フロイント

ねこうさぎしゃ

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六つめの願い

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 フロイントはアデライデの体をそっと自分の方に向き直らせ、悲痛な叫びを上げている青い瞳を覗き込み、諭すように言った。
「アデライデ、聞くのだ。光の妖精女王は確かに俺たちを救いに来てくれているのだ。魔界の処刑者の大鎌は、逸れることなく罪を犯した魔物の首を一刀両断するものだ。だがそれは苦痛を伴わないという意味ではない。魔物の命の時間は長大だが尽きないものではなく、どんな魔物にも命の期限はあるものだ。たとえどのように命を終えたとしても、死した魔物が行く先が無限の虚無であることに変わりはない。だが自然にその命を終えた魔物には、そこにおいてそれほどの苦痛が待っているというわけではない。しかし死罪によって墜とされたとなれば話は別だ。処刑は魔王が与えうる最大の懲罰。鎌が振り下ろされた瞬間はおろか、死して虚無に下った後も耐え難い苦痛に責めさいなまれると聞く。しかし女王によって死したのならば、少なくともそのような処刑による残酷な苦しみからは逃れられるだろう。
 確かに光の妖精女王ならば、魔界の処刑者ごとき易々と下せるに違いない。しかしもし仮にそのようなことになれば、魔王の意思の邪魔をしたと見なされることは明白だ。それはつまり、魔王に対する宣戦布告とも取られかねないのだ。魔族に光との戦いを引き起こさせる大義名分を与えてはならない。かつて、はるか昔、魔族と光に属する者たちとの間で大戦があったそうだ。その戦禍は人間の世界にまで及び、その状況は酸鼻を極めたと伝えられている。アデライデよ、おまえはそんなことを望まないはずだ。俺とてもそんな悲劇は望まない。だから今こうして女王がここに来て、処刑者よりも早く俺を虚無へと赴かせ、おまえを影の力の及ばないラングリンドに連れ帰ってくれることこそ最大にして至高の救いであるのだ」
「でも、でも……」
「頼むアデライデ、どうかわかってくれ。俺はおまえと、おまえの住む人間の世界を守りたいのだ」
 フロイントの真剣な瞳に、アデライデは言葉を詰まらせると、堪えきれずにその広く逞しい胸に飛び込み、声を上げて泣き出した。フロイントはアデライデの髪に顔を近づけ、その甘い花のような香りを吸い込むと、決然と女王の方に顔を上げた。
「女王よ、すべてを託す」
 言ってフロイントは目を閉じた。女王が微笑みの中に慈悲の色を深くすると、その指先からは揺らめく帯のような光が伸びた。光はフロイントに取り縋るアデライデの体をすり抜け、フロイントの体内に入っていった。
「フロイント……!? あぁ、女王様、どうかお許しください……!」
 女王に飛びつかん勢いのアデライデの腕をそっと引いて首を振り、フロイントは口を開こうとしたが、体内に入った光の帯が心臓を包み、やわらかく、だが徐々にきつく締め付けていくに従って呼吸が弱まり、言葉を発することができなかった。
「フロイント……!」
 ぼろぼろと大粒の涙をこぼすアデライデをありたけの想いを込めた視線で抱きしめるフロイントの体からは次第に力が抜けていき、がくりと膝を床に着いた。
 アデライデは息を呑み、その体を支えようとしたが、フロイントはその巨躯を大きく揺らし、そのまま後ろに引っ張られるようにゆっくりと冷たいバルコニーの床に倒れていった。
 フロイントと共に倒れ込んだアデライデはすぐに身を起こすと、仰向けに横たわったフロイントの顔を急いで覗き込んだ。赤い瞳は閉じられていたが、かすかな呼吸を繰り返すその顔に苦痛の色はなく、あたかも午睡に微睡んでいるかのようだった。
「フロイント……フロイント……!」
 泣きながら何度もその名を呼ぶが、フロイントはもう目を開けることもなく、やがて深い呼吸を一つしたのを最後に、その鼓動は静かに止まった。
「フロイント──!」
 アデライデは動きを止めたフロイントの体に突っ伏し、大声を上げて泣いた。泣きじゃくるアデライデの頭上から、穏やかな女王の声が聞こえてきた。 
「今、この魔物は死にました」
 アデライデは一瞬呼吸を止め、おもむろに蒼白な顔を上げると、光り輝いて宙に浮かんでいる女王を見上げた。


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