フロイント

ねこうさぎしゃ

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五つめの願い

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 フロイントはアデライデのそばを片時も離れず解毒と治癒の術を施し続けていた。
 最初の数日間はまったくの予断を許さない状況に、フロイントの不安と怖れも高まった。アデライデの体はときに焼けつきそうなほどの高熱に苛まれ、やっとその熱が引いてきたかと思うと、次の瞬間には氷のように冷え切ってアデライデの体に流れる血を滞らせていることがわかった。
 ごく一般的な人間ならばかなり早い時点で死んでいたに違いないが、アデライデの生まれ持った魂の光とフロイントの治癒の術が、なんとか命を肉体につなぎとめていた。
 フロイントは昼夜を問わず精神を研ぎ澄ませて治癒の魔術を駆使してアデライデの治療にあたっていたが、通常ならば数日にわたって力を注ぎ込むともなれば相当のエナジーを消耗するものであり、如何に強い魔力を有していたとしても、本来癒しの術をその本分とはしない魔物にとっては、自身の命をも危険に晒す行為にも等しかった。だが、全身全霊をもって自分の命を移すが如くアデライデに術を施していたフロイントは、しかし自分の魔力が汲めども尽きぬ泉のように湧き上がるばかりか、集中してアデライデに癒しの光を注ぐたびにその力が高まる脅威に、内心驚いてもいた。
 やがて七日を過ぎる頃には、フロイントの献身が功を奏し、アデライデは危機を切り抜けて小康を得、意識を取り戻した。うっすらと瞼を開けたアデライデは、ぼんやりとした瞳をフロイントに向け、弱々しいが確かな微笑を見せた。フロイントは身を乗り出してアデライデを覗き込み、安堵と歓喜に声を詰まらせた。
「アデライデ……! 気がついたか……! あぁ、よかった……」
「フロイント……」
 アデライデはフロイントの涙に濡れる赤い瞳をしばらく黙って見上げいたが、まだ朦朧と霧の中を彷徨うような弱い声で、
「フロイント……ずっとわたしのそばにいてくださいましたね……。眠りながらわたしは、あなたのあたたかい光が全身を満たして癒し、体の奥に巣くっていた黒い影を飲み込んで浄めていくのを感じていました……」
 アデライデはまだ力の戻らない指で、フロイントの手を探るような仕草を見せた。フロイントがすぐにその手を取ると、アデライデはほっと安心した笑みを浮かべた。清らかな視線をフロイントに向け、かすれを帯びてはいたが、柔らかく響く声でアデライデは言った。
「……フロイント、あなたは魔族として生まれてきた方かもしれません。でもあなたはどんな高貴な精霊よりも尊く聖なる方です。わたしは今までも、ずっとそう思っていました。あなたは魔物などではありません……」
 フロイントはアデライデのその言葉に衝撃を受けた。それはフロイントという一つの生命であるところの土壌に新たな息吹を芽吹かせ、見る間に緑の若葉の萌える大樹へと生い茂らせるようだった。
 ──否、新たな命というよりは、フロイントの中でずっと芽吹きの時を待っていた大樹の種が、今まさにその時を迎え、地中深くから大地を突き破って顔を出し、明るい日の光に満ちた天に向かって一気に高く聳えたと言った方が正しかった。その感覚は不思議にも、フロイントに郷愁にも似た切なさと喜悦をもたらした。
 フロイントはアデライデの柔らかい手を握ったまま、嵐のように泣いた。
 アデライデは泣き伏すフロイントの指をやさしく撫で、
「フロイント、ほんとうにありがとう……。わたしをいつも助けてくださって……。あなたはわたしの守り手……。あなたといれば、わたしはいつでも安心していられます……」
 フロイントは泣き腫らした目でアデライデを見た。アデライデに伝えたい言葉はフロイントの全身に痛いほどあふれて叫ばれるときを待っていたが、フロイントの喉から声が発せられることはなかった。ただ黙ってやさしく美しい微笑みをたたえるアデライデの青く澄んだ瞳を見つめていた。
 アデライデはフロイントの様子に、ふと眉を心配に曇らせると、
「フロイント、疲れてはいませんか……? ずっとわたしのために力を使い続けてくださっていたのでしょう? ひどくお疲れなのではありませんか……?」
 フロイントは静かに首を振った。
「俺のことは気にするな。疲れることなどなかった。寧ろずっと魔力は高まり続けていたのだ。それに、おまえが目を開けた今、俺の命は喜びで大いに燃え上がり、ますます力を強めるように感じるのだ」
 フロイントの深く響くような声に、アデライデはほっと息をついて眉に宿った曇りを払い、ゆっくりと瞼を閉じた。その頬には赤みが戻りつつあった。
 フロイントはアデライデの胸にシーツを引き上げながら、生き生きとした輝きを取り戻したアデライデの滑らかな頬や、閉じた瞼に差すあたたかな色を見つめた。
「……もう少し眠るがいい。次に目覚めたときは、もっと元気になっているだろう」
 アデライデは頷くと、フロイントの包み込むような視線の中、すぐに安らかな寝息を立て始めた。



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