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3話
(……はぁ。朝からあんな巨大なフォントを見せられて、すっかりお腹がいっぱいだわ)
ゼクス様を見送った後、私はテラスで穏やかなお茶の時間を楽しんでいました。 目の前には、侍女のマリー。彼女の頭上には、**(リリィ様、お茶を飲む姿も可憐……。もっと美味しいお菓子を貢ぎたい!)**というピンク色の温かい吹き出しが浮かんでいます。
(癒やされるわ……。旦那様の爆音応援上映の後に見るマリーの吹き出しは、まるで小鳥のさえずりのよう……)
しかし、その平穏は、鋭い靴音によって破られました。
「あら、ずいぶんとのんきに過ごされていますのね。アシュレイ家の『売れ残り』様?」
現れたのは、縦ロールの髪を揺らし、扇子を広げた令嬢――カトリーヌ・ド・ベルジュ伯爵令嬢でした。彼女はゼクス様の婚約者候補だったと噂されている女性です。
「お久しぶりですわ、カトリーヌ様。本日はどのようなご用件で?」
私が淑女の礼を尽くすと、彼女は鼻で笑いました。 ですが、私の目には、彼女の言葉以上に「醜い中身」が丸見えなのです。
カトリーヌ様の頭上に浮かぶのは、ドロドロとした黒い泥のような色の吹き出し。
【この貧乏くじ女が! 閣下には私のような高貴な女が相応しいのよ。早く絶望して、この屋敷から出ていけばいいわ! 公爵夫人の座は、私のものよ!!】
「閣下とは『白い結婚』だそうじゃありませんか。可哀想に、一度も抱かれることもなく捨てられる運命なんですのよ? 早く身を引かれたらどうかしら」
(……うわぁ。言葉と心の声が、どっちも性格悪いわ。でも、旦那様の『爆音愛』を知っている私には、蚊に刺されたようなものね)
「ご心配ありがとうございます。ですが、閣下とは私なりに……『意思疎通』を図っておりますので、ご安心くださいませ」
「意思疎通? 笑わせないで! あの冷徹な閣下が、あなたのような女と会話を楽しむはずが――」
その時でした。
「――俺の屋敷で、誰が喚いている」
低く、地鳴りのような声。 振り返ると、予定より早く帰宅したゼクス様が、凄まじい殺気を放って立っていました。
「あ、あら閣下! お帰りなさいませ! 今、このリリィ様があまりに不憫で、私がお慰めを……」
カトリーヌ様が、頬を染めてすり寄ろうとします。 しかし、ゼクス様の表情は、見ただけで凍りつきそうなほど冷酷な「死神」そのものでした。
「……リリィを、慰める? 貴様、今、彼女を『売れ残り』と呼んだな」
「え……っ!? な、なぜそれを……声に出してなどは……!」
カトリーヌ様が絶句します。当然です。彼女は心の中でしか言っていなかったのですから。 ですが、ゼクス様の頭上には、今までに見たこともない漆黒の、業火が吹き荒れる巨大な吹き出しが出現していました。
【殺す。……いや、一と思いに殺すのでは生ぬるい。我が愛しのリリィを、あんな汚らわしい言葉で侮辱した罪は重い。今すぐベルジュ家を経済的に封鎖し、この女を修道院へ叩き込め。俺のリリィの視界に、こんなゴミを1秒たりとも入れるな!!】
(旦那様、顔面が般若になってる!! 心の声が「死ね」の千本ノック状態じゃないの!!)
「ひっ、ひいいぃぃ……!」
ゼクス様の放つ、物理的な圧を伴う「殺意の吹き出し」に圧倒され、カトリーヌ様は腰を抜かして震え上がりました。
「……二度と、この門をくぐるな。……消えろ」
ゼクス様が短く一言放つと、カトリーヌ様は悲鳴を上げて逃げ出していきました。 嵐が去った後のテラス。 ゼクス様は私の方へ向き直ると、相変わらずの鉄面皮で、冷たく言い放ちました。
「……見苦しいものを見せたな。……勝手に入れた門番を処罰しておく」
(……閣下。口ではあんなに冷たいのに、頭の上はまだ『殺意』と『心配』でぐちゃぐちゃですよ)
【リリィ、大丈夫か!? 泣いていないか!? 怖かったよな、あんな化け物に絡まれて! ごめん、俺がもっと早く帰っていれば! 今すぐ抱きしめて『よしよし』してあげたい! でも俺が触れたら、あまりの筋肉の硬さにリリィが骨折してしまうかもしれない!! ああ、俺の体格が憎い!!】
(「よしよし」したいの!? その顔で!?)
私は思わず、ぷっと吹き出してしまいました。
「……何がおかしい」
不機嫌そうに目を細めるゼクス様。 ですが、私にはわかります。 彼の吹き出しが、**(えっ、笑った!? 天使!? 天使の微笑み!? 守りたい、この笑顔!!)**という、お花畑のような色に塗り替えられたことを。
「いいえ。……閣下が助けてくださって、とても心強かったものですから」
私がそう言って微笑むと、ゼクス様はふいっと視線を逸らし、耳を真っ赤にして立ち去りました。
(……無愛想な死神公爵様。……その本質は、世界一過保護で、世界一騒がしい「私の騎士様」なのかもしれないわね)
私は、去りゆく背中の「(リリィが俺を頼ってくれた……! 今日は国民の祝日にしよう!)」という文字を見送りながら、おかしくて、少しだけ温かい気持ちになるのでした。
ゼクス様を見送った後、私はテラスで穏やかなお茶の時間を楽しんでいました。 目の前には、侍女のマリー。彼女の頭上には、**(リリィ様、お茶を飲む姿も可憐……。もっと美味しいお菓子を貢ぎたい!)**というピンク色の温かい吹き出しが浮かんでいます。
(癒やされるわ……。旦那様の爆音応援上映の後に見るマリーの吹き出しは、まるで小鳥のさえずりのよう……)
しかし、その平穏は、鋭い靴音によって破られました。
「あら、ずいぶんとのんきに過ごされていますのね。アシュレイ家の『売れ残り』様?」
現れたのは、縦ロールの髪を揺らし、扇子を広げた令嬢――カトリーヌ・ド・ベルジュ伯爵令嬢でした。彼女はゼクス様の婚約者候補だったと噂されている女性です。
「お久しぶりですわ、カトリーヌ様。本日はどのようなご用件で?」
私が淑女の礼を尽くすと、彼女は鼻で笑いました。 ですが、私の目には、彼女の言葉以上に「醜い中身」が丸見えなのです。
カトリーヌ様の頭上に浮かぶのは、ドロドロとした黒い泥のような色の吹き出し。
【この貧乏くじ女が! 閣下には私のような高貴な女が相応しいのよ。早く絶望して、この屋敷から出ていけばいいわ! 公爵夫人の座は、私のものよ!!】
「閣下とは『白い結婚』だそうじゃありませんか。可哀想に、一度も抱かれることもなく捨てられる運命なんですのよ? 早く身を引かれたらどうかしら」
(……うわぁ。言葉と心の声が、どっちも性格悪いわ。でも、旦那様の『爆音愛』を知っている私には、蚊に刺されたようなものね)
「ご心配ありがとうございます。ですが、閣下とは私なりに……『意思疎通』を図っておりますので、ご安心くださいませ」
「意思疎通? 笑わせないで! あの冷徹な閣下が、あなたのような女と会話を楽しむはずが――」
その時でした。
「――俺の屋敷で、誰が喚いている」
低く、地鳴りのような声。 振り返ると、予定より早く帰宅したゼクス様が、凄まじい殺気を放って立っていました。
「あ、あら閣下! お帰りなさいませ! 今、このリリィ様があまりに不憫で、私がお慰めを……」
カトリーヌ様が、頬を染めてすり寄ろうとします。 しかし、ゼクス様の表情は、見ただけで凍りつきそうなほど冷酷な「死神」そのものでした。
「……リリィを、慰める? 貴様、今、彼女を『売れ残り』と呼んだな」
「え……っ!? な、なぜそれを……声に出してなどは……!」
カトリーヌ様が絶句します。当然です。彼女は心の中でしか言っていなかったのですから。 ですが、ゼクス様の頭上には、今までに見たこともない漆黒の、業火が吹き荒れる巨大な吹き出しが出現していました。
【殺す。……いや、一と思いに殺すのでは生ぬるい。我が愛しのリリィを、あんな汚らわしい言葉で侮辱した罪は重い。今すぐベルジュ家を経済的に封鎖し、この女を修道院へ叩き込め。俺のリリィの視界に、こんなゴミを1秒たりとも入れるな!!】
(旦那様、顔面が般若になってる!! 心の声が「死ね」の千本ノック状態じゃないの!!)
「ひっ、ひいいぃぃ……!」
ゼクス様の放つ、物理的な圧を伴う「殺意の吹き出し」に圧倒され、カトリーヌ様は腰を抜かして震え上がりました。
「……二度と、この門をくぐるな。……消えろ」
ゼクス様が短く一言放つと、カトリーヌ様は悲鳴を上げて逃げ出していきました。 嵐が去った後のテラス。 ゼクス様は私の方へ向き直ると、相変わらずの鉄面皮で、冷たく言い放ちました。
「……見苦しいものを見せたな。……勝手に入れた門番を処罰しておく」
(……閣下。口ではあんなに冷たいのに、頭の上はまだ『殺意』と『心配』でぐちゃぐちゃですよ)
【リリィ、大丈夫か!? 泣いていないか!? 怖かったよな、あんな化け物に絡まれて! ごめん、俺がもっと早く帰っていれば! 今すぐ抱きしめて『よしよし』してあげたい! でも俺が触れたら、あまりの筋肉の硬さにリリィが骨折してしまうかもしれない!! ああ、俺の体格が憎い!!】
(「よしよし」したいの!? その顔で!?)
私は思わず、ぷっと吹き出してしまいました。
「……何がおかしい」
不機嫌そうに目を細めるゼクス様。 ですが、私にはわかります。 彼の吹き出しが、**(えっ、笑った!? 天使!? 天使の微笑み!? 守りたい、この笑顔!!)**という、お花畑のような色に塗り替えられたことを。
「いいえ。……閣下が助けてくださって、とても心強かったものですから」
私がそう言って微笑むと、ゼクス様はふいっと視線を逸らし、耳を真っ赤にして立ち去りました。
(……無愛想な死神公爵様。……その本質は、世界一過保護で、世界一騒がしい「私の騎士様」なのかもしれないわね)
私は、去りゆく背中の「(リリィが俺を頼ってくれた……! 今日は国民の祝日にしよう!)」という文字を見送りながら、おかしくて、少しだけ温かい気持ちになるのでした。
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