2人の秘密はにがくてあまい

羽衣野 由布

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仕返しは終わらない

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 月曜日。圭佑は辺りを警戒しながら登校した。

 そろりそろりと自分の教室の前まで到着。扉に隠れて恐る恐る中を覗き込む。

 自分より先に来ているはずの姫君は、どうやら前の席に座るクラスメイトと楽しげに話している模様。

 …よしよし、これでこのまま待機だ。

 そして担任が来たのと同時に教室に滑り込めば、接触される事はないはず。

 挙動不審なのは自覚しているが、こうするしか方法がないのだ。

 頼むから誰も話しかけてくれるなよ……?

 …なんて願いは叶えられず。

 「山内君おっはよ!!」

 バシンッと背中を思い切り叩かれた。

 「あいだっ!?って、藤野シーッ!シーッ!!」

 「何がシーなの?」

 「とにかくシーッ!!俺に話しかけんなっ!」

 やばい!気付かれたか?!

 扉にベタリと貼りつき、さっきよりも慎重に中を確認する。

 三吉は先程と変わらず、クラスメイトと話し込んでいた。

 …よかった、気付かれてない。

 「なになにー?そんなに萌花と話したくないの?」

 ニヤニヤしながら藤野が一緒になって教室を覗き込む。

 「だっ!そ、そんなんじゃねぇっ!!てか、そこにいたら俺いんのバレんだろ!早くあっち行け!」

 「うふふふ、なんなら一緒に教室入ってあげようか?」

 「は?」

 「なーんてウソウソ。そんな事したら、私が呪い殺されちゃうよ」

 「へ?」

 殺される?誰に?

 「ひゃー怖い怖い!んじゃねー」

 そう言うと、藤野は何かから逃げるように教室へと入っていった。

 「はぁ?」

 なんだあいつ?…あ、もしかして藤野も斉川に何かされたとかか?!

 あー、なんかそれなら納得。それはそれはお気の毒に。まぁ藤野なら自力でなんとかできんだろ。

 そうこうしているうちに予鈴が鳴った。教室内の生徒達が徐々に席についていく。すでに座っている三吉は、未だクラスメイトと話していた。

 そろそろいけるか?いやでもまだ危ない気も…。

 なんて事をうだうだやっていたら、担任が出席簿を持って現れた。

 『早く入れ』とせっつかれ、圭佑は戦々恐々としながら教室へと入っていった。





 カツカツと板書をする音と、それを解説する教師の声が教室に響く。しかしながらそれらは、圭佑の頭の上を通過していく。

 試験前だというのに、今の自分にはそれを聞く気などさらさらない。あんなもの、テキトーに聞いてテキトーに答えれば、丁度いい結果が得られるものなのだ。

 そう、何事も『テキトー』が一番。ゆるく楽しい人生を送るには、テキトーにするのが一番いい。

 ……本気になったって、なんにも良い事なんかない。



 ───ハァー?付き合うとかあり得ないんだけど。あんたと仲良くしてんのは、小坂君に近付くためだし。何?自分に魅力があるからだとでも思った?

 ───…っ……、ぁ、アハハハ!そんな訳ないじゃーん!俺はちゃーんと分かってるからだいじょーぶ。冗談に決まってんでしょ?アソビだよ、ア・ソ・ビ。



 「……っ…」

 胸の奥で、古い傷がジリジリと小さく疼く。もう痛む事はないと思っていたのに。

 「……………」

 教室の窓側にいる、ゆるふわボブの横顔を凝視する。

 いつ見ても、どんな時でも、何をしていても全てが可愛い。見ているだけで、男にとって最高の癒し。

 あんな子が彼女になったならと、誰もが一度は考える。

 ……やっぱり絶対あり得ない。

 そんな高嶺の花が、俺を……だなんて。

 君は、俺なんかに興味を持つような子じゃないだろ…?

 今まで自分に近付いて来る奴は、ろくなのがいなかった。全員決まって、光毅への下心を腹の底に抱えていた。どんな手を使ってでも光毅をモノにしたいって奴らばっかり。

 だからいつも、どっか冷めて人を見ていた。

 あいつらは俺を見ていない。俺を通して光毅を見ているだけ。

 要は俺は透明人間。何やってたって誰も気にしない。

 じゃあ、俺が俺なりに楽しんでたっていいよな?女の子にちょっかいかけまくったって、誰も何も言わないよな?

 ……そうやって、今まで生きてきた。ゆるく楽しく。ワリキってテキトーに。

 ワリキっていれば、それなりにいい思いもいっぱいできたし。

 けれど……彼女は違う。

 あの子は、俺を見た。光毅じゃなく、俺を。

 …………どうして?

 なんで…俺なんか……。こんなどうしようもない奴見つけたって、何の得もないのに。…それともやっぱり、あの子は俺の事を…………。

 「っ!?」

 不意に振り向かれ、慌てて首を回しあらぬ方向へと視線を飛ばす。

 あっぶな!!……一瞬目が合った気がしたけど、見てたのばれてないよな?

 考えていた事が事なだけに、みるみる顔が熱を帯びていく。

 顔を隠すように、そのまま机に突っ伏した。

 「………………っ」

 体の奥で、悪いものが疼き出す。

 …あの子が欲しい……。

 せっかく冷静な心で考えていたのに。

 こんなちょっとの刺激で、欲に正直なもう一人の自分が現れる。

 欲しい。

 ダメだ。

 欲しい。欲しい。

 ダメだって。あの子は他のクズ共とは違うんだよ。

 何度言い聞かせても、欲に正直な体は反応を止めない。

 クズが相手なら遠慮はいらないだろ、と来るものを拒まず抑える事を知らずに生きてきた体は、欲しいものを目の前にすると思考を外れて勝手に動こうとするのだ。

 『テキトー』がこんな所で仇になった。

 傷つけたくない。怖がらせたくない。

 彼女には、そんな思いをさせる訳にはいかない。

 「はぁぁぁーー」

 大きく息を吐き出し、無理矢理自分を落ち着かせる。

 ……よしよし落ち着け。鎮まれ俺。まだ志半ばだろ?

 きちんと気持ちを知るまでは、光毅ではなく俺を選んだと確信できるまでは、彼女の髪一本すら触れちゃいけない。

 「…………」

 彼女の心が知りたい。

 ものすごく知りたい。

 でも。

 ものすごく怖い。

 また同じ事が起きたら?

 そうなったらもう、立ち直れない。

 『透明人間』のレッテルが剥がせなくなった自分は、何をしでかすか分からない。

 せめて同じ事にはならないようにと、彼女を守ると決めた。良くないもの全てから守り抜く事ができたら、もしかしたら自分にも自信が持てるかもしれないと思ったから。

 ……けどやっぱり怖い。

 チキン野郎と言われようが何だろうが、怖いものは怖いんだよ。





 机に伏せていたらいつの間にか寝ていたらしく、授業終了のチャイムで目が覚めた。

 「…う……んー………………ん?」

 寝起きでぼんやりしていると、窓側の席から、何やら尋常でない音らしきものが聞こえてくるのに気がついた。

 …なんだ?

 音のする方を見やり、圭佑は我が目を疑った。

 バリバリバリバリ!

 ガリガリガリガリ!

 ペラ、ペラ、ペラ、ペラ。

 カリカリカリカリカリカリカリカリ…。

 あまりの光景に、圭佑は思わず斉川に声をかけた。

 「お、おい、斉川」

 「んー?」

 「…光毅が効果音発しながら勉強してんだけど」

 授業中にグースカ寝ていた男と同一人物とは思えないほど、今の彼は鬼の形相でずっと机にかじりついていた。なんだか今にも七三分けのガリ勉メガネに変身しそうな勢いである。

 普段光毅を取り囲んでいる女子達も、不穏なオーラのせいで近寄れずにいるようだ。

 「ああ、あれね。すごいよねぇー。ちょっと応援しただけなのに」

 「応援…?……ああ、あれか…。って、ちょっとじゃねぇだろ、ちょっとじゃ」

 土曜の夜に瑛を追いかけて部屋に乱入してきた光毅の顔を見た時、圭佑は飲んでいたジュースを思い切り吹き出した。

 「えー?あそこまで増長させたのは君ら兄弟でしょ?」

 「へ?あー…んー、まぁ」

 否定はできねぇ。瑛と2人で散々笑い倒したからな。

 おかげで鬼の鉄拳を食らう事になったが。よけて逃げる事は余裕だったが、それをすると更に怒りが飛んでくるので、グーパンチ1発だけもらっておいたのだった。トレーニングから帰ったばかりの体に、あれは地味に効いた。

 しかし丸一日経ってもあの状態とは、怒りパワーは相当なものらしい。

 「けどやっぱ、さすがにやり過ぎだったんじゃねぇか?」

 「あんだけ描かれても眉ひとつ動かさず爆睡してるのが悪い」

 「いや、そうだけど」

 「…何、心配?」

 「は?べ、別に俺はっ」

 「そっかぁー。そんなに心配かぁー」

 「いや、だからちが…」

 彼女の笑みが、悪魔のそれに変わった。

 「しょうがないなぁー」

 「っ!?」

 悪魔が『加担よろしく』と呟いた所で藤野が次の移動教室のために斉川を誘いにきた。

 「碧乃っち行こー」

 「ん、分かった。……ああ、そういえば聞いた?」

 「え?」

 「あの人今大変なんだって」

 「あの人って誰?」

 「あそこでガリガリ勉強してる人」

 斉川が軽く顎で光毅を示すと、藤野は驚きと興味で話に食い付いてきた。

 「え、小坂君?小坂君がどうしたの?」

 よく通る声による『小坂』という名前に、周囲の生徒も一斉に聞き耳を立てた。

 「っ…」

 なんて状況だよ…!こいつ何言い出す気だ?

 「お、おい!何を…っ」

 圭佑の声を遮るように、斉川は声量を上げて質問に答えた。

 「家庭教師の彼女と別れたんだって」

 「「!!!」」

 ザァーッと、周りの空気が驚きで蠢いた。

 「なっ…」

 何だと?!

 残念な事に、効果音を発している鬼にその声は届いていなかった。

 「うっそー!!マジで?!碧乃っち、それ誰から聞いたの?!」

 「えー?誰からって、そりゃあー…」

 悪魔はこちらと目を合わせると、首を傾げニコリと微笑んできた。

 「…ねぇ?」

 「っ!」

 お、俺っ?!

 あたかも話の出所が圭佑であるかの振舞いに、藤野及び周囲の生徒らの中でその話の信頼度がグッと高まった。

 「いや、ちがっ…」

 だがこちらが反論する間も与えず、悪魔は更に言葉を続ける。

 「なんでも、勉強そっちのけで不貞をはたらこうとしたとかで、彼女を怒らせちゃったらしいよ?」

 「えー!小坂君もそんな事するんだー!?全然想像できない!」

 「んでそこに私が思い切り説教なんてしちゃったもんだから、あの人今相当落ち込んでるみたい」

 「そうだったんだぁー。だからあんなに必死な感じなんだね」

 おいおいおいおい!やばいんじゃないのか、これ?

 光毅の様子に理由がつけられた所で、悪魔がポツリと囁いた。

 「傷心の今だったら……ちょっと優しくしただけで、案外コロッと簡単に落ちたりしてねぇ?」

 「「!!…」」

 周囲の女子共の目が、肉食獣のそれへと変貌を遂げた。そして、我先にと光毅へ群がっていった。

 「小坂くーん!」

 「ねぇねぇ小坂君!」

 「小坂君聞いたよー?」

 男子共も負けじと、光毅を女子を誘うだしにしようと優しい友達の皮を被って近付いていく。

 「おい小坂ぁー!やっぱお前別れてたのかー!?」

 「愚痴なら俺がいくらでも聞いてやるぞー?」

 「俺良い子知ってるから紹介してやろうか?!」

 醜い集団のせいで、光毅の姿が一瞬にして見えなくなった。

 「あー……」

 なんてこった……。

 圭佑と斉川が座っている廊下側は、今やすっきりと見通しが良くなっていた。

 「うわぁー、なんか皆行っちゃった」

 「あははは。すごいね、餌を見つけた蟻みたい」

 「……」

 「碧乃っち、その言い方ひどーい」

 「え、そう?ぴったりじゃない?」

 「もー。あ!ってか何気に萌花も埋まっちゃってんじゃん!ちょっと助けてくる!」

 『行ってらっしゃい』と藤野を見送ったところで、斉川は絶句していた圭佑に話しかけた。

 「さーてと。あとは仕上げに…ねぇ、スマホ貸して」

 「あ?なんでだよ」

 「あの人に一言メール送るの」

 「自分のでやれ!」

 「今向こうのスマホに私の名前が表示されるのは、あまりよろしくないんだよなぁー」

 「知るかよ!」

 「あれ、良いのかなぁー?そんな事言って。加担してくれるって言ったのに。…お姫様に言いつけちゃうよ?」

 「うがっ!?や、やめろ!!」

 「じゃあ貸して」

 「くっ……」

 くっそぉー……!

 差し出された手に、少々強めにポケットから出したスマホを叩きつけた。

 しかし斉川は気にする様子もなく、平然とメールを打ち始めた。

 圭佑は怒りも露わにその様子を睨み付け、言葉をぶつける。

 「おい!俺がいつあんな話したんだよ?」

 「ん?何の事?」

 「何の事じゃねぇよ!さっき話の出所俺にしただろっ!!」

 「えー?私そんな事一言も言ってないよ?」

 「はぁ?!」

 送信し終えたのか、斉川は人だかりの隙間から見えた光毅にヒラヒラと笑顔でスマホを振ってみせ、こちらに返してきた。

 「さっきのは『内情を知ってる人間が話してるんだから間違いないよねぇ?』って意味で、山内君に確認をとっただけなんだけどなぁー。それをみんな何勘違いしてんだか」

 「なっ!お、お前が勘違いさせたんだろっ!!」

 この詐欺師がっ!!

 「ふふっ。さぁねー」

 どんなに怒りをぶつけても暖簾に腕押し状態で、斉川は楽しそうに笑うだけだった。

 広くなった空間で彼女は、んーっと大きく伸びをした。

 「あぁー、やっと身軽になった」

 「っ………お、お前…嘘がつけないんじゃなかったのかよ?」

 「うん、つけないよ?」

 「じゃあ今の話なんだよ?思いっきり嘘じゃねぇか!」

 「ふふっ、だってあれ元々作り話でしょ?嘘も何もないと思うけど。それにそこまでかけ離れた話じゃないし」

 「なんだと?」

 「ってか、山内君が心配してたから、新しい家庭教師が早く見つかるように手助けしてあげたんだよ?おかげでほら、立候補者があんなにたくさん」

 「あれじゃ逆効果だろ!!…あ!?まさかお前、最初からあいつに目標達成させないつもりだったんじゃ…?!」

 「…ふふ」

 彼女の顔に黒さが滲む。

 「どうだろね。さぁて、あの人はいつまで頑張れるかなぁー?」

 「…お前………マジで悪魔だ……」

 「………だって悪いのはそっちじゃない」

 「なに…?」

 「私をあそこまで怒らせて……」

 悪魔から、スーッと表情が消えた。

 「………タダで済むと思うなよ?」

 「っっ!?」

 あまりの戦慄に、圭佑の喉はひくっと呼吸を止めた。

 凍りつく圭佑と人に埋もれる光毅に満足し、悪魔は1人教室を出ていった。



 §



 「小坂くーん!」

 「ねぇねぇ小坂君!」

 「おい小坂ぁー!」

 ……ん?誰か呼んだか?

 「って、おわあぁぁーーーーっ!?」

 顔を上げたと同時に、光毅は押し寄せてきた人の波に呑まれた。

 なんだ?!どうした?!何だよこれっっ?!!

 訳が分からずパニックに陥る。

 「小坂君、彼女と別れたって本当?!」

 「やっぱお前別れてたのかー!?」

 「なっ!はあぁ?!」

 衝撃の言葉に更にパニック。

 わっ、別れただとぉーーー?!

 「誰がそんなっ……」

 !!…まさか!?

 ハッとして、人だかりの隙間から廊下側の席を見やる。

 すると、なんとも楽しげにこちらを見ている彼女と目が合った。

 やっぱり斉川か!!

 彼女は笑顔で手に持ったスマホを振ってみせていた。

 は?スマホ?しかも圭佑の……どういう意味だ?

 とその時、ポケットに入っていた自分のスマホがメールの着信を知らせた。

 「っ!」

 慌てて手に取り画面を見てみる。



  From: 圭佑

  本文: バラしたら一生許さないから



 「なっ…」

 なんだって?!

 文面を見て、それが誰の言葉なのかを瞬時に理解した。

 いっ、一生?!!嘘だろっっ!!

 その周到なメールに絶句する間もなく、光毅は肉食獣の群れの餌食となった。



 §



 放課後。勉強を訊きに来た生徒への対応を全て終わらせた碧乃は、藤野と三吉と共に玄関へ向かっていた。

 「なんと今日の記録は14人でしたー」

 「……」

 だからいちいち数えなくていいって。

 「やっぱりそんなに減ってたんだぁー。なんかいつもよりすごく早く終わったもんね」

 「みんな勉強どころじゃなくなっちゃったからねー」

 「…ふふ。だねぇー」

 碧乃は藤野の言葉に笑顔で同意した。

 「でも…別れたって本当なの?」

 「だって山内君がそう言ってたんだから、本当なんだよ」

 三吉の疑問に、藤野は疑う事なくそう答えた。生徒らの中で、この話はすでに確定事項となっていた。

 「…そうなんだぁー」

 「あ、萌花今『山内君』に反応したでしょ」

 「え!?ち、違うよ!!」

 「うっそだぁー」

 「違うもん!」

 「ふふっ」

 きゃあきゃあやり合う2人の会話に、更に笑みが滲む。

 いいね、いいねー。今すっごく楽しい。

 会話も弾むままに、玄関へ到着し自分の靴箱を開けた。

 すると。

 ドサドサドサッ!

 「……」

 …………またか。

 呆れる碧乃の両脇から、待ってましたとばかりに声があがる。

 「うわぁー、今日もすごーい」

 「こっちはどんどん増えてるねー」

 今碧乃の足元には、形も大きさもバラバラな大量の紙切れが散らばっていた。

 「はぁ…」

 思わずため息が漏れる。

 毎回毎回これ片付けるの面倒くさいんだけど。

 碧乃が注目の的となったあの日から、じわじわと靴箱にこういった紙が何枚も入れられるようになった。内容は主に誹謗中傷やら脅しっぽいものが多い。

 「えーとどれどれ?」

 「読まなくていいから」

 興味本位で藤野がそれを拾い、読み上げる。

 「『ウザイ』、『消えろ』、『小坂くんに謝れ』…」

 「なんか、いつもありきたりなのばっかりだね」

 三吉は平然とした顔で感想を述べた。

 「まぁねぇー…ってか萌花ちゃん、意外にこういうの強いよね」

 「うん、慣れてるから」

 「ふーん」

 「それに直接言ってこなかったら、言われてないのと一緒だもん」

 「…まぁ、そうだね」

 全くもって同感だが、まさかその可愛い口からそれが出るとは。

 やっぱりただのか弱い姫じゃない。

 「あ!ねぇ、これは?『僕の女王様になってください!』」

 「え…」

 なにそれ……。

 「他にもあるよー!『俺もあなたに叱ってほしい』、『僕を思い切り踏みつけて!』、『あなたになら何をされても構わない…』」

 「なっ…………」

 くどい演技付きで読み上げられる想定外な言葉の数々に、碧乃は絶句した。

 代わりに三吉が反応を示す。

 「すごーい!碧乃ちゃんモテモテだね!」

 「は?いや、違うでしょ」

 我に返りすかさず突っ込むも、スイッチの入った2人には届かなかった。

 「ねー!ラブレターがこんなにたくさん!これとかすごくない?真っ赤な封筒に入ってるとか超攻めてんだけど!!」

 「えー!すごーい!中身気になるぅー!那奈ちゃん開けて開けて!!」

 「もっ、萌花ちゃん何言って…!?」

 「よーし!あっけまーす!!」

 「ちょっ、那奈ちゃん!?」

 碧乃の制止も聞かず、藤野は封を開け中の手紙を読み出す。

 「えー『僕はあの日から、あなたの勇姿が目に焼き付いて離れません…』」

 「きゃー!」

 頬を赤らめて興奮する三吉を隣に、朗読は更に続く。

 「『あなたの凛とした立ち姿と美しい声を思い出すたび…』…あっ!」

 聞くに絶えず藤野の手から手紙を奪い取ると、他の紙切れと合わせて近くのごみ箱へぐしゃっと押し込んだ。

 「あーもー、いいとこだったのにぃー」

 「まだ全部読み終わってないよぉー?」

 「知らないよ」

 勘弁して。

 文句を言う2人を無視して、すっきりした靴箱から靴を取り出し履き替える。

 「でも碧乃っち分かってないなぁー」

 「…何が?」

 うんざり顔を向けると、藤野はチッチッチッと指を動かしごみ箱を指し示した。

 「あんな事したらラブレターの主達は逆に喜んじゃうよ?」

 「……」

 「那奈ちゃんなんで分かるの?」

 「同類の勘!」

 「そっかぁー!那奈ちゃんも変態だもんね」

 「…………」

 突っ込み所が多過ぎる会話に、碧乃は大きく息を吐き出した。

 もう付き合ってられません……。
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