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その日、伯爵令嬢リサ・ウィルフォートの人生は、文字通り凍てついた。
彼女は、王都で最も冷酷な貴族である元婚約者、ルシウス・ウィルフォートに背を向けられ、背後には嘲笑を浮かべた家族が立っている。
「リサ。君の存在は、ウィルフォート伯爵家にとって汚点だ。公爵家への縁談を破談にした**『魔力欠損の無能者』**を、いつまでも置いてはおけない」
父の言葉は、まるで氷の刃だった。リサの微弱な魔力は、常に家族からの侮蔑の対象だった。
「ごめんなさい、お姉様。でも、ルシウス様は魔力のある私を選んでくださったの。貴族として、精霊の森で静かに暮らすのが、お姉様のためよ」
妹のフィーナが、泣き真似をしながらリサの腕に触れる。その手には、以前リサがルシウスから贈られたはずの婚約指輪がきらめいていた。
(ああ、そう。全ては私のせい。そして、全ては計画通りだったのね)
リサは絶望したが、もはや涙は出なかった。彼女は、生贄として差し出されることを理解していた。
追放先は、精霊の森。人間が立ち入れば二度と生きて帰れないと言われる、魔物と強大な精霊が支配する極寒の土地だった。
馬車は、王都の華やかな通りを離れ、数日かけて辺境の森の入り口へとたどり着いた。
ルシウスが、最後の別れの挨拶と称して、冷たい笑みを浮かべながら馬車に近づいてきた。
「リサ。君を捨てるのは心苦しいが、これも国のためだ。森で野垂れ死にする前に、一つだけ善意を教えてあげよう」
ルシウスは、リサにだけ聞こえる声で囁いた。
「精霊の森の主は、人間を食らう巨大な獣だ。魔力のない君は、すぐに餌食になるだろう。せいぜい、静かに死ぬといい」
リサの心臓は凍りついた。彼らの目的は、彼女の追放ではなく、確実な死だったのだ。
ルシウスは満足そうに微笑み、馬車から離れていった。
粗末な食料と防寒着だけを渡され、リサは森の入り口に一人立たされた。背後の扉が閉じられる音が、外界との繋がりが完全に断たれたことを告げる。
極寒の風が吹き荒れ、リサの体を凍えさせた。
(ここで、野垂れ死ぬのね…)
リサは歩き出した。どうせ死ぬのなら、せめて静かな場所で、と。
森の奥深くへ進むにつれ、周囲の魔力の濃度が高まっていくのを感じた。そして、微かな、しかし心地よい「甘い香り」のようなものが、リサの体から発散していることに気づいた。その香りは、彼女の絶望を少しだけ和らげるような気がした。
日が傾き、あたりが濃い青に染まり始めた頃。
リサは、その異様な気配に立ち止まった。
視線の先、切り株の影から、金色の瞳がリサをじっと見つめていた。その瞳は、威厳に満ち、同時に深い疲労の色を宿している。
リサは、体の震えが止まらなかった。伝説の精霊王か、それともただの巨大な魔物か。
やがて、切り株の影から姿を現したのは、リサの背丈を遥かに超える、巨大な熊だった。その毛皮は光を吸収するような深い茶色だが、その体格と威圧感は、普通の獣とは比べ物にならない。
(これが、森の主…)
リサは死を覚悟し、目を閉じた。どうせなら、一瞬で終わらせてほしい。
しかし、痛みは来なかった。
代わりに、リサの体に、巨大な熊の鼻先が優しく触れた。熊は、リサの体から発する甘い香りを確かめるように、何度も鼻を鳴らした。
そして、その巨大な熊は、まるで懐いた犬のように、リサの足元にゴロンと横たわった。
リサは驚愕し、目を開けた。
巨大な熊の体からは、恐ろしい威圧感ではなく、尋常ではない温かさが発せられていた。極寒に凍えていたリサの体が、一気に温もりに包まれる。
熊の金色の瞳は、リサを見つめたまま、低く、喉を鳴らした。それは威嚇ではなく、まるで「離れるな」と懇願するような、甘い唸り声だった。
リサは、その巨大な熊の、圧倒的なモフモフ感と、まるで孤独な子供のような甘えに、戸惑いを覚えた。
(この子…もしかして、私を襲うつもりはない?)
リサは、恐る恐る手を伸ばし、熊の硬く分厚い毛皮に触れてみた。その瞬間、熊は満足そうに目を細め、リサの手のひらに、巨大な頭を優しく擦り付けてきた。
それは、絶望の淵に追いやられたリサにとって、裏切りのない、最高の温もりだった。
彼女は、王都で最も冷酷な貴族である元婚約者、ルシウス・ウィルフォートに背を向けられ、背後には嘲笑を浮かべた家族が立っている。
「リサ。君の存在は、ウィルフォート伯爵家にとって汚点だ。公爵家への縁談を破談にした**『魔力欠損の無能者』**を、いつまでも置いてはおけない」
父の言葉は、まるで氷の刃だった。リサの微弱な魔力は、常に家族からの侮蔑の対象だった。
「ごめんなさい、お姉様。でも、ルシウス様は魔力のある私を選んでくださったの。貴族として、精霊の森で静かに暮らすのが、お姉様のためよ」
妹のフィーナが、泣き真似をしながらリサの腕に触れる。その手には、以前リサがルシウスから贈られたはずの婚約指輪がきらめいていた。
(ああ、そう。全ては私のせい。そして、全ては計画通りだったのね)
リサは絶望したが、もはや涙は出なかった。彼女は、生贄として差し出されることを理解していた。
追放先は、精霊の森。人間が立ち入れば二度と生きて帰れないと言われる、魔物と強大な精霊が支配する極寒の土地だった。
馬車は、王都の華やかな通りを離れ、数日かけて辺境の森の入り口へとたどり着いた。
ルシウスが、最後の別れの挨拶と称して、冷たい笑みを浮かべながら馬車に近づいてきた。
「リサ。君を捨てるのは心苦しいが、これも国のためだ。森で野垂れ死にする前に、一つだけ善意を教えてあげよう」
ルシウスは、リサにだけ聞こえる声で囁いた。
「精霊の森の主は、人間を食らう巨大な獣だ。魔力のない君は、すぐに餌食になるだろう。せいぜい、静かに死ぬといい」
リサの心臓は凍りついた。彼らの目的は、彼女の追放ではなく、確実な死だったのだ。
ルシウスは満足そうに微笑み、馬車から離れていった。
粗末な食料と防寒着だけを渡され、リサは森の入り口に一人立たされた。背後の扉が閉じられる音が、外界との繋がりが完全に断たれたことを告げる。
極寒の風が吹き荒れ、リサの体を凍えさせた。
(ここで、野垂れ死ぬのね…)
リサは歩き出した。どうせ死ぬのなら、せめて静かな場所で、と。
森の奥深くへ進むにつれ、周囲の魔力の濃度が高まっていくのを感じた。そして、微かな、しかし心地よい「甘い香り」のようなものが、リサの体から発散していることに気づいた。その香りは、彼女の絶望を少しだけ和らげるような気がした。
日が傾き、あたりが濃い青に染まり始めた頃。
リサは、その異様な気配に立ち止まった。
視線の先、切り株の影から、金色の瞳がリサをじっと見つめていた。その瞳は、威厳に満ち、同時に深い疲労の色を宿している。
リサは、体の震えが止まらなかった。伝説の精霊王か、それともただの巨大な魔物か。
やがて、切り株の影から姿を現したのは、リサの背丈を遥かに超える、巨大な熊だった。その毛皮は光を吸収するような深い茶色だが、その体格と威圧感は、普通の獣とは比べ物にならない。
(これが、森の主…)
リサは死を覚悟し、目を閉じた。どうせなら、一瞬で終わらせてほしい。
しかし、痛みは来なかった。
代わりに、リサの体に、巨大な熊の鼻先が優しく触れた。熊は、リサの体から発する甘い香りを確かめるように、何度も鼻を鳴らした。
そして、その巨大な熊は、まるで懐いた犬のように、リサの足元にゴロンと横たわった。
リサは驚愕し、目を開けた。
巨大な熊の体からは、恐ろしい威圧感ではなく、尋常ではない温かさが発せられていた。極寒に凍えていたリサの体が、一気に温もりに包まれる。
熊の金色の瞳は、リサを見つめたまま、低く、喉を鳴らした。それは威嚇ではなく、まるで「離れるな」と懇願するような、甘い唸り声だった。
リサは、その巨大な熊の、圧倒的なモフモフ感と、まるで孤独な子供のような甘えに、戸惑いを覚えた。
(この子…もしかして、私を襲うつもりはない?)
リサは、恐る恐る手を伸ばし、熊の硬く分厚い毛皮に触れてみた。その瞬間、熊は満足そうに目を細め、リサの手のひらに、巨大な頭を優しく擦り付けてきた。
それは、絶望の淵に追いやられたリサにとって、裏切りのない、最高の温もりだった。
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