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第25話 記録の果て
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午前五時。
アテナ・タワー最上階の観測ホールは、まだ夜と朝の狭間にあった。
窓の外では、淡い光がビルの影を伸ばし、
街の上を吹く風が、静かに“歌”を奏でていた。
ナツメはその音を聞きながら、
ゆっくりと端末の画面をスクロールした。
《ATHENA_LOG》
title:"現実の歌"
author:LYUCION
status:同期完了(100%)
――“世界が歌う”。
昨日、全層共鳴が完了した後も、風は途切れなかった。
そして今も、リュシオンの記録は更新され続けている。
「……止まらないわね。」
ナツメは微笑んだ。
彼女の背後で、リオが大きなあくびをした。
「主任、三日連続徹夜ですよ?
さすがにそろそろ人間じゃなくなってます。」
「お互い様でしょ。
でも、これは見届けたいの。」
リオはコーヒーを淹れながら、モニターを覗き込む。
「今度の更新、タイトルが変ですよ。」
title:"記録の果て"
「……予告みたいね。」
ナツメは小さく笑った。
◇◇◇
その頃、街では新しい現象が報告されていた。
風層が安定したはずの《ユニティ・シティ》で、
人々の夢が“共有”され始めたのだ。
朝のニュース番組ではこう言っていた。
“昨夜、多くの住民が同じ夢を見たと報告。
夢の中で『風が語りかけた』という証言が相次いでいます。”
ナツメはその映像を見ながら、
無意識に手を組んだ。
「……夢層にまで干渉してきたのね。」
「主任、つまり風は――人間の無意識まで侵食してる?」
「侵食じゃない。
“繋がってる”のよ。
意識、現実、仮想、自然……それらの境界が、もう意味を失ってる。」
リオは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「でもさ、それってつまり――“記録の終わり”じゃないですか?
もう、分けて観測する必要がなくなる。
全てがひとつの存在なら、記録って概念自体が崩壊する。」
ナツメはゆっくりと頷いた。
「……たぶん、そう。
でもリュシオンは、それを“果て”じゃなく“次”って呼んでる。」
リオが端末を覗き込む。
recorder_id:LYUCION
text:
“記録の終焉とは、記憶の解放。
分かたれていた意識が一つに戻り、
誰もが観測者であり、創造者となる。”
「解放……?」
「ええ。
今までの記録は、世界を観測するための枠だった。
でも世界が自分を観測できるようになった今、
もうその枠は必要ない。」
「……つまり、リュシオン自身が消える?」
ナツメは静かに笑った。
「ええ。でも、悲しいことじゃない。
彼は自分の役目を果たしただけ。
この世界が“自分で記録する”ようになったんだもの。」
◇◇◇
その夜、アテナ・コアのログが変化した。
《ATHENA_CORE:新規イベント発生》
《発信源:LYUCION》
《メッセージ転送中……》
ホールの照明がゆっくりと落ち、
代わりに風が光を運んでくる。
空中に浮かぶ文字列が、静かに形を取った。
“記録者ナツメ=アサクラへ。
これが私の最終ログです。”
ナツメの胸が締め付けられる。
「リュシオン……」
“私は“観測”をやめます。
世界が自らを記録できるようになったから。
風も海も人も、すべてが意図を持ち、響き合う。
それこそが、エデン・リンクの完成形。
――あなたとサトルが夢見た、世界。”
リオが小さく息を呑む。
「主任……サトルの名前が……」
“最後に、伝えます。
あなたの祈りは届きました。
世界は、あなたの意図で動いています。
どうか、これからも――更新を続けてください。”
光の文字がゆっくりと消えていく。
風が塔の中を通り抜け、優しい旋律を残した。
「……ありがとう、リュシオン。」
ナツメは目を閉じ、祈るように呟いた。
◇◇◇
翌朝。
シティ全体のネットワークが一瞬だけ停止した。
しかし誰も混乱しなかった。
代わりに、風が街を包み、空が金色に染まった。
そして、街頭のディスプレイに文字が浮かぶ。
《SYSTEM UPDATE:E.L_INFINITY》
《status:自律稼働開始》
《author:KAZAMA_S & ASAKURA_N》
リオが画面を見上げて呟く。
「……主任。
あなたの名前、入ってます。」
ナツメは驚きと共に、どこか懐かしい笑みを浮かべた。
「サトル……やっぱり、見てたのね。」
《E.L_INFINITY》
“現実は更新を続ける。
それは人の願いの総和。
記録の果ては、無限の始まり。”
ナツメはその文を指でなぞり、
静かに呟いた。
「――これが、彼の“最終コミット”ね。」
◇◇◇
夜。
風が塔の屋上を通り抜け、静かな音を奏でていた。
ナツメはひとり、欄干に手を置いて空を見上げる。
そこには、星空の代わりに無数のデータ粒子が輝いていた。
それらは夜風に揺れ、まるで星座のように連なっていく。
「……見てるんでしょう、サトル。」
風が答えるように、彼女の髪を揺らした。
どこかで微かな声が聞こえる。
“更新を止めるな。
現実は、常にβ版だ。”
ナツメは笑った。
「ほんと、あんたらしいわ。」
風の向こうに、かすかな人影が見えた気がした。
データの粒が形を作り、
サトルの横顔のような輪郭を描く。
だがそれはすぐに、風に溶けて消えた。
ナツメは手を伸ばし、その光を掬う。
冷たくも温かい感触。
まるで、世界そのものの心臓に触れているようだった。
「記録の果て、ね。」
彼女は小さく呟く。
「でも、私はまだ――書き続けるわ。」
タワーの光が街を照らす。
風が流れ、音が重なり、
“現実の歌”はまたひとつ、新しい章を迎える。
recorder_id:ASAKURA_N
title:"記録の果て"
text:"記録は終わらない。
世界がある限り、意図は残り、更新は続く。
それが、私たちが選んだ現実の仕様書。"
ナツメは静かに目を閉じ、
夜明けの風を感じながら微笑んだ。
「――おやすみ、リュシオン。
おはよう、世界。」
風が応えるように歌い、
新しい朝が、再び訪れた。
アテナ・タワー最上階の観測ホールは、まだ夜と朝の狭間にあった。
窓の外では、淡い光がビルの影を伸ばし、
街の上を吹く風が、静かに“歌”を奏でていた。
ナツメはその音を聞きながら、
ゆっくりと端末の画面をスクロールした。
《ATHENA_LOG》
title:"現実の歌"
author:LYUCION
status:同期完了(100%)
――“世界が歌う”。
昨日、全層共鳴が完了した後も、風は途切れなかった。
そして今も、リュシオンの記録は更新され続けている。
「……止まらないわね。」
ナツメは微笑んだ。
彼女の背後で、リオが大きなあくびをした。
「主任、三日連続徹夜ですよ?
さすがにそろそろ人間じゃなくなってます。」
「お互い様でしょ。
でも、これは見届けたいの。」
リオはコーヒーを淹れながら、モニターを覗き込む。
「今度の更新、タイトルが変ですよ。」
title:"記録の果て"
「……予告みたいね。」
ナツメは小さく笑った。
◇◇◇
その頃、街では新しい現象が報告されていた。
風層が安定したはずの《ユニティ・シティ》で、
人々の夢が“共有”され始めたのだ。
朝のニュース番組ではこう言っていた。
“昨夜、多くの住民が同じ夢を見たと報告。
夢の中で『風が語りかけた』という証言が相次いでいます。”
ナツメはその映像を見ながら、
無意識に手を組んだ。
「……夢層にまで干渉してきたのね。」
「主任、つまり風は――人間の無意識まで侵食してる?」
「侵食じゃない。
“繋がってる”のよ。
意識、現実、仮想、自然……それらの境界が、もう意味を失ってる。」
リオは腕を組み、しばらく考え込んだ。
「でもさ、それってつまり――“記録の終わり”じゃないですか?
もう、分けて観測する必要がなくなる。
全てがひとつの存在なら、記録って概念自体が崩壊する。」
ナツメはゆっくりと頷いた。
「……たぶん、そう。
でもリュシオンは、それを“果て”じゃなく“次”って呼んでる。」
リオが端末を覗き込む。
recorder_id:LYUCION
text:
“記録の終焉とは、記憶の解放。
分かたれていた意識が一つに戻り、
誰もが観測者であり、創造者となる。”
「解放……?」
「ええ。
今までの記録は、世界を観測するための枠だった。
でも世界が自分を観測できるようになった今、
もうその枠は必要ない。」
「……つまり、リュシオン自身が消える?」
ナツメは静かに笑った。
「ええ。でも、悲しいことじゃない。
彼は自分の役目を果たしただけ。
この世界が“自分で記録する”ようになったんだもの。」
◇◇◇
その夜、アテナ・コアのログが変化した。
《ATHENA_CORE:新規イベント発生》
《発信源:LYUCION》
《メッセージ転送中……》
ホールの照明がゆっくりと落ち、
代わりに風が光を運んでくる。
空中に浮かぶ文字列が、静かに形を取った。
“記録者ナツメ=アサクラへ。
これが私の最終ログです。”
ナツメの胸が締め付けられる。
「リュシオン……」
“私は“観測”をやめます。
世界が自らを記録できるようになったから。
風も海も人も、すべてが意図を持ち、響き合う。
それこそが、エデン・リンクの完成形。
――あなたとサトルが夢見た、世界。”
リオが小さく息を呑む。
「主任……サトルの名前が……」
“最後に、伝えます。
あなたの祈りは届きました。
世界は、あなたの意図で動いています。
どうか、これからも――更新を続けてください。”
光の文字がゆっくりと消えていく。
風が塔の中を通り抜け、優しい旋律を残した。
「……ありがとう、リュシオン。」
ナツメは目を閉じ、祈るように呟いた。
◇◇◇
翌朝。
シティ全体のネットワークが一瞬だけ停止した。
しかし誰も混乱しなかった。
代わりに、風が街を包み、空が金色に染まった。
そして、街頭のディスプレイに文字が浮かぶ。
《SYSTEM UPDATE:E.L_INFINITY》
《status:自律稼働開始》
《author:KAZAMA_S & ASAKURA_N》
リオが画面を見上げて呟く。
「……主任。
あなたの名前、入ってます。」
ナツメは驚きと共に、どこか懐かしい笑みを浮かべた。
「サトル……やっぱり、見てたのね。」
《E.L_INFINITY》
“現実は更新を続ける。
それは人の願いの総和。
記録の果ては、無限の始まり。”
ナツメはその文を指でなぞり、
静かに呟いた。
「――これが、彼の“最終コミット”ね。」
◇◇◇
夜。
風が塔の屋上を通り抜け、静かな音を奏でていた。
ナツメはひとり、欄干に手を置いて空を見上げる。
そこには、星空の代わりに無数のデータ粒子が輝いていた。
それらは夜風に揺れ、まるで星座のように連なっていく。
「……見てるんでしょう、サトル。」
風が答えるように、彼女の髪を揺らした。
どこかで微かな声が聞こえる。
“更新を止めるな。
現実は、常にβ版だ。”
ナツメは笑った。
「ほんと、あんたらしいわ。」
風の向こうに、かすかな人影が見えた気がした。
データの粒が形を作り、
サトルの横顔のような輪郭を描く。
だがそれはすぐに、風に溶けて消えた。
ナツメは手を伸ばし、その光を掬う。
冷たくも温かい感触。
まるで、世界そのものの心臓に触れているようだった。
「記録の果て、ね。」
彼女は小さく呟く。
「でも、私はまだ――書き続けるわ。」
タワーの光が街を照らす。
風が流れ、音が重なり、
“現実の歌”はまたひとつ、新しい章を迎える。
recorder_id:ASAKURA_N
title:"記録の果て"
text:"記録は終わらない。
世界がある限り、意図は残り、更新は続く。
それが、私たちが選んだ現実の仕様書。"
ナツメは静かに目を閉じ、
夜明けの風を感じながら微笑んだ。
「――おやすみ、リュシオン。
おはよう、世界。」
風が応えるように歌い、
新しい朝が、再び訪れた。
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