フロイント

ねこうさぎしゃ

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六つめの願い

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「いったいどういうことだ、光の妖精女王が魔物の俺を助けただと? ラングリンドに不法に侵入し、民であるアデライデを略取した俺を? いや、それよりもなぜ今このときに女王が来るのだ? 今ここに来る者は魔王の差し向ける処刑者のはず。──だいいち、女王の光を見て、何故俺は死なないのだ──?」
 魔物にとってその光は強力な刃だった。光の国の誉れも高いラングリンドを陥落せんと狙う魔物は多いが、未だかつてそれを成し得た者のいない最大の理由は、この女王の放つ光の守護の力の強さにあった。
 魔界に距離を置いて生きてきたフロイントと言えども、魔族に伝わる古い伝承を知らないわけではなく、それによれば女王の光を直接目にした魔物はその瞬間、ことごとく命果てるとされていた。だが、今自分の目ではっきりと女王の姿をとらえるフロイントには、ただその光の神聖さがわかるのみで、命が費える気配など微塵も起きてはこなかった。
 とは言え、フロイントは女王の力の強大さをまざまざと感じ取ってもいた。それは確かに、ある意味では恐ろしいほどの力であることが伝わり、無意識のうちにも本能的な「おそれ」をかき立たせた。しかしそれは命の危険を前にした者が抱く防衛本能的な「怖れ」というよりは、理解を超えた偉大な存在を前にしたときに我知らず身を低くさせる「畏れ」とも言い表されるべき感情だった。この女王の光の前では、魔王の使者──否、魔王でさえも力を失うに違いないということが、実感としてフロイントの細胞のひとつひとつにまで染み渡り、律動的な震えを呼び起こさせるようだった。
 崇高な光の中で動揺し混乱するフロイントの傍らで、アデライデは頬を興奮に上気させ、輝きを放つ女王の前に身を乗り出した。
「あの日傷ついたフロイントを救ってくださったのは女王様だったのですね! あぁ、それでは今も、フロイントを救いに来てくださったのですね!?」
 急き込んだように尋ねるアデライデに、女王は慈愛に満ちた微笑を向けた。
「ラングリンドの民は一人残らずわたくしの子ども──。特にアデライデ、あなたのことは、あなたがラングリンドに生れ落ちた日からずっと、一時も目を離したことはありませんでした」
 思いがけない女王の言葉に、アデライデは大きく目を見開いた。
「あなたは特別な子。生まれながらに尊い光を宿した光の子──」
 女王は驚きのあまり声も出ないアデライデから、やはり大きく目を開けて女王を凝視するフロイントに顔を向けた。
 フロイントは微笑を浮かべる女王の視線に、ごくりと喉を鳴らした。フロイントはわずかにかすれを帯びた声で、呻くように呟いた。
「あなたはほんとうに光の妖精女王なのか……」
 女王はフロイントの言葉を引き継ぐように、歌うような口調で囁いた。
「ええ、そうです。そしてわたくしは、生死を司る精霊でもある──」
 女王は微笑みを浮かべたまま、フロイントに向かって静かに人指し指を伸ばした。フロイントは瞬間、はっと息をのんだが、強く拳を握り、静かに口を開いた。
「──そうか、アデライデを保護するため、そしてアデライデをさらった俺に、それでも慈悲を示して引導を渡そうと、魔王の処刑者より早く来たというわけだな……」
 アデライデは驚愕の表情を浮かべて勢いよくフロイントを振り返った。
「まさか、そんなこと──!」
 アデライデは縋るように女王を見た。しかし女王は穏やかな微笑を浮かべて沈黙したままだった。
「そんな……女王様がフロイントの命を──? いいえ、ラングリンドの女王様がそんなことをなさるはずがないわ……!」
 アデライデの悲痛な叫びに、フロイントはそっとアデライデの肩に手を置いた。
「いや、アデライデ、これでいいのだ。これは俺にとっては思いもかけない恵みだ。たとえ死後の行き先が同じ永劫の無であったとしても、何の感情もなく暗黒の鎌を振るう処刑者によって命を絶たれるよりは、万物の光明たる妖精女王の慈悲によってこの生涯の幕を下ろされる方が、俺にとってどんなに幸福であるか知れない。それに、女王が自らおまえを迎えに来て保護を約束してくれるなら、俺は何の心配をすることもなく、安らかにこの命を終えられる。俺は寧ろ喜んでこの命を女王に差し出す」 
「フロイント、だめ……! やっぱりどうしても無理だわ……! わたしを置いて行かないで……わたしを一人にしないで……! 女王様、お願いです! あなたのお力ならば、フロイントを救うことなどわけもないはず……! どうかフロイントを、わたしを、わたし達をお助けください……!」
 アデライデは混乱し、取り乱して叫んだ。


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