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三つめの願い
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「わたしの三つ目の願いを申し上げます。わたしに、あなたの名前をつけさせてはくれませんか?」
アデライデは魔物が名前のない理由を話して聞かせてくれたときから、ずっと名前を贈りたいと思い続けていた。だが人間の自分が名前をつけてもよいものなのかわからず、魔物に答えを委ねるのがいいだろうと考えた。それには願いの形として申し出るのがいいと思ったのだ。
魔物にとっては、アデライデの今度の願いもまた、思いも寄らないものだった。魔物は驚きに目を見開いた。
「俺に、名前を……?」
アデライデは体の前で手を組み、ゆっくりと言葉を継ぎ足した。
「人間のわたしがつけたものでは、あなたの世界では通用しないかもしれません。でも、わたし達の間では、それは……友情の証になるのではありませんか?」
アデライデは「友情」という言葉を口にするとき、ほんの少しのためらいを感じた。自分を妻にと望んでいる魔物がこの言葉をどう受け取るだろうと気になったのだ。もしかすると傷つけるかもしれない、と心配になると同時に、アデライデは自分の心にも複雑な想いが渦巻くのを感じた。
魔物は月の明かりに浮かび上がるアデライデをじっと見つめた。アデライデの美しい唇から流れ出た「友情」という言葉は、長い孤独の時間を過ごしてきた魔物の心に聖なる花のように咲いた。醜い魔物の自分が美しいアデライデを無理に連れ去って留め置いている現状を鑑みれば、アデライデが一切の拒絶や嫌悪を見せず、常にやさしく振る舞ってくれることだけでも充分すぎると言えるのに、アデライデはさらに自分たちの上に「友情」を証しようと言う。
だが一方で、「友情」という言葉の響きに、魔物は心に何かもやもやとしたものを感じもした。それが何なのか魔物にはわからなかったが、その気持ちを封じるように低い声で言った。
「──おまえの願いを承ろう」
アデライデは緊張の糸がほどけるように息を吐き、嬉しそうに笑った。
「アデライデよ、おまえは俺をどんな名で呼んでくれるのだ?」
魔物の囁くような声に、アデライデは「それでは──」と口を開いた。
「わたしは、あなたのことをフロイントと言う名で呼びたいと思います」
「フロイント?」
「はい。昔、ラングリンドの修養院で習った外国の言葉で、その……『友達』という意味なのだそうです……」
魔物はアデライデを見つめた。アデライデは祈りを捧げる聖女のように、じっと手を組んだまま、月の光を瞳に宿して魔物を見上げていた。「友達」という名を与えようとしているのは自分であるのに、そう言う自分自身の心にはかすかな痛みが走り、不安にも似た感情が沸き起こる。魔物の沈黙がアデライデを更に不安にさせた。
「お気に召しませんか……?」
小さな声で問うアデライデに、魔物は静かに首を振った。
「──いいや、よい名だ」
アデライデはほっとしたように微笑んだ。
「それでは、これからはあなたをフロイントと呼びますね」
「──あぁ」
魔物はかすかに頷いた後、やはり低い声で続けた。
「アデライデよ、おまえの三つ目の願いを叶えた……。アデライデ、俺はその名にふさわしいものとなろう──……」
アデライデは小首を傾げるようにして、魔物──フロイントに、花のような微笑みをこぼした。
アデライデは魔物が名前のない理由を話して聞かせてくれたときから、ずっと名前を贈りたいと思い続けていた。だが人間の自分が名前をつけてもよいものなのかわからず、魔物に答えを委ねるのがいいだろうと考えた。それには願いの形として申し出るのがいいと思ったのだ。
魔物にとっては、アデライデの今度の願いもまた、思いも寄らないものだった。魔物は驚きに目を見開いた。
「俺に、名前を……?」
アデライデは体の前で手を組み、ゆっくりと言葉を継ぎ足した。
「人間のわたしがつけたものでは、あなたの世界では通用しないかもしれません。でも、わたし達の間では、それは……友情の証になるのではありませんか?」
アデライデは「友情」という言葉を口にするとき、ほんの少しのためらいを感じた。自分を妻にと望んでいる魔物がこの言葉をどう受け取るだろうと気になったのだ。もしかすると傷つけるかもしれない、と心配になると同時に、アデライデは自分の心にも複雑な想いが渦巻くのを感じた。
魔物は月の明かりに浮かび上がるアデライデをじっと見つめた。アデライデの美しい唇から流れ出た「友情」という言葉は、長い孤独の時間を過ごしてきた魔物の心に聖なる花のように咲いた。醜い魔物の自分が美しいアデライデを無理に連れ去って留め置いている現状を鑑みれば、アデライデが一切の拒絶や嫌悪を見せず、常にやさしく振る舞ってくれることだけでも充分すぎると言えるのに、アデライデはさらに自分たちの上に「友情」を証しようと言う。
だが一方で、「友情」という言葉の響きに、魔物は心に何かもやもやとしたものを感じもした。それが何なのか魔物にはわからなかったが、その気持ちを封じるように低い声で言った。
「──おまえの願いを承ろう」
アデライデは緊張の糸がほどけるように息を吐き、嬉しそうに笑った。
「アデライデよ、おまえは俺をどんな名で呼んでくれるのだ?」
魔物の囁くような声に、アデライデは「それでは──」と口を開いた。
「わたしは、あなたのことをフロイントと言う名で呼びたいと思います」
「フロイント?」
「はい。昔、ラングリンドの修養院で習った外国の言葉で、その……『友達』という意味なのだそうです……」
魔物はアデライデを見つめた。アデライデは祈りを捧げる聖女のように、じっと手を組んだまま、月の光を瞳に宿して魔物を見上げていた。「友達」という名を与えようとしているのは自分であるのに、そう言う自分自身の心にはかすかな痛みが走り、不安にも似た感情が沸き起こる。魔物の沈黙がアデライデを更に不安にさせた。
「お気に召しませんか……?」
小さな声で問うアデライデに、魔物は静かに首を振った。
「──いいや、よい名だ」
アデライデはほっとしたように微笑んだ。
「それでは、これからはあなたをフロイントと呼びますね」
「──あぁ」
魔物はかすかに頷いた後、やはり低い声で続けた。
「アデライデよ、おまえの三つ目の願いを叶えた……。アデライデ、俺はその名にふさわしいものとなろう──……」
アデライデは小首を傾げるようにして、魔物──フロイントに、花のような微笑みをこぼした。
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