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五:痴人の愛
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俺は今、二律背反を抱えていた。
それも、言ってしまえばどうでもいい部類の。
今日我妻さんが持って来てくれた「シュークリーム」という初めて食べた洋菓子は、ひどく食べ難い脂と糖の塊だったが、衝撃的に美味かった。
脳に暴力的な幸福感を叩き込まれて、夢中で食べていたらクリームを溢して我妻さんに拭われる羽目になった。
手間を掛けたのに、「ついているぞ」という我妻さんの声は何故か嬉しそうだった。やはりこの人の考えることはよくわからない。
それはそうと、これは『素』の俺が喜びを感じてしまっている状態だ。
ならば我妻さんを喜ばせる形の返礼をするのが道理というものだが、この人の求めているであろう「人間的な反応」と、俺に課された「演技をするな」という命は、どうにも己の中で噛み合わせることが出来ないものだった。
「沙華、難しい顔をしてどうした?シュークリームは口に合わなかったか?」
「……いえ。とても美味しかったです。……ありがとうございます」
礼は言えた。これは嘘偽りない本心からの言葉だ。
だが、あの衝撃に対する応えとしては、これだけでは足りない気がするのだ。
やはり、何らかの形で我妻さんの望みに沿わなければならない。
「……あの、我妻さん。あなたが望んでるのはきっと、俺の、演技じゃない『素の反応』ですよね?」
「え?……ああ、まあ……そうなるな……?」
唐突な問いへの困惑と、自分の望みを言語化された気恥ずかしさがあるのか、我妻さんの声は少し揺れていた。
しかし、間違ってはいないらしい。それならば。
「そうですか。では、俺に目隠しをしてもらうといいかもしれません」
「な……何の話だ……!?」
思っていた以上に動揺されて、こちらが驚いた。
娼と客の会話で、この単語が出る文脈など一つしか無いと思うのだが。
「今日のお相手の話です。目隠しで……そうですね、俺に後ろを向かせるのが、いいと思います」
正直な話、『素』で初々しい反応を返すには、俺はこの仕事に慣れすぎていた。
恋や愛などといった情動がある訳でもなく、神経は身体感覚よりも相手の観察の方に割かれてしまう。
快楽を感じて、演技でない反応をする余地が少ないのだ。
ならば、行為への集中を阻害する『視界』という要因を予め切り捨ててしまえばいい。
それが、二律背反に折り合いをつけるために俺が導き出した、唯一の解答だった。
しかし、俺の提案を聞いた我妻さんは、半開きになった口を閉じられずに彫像のように固まっていた。
なんだこの反応は。俺は至極合理的なことしか言っていないと思うのだが。
「……我妻さん? すみません、提案がお気に召しませんでしたか?」
「……えっ!? ああ、違うんだ……そうか、お前は支配されなければ『生』を実感できないほど、心が擦り切れていたんだな……可哀想に、俺がその歪みごと愛でてやろう……」
我妻さんはよくわからないことをぶつぶつ呟いていたが、拒絶している訳ではなさそうだった。
ふとその襟元に目をやると、探さなければと思っていたものに相当する丁度良い代物が締められていることに気付いた。
「我妻さん、その襟締をお借りしてもいいですか?……それ、目隠しにするのに丁度良い長さだと思うんです」
「……ッ、これを、そんな倒錯した用途で使うというのか……!?」
我妻さんは慄きながら「何だこの俺に都合のいい展開は」「官能小説か?」とよくわからないことを呟いていたが、素直に襟締を外して俺の目元に巻いてくれた。
何も見えない。完璧だ。
「ありがとうございます、これで準備が出来ました。 あなたは今日、俺を喜ばせてくれた。『返礼』を、差し上げます……」
着物の襟を大きくはだけて、肩から背中を晒す。
背後にいる我妻さんが、喉を鳴らした音が聞こえた。
「……っ」
熱っぽい指先に背すじをつ、となぞられて、息が詰まった。
普段なら、これくらいは微動だにしないでいられる。
視界の遮断と背後からの接触で、感覚が鋭敏になっているのが分かった。
これは、成功だ。
そして俺のその反応で、何故か我妻さんの指までびくりと跳ねた。
どうしてあなたが驚くんだ。
「……っあ、ん……」
躊躇いながらという様子で抱き寄せられて、項に唇と舌が触れる濡れた感触があった。
思っていた以上に声が漏れてしまう。艶態を演じていた時にはまるでなかった気恥ずかしさが、じわりと心臓を撫でるようだった。
「……っ、沙華……」
前回は『長い』と感じていた検品のような愛撫が、今回は少し性急だった。
代わる代わる、俺の反応がより強くなる箇所へ。
そして俺の体も、いちいちそれに甘い吐息や抑えられない震えを返した。
「や、ぁ……!……っ、んぅ……ッ」
後ろから抱き竦められたまま、脚を開かされる。
秘部に我妻さんの長い指が差し入れられたのだとわかった。
強烈な異物感と快楽が同時に湧き起こり、喉がわなないた。
先に視認してからの刺激とわからないまま与えられる刺激では、雲泥の差があるのだと思い知らされる。
腹の中で感じる指の硬さも、耳元で感じる吐息の熱さも、我妻さんの触れる箇所全てから神経をじりじりと焼かれていく気がした。
声の上擦りが、言葉にせずとも絶頂感を訴えて、我妻さんの指が引き抜かれた。
屹立したものをそのまま挿れられるのかと思ったが、我妻さんは少し考えるような間のあと、俺の体を支えながら倒して上体を布団に押し付けさせた。
高く上げられた腰を両手で掴まれ、指とは比べ物にならない質量を腹の中に深く埋め込まれる。
「ひ、あっ……ぁ……ッ!」
甘いというより、掠れた悲鳴のような声が出た。
鋭くなった感覚で受け取る自分のものでない熱に、己の体の全てを支配されている。
獣のような体勢で、我妻さんが動く度に絶えず漏れてしまう呻きに何故かひどく羞恥を感じて、布団の端を噛んで封じ込めた。
「は、ぁ、あがつま、さん……っ、俺……もう……」
口が勝手に、懇願するような言葉を吐いていた。
腰を強く引かれながら腹の最奥まで挿し込まれて、内と外でほぼ同時に果てた。
うつ伏せのまま息を乱れを整えていると、目元の戒めを我妻さんに解かれた。
視界は相変わらずぼやけていて、その顔はよく読み取れなかったが、心配そうな表情をしているように見えた。
「沙華、大丈夫か? すまん、こういう強引なのを好むのかと思ったのだが、違ったか……?」
「……好む、のかは分かりませんが、演技じゃない『素の反応』は出ていましたね。我妻さんの望みに沿うのなら、効果的な手法だと思います」
率直な感想を言うなら、好悪以前の問題として、快楽を抑えきれないのは体に負担が掛かって仕事に支障が出るなと思っていた。
でも、これは返礼だ。
我妻さんが楽しめたのなら、意味はあったのだろう。
それに、欲望の像を貼り付けるだけの骸だと思っていた自分の体が、こんなにも熱を持った反応が出来ることが分かった。
それが俺にとって良いのか悪いのかは分からないが、自分で思っていたよりも。
俺はまだ、『人間』なのかもしれない。
それも、言ってしまえばどうでもいい部類の。
今日我妻さんが持って来てくれた「シュークリーム」という初めて食べた洋菓子は、ひどく食べ難い脂と糖の塊だったが、衝撃的に美味かった。
脳に暴力的な幸福感を叩き込まれて、夢中で食べていたらクリームを溢して我妻さんに拭われる羽目になった。
手間を掛けたのに、「ついているぞ」という我妻さんの声は何故か嬉しそうだった。やはりこの人の考えることはよくわからない。
それはそうと、これは『素』の俺が喜びを感じてしまっている状態だ。
ならば我妻さんを喜ばせる形の返礼をするのが道理というものだが、この人の求めているであろう「人間的な反応」と、俺に課された「演技をするな」という命は、どうにも己の中で噛み合わせることが出来ないものだった。
「沙華、難しい顔をしてどうした?シュークリームは口に合わなかったか?」
「……いえ。とても美味しかったです。……ありがとうございます」
礼は言えた。これは嘘偽りない本心からの言葉だ。
だが、あの衝撃に対する応えとしては、これだけでは足りない気がするのだ。
やはり、何らかの形で我妻さんの望みに沿わなければならない。
「……あの、我妻さん。あなたが望んでるのはきっと、俺の、演技じゃない『素の反応』ですよね?」
「え?……ああ、まあ……そうなるな……?」
唐突な問いへの困惑と、自分の望みを言語化された気恥ずかしさがあるのか、我妻さんの声は少し揺れていた。
しかし、間違ってはいないらしい。それならば。
「そうですか。では、俺に目隠しをしてもらうといいかもしれません」
「な……何の話だ……!?」
思っていた以上に動揺されて、こちらが驚いた。
娼と客の会話で、この単語が出る文脈など一つしか無いと思うのだが。
「今日のお相手の話です。目隠しで……そうですね、俺に後ろを向かせるのが、いいと思います」
正直な話、『素』で初々しい反応を返すには、俺はこの仕事に慣れすぎていた。
恋や愛などといった情動がある訳でもなく、神経は身体感覚よりも相手の観察の方に割かれてしまう。
快楽を感じて、演技でない反応をする余地が少ないのだ。
ならば、行為への集中を阻害する『視界』という要因を予め切り捨ててしまえばいい。
それが、二律背反に折り合いをつけるために俺が導き出した、唯一の解答だった。
しかし、俺の提案を聞いた我妻さんは、半開きになった口を閉じられずに彫像のように固まっていた。
なんだこの反応は。俺は至極合理的なことしか言っていないと思うのだが。
「……我妻さん? すみません、提案がお気に召しませんでしたか?」
「……えっ!? ああ、違うんだ……そうか、お前は支配されなければ『生』を実感できないほど、心が擦り切れていたんだな……可哀想に、俺がその歪みごと愛でてやろう……」
我妻さんはよくわからないことをぶつぶつ呟いていたが、拒絶している訳ではなさそうだった。
ふとその襟元に目をやると、探さなければと思っていたものに相当する丁度良い代物が締められていることに気付いた。
「我妻さん、その襟締をお借りしてもいいですか?……それ、目隠しにするのに丁度良い長さだと思うんです」
「……ッ、これを、そんな倒錯した用途で使うというのか……!?」
我妻さんは慄きながら「何だこの俺に都合のいい展開は」「官能小説か?」とよくわからないことを呟いていたが、素直に襟締を外して俺の目元に巻いてくれた。
何も見えない。完璧だ。
「ありがとうございます、これで準備が出来ました。 あなたは今日、俺を喜ばせてくれた。『返礼』を、差し上げます……」
着物の襟を大きくはだけて、肩から背中を晒す。
背後にいる我妻さんが、喉を鳴らした音が聞こえた。
「……っ」
熱っぽい指先に背すじをつ、となぞられて、息が詰まった。
普段なら、これくらいは微動だにしないでいられる。
視界の遮断と背後からの接触で、感覚が鋭敏になっているのが分かった。
これは、成功だ。
そして俺のその反応で、何故か我妻さんの指までびくりと跳ねた。
どうしてあなたが驚くんだ。
「……っあ、ん……」
躊躇いながらという様子で抱き寄せられて、項に唇と舌が触れる濡れた感触があった。
思っていた以上に声が漏れてしまう。艶態を演じていた時にはまるでなかった気恥ずかしさが、じわりと心臓を撫でるようだった。
「……っ、沙華……」
前回は『長い』と感じていた検品のような愛撫が、今回は少し性急だった。
代わる代わる、俺の反応がより強くなる箇所へ。
そして俺の体も、いちいちそれに甘い吐息や抑えられない震えを返した。
「や、ぁ……!……っ、んぅ……ッ」
後ろから抱き竦められたまま、脚を開かされる。
秘部に我妻さんの長い指が差し入れられたのだとわかった。
強烈な異物感と快楽が同時に湧き起こり、喉がわなないた。
先に視認してからの刺激とわからないまま与えられる刺激では、雲泥の差があるのだと思い知らされる。
腹の中で感じる指の硬さも、耳元で感じる吐息の熱さも、我妻さんの触れる箇所全てから神経をじりじりと焼かれていく気がした。
声の上擦りが、言葉にせずとも絶頂感を訴えて、我妻さんの指が引き抜かれた。
屹立したものをそのまま挿れられるのかと思ったが、我妻さんは少し考えるような間のあと、俺の体を支えながら倒して上体を布団に押し付けさせた。
高く上げられた腰を両手で掴まれ、指とは比べ物にならない質量を腹の中に深く埋め込まれる。
「ひ、あっ……ぁ……ッ!」
甘いというより、掠れた悲鳴のような声が出た。
鋭くなった感覚で受け取る自分のものでない熱に、己の体の全てを支配されている。
獣のような体勢で、我妻さんが動く度に絶えず漏れてしまう呻きに何故かひどく羞恥を感じて、布団の端を噛んで封じ込めた。
「は、ぁ、あがつま、さん……っ、俺……もう……」
口が勝手に、懇願するような言葉を吐いていた。
腰を強く引かれながら腹の最奥まで挿し込まれて、内と外でほぼ同時に果てた。
うつ伏せのまま息を乱れを整えていると、目元の戒めを我妻さんに解かれた。
視界は相変わらずぼやけていて、その顔はよく読み取れなかったが、心配そうな表情をしているように見えた。
「沙華、大丈夫か? すまん、こういう強引なのを好むのかと思ったのだが、違ったか……?」
「……好む、のかは分かりませんが、演技じゃない『素の反応』は出ていましたね。我妻さんの望みに沿うのなら、効果的な手法だと思います」
率直な感想を言うなら、好悪以前の問題として、快楽を抑えきれないのは体に負担が掛かって仕事に支障が出るなと思っていた。
でも、これは返礼だ。
我妻さんが楽しめたのなら、意味はあったのだろう。
それに、欲望の像を貼り付けるだけの骸だと思っていた自分の体が、こんなにも熱を持った反応が出来ることが分かった。
それが俺にとって良いのか悪いのかは分からないが、自分で思っていたよりも。
俺はまだ、『人間』なのかもしれない。
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