゃん」でなければいけない。そうでなければ、自分の中にあるお兄ちゃんに対するどうしようもない気持ちが、一気に溢れてしまうから。
お兄ちゃんに対するこの気持ちは、絶対に封印しなければいけないのだ。そう思いながらお兄ちゃんをじっと見つめていると、ふとお兄ちゃんが私の視線に気づいて目が合う。そして、とても優しく愛おしいものを見るような目で見て、微笑んだ。
ああ、その微笑みだって、お兄ちゃんにとっては大切な妹に向ける頬笑みでしかない。絶対に、勘違いしてはいけない。私は苦しくなる胸の奥をごまかすように微笑んでから、すぐに視線を逸らした。
「うん、わかった。行ってらっしゃい」
翌朝。会社に行くお兄ちゃんを玄関前で見送る。私服のラフな格好のお兄ちゃんもかっこいいけど、スーツ姿を着こなすお兄ちゃんもすごくかっこいい。思わず見惚れて緩みそうになる頬を引き締めながら、私は笑顔で挨拶した。
ふと、お兄ちゃんが何かに気づいたように私を見て微笑む。ん?なんだろう?
「どうしたの?」
「いや、こうして同じ家にいて出かけるときに見送られるの、なんだか懐かしなって思って」
「そうだね、一緒に暮らしてた頃、たまにあったもんね。ふふ、確かに懐かしいかも」
昔を思い出して思わず笑みがこぼれてしまう。そんな私に、お兄ちゃんは目を細めて嬉しそうに近寄ってきた。
「だろ?それに……」
それに?
「こうして二人きりだと、なんだか新婚さんみたいだな」
「……は?」
「ブッ、ハハハ。すごい顔してる。それじゃ、今度こそ行ってきます」
お兄ちゃんは楽しそうに笑って私の頭にぽんぽんと手を軽く置くと、満足そうに玄関から出ていった。え、なに?なんなの!?もしかして、揶揄われた!?
すごい顔してるって、絶対顔真っ赤になってたよね!?ううう、恥ずかしい!急に新婚だなんて、言うから!
「もう、お兄ちゃんのせいで調子が狂う……」
私は、ズルズルとその場に崩れ落ちた。
*
カタカタカタカタ。
PCを打つ音が、リビングに鳴り響く。朝、お兄ちゃんを見送ってから一通り家事をして一息ついてから、クライアントさんからのメールを確認したり原稿を書いたりしていた。
仕事を辞めてから人と関わることが怖くなって、在宅でできる仕事をしたいと思った私は、前から気になっていたライター業を始めることにした。結局意味がなくなってしまったけれど、密かに結婚資金としてコツコツためていた貯金もあるし、失業手当もあるし、当分はちゃんとした仕事にならなくてもなんとかなると思って始めてみたライター業は、やっぱりなかなか難しい。
それでも、気になっていた頃から少しずつ勉強していたし、何より文章を書くのは楽しくて好きだから、辛いとか苦しいとか思うことはない。むしろ、知らないことを知っていくことは楽しいし、提出した原稿がクライアントさんに誉められたり喜ばれたりすると本当に嬉しくてもっと頑張ろうって思えるのだ。
「ただいまー」
玄関の鍵が開く音とドアの音がしてから、お兄ちゃんの声が聞こえてきた。
「えっ、もうそんな時間!?」
慌てて時計を見ると、すっかり夜になっていた。私、時間も気にせずずっと仕事しちゃってたんだ?
「お帰りなさい!ごめん、時間全然見てなくて夕飯の支度とか何もしてなかった。今から何か作るね」
私が慌ててお兄ちゃんの顔を見てそう言うと、お兄ちゃんはいつの間にかジャケットを脱いでネクタイを外し、首元を緩めていた。うわ、なんだか色気があってかっこいい……って、そんなこと考えている場合じゃなかった!
「あ、もしかして仕事してたの?楓は昔っから夢中になると、そればっかりになっちゃうタイプだったもんな。いいよ、何か宅配取ろうよ。楓だって疲れてるだろ?」
お兄ちゃんは机の近くまできて私を覗き込むと、フッと笑って頭にポンと優しく手を置き、そう言ってくれた。
「う、ごめん……」
「謝らなくていいって。さて、楓は何食べたい?っていうか、お昼とかちゃんと食べたか?」
そう聞かれて、私はうーんと首を捻った。そういえば、食べた記憶ないかも?そう自覚した瞬間、グウーッとお腹が鳴る。ひっ、は、恥ずかしい!
「……そういえば、何も食べてないかもしれない。お腹空きすぎて何が食べたいかもよくわかんないかも」
「楓、夢中になると本当に他は無頓着になるもんな。そういうところちょっとかっこいいと思うし羨ましいけど、もっとちゃんと自分を大事にしたほうがいいぞ」
「うう、ごめんなさい」
「だから謝らなくていいってば。それじゃ、今日は俺が食べたいものでいい?」
「うん!お任せします」
よし、と言ってお兄ちゃんはスマホで宅配の検索を始めた。スマホで検索しているだけなのにすごく絵になる。昔からお兄ちゃんはかっこいいのだ。きっと会社でもモテるんだろうな……そう思った瞬間、胸の奥がちくり、と痛んだ。
なんで胸が痛くなるんだろう。どうしてモヤモヤするんだろう。お兄ちゃんは、義理とはいえお兄ちゃんだ。もう戸籍では他人になってしまっているけれど、私にとっては「お兄ちゃん」でなければいけない。そうでなければ、自分の中にあるお兄ちゃんに対するどうしようもない気持ちが、一気に溢れてしまうから。
お兄ちゃんに対するこの気持ちは、絶対に封印しなければいけないのだ。そう思いながらお兄ちゃんをじっと見つめていると、ふとお兄ちゃんが私の視線に気づいて目が合う。そして、とても優しく愛おしいものを見るような目で見て、微笑んだ。
ああ、その微笑みだって、お兄ちゃんにとっては大切な妹に向ける頬笑みでしかない。絶対に、勘違いしてはいけない。私は苦しくなる胸の奥をごまかすように微笑んでから、すぐに視線を逸らした。
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