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一つめの願い
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いきなり窓のひとつに何かがぶつかる大きな音がして、アデライデは思わず紅茶の缶を落とした。音のした窓の方を振り返ると、外に広く張り出した窓台の上に、鮮やかな色の大きな物体が倒れているのが見えた。よく見ると、それは極彩色の羽で全身を覆われた大きな鳥だった。ぐったりと倒れて動かない。風に煽られ、窓に体をしたたか打ちつけて気を失っているようだ。
「大変! かわいそうに……」
アデライデは急いで裏口に走って行き、外に出ようと戸を開けた。途端に、身を切るような冷たく恐ろしい風が吹きつけた。アデライデは風で転んでしまわないように朽ちかけた壁を伝って歩き、気を失っている鳥の元まで行った。猛風の吹き荒れる中、改めて目を凝らすと、かなりの大きさであることがわかった。しかしなんとか自分でも抱え上げられそうだった。
アデライデが両手で鳥を抱えると、その重さがずっしりと腕に伝わった。勢いよくぶつかって来る冷たい風の中、抱き上げた鳥の重さにも足を取られながら、アデライデは懸命に歩いて台所に戻った。
鳥を床に寝かせると、急いで戸を閉めてほっと息を吐いたが、すぐに鳥に怪我がないかを調べようとした。だがそれより先に、アデライデはその鳥のあまりの色鮮やかさに驚き、思わずその場に立ち尽くしてしまった。大きな扇のような冠羽が目を引く頭から肩にかけては鮮やかな緑で、そこからつながる翼は熟したブドウのような紫、長いふさふさしたオレンジ色の尾に、大きなくちばしは黒い色で、喉から腹の部分は目の覚めるような黄色をしていた。濃い紫の翼の内側には、赤い風切り羽も見える。こんなにたくさんの色が入り乱れるように混じった羽を持つ鳥など、見たこともなかった。
「なんてたくさんの色にあふれているのかしら……。それにほんとうに大きい鳥だわ」
鳥の大きさは、長い尾まで入れるとアデライデの胸ほどまでもありそうだった。そしてその大きな体を支える足は、まるで太い樫の木の丈夫な枝を思わせ、猛禽類のそれを思わす鋭く黒い爪がついていた。アデライデはこどもの頃、はるか遠い南の国には、こんな風に大きくて、極彩色の羽を持った鳥がたくさんいるのだと父に聞いたことを思い出した。
「あたたかい南国から旅をしてきたのかしら。だとしたら、この冷たい風はさぞ体にこたえるに違いないわ」
アデライデは一瞬自分の身の上を鳥に重ね、同情心が湧くままに鳥の体をやさしくさすってやろうとした。そのとき、鳥がいきなりぱっちりと目を開けた。驚いて手を引っ込めると、鳥は頭をもたげてアデライデを見た。カエデの樹液のような茶色の虹彩に、黒々とした瞳孔があやしいまでの強い光を放つ鳥の目に射すくめられ、アデライデは一瞬息が止まる思いだった。アデライデを見る目が、鳥というよりはまるで夜の森を狩りのために歩き回るキツネやイタチか、あるいは人間のそれのように見えたからだった。
床の上に半ば身を起こすようにしていた鳥はやがて完全に起き上がると、じっとアデライデを見つめながら、頑強そうな足でゆっくりとアデライデの方に近づいてきた。
起き上った鳥はますます鮮やかに、そして大きく感じられ、アデライデは怖くなった。だが何よりもその絡みつくような視線が、アデライデの気持ちを得体の知れない不安へと駆り立てるようだった。それで思わず後ろにさがると、鳥は立ち止まった。
これ以上は近づいて来ないとわかっても、この見慣れない鳥への怖さは薄れなかった。アデライデは身を固くして、目の前の鳥の獲物を見定めているような目から逃れられる場所を無意識のうちにさがした。だがそのとき、まるでアデライデの恐れの気持ちを見透かしたのか、鳥はその場に立ち止まったままゆっくりと両の翼を広げ、アデライデに向かって優雅な仕草で頭を垂れてみせた。
敵意の無いことを全身で示そうとするような鳥の態度に、アデライデは理由もなしにこの鳥に対して恐怖心を抱いた自分のことを恥じた。ラングリンドにいた頃は、適切な距離を保ちさえすればどんな生き物とでもうまく付き合い、心を通わせる事が出来ていた。突如として魔物にさらわれラングリンドを出たことで、神経が昂り、いつにない心の状態になっているのかもしれない。アデライデは気を静めるために、胸を抑えて深い息をしながら鳥を見つめた。
鳥は鮮やかな翼をたたんでしばらくアデライデを見つめていたが、不意に裏口の戸に視線を向けると、そのままゆっくりとアデライデのそばを通り過ぎて行った。気がついたアデライデが急いで戸を開けてやると、また恐ろしい風が唸り声を上げながら吹き込んできたが、鳥は激しい風に羽毛を逆立てながらもしっかりと地面に爪をひっかけて立ち、もう一度アデライデを振り返った。アデライデはその目の光にやはり心臓がどきりと縮むのを感じた。
鳥はアデライデに鮮やかな背中を向け、大きく翼を広げると砂ぼこりの舞い上がる空へと勢いよく飛び立った。
風にかき乱される髪を押さえて空を見上げると、鳥はうまく風に乗って重く垂れこめる灰色の空のはるか高いところまで昇り、厚い雲の中に入って見えなくなった。
アデライデは風で重くなった戸をやっとの思いで閉めると、冷たい風に冷えた体を両手でさすり、やりかけのまま置いてあったお茶の準備に取り掛かった。
熱いお茶を飲みながら、今見た鳥のことを改めて考えた。
「不思議な鳥だったわ……。少し怖く感じてしまったけれど……」
鳥の目を思い出すと、アデライデの心には再びざわざわと落ち着かない胸騒ぎのようなものが去来したが、紅茶の香りと温もりに体をあたためられるうちに、いくらか気分も落ち着いてきた。アデライデは気を取り直すと再び館の掃除を始めることにした。
「大変! かわいそうに……」
アデライデは急いで裏口に走って行き、外に出ようと戸を開けた。途端に、身を切るような冷たく恐ろしい風が吹きつけた。アデライデは風で転んでしまわないように朽ちかけた壁を伝って歩き、気を失っている鳥の元まで行った。猛風の吹き荒れる中、改めて目を凝らすと、かなりの大きさであることがわかった。しかしなんとか自分でも抱え上げられそうだった。
アデライデが両手で鳥を抱えると、その重さがずっしりと腕に伝わった。勢いよくぶつかって来る冷たい風の中、抱き上げた鳥の重さにも足を取られながら、アデライデは懸命に歩いて台所に戻った。
鳥を床に寝かせると、急いで戸を閉めてほっと息を吐いたが、すぐに鳥に怪我がないかを調べようとした。だがそれより先に、アデライデはその鳥のあまりの色鮮やかさに驚き、思わずその場に立ち尽くしてしまった。大きな扇のような冠羽が目を引く頭から肩にかけては鮮やかな緑で、そこからつながる翼は熟したブドウのような紫、長いふさふさしたオレンジ色の尾に、大きなくちばしは黒い色で、喉から腹の部分は目の覚めるような黄色をしていた。濃い紫の翼の内側には、赤い風切り羽も見える。こんなにたくさんの色が入り乱れるように混じった羽を持つ鳥など、見たこともなかった。
「なんてたくさんの色にあふれているのかしら……。それにほんとうに大きい鳥だわ」
鳥の大きさは、長い尾まで入れるとアデライデの胸ほどまでもありそうだった。そしてその大きな体を支える足は、まるで太い樫の木の丈夫な枝を思わせ、猛禽類のそれを思わす鋭く黒い爪がついていた。アデライデはこどもの頃、はるか遠い南の国には、こんな風に大きくて、極彩色の羽を持った鳥がたくさんいるのだと父に聞いたことを思い出した。
「あたたかい南国から旅をしてきたのかしら。だとしたら、この冷たい風はさぞ体にこたえるに違いないわ」
アデライデは一瞬自分の身の上を鳥に重ね、同情心が湧くままに鳥の体をやさしくさすってやろうとした。そのとき、鳥がいきなりぱっちりと目を開けた。驚いて手を引っ込めると、鳥は頭をもたげてアデライデを見た。カエデの樹液のような茶色の虹彩に、黒々とした瞳孔があやしいまでの強い光を放つ鳥の目に射すくめられ、アデライデは一瞬息が止まる思いだった。アデライデを見る目が、鳥というよりはまるで夜の森を狩りのために歩き回るキツネやイタチか、あるいは人間のそれのように見えたからだった。
床の上に半ば身を起こすようにしていた鳥はやがて完全に起き上がると、じっとアデライデを見つめながら、頑強そうな足でゆっくりとアデライデの方に近づいてきた。
起き上った鳥はますます鮮やかに、そして大きく感じられ、アデライデは怖くなった。だが何よりもその絡みつくような視線が、アデライデの気持ちを得体の知れない不安へと駆り立てるようだった。それで思わず後ろにさがると、鳥は立ち止まった。
これ以上は近づいて来ないとわかっても、この見慣れない鳥への怖さは薄れなかった。アデライデは身を固くして、目の前の鳥の獲物を見定めているような目から逃れられる場所を無意識のうちにさがした。だがそのとき、まるでアデライデの恐れの気持ちを見透かしたのか、鳥はその場に立ち止まったままゆっくりと両の翼を広げ、アデライデに向かって優雅な仕草で頭を垂れてみせた。
敵意の無いことを全身で示そうとするような鳥の態度に、アデライデは理由もなしにこの鳥に対して恐怖心を抱いた自分のことを恥じた。ラングリンドにいた頃は、適切な距離を保ちさえすればどんな生き物とでもうまく付き合い、心を通わせる事が出来ていた。突如として魔物にさらわれラングリンドを出たことで、神経が昂り、いつにない心の状態になっているのかもしれない。アデライデは気を静めるために、胸を抑えて深い息をしながら鳥を見つめた。
鳥は鮮やかな翼をたたんでしばらくアデライデを見つめていたが、不意に裏口の戸に視線を向けると、そのままゆっくりとアデライデのそばを通り過ぎて行った。気がついたアデライデが急いで戸を開けてやると、また恐ろしい風が唸り声を上げながら吹き込んできたが、鳥は激しい風に羽毛を逆立てながらもしっかりと地面に爪をひっかけて立ち、もう一度アデライデを振り返った。アデライデはその目の光にやはり心臓がどきりと縮むのを感じた。
鳥はアデライデに鮮やかな背中を向け、大きく翼を広げると砂ぼこりの舞い上がる空へと勢いよく飛び立った。
風にかき乱される髪を押さえて空を見上げると、鳥はうまく風に乗って重く垂れこめる灰色の空のはるか高いところまで昇り、厚い雲の中に入って見えなくなった。
アデライデは風で重くなった戸をやっとの思いで閉めると、冷たい風に冷えた体を両手でさすり、やりかけのまま置いてあったお茶の準備に取り掛かった。
熱いお茶を飲みながら、今見た鳥のことを改めて考えた。
「不思議な鳥だったわ……。少し怖く感じてしまったけれど……」
鳥の目を思い出すと、アデライデの心には再びざわざわと落ち着かない胸騒ぎのようなものが去来したが、紅茶の香りと温もりに体をあたためられるうちに、いくらか気分も落ち着いてきた。アデライデは気を取り直すと再び館の掃除を始めることにした。
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