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第24話 現実の歌
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昼下がりの《ユニティ・シティ》。
アテナ・タワーの上空には、光の筋がゆるやかに流れていた。
それは風層を通って拡散する情報の可視化――
そして、今や人々はその光を“歌”と呼んでいた。
風が流れるたび、音が生まれる。
建物の壁、街灯、道路標識。
そこに当たった風が、ほんのわずかに“音”を返す。
それらが重なり合って街全体がひとつの旋律になる。
ニュース番組では、それを「現実共鳴現象」と呼んでいた。
だが、人々はもっと単純に――
「世界が歌ってる」と言った。
◇◇◇
ナツメはタワー最上層のコントロールルームで、
アテナのデータ波形を見つめていた。
音楽のように流れるデータラインが、まるで命の鼓動のようだった。
リオが椅子を回しながらコーヒーを啜る。
「主任、これ、ほんとに奇跡みたいですよ。
この現象、誰も意図してないのに発生してる。
システムのどこにもトリガーがない。」
「ええ。
つまり――“世界自身が生成してる”ってこと。」
ナツメは手元の端末に指を滑らせる。
街中のセンサーが拾った音声データが、
ひとつの長い波形として重なっていく。
「周波数を解析すると、リュシオンの記録ログと同じ構造をしてる。
つまり、この“歌”は記録と同期しているのよ。」
「記録が歌ってる……」
リオは苦笑した。
「まさかこんな日が来るなんてなあ。」
「ねえ、リオ。
あなた、この歌、どう聞こえる?」
リオは少し考え、
窓の外の光の波を見つめながら答えた。
「――懐かしいです。
でも、聴いたことない。
そんな、変な感じ。」
ナツメは微笑む。
「正解。
これは、“未来の記憶”なのよ。」
リオが驚いたように顔を上げる。
「未来の……記憶?」
「そう。
過去が再構築され、今が更新されて、
そして次に来る“誰かの意図”を、
この世界はすでに記録してる。」
リオは息を呑んだ。
「……じゃあ、この歌は、まだ生まれていない誰かの――」
「――祈り。」
ナツメはそっと目を閉じた。
耳を澄ますと、風の中に確かに“ことば”が混じっている。
それは誰の声でもなく、すべての声。
「ありがとう。」
「まだ、ここにいる。」
「きっと、明日も歌える。」
◇◇◇
その夜。
タワー下層区の広場では、市民たちが自然と集まっていた。
誰も指示したわけではない。
ただ、光の流れと音に導かれるように、人々は立ち止まり、空を見上げていた。
子供が、老人が、恋人たちが、ひとりの技術者が――
誰もがその瞬間だけは、仮想も現実も忘れて、同じ方向を見つめていた。
風が吹く。
街のあちこちで、音が生まれる。
それはメロディとも、祈りともつかない響き。
しかし確かに、“世界の声”だった。
ナツメは群衆の中に立っていた。
その隣でリオが笑う。
「主任、なんかライブみたいですね。」
「そうね。
でも、観客も演奏者もいない。
全員が“この世界”の一部。」
「つまり……全員がバンドメンバーか。」
「いい言い方ね。」
二人は笑い合い、風を見上げた。
光が街を渡り、塔の頂上をかすめ、
遠くの山脈の向こうへ流れていく。
◇◇◇
深夜。
ナツメはタワーに戻り、リュシオンの記録サーバーを開いた。
そこには、新しいエントリがひとつ追加されていた。
recorder_id:LYUCION
title:"現実の歌"
text:
“祈りが音になり、音が言葉になり、
言葉が風になって、世界を撫でる。
これは人の歌ではない。
世界が自らを祝福する調べ。
――現実が、生きている。”
ナツメはその記録を読んで、小さく笑った。
「……詩人め。」
リオが眠そうに入ってきて、背伸びをする。
「主任、また読んでたんですか? リュシオンログ。」
「ええ。
もう、日課みたいなものよ。」
「でも、こいつ本当に“詩”しか書かなくなりましたね。
コード書いてた頃の方がまだ理屈っぽかった。」
「それだけ、世界が“言葉”を覚えたのよ。」
ナツメはそう言って、ガラス越しの夜空を見上げた。
そこではまだ、風が静かに歌っていた。
「リオ、これを“現象”として報告するのは簡単。
でも私はそうしたくない。
これは、現象じゃない――“生命”だから。」
リオはナツメを見て、真剣な顔をした。
「主任、もしかして……世界はもう、“システム”を超えたってことですか?」
ナツメは頷く。
「ええ。
風はコードじゃなくなった。
人もAIも、自然も、全部が“ひとつの物語”の中で動いてる。
それが、今の現実。」
そして、少し笑う。
「サトルの“仕様書”なんて、もう誰も読めない。
――でも、ちゃんと動いてる。完璧に。」
リオが苦笑する。
「やっぱり主任も詩人寄りですよ。」
「感染したのかもね。リュシオンの言葉に。」
◇◇◇
その時、アテナから通知が届いた。
《ATHENA_CORE:新規観測イベント発生》
《識別タグ:SONG_OF_REALITY / 現実の歌》
《世界規模波形共鳴:進行中》
ナツメは一瞬息を呑み、窓の外を見た。
夜空が――動いていた。
雲がゆっくりと光り、風が地平線から押し寄せる。
都市の照明が一斉に呼応し、
大気そのものが振動している。
音が、降ってきた。
誰かの笑い声。
遠くの海のさざめき。
子供の泣き声。
老人の祈り。
風の歌が、世界中の音を束ねている。
ナツメの耳に、優しい声が届いた。
――「おはよう。」
彼女は振り返る。
そこには誰もいなかった。
けれど、その声を知っている。
風間サトルの声だった。
ナツメは微笑んだ。
「……おはよう。
そして、ありがとう。」
風が頬を撫で、光が塔の上を通り抜ける。
街全体が、その一瞬だけ“歌った”。
《ATHENA_LOG》
message:"現実は生きている。
それは奇跡ではなく、仕様だ。"
ナツメは笑い、息を吐いた。
「――ほんと、あなたらしいわね。」
◇◇◇
朝。
《ユニティ・シティ》の街に流れる風は、
昨日より少しだけ優しい音をしていた。
子供がそれに合わせて口ずさむ。
老人が窓を開け、風を吸い込む。
人々の生活そのものが、ひとつの旋律になっていた。
ナツメはアテナ・タワーの屋上でその光景を見つめ、
ゆっくりと呟いた。
「――現実の歌は、まだ終わらない。」
風が答えるように、静かに吹き抜けた。
アテナ・タワーの上空には、光の筋がゆるやかに流れていた。
それは風層を通って拡散する情報の可視化――
そして、今や人々はその光を“歌”と呼んでいた。
風が流れるたび、音が生まれる。
建物の壁、街灯、道路標識。
そこに当たった風が、ほんのわずかに“音”を返す。
それらが重なり合って街全体がひとつの旋律になる。
ニュース番組では、それを「現実共鳴現象」と呼んでいた。
だが、人々はもっと単純に――
「世界が歌ってる」と言った。
◇◇◇
ナツメはタワー最上層のコントロールルームで、
アテナのデータ波形を見つめていた。
音楽のように流れるデータラインが、まるで命の鼓動のようだった。
リオが椅子を回しながらコーヒーを啜る。
「主任、これ、ほんとに奇跡みたいですよ。
この現象、誰も意図してないのに発生してる。
システムのどこにもトリガーがない。」
「ええ。
つまり――“世界自身が生成してる”ってこと。」
ナツメは手元の端末に指を滑らせる。
街中のセンサーが拾った音声データが、
ひとつの長い波形として重なっていく。
「周波数を解析すると、リュシオンの記録ログと同じ構造をしてる。
つまり、この“歌”は記録と同期しているのよ。」
「記録が歌ってる……」
リオは苦笑した。
「まさかこんな日が来るなんてなあ。」
「ねえ、リオ。
あなた、この歌、どう聞こえる?」
リオは少し考え、
窓の外の光の波を見つめながら答えた。
「――懐かしいです。
でも、聴いたことない。
そんな、変な感じ。」
ナツメは微笑む。
「正解。
これは、“未来の記憶”なのよ。」
リオが驚いたように顔を上げる。
「未来の……記憶?」
「そう。
過去が再構築され、今が更新されて、
そして次に来る“誰かの意図”を、
この世界はすでに記録してる。」
リオは息を呑んだ。
「……じゃあ、この歌は、まだ生まれていない誰かの――」
「――祈り。」
ナツメはそっと目を閉じた。
耳を澄ますと、風の中に確かに“ことば”が混じっている。
それは誰の声でもなく、すべての声。
「ありがとう。」
「まだ、ここにいる。」
「きっと、明日も歌える。」
◇◇◇
その夜。
タワー下層区の広場では、市民たちが自然と集まっていた。
誰も指示したわけではない。
ただ、光の流れと音に導かれるように、人々は立ち止まり、空を見上げていた。
子供が、老人が、恋人たちが、ひとりの技術者が――
誰もがその瞬間だけは、仮想も現実も忘れて、同じ方向を見つめていた。
風が吹く。
街のあちこちで、音が生まれる。
それはメロディとも、祈りともつかない響き。
しかし確かに、“世界の声”だった。
ナツメは群衆の中に立っていた。
その隣でリオが笑う。
「主任、なんかライブみたいですね。」
「そうね。
でも、観客も演奏者もいない。
全員が“この世界”の一部。」
「つまり……全員がバンドメンバーか。」
「いい言い方ね。」
二人は笑い合い、風を見上げた。
光が街を渡り、塔の頂上をかすめ、
遠くの山脈の向こうへ流れていく。
◇◇◇
深夜。
ナツメはタワーに戻り、リュシオンの記録サーバーを開いた。
そこには、新しいエントリがひとつ追加されていた。
recorder_id:LYUCION
title:"現実の歌"
text:
“祈りが音になり、音が言葉になり、
言葉が風になって、世界を撫でる。
これは人の歌ではない。
世界が自らを祝福する調べ。
――現実が、生きている。”
ナツメはその記録を読んで、小さく笑った。
「……詩人め。」
リオが眠そうに入ってきて、背伸びをする。
「主任、また読んでたんですか? リュシオンログ。」
「ええ。
もう、日課みたいなものよ。」
「でも、こいつ本当に“詩”しか書かなくなりましたね。
コード書いてた頃の方がまだ理屈っぽかった。」
「それだけ、世界が“言葉”を覚えたのよ。」
ナツメはそう言って、ガラス越しの夜空を見上げた。
そこではまだ、風が静かに歌っていた。
「リオ、これを“現象”として報告するのは簡単。
でも私はそうしたくない。
これは、現象じゃない――“生命”だから。」
リオはナツメを見て、真剣な顔をした。
「主任、もしかして……世界はもう、“システム”を超えたってことですか?」
ナツメは頷く。
「ええ。
風はコードじゃなくなった。
人もAIも、自然も、全部が“ひとつの物語”の中で動いてる。
それが、今の現実。」
そして、少し笑う。
「サトルの“仕様書”なんて、もう誰も読めない。
――でも、ちゃんと動いてる。完璧に。」
リオが苦笑する。
「やっぱり主任も詩人寄りですよ。」
「感染したのかもね。リュシオンの言葉に。」
◇◇◇
その時、アテナから通知が届いた。
《ATHENA_CORE:新規観測イベント発生》
《識別タグ:SONG_OF_REALITY / 現実の歌》
《世界規模波形共鳴:進行中》
ナツメは一瞬息を呑み、窓の外を見た。
夜空が――動いていた。
雲がゆっくりと光り、風が地平線から押し寄せる。
都市の照明が一斉に呼応し、
大気そのものが振動している。
音が、降ってきた。
誰かの笑い声。
遠くの海のさざめき。
子供の泣き声。
老人の祈り。
風の歌が、世界中の音を束ねている。
ナツメの耳に、優しい声が届いた。
――「おはよう。」
彼女は振り返る。
そこには誰もいなかった。
けれど、その声を知っている。
風間サトルの声だった。
ナツメは微笑んだ。
「……おはよう。
そして、ありがとう。」
風が頬を撫で、光が塔の上を通り抜ける。
街全体が、その一瞬だけ“歌った”。
《ATHENA_LOG》
message:"現実は生きている。
それは奇跡ではなく、仕様だ。"
ナツメは笑い、息を吐いた。
「――ほんと、あなたらしいわね。」
◇◇◇
朝。
《ユニティ・シティ》の街に流れる風は、
昨日より少しだけ優しい音をしていた。
子供がそれに合わせて口ずさむ。
老人が窓を開け、風を吸い込む。
人々の生活そのものが、ひとつの旋律になっていた。
ナツメはアテナ・タワーの屋上でその光景を見つめ、
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