2人の秘密はにがくてあまい

羽衣野 由布

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小さく甘い苦しみ

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 『告白』……。

 一体どのようにするものなんだろう?

 スマホで検索しても、藤野や圭佑らにリサーチをかけても、やはりストレートに言葉を伝えるのが一番良いらしい。

 今までの経験からしても、言われる側はその方が絶対分かりやすい。

 体育館裏なんかに呼び出す必要があるようなのだが、どうやっても彼女に拒否される想像しかできず、伝える以前の問題が発生する。

 何をどうすればその状況に持っていけるのか、さっぱりだ。

 うーーーん…………全然分かんねぇ。

 ……まぁ今のところ彼女との関係は良好だし、良いのが思い付いたらでいっか。



 光毅が再び告白を先伸ばしにした所へ、圭佑がやってきた。

 「よ。告白の算段はついたのか?」

 「……なんで分かるんだよ」

 「お前が難しい顔してんのは、あいつの事考えてる時だけだろ?」

 「………そんなに分かりやすいか?」

 「バレバレだ」

 「…………」

 今は授業の合間。体育が終わり、着替えて教室へと戻る所だ。

 「さっさと決めちゃえよ。男らしくズバッと」

 「お前にだけは言われたくねぇよ」

 「はは、だよなぁー」

 言いながら圭佑はポケットから小さな包みを取り出した。

 ─────え…。

 見覚えのあるそれに、光毅は思わず開封しようとする手を掴んだ。

 「いだっ!な、なんだよ?」

 「圭佑…………それ…どうした…?」

 「ああ、これか?──」

 圭佑の口から出たのは、一番聞きたくなかった名前だった。

 「斉川から奪ってやった」

 彼の手にあるのは、いつかに見た、いちごミルク味の飴だった。

 「っ………」

 そんな……っ………そんなはずは…!

 踏み固めていた足場を突然崩されたような感覚が、光毅を襲う。

 だって…っ、だってあんなに、俺らとも他の生徒とも、ずっと楽しそうにしてたじゃないか!

 「いつかの仕返しと思って、一人でこっそり食べようとしてたとこを横取りしてやったら、めちゃくちゃ驚いた顔しててさぁー。いやー、あれはマジ面白かったわ」

 「…………」

 「つーか、性格に似合わずこんな可愛いもんが好きだなんて、あいつも変わってるよな──あっ、おい!」

 圭佑から飴を奪い取り、逸るままに来た道を引き返した。

 「返せよ俺の戦利品!」



 §



 「それでさぁー…」

 「ふふっ。へぇーそうなんだ」

 クラスメイトらと雑談しながら廊下を歩いていたら、小坂が自分を睨み近付いて来るのが見えた。

 ……いやだ。

 「斉川。ちょっと」

 「…は?何?」

 「いいから来いっ!!」

 いや…っ!

 拒否など許される間もなく腕を掴まれ、碧乃は強引に連れていかれた。



 いやだ。いやだ。いやだ。いやだっ。

 「いたっ、痛い!ねぇどこ行くの?離して!ねぇっ!」

 爪が食い込む程の腕の痛みともつれそうになる速い歩調で連れて来られたのは、美術準備室の前だった。

 「カギ」

 差し出される手と彼の目を睨み付けるも、逃げる道は何もなく、苛立つままに鍵を取り出した。



 §



 奪った鍵で部屋を開け、彼女を強引に中に放り込み、自分も入ると後ろ手に扉を閉め鍵をかけた。

 「何だよこれ!?」

 言いながら、奪い取った飴を突き付けた。

 「また俺に黙って危ない目に遭ってるのか?!」

 「…………」

 「どうなんだ?!答えろっっ!」

 光毅は恐怖すら覚える気迫で責めるが、彼女の反応は、期待したものではなかった。

 「……ふふっ。あははははっ」

 「な……」

 笑うだと?………一体何を考えて──

 「……だったら何?」

 純粋な楽しさしか読み取れないその表情に、どうしても困惑が生じる。

 「どうしてっ…なんで何も言ってくれないんだよ!」

 「ふふふっ。言ったところで何になるというの?」

 「危ない目に遭ってるなら、俺がっ、俺が助けてやるからっ!」

 もう二度と君を傷付けたくないんだ!

 「だから…っ、何があったのかちゃんと俺に話せよ!」

 「……ふふ。話す訳ないじゃん」

 「は?!なんで──」

 「だって今誰にもなんにもされてないもん。ただただ毎日、普通の生活を送っているだけ」

 「嘘だ!!じゃあこれは何なんだよ?!」

 「私にとっては……その『普通』が苦痛なの」

 痛みに歪む顔が見えた。

 「…え……?」

 どういう事だ…?

 斉川は、そっと顔に手を当てた。

 「この…目のせいだよ」

 突然の発言に、一瞬何を言っているのか分からなかった。



 §



 「…小さい頃から、人と話している時にかすかな違和感を感じてた。最初はそれが何なのか分からなかった。…でも、ある時気付いたの。その違和感は…その人が見せている表情と、その人が口にする言葉が一致していないからだったんだ、って」

 困惑するままの小坂に、碧乃は先を続ける。

 「『可愛い』と言いながら、その目は馬鹿にしていたり、『頑張ったね』と喜びながら、顔には落胆が浮かんでいたり……。気付かなくていいのに、気付きたいと思ってないのに…この目は毎日、その小さな表情を私に見せた」

 「…………」

 「毎日毎日それに触れる度…辛くて…苦しくて……だんだん、気持ちが悪くなっていって………………」

  ………自分の心が……壊れるかと思った。

 苦痛を訴え、碧乃は心臓の辺りの服をギュッと掴んだ。

 「………………」

 「人間なんて、醜い生き物でしかないんだよ。あなたにも分かるでしょ?その醜さに触れたくないから、上っ面だけの優しい人間を演じていたんでしょ?そしてあの店に逃げ込んだのは、演じる事に疲れてしまったからなんでしょ?」

 「そ…それは……」

 「私はそうだった。だから……だから…っ」

 碧乃の瞳に怒りがこもる。

 「見ないフリをして、聞かないフリをして、興味がないと壁を作って塗り固めて、自分を閉じ込めて……っ、やっと…私にとっての『普通』を手に入れていたのに…」

 壁の中に完璧に逃げ込んで、封じ込めて、何も感じない『普通の人間』になっていたのに…っ。

 「なのにあんたが……あんたが、引きずり出したりするからっ!」

 「っ!」

 宿る怒りそのままに、睨みを向ける。

 「あんたのせいでっ…また醜いものと関わらなきゃいけなくなった!……人間なんか、大っ嫌い…!…………でも…」

 「っ…!」

 碧乃はふわりと微笑んでみせた。

 「あなたの事は嫌いにならないであげる。だってあなたからは、気持ち悪いものが見えないから」

 だから。

 「私を…救いたいと言うのなら……もう、放っておいて。私に二度と関わらないで」

 そう言い捨てると、絶句する彼の横をすり抜け部屋を出ていった。



 §



 彼女が去った部屋の中、光毅は力なくその場に座り込んだ。

 こんな……こんな事って……。

 あれは…………俺のせい…?苦しめていたのは……俺?

 注目されて、クラスに馴染んで、クラスメイトらと楽しく過ごす事が、彼女には苦痛でしかなかった。

 にこやかに笑って、以前より明るくなったと思っていたのに。

 それは全て偽りだった。

 嘘がつけないはずの彼女は、今までずっとずっと、自分自身に嘘をつき続けていた。

 以前彼女がしていた話を思い出す。

 『人間失格』とは、この事を言っていたのだ。

 あの鋭い目は、彼女にとっては重荷でしかなかった。

 苦しみから逃れるために、彼女は一人でいる事を選んでいた。それなのに、自分の安易な行動が、せっかく築き上げた壁を壊してしまった。

 自分のせいで、また苦痛に耐える日々を送らなければいけなくなった。

 「……なんでだよ………」

 彼女は俺を嫌わないと言った。それはすなわち、完全なる拒絶を示していた。

 やっぱり俺は…………斉川と関わっちゃいけないのか…?



 §



 言ってしまった。ぶつけてしまった。

 心の内を……見せてしまった。

 壁の中にあるものを、知られてしまう。気付かれてしまう。

 それだけは……っ。

 それだけは絶対ダメなのに!

 もうあの声を聞きたくないのに…っ!

 「あれぇ~?姐さんじゃないすか」

 「っ!」

 あてもなく廊下を歩いていたら、舎弟3人組に出くわしてしまった。

 「小坂とは一緒じゃないの?」

 「まさかあいつ見放されたとか?」

 「…………」

 ニヤニヤとする気持ち悪い顔を睨み付けていたら、無言を肯定と捉えたらしい。

 「え!マジでそうなの?」

 「うわヤッバ」

 「ウケんだけど」

 ……うるさい。

 「今度はあいつ何やらかしたんすか?」

 「ほんっと学習しねえよな」

 「良いのは顔だけで頭ん中は空っぽって事じゃん?」

 ……鬱陶しい。気持ち悪いんだよ。

 「あんなやつ見放して正解!」

 「学校一のモテ男が今はぼっちとか、最高だな」

 「やっぱ男は性格だって」

 黙れ。消えろ。今その醜い顔は見たくない。

 「今ならあいつに勝てんじゃね?」

 「はっ、余裕だろ」

 「俺らの方が絶対イイっすよ姐さん!」

 消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ!

 …………消えないなら、消してやる。

 「ってことで、今度つるむんなら俺らにしない?」

 「……ふふっ。あの人の足元にも及ばないようなクズ共が、何を言っているの?」

 嘲り見下す笑顔で、彼らを睨み付けた。

 「…なに…?」

 3人の顔が瞬時に引きつる。

 「あんたらみたいな人間、見ているだけで吐き気がする。少しは『努力して勝ち取る』って事を覚えたら?」

 「「…………」」

 それだけ言い残し、碧乃はその場を去った。



 後には、鋭い目つきで碧乃を睨む3人が残った。
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