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8話
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「リリアナ様、本日もお美しい……! このお召し物、殿下の瞳の色と同じ金刺繍を施しました。お気に召しましたか?」
朝、私の身の回りを整える侍女たちの目は、もはや尊敬を通り越して「崇拝」の域に達していた。 私がただそこに座っているだけで、侍女たちの長年治らなかった手荒れが治り、彼女たちの魔力が活性化していくのだ。
「ありがとうございます。でも、そんなに跪かないでください。恥ずかしいわ」
「いいえ! リリアナ様は私共にとっての女神。こうして御側でお仕えできるだけで、寿命が延びる思いですわ!」
私が困ったように微笑むと、侍女たちは頬を染めてうっとりと溜息をつく。 そんな穏やかな朝のひとときを切り裂くように、重厚な足音が響いた。
「——下がれ。これ以上、我が番に群がることは許さん」
レオンハルト様だ。 彼の全身からは、苛立ちを隠しきれない獰猛な覇気が漏れ出している。侍女たちは一瞬で顔を強張らせ、蜘蛛の子を散らすように退室していった。
「レオンハルト様? まだ執務の時間では……」
「……集中できん。貴殿の香りが、城中の男だけでなく、女たちまで狂わせている。私のいないところで、貴殿が誰かに微笑みかけると思うだけで、胸が焼け付くようだ」
レオンハルト様は私をソファから抱き上げると、そのまま寝室の奥、さらに厚いカーテンで仕切られた「王の聖域」へと私を運び入れた。
「えっ、レオンハルト様!? まだ午前中ですよ?」
「関係ない。……リリアナ、今日からしばらくは、この寝室から一歩も出さぬ」
彼は私をふかふかのベッドに沈めると、その上から覆いかぶさるようにして私を閉じ込めた。黄金の瞳が、獣のような独占欲でギラついている。
「侍女たちの崇拝の視線も、庭師たちの憧憬も、もう我慢ならん。貴殿の『神気』を浴びて良いのは、この血の中に貴殿の魂を刻み込んだ私だけだ」
「レ、レオンハルト様……顔が、近いです……」
「嫌か? 貴殿を捨てた狼の群れのように、私から逃げ出したいか?」
彼の低い声が微かに震えていることに気づき、私はハッとした。 この強大な王は、私を愛しすぎるあまり、私がいつか「自由」を求めて自分の腕から飛び去ってしまうのではないかと、本気で怯えているのだ。
(なんて、不器用で重たい愛……)
私は逃げる代わりに、自分を閉じ込める彼の大きな背中に、そっと手を回した。
「逃げたりしません。……私の居場所は、貴方の腕の中だけですから」
その言葉を聞いた瞬間、レオンハルト様の喉が「ゴロゴロ」と獣特有の甘い音を立てた。彼は私の首筋に顔を埋め、まるで自分の匂いを上書きするように、何度も何度も愛おしそうに喉を鳴らす。
「……ああ、リリアナ。貴殿を食べて、私の一部にしてしまいたい……。そうすれば、誰にも見られずに済むのに」
その日、私は本当に一日中、ベッドの中から出ることを許されなかった。 食事も、水も、すべて彼の手から直接与えられる。 それは不自由な「軟禁」のはずなのに、彼の熱い体温に包まれていると、これ以上の幸せなどこの世にないのではないかとさえ思えてくるのだった。
だが、私たちがこうして蜜月を過ごしている間、城門の外では事態が急変していた。 隣国「猛虎族」の使者が、私の「貸し出し」を拒絶されたことに激怒し、軍を動かし始めたという報せが届こうとしていた。
朝、私の身の回りを整える侍女たちの目は、もはや尊敬を通り越して「崇拝」の域に達していた。 私がただそこに座っているだけで、侍女たちの長年治らなかった手荒れが治り、彼女たちの魔力が活性化していくのだ。
「ありがとうございます。でも、そんなに跪かないでください。恥ずかしいわ」
「いいえ! リリアナ様は私共にとっての女神。こうして御側でお仕えできるだけで、寿命が延びる思いですわ!」
私が困ったように微笑むと、侍女たちは頬を染めてうっとりと溜息をつく。 そんな穏やかな朝のひとときを切り裂くように、重厚な足音が響いた。
「——下がれ。これ以上、我が番に群がることは許さん」
レオンハルト様だ。 彼の全身からは、苛立ちを隠しきれない獰猛な覇気が漏れ出している。侍女たちは一瞬で顔を強張らせ、蜘蛛の子を散らすように退室していった。
「レオンハルト様? まだ執務の時間では……」
「……集中できん。貴殿の香りが、城中の男だけでなく、女たちまで狂わせている。私のいないところで、貴殿が誰かに微笑みかけると思うだけで、胸が焼け付くようだ」
レオンハルト様は私をソファから抱き上げると、そのまま寝室の奥、さらに厚いカーテンで仕切られた「王の聖域」へと私を運び入れた。
「えっ、レオンハルト様!? まだ午前中ですよ?」
「関係ない。……リリアナ、今日からしばらくは、この寝室から一歩も出さぬ」
彼は私をふかふかのベッドに沈めると、その上から覆いかぶさるようにして私を閉じ込めた。黄金の瞳が、獣のような独占欲でギラついている。
「侍女たちの崇拝の視線も、庭師たちの憧憬も、もう我慢ならん。貴殿の『神気』を浴びて良いのは、この血の中に貴殿の魂を刻み込んだ私だけだ」
「レ、レオンハルト様……顔が、近いです……」
「嫌か? 貴殿を捨てた狼の群れのように、私から逃げ出したいか?」
彼の低い声が微かに震えていることに気づき、私はハッとした。 この強大な王は、私を愛しすぎるあまり、私がいつか「自由」を求めて自分の腕から飛び去ってしまうのではないかと、本気で怯えているのだ。
(なんて、不器用で重たい愛……)
私は逃げる代わりに、自分を閉じ込める彼の大きな背中に、そっと手を回した。
「逃げたりしません。……私の居場所は、貴方の腕の中だけですから」
その言葉を聞いた瞬間、レオンハルト様の喉が「ゴロゴロ」と獣特有の甘い音を立てた。彼は私の首筋に顔を埋め、まるで自分の匂いを上書きするように、何度も何度も愛おしそうに喉を鳴らす。
「……ああ、リリアナ。貴殿を食べて、私の一部にしてしまいたい……。そうすれば、誰にも見られずに済むのに」
その日、私は本当に一日中、ベッドの中から出ることを許されなかった。 食事も、水も、すべて彼の手から直接与えられる。 それは不自由な「軟禁」のはずなのに、彼の熱い体温に包まれていると、これ以上の幸せなどこの世にないのではないかとさえ思えてくるのだった。
だが、私たちがこうして蜜月を過ごしている間、城門の外では事態が急変していた。 隣国「猛虎族」の使者が、私の「貸し出し」を拒絶されたことに激怒し、軍を動かし始めたという報せが届こうとしていた。
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