【完結】媚薬を盛られた天才魔術師様を、助手の私が介抱することになりまして

物村

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02 助手、できる範囲で介抱する

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どれほど時間が経っただろう。
ヒルダは疲れ切った顔で、扉の前に膝を抱えて座り込んでいた。中からは苦しげな声と、ときおり掠れた呼び声が漏れてくる。

「……助手……、助手……!」「うう、どうしたら……」

頼むから呼ばないでほしい。
その「どうしたら」に、最悪の予感が背筋を撫でた。

「……どうですか。吐き出せましたか」
「無理だ!!」
「きゃあっ!?」

叫びと同時にドアが弾き飛ばされ、ヒルダは床に転がった。
両腕に魔術痕がきらりと浮く。強化魔術でこじ開けたのだろう。すぐにドミニクスが駆け寄ってくる。

「す、すまない! 怪我は無いか!?」

傷ついたように謝る姿に──そういえば、謝られたのは初めてかもしれない、と妙な感慨がよぎる。
だが次の瞬間、肩を掴まれて激しく揺さぶられ、視界が乱れた。

「どうして閉じ込めたんだ!? 辛いと訴えただろう!」
「はい、ですから……ご自身で吐き出していただこうと思いまして」
「だからって、何故手洗いに! 吐き気など無いぞ!? しかも真っ暗だ!!」

耳元で叫ぶ声は涙混じりで、半ばパニックだ。
照明をつけ忘れたのは、正直こちらの落ち度だった。気が動転していたのだから仕方ない、とヒルダは内心で認める。

「……グランツ様。もしかして……いえ、もしかしなくとも。ご自身に何が起こっていて、何をすべきか、わかっていらっしゃらないのですか」
「そうだと言っているだろう!」

ヒルダは額に手を当て、深いため息をついた。嫌な予感が当たった。

「助手は知っているのだな? 教えてくれ……。なぜだかわからないが、私の勘はずっと──お前を頼れば間違いない、この辛さを癒してくれると……そう、ずっと告げているのだ」

潤んだ瞳でうっとり告げられ、ヒルダはやりきれず天を仰ぐ。

ちらりと視線を落とすと、ローブを押し上げるように生々しく隆起したものが目に入った。
──性のことを、きちんと教わらず育ったのかもしれない。そこには複雑な事情があるのだろう。普段の不遜さも、身を守るための癖なのかもしれない。

そう思うと、ほんの少し気の毒になる。

頼れる人間は、今やヒルダしかいないらしい。
幸い……と言うのも変だが、ヒルダは経験のない身ではなかった。

(証拠があれば、最悪“事故”として処理される)

打算めいた思考が脳裏をかすめ、ヒルダは息をつく。

「……仕方ありませんね」

覚悟を決めて身体を起こし、覆い被さっていたドミニクスをぐっと押し返して床へ座らせた。
腕に触れただけで、彼の身体が大きく震える。わかりやすいほど過敏だ。その反応に、ヒルダは言いようのない気持ちになる。

ヒルダは目を閉じ、手順を整えた。
まずは、状況を理解できていない彼に説明が必要だ。

棚から小瓶を取り出して机に置く。吐精の証拠を入れるためのものだ。
それからドミニクスの前へ戻り、声はできるだけ優しく、しかし事務的に整えた。

「グランツ様。今のお辛さは、薬によって身体が強制的に“子を成そう”としているからです。本来は女性の胎に注ぐことで果たされる行為ですが……今の貴方は、とにかく子種を外へ出さなければ苦しい。ですので、まずは私の手で排出を助けます。──触れても、よろしいですね?」
「っ、ああ」

返ってきた声は、苦痛と渇望が溶けたように掠れていた。
ドミニクスは「子を成す」「子種」といった言葉を無意識に反芻し、夢を見るような表情さえ浮かべる。視線はヒルダの腹部に吸い寄せられたまま動かない。

その視線に小さく引っかかりを覚えつつ、了承は得た。
ヒルダは「失礼します」と告げ、ローブの裾へ手をかけた。

分厚い布をめくると、内側から現れたのは着古されたズボン。細い腰回りに合わせて布地は余り気味で、痩せすぎているのがはっきりわかる。
少しためらってから、「下着も脱がせますからね」と言い、布を一気に下ろした。

次の瞬間、抑え込まれていたものが勢いよく飛び出した。
張りつめた長さに、ヒルダは息を呑む。

邪魔にならない位置へ脱がせたものを寄せ、驚かせないように指を絡めて握る。
頭上から「……うぁっ」と掠れた呻きが漏れた。

最初は様子を窺い、ゆっくり数度上下に動かす。
大丈夫そうだと判断して、少しずつ速度を上げた。

苦しげだった吐息が、次第に熱を帯びる。
戸惑いを残しながらも、快楽に呑まれていく声色へ変わっていった。

「……っ、は……っ、ん……」

掠れた声が艶を含む。
ヒルダの手の動きに合わせて腰がわずかに浮き、ぎこちなくも自ら動かし始めていた。

このまま導ける──そう思った矢先、ひときわ大きな声が上がり、ドミニクスが膝立ちで覆いかぶさってきた。

「わっ、ちょっ──!」
「あ゛……っ……、からだ、おかしいっ……!」

切羽詰まった声が、甘い熱に濡れて耳を打つ。
ぎゅうぎゅうに抱きつかれ、視界が奪われた。

体勢を立て直そうとした、その瞬間。
ヒルダの手のひらを灼くような熱が弾け、手の中でびゅくびゅくと吐精する。

勢いが、掌にまで響いた。

はあ、はあと荒い息。ドミニクスは震える肩を上下させている。
初めての吐精に混乱しているのだろう。視線は宙をさまよい、子どものように縋りつく腕に力が入った。

「……辛かったですね。頑張りましたね」

背をさすり、そっと労わるように声をかける。
その響きに導かれるように、ドミニクスが顔を上げた。

潤んだ藍の瞳がまっすぐヒルダを映し、気持ちよさと安堵がないまぜに揺れている。泣き出しそうに唇を震わせながら、何とか小さく頷いてみせた。

放ってはおけない。
そう感じてしまう自分が、悔しい。

「ちょっと離れてくださいね。……よいしょ」

努めて事務的に告げて腕をほどく。
手のひらの精液がこぼれないよう小瓶のある机へ向かった。晩酌途中のワインとチーズが視界に入り、場違いさにいたたまれなくなる。それでも蓋を開け、慎重に収めていく。

背後から、ふらふらと足音がついてくる。
焦点の合わない瞳で、ドミニクスが覗き込んだ。

「……何をしているんだ」

ひどく心細げな声。ヒルダは淡々と答える。

「グランツ様が出された子種を保存しています。薬物を用いた不当な行為は、研究塔の規律においても重大な罪です。証拠さえ残しておけば、誰かが貴方に無理やり仕掛けたと証明できる。そうすれば、貴方が助手に無体を働いたなどという濡れ衣を着せられることはありません」
「……」

小瓶に流れ込むどろりとした白濁を、ドミニクスは初めて見るもののように凝視していた。
表情は妙に熱っぽい。まだ波が引いていないのが伝わる。

「何も心配することはありませんよ。ですので、もうお休みに──」

背後へ向き直ろうとした瞬間、すん、と小さな音が耳元で響いた。
ヒルダの匂いを確かめるように、鼻先が髪から耳へ降りてくる。

「ヒルダは、優しいな」
「……えっ」

初めて名を呼ばれた。
振り返ると、目尻に涙を溜めた瞳が真正面からヒルダを見つめている。

「お前だけだ、私の身を案じてくれるのは。ヒルダの声を聞くと、いつも、酷く心地が良い……」

言葉に合わせて隙間がなくなるほど抱き寄せられ、こめかみに頬を擦り寄せられる。
腰の後ろに回された腕がじわじわ力を増し、熱いものがお腹に押し付けられる感触に、ヒルダの喉がひくりと鳴った。

「背中を……撫でてはくれないか」

掠れた願いは切実だった。行為そのものは昂ぶった男のそれなのに、言葉の響きだけが幼い。
胸の奥が揺れて、ヒルダは迷った末に、彼の背中へ腕を回し、ゆっくり撫でさすった。

手のひらが動くたび、ドミニクスの肩が細かく震える。
喉から「……はああ……」と幸せそうな吐息が漏れた。

頼るように身を預けながら、腰がわずかに前後へ揺れはじめる。
擦れるか擦れないか程度だった動きが、次第に明確になっていった。

「……ヒルダ……っ、ヒルダぁ……っ」

熱に潤んだ瞳がただヒルダだけを映し、すがりついてくる。
掠れ声が艶を帯び、途切れ途切れに名を呼ばれる。擦り付ける動きが強まって、薄布越しに伝わる熱と硬さに、ヒルダの背筋がぞくりと粟立つ。

耐えようと唇を噛む。
それでも身体はじわじわ反応してしまい、堪えきれず吐息が漏れた。

「っ、ふうっ、ん……っ」

その瞬間、ドミニクスががばっと顔を上げる。
次いで、歓喜に似た表情が弾けた。

「ヒルダも、私と同じ……? 気持ちいい……?」

あまりに嬉しそうな声だったから、ヒルダは彼を見つめて、小さく頷いた。

「ああっ……ヒルダ! 嬉しいっ……!」

耳元で掠れた叫びが弾け、ひときわ強く腰を押し付けてくる。
びくん、と痩せた体が跳ね、熱い飛沫が間断なくローブの内側に溢れた。

二度目の吐精は一度目より激しい。
しがみついた腕ごと、ヒルダを揺らすほどだった。

背を撫でる手をそっと止めると、二人はしばらく抱き合ったまま動かなかった。
衝撃が去っても、互いの体温は熱いままだ。

ぼうっとした顔のまま、ドミニクスがゆっくり顔を近づける。
唇を重ねようとした瞬間、ヒルダは手のひらでその口元を押さえた。

ドミニクスは喉を震わせ、「……どうして……」と掠れた声で漏らす。捨てられた子犬のような顔。

「それは“処置”の範囲外です。私たちは恋人ではありませんから」

淡々と告げると、彼はしゅんと肩を落とし、不承不承ながら瞳を伏せた。
もう一度、背中を優しくさすると、かすかな吐息とともに体が緩む。

やがてローブの下に広がるぬめりに気づいたのか、ドミニクスは不快そうに眉を寄せ、のろのろ衣服を脱ぎ始めた。
ズボンも下着もすでに下ろされている。最後にローブを脱ぎ捨てると、薄いシャツ一枚を残した裸身があらわになった。

痩せた鎖骨、細い胸板。
儚げな体つきが、熱に浮かされた瞳と相まって妙に色気を放つ。

「……ヒルダ」

熱に濡れた声で名を呼び、目がヒルダのワンピースへ落ちる。
ローブを貫いて散った白濁を見つけ、息を呑んだ。

「……私の……子種が……ヒルダの服に……」

陶然と呟いた唇が震える。
続けて、切れ切れに願望を吐き出した。

「脱がせたい……。肌に触れたいんだ……ヒルダ……」

潤んだ藍の瞳が、必死に訴える。
ヒルダは短く息を吐き、迷いを胸の奥へ押し込んで、そっと微笑んだ。

「……いいですよ」

ドミニクスの手を取り、両側の腰の布を握らせる。

「上に、持ち上げてください」

促すと、彼は震える指先で布を持ち上げていった。
布が滑り上がるたび、ふくらはぎから太ももへ白い肌が露わになる。下着に包まれた腰の曲線まで晒されると、ドミニクスは「……わ……」と小さく感激を漏らした。

ヒルダが万歳の姿勢を取ると、ワンピースが床へ落ちる。
その拍子に裸の胸がふるりと揺れ、ドミニクスは堪えきれず抱きしめてきた。

胸の柔らかさが細い身体に押し当たる。
彼の肩が細かく震える。

伺うように見つめながら、恐る恐る胸へ手が伸びる。ヒルダが静かに頷くと、指先が沈み込み、包み込むように揉みはじめた。

ドミニクスは自分の手で形を変える胸から目を離せない。
最初はおっかなびっくりだったのに、次第に夢中になり、遠慮が消えていく。

乱暴さはない。
ただ必死だ。

先端に触れるのも最初はつつく程度だった。それが摘まんで転がし、こね回すように変わっていく。

「んっ、ふぅっ……」

甘い声が漏れるたび、彼の顔が嬉しそうに綻ぶ。
その表情に当てられて、ヒルダは思わず足同士を擦り合わせた。途端に、くちゅ、と湿った音が漏れた。

今日だけは、この男を思う存分甘えさせてやるか。
そんな気分になる。

ヒルダは彼の手を導き、ベッドへ横たえさせた。
狼狽える様子に微笑み、シャツも下着もひとつずつ外していく。裸になったドミニクスを見下ろしながら、ヒルダも覆いかぶさるように身を重ねた。

肌と肌がぴたりと触れ合った瞬間、二人の呼吸が同時に止まる。
鼓動が直に伝わり、彼の肩が震えた。

感動するかのように目を潤ませ、唇をふるふると震わせる青年を見て、ヒルダの胸に熱いものがこみ上げる。

──もう今日は、このまま過ごしてもいいかも。
そう思う間もなく、下腹に触れる熱は臨戦態勢のままだ。ヒルダの身体もまた、それ以上を望んで疼いている。

下着が湿って重たくなっている感覚に気づき、ヒルダは少し腰を浮かせた。
その瞬間、避妊のことが頭をよぎる。

今この部屋に避妊具はない。
けれど性行為後に飲む避妊薬なら、薬局で手に入る。そうしよう、と心の中で決めたとき、ドミニクスの不思議そうな、どこかさびしげな視線とぶつかった。

ヒルダはゆっくり膝立ちになり、ショーツを抜き取る。
落ちた布切れに視線を奪われ、ドミニクスは食い入るように追っていた。

仕草のひとつひとつを、思い出に刻むように見つめられている。
その真剣さが、悪くない。

ヒルダは自身の秘所を、彼の熱杭へとすり合わせた。
水音が鳴り、ドミニクスが小さく呻く。

「すご、い……! 熱い……! ヒルダ……!」

掠れた声は混乱を帯びている。
ヒルダは彼の肩に手を置き、ゆるゆる腰を動かしながら、耳元で穏やかに囁いた。

「大丈夫。……怖くないですからね」

それだけで「……っ、ああ……!」と震える声が漏れる。
まだ不慣れだが、確かに楽しめている。ヒルダは小さく息を吐いた。

昂りにそっと手を添え、ぬかるむ入口へあてがう。
ぴたりと押し当たると、ドミニクスの喉から「うあ……」と小さな声が零れた。

「グランツ様。……中、入れますね」

その声に、はっとしたようにドミニクスが顔を上げる。
まるで、その瞬間をこの目で確かめたいみたいに。

潤んだ藍の瞳に見据えられ、ヒルダは少し逡巡してから、彼の視界に分かるように指で割り開いた。

「ああっ、ヒルダ……! ヒルダの中に……、く……うっ」

先端が触れる。
ゆっくり押し広げられ、奥へ沈んでいく。

喉から荒い吐息が零れた。
ヒルダも刺激に飲まれないよう、肩で息を整える。

「……辛く、ない、ですか?」

問えば、彼はぶんぶん首を横に振り、途切れ途切れに答えた。

「……だい、じょう……ぶ、だ……っ」

頬を赤く染め、うっとり緩んだ表情。
その素直すぎる反応に、ヒルダの胸の奥がわずかに綻ぶ。

「……よかった」

ヒルダはさらにゆっくり腰を沈めた。久しぶりの行為に不安がないわけではない。だが滑らかに飲み込まれていく感覚に、ひとまず安堵する。

細身の体格に似合うように、太さこそ控えめだが長さを感じさせる。
意識を向けすぎないようにしながら、ようやく奥まで入れ込むと、安堵で思わず中が蠢き、頭上から「ふぅっ……」と掠れた声が洩れた。

「……こんなにも、ヒルダは温かいのか」

両手がヒルダの腰へ回り、馴染ませるようにさすられる。
ヒルダは目を細め、微笑んだ。

「動きますからね」

告げて、ドミニクスの腹に手をつき、上下に腰を揺らす。
ぱちゅ、ぱちゅ、と結合部から音が響き、顔が熱くなった。

──早く終わらせないと。
そう思い、気持ちを落ち着けるために心の中で数を数える。

その下で、ドミニクスは絶え間なく戸惑い、あえぎ、掠れ声でヒルダの名を呼び続けた。
ひたむきな響きに、数えるリズムが崩れていく。

やがて息が荒くなり、そろそろだとラストスパートをかけようとした瞬間、がしりと腰を掴まれた。

「ヒルダっ! もっと……!」
「あっ!? やっ……! グ、グランツ様っ──!」

一気に突き上げられ、声が跳ね上がる。
奥の柔らかなところを執拗にこすられる。

そこで一度、頭が真っ白になる。
そして、ずぶずぶと捏ね回される感覚が襲った。

入口ぎりぎりまで引き抜かれては、また奥深くを強く突かれる。
繰り返しに制御がきかず、抗議の声に甘さが混ざった。

「あっ、だめ、だめです……! やあっ、激しい……っ!」
いやいやと首を振っても、容赦ない律動に翻弄される。

「ヒルダっ……かわいい……ヒルダっ!」
「いやっ! も、止まって、お願い……っ! だめ、だめっ……!」
「っ、はは……っ!」

華奢な身体のどこにこんな力が。
楽しげに笑いながら、必死に快感を逃がそうとするヒルダを追い詰めてくる。

姿勢を保てなくなったヒルダがふらりと胸へ倒れ込むと、その瞬間を逃さず全身で抱きしめられた。
肌と肌が密着し、互いの熱が重なり合う。

そのぬくもりにさらに昂ぶったのか、動きは一層荒くなる。
抱き潰されるように腰を打ちつけられ、細い胸板の鼓動だけが激しく暴れていた。

視線が絡む。蕩けた表情がまっすぐ向けられる。
奥の弱いところをひときわ強く擦られて──

ヒルダは、あっけなく絶頂に攫われた。

その収縮に巻き込まれたドミニクスの体もびくんと弾む。
「っ、出る……!」と声を震わせ、奥に熱が放たれる。

抱きすくめる腕が強まり、ヒルダを揺らした。
中の熱をじんわり感じながら、ヒルダは声をかけようとして──そのまま意識が遠のき、瞼が静かに閉じていく。

彼女は気づかない。
開かれたままの艶やかな唇を、目を潤ませたドミニクスが夢中で見つめていたことも。
震える息を吸い込み、腕の中のヒルダに、触れるだけのキスを落としたことも。

 

翌日からの研究塔は、いつも以上に慌ただしかった。
人目を盗んで薬局へ出向き、避妊薬を手に入れるのにも一苦労する。

やがて小瓶に保存した精液から強力な媚薬が検出され、あの夜ヒルダの部屋を訪れていた令嬢──魔術評議会の主席研究員の孫娘──は正式に調査を受けることになった。
ドミニクスにお咎めはなく、ヒルダも被害者として扱われた。

だが……防音処理がされていない部屋からは、夜通しの声が思いのほか響いていたらしい。
研究塔の面々の目は、どこか生暖かい。

その時のことを思い返しながら、研究室の机で肘をつき、ヒルダは深く息を吐いた。

「……はあ。本当、災難……」
「……何かあったのか?」

立っているのはドミニクスだ。
手にしたトレーには、淹れてきたばかりの茶が二つ並んでいる。

先日のように熱に浮かされた姿ではない。ひょろりとした体つきのまま、どこかすっきりした顔をしていた。
それでも頬をわずかに赤らめ、落ち着かない視線が揺れている。前よりずっと、好意が隠しきれない。

「ヒルダよ……茶を飲まないか。疲れを癒やし、身体を温める効能があるらしい」
「…………」
「っ、薬は入っていないぞ!? 私はあんな卑劣な真似はしない。一緒に飲むから、どうか安心してくれ」
「その心配はしていません。……何度も申し上げていますが、私の事は“助手”と。そうお呼びください」
「……ヒルダ。私は、お前のことを……」
「グランツ様」

短い沈黙が落ちる。気まずさが広がり、ドミニクスが肩を落とした。
その姿に、ヒルダの胸がじくりと痛む。

「……お茶、美味しそうですね。一緒にいただきましょう。お菓子も持ってきますね」
「っ、ああ!」

ヒルダがトレーを受け取ると、ドミニクスは心底嬉しそうに笑った。
その顔に、ヒルダは小さく安堵する。

……こんな彼を放っておけない自分も、大概だ。
自嘲しながらトレーを卓へ置き、お茶菓子や器の支度を整えはじめた。
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