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12 未来へと向かって
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扉を出ると、使者の男が後ろをついてきた。理由を問うと、「次はラインベルグ様をお呼びせよ、とのことです」と返される。
そのまま彼を伴って中層の研究室まで戻り、扉を開けると、ヒルダが「お疲れ様です」と笑顔で出迎えてくれた。
その笑みに、胸の緊張がふっとほどける。けれどすぐに、先ほどまでのアンナとのやり取りが脳裏をかすめ、胸の奥が重く沈む。それを悟られまいと平然を装った瞬間、背後の使者がヒルダの名を呼んだ。
ヒルダは気遣うようにこちらを見たあと、「それでは、行ってきますね」と微笑み、出ていった。
研究を再開する気にもなれず、金属椅子を並べた簡易な寝床に身を投げる。深く息を吐き、そのまま目を閉じた。
「…………様、……ニクス様。ただ……戻りました……」
肩を軽く揺らされ、意識が浮上する。
ぼんやりと目を開けると、ヒルダが目の前にいた。窓の外はすでに夜で、室内の照明は落とされ、柔らかな光だけが漂っている。
「もう遅いので、起きてご飯を食べませんか? 食欲がなければ無理にとは言いませんが」
ヒルダは穏やかにそう言った。その声を反応するかのように腹の奥がぎゅうと締まったので、無言で頷いた。
食堂から持ち帰ったトレーを机に置き、いつものように並んで座る。彼女と食事をするようになって、苦手だった肉料理もいつの間にか美味しいと感じるようになっていた。鶏ささみのクリーム煮を味わっていると、ヒルダが何も言わずにこちらを見つめていた。
不意を突かれて胸が跳ね、「……どうした」と返す。
「ドミニクス様。私、五日ほど休暇をいただこうと思います」
しばらくの沈黙のあと、覚悟を決めたような顔つきで、ヒルダはそう告げた。あまりに突然で、頭が真っ白になる。
「……え」
「突然ですみません。でも、急ぎの……とても大事な用なんです」
「理由を、聞いてもいいか」
「……今は、まだ言えません。でも、帰ってきたら報告します。──約束します」
「…………わかった」
ヒルダが安堵の笑みを浮かべる。その表情に、ドミニクスの胸は締めつけられるように痛んだ。
「ドミニクス様」
呼ばれて顔を上げる。
「大丈夫。きっと、うまくいきます」
ドミニクスを安心させるように、ヒルダはまっすぐにその瞳を見つめた。横に流れた髪が、灯りを受けてさらりと揺れる。
噛みしめるように言葉を紡ぐ唇は艶やかで、声は凛として澄んでいた。
その声に宿る確信が、どんな未来も叶えてしまうように思えて──目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
ヒルダ不在の研究室で、ドミニクスは研究を再開した。完全な独りは、三年以上ぶりになる。温かな灯りが室内を照らしているのに、不思議と温度を失って見えた。
(……ヒルダ)
指先で机の表面をそっと撫でる。彼女が整えてくれた空間を乱したくなくて、使った道具は必ず元の場所へ戻した。食堂にも一人で通い、彼女がいた頃と同じように食事を摂る。
「……うまい」
思わず零れたその言葉に、ヒルダの「そうですね」という笑い声が重なった気がして、ドミニクスは静かに目を閉じた。
六日目の朝、使者の男が再び現れる。
ヒルダは今日、戻るはずだった。すぐにでも顔を見たかったが──猶予は与えられなかった。
あの日と同じように連れられ、アンナ・エイプリルの待つ部屋へと向かう。
「やあ、待ってたよ」
応接のソファに腰を下ろすと、アンナも対面に座った。
指を組み、思案するように顎へ添えながら、彼女は静かに口を開く。
「調査の結果、グランツ家には処罰が下されることになった。ゲイル・グランツはすでに魔術研究の権限を剥奪された。二度と塔に足を踏み入れることは許されない。同じく塔に籍を置く両親をはじめ、一族にも処分を下す。研究への関与や監督権限は、シュトラウス家同様、大幅に制限されることになる」
短く息を吐く。妥当だ。ただそう思う。
「……魔術至上主義の派閥は、解体されることになったよ。思想そのものは自由だけれど、他者を傷つけた以上、もう見過ごすわけにはいかない。
調査の結果、君たちが呼び出されたあの実験室は、彼らの拠点の一部でもあった。──ゲイルが侵入するための時間稼ぎだったと、彼ら自身が認めたんだ」
ドミニクスは頷いた。胸の奥で、静かに何かが終わっていく。
それでね、とアンナは次の言葉を紡ぐ。
「君をグランツ家に留めることは、もうできない。塔としても、将来ある研究者をこれ以上危険に晒すつもりは無いんだ。
……だから、塔が君を迎え入れたい。塔所属の研究員、ドミニクス・タウレンとして」
ドミニクスは驚きに息を呑んだ。心臓が強く跳ね、鼓動の波が胸の奥からせり上がる。まるで雪解けのあとに初めて陽を浴びたように、体の芯からじわりと熱を帯びていく。信じられず、確かめるように胸へ手を当てると、手のひらの下で脈が暴れている。
「この国には、才能があっても身分の壁に阻まれ、塔で学ぶことすら許されない者がいる。そうした者たちを受け入れ、平等に研究の場を与えるために──この制度があるんだ。
塔に属したあとは、君自身の意志で生きればいい。ここでの名は、君を縛るものではなく、君を守るものだからね」
まだ言葉にならないまま、アンナを見上げると、任せろと言いたげに頷いた。
「グランツ家のことは心配いらない。こちらで全て処理する。……君の意志だけを聞かせて欲しい」
少しの沈黙のあと、大きく息を吸い込む。
「──私は、グランツ家と決別したい。もう、あの名を背負いたくない」
アンナは力強く頷いた。
「了解した。それじゃあ手続きを進めておくよ」
壁の時計に視線を向けて、ふと笑う。
「そろそろあの子も戻っている頃だ。会いたいだろう? 行っておいで」
その声に、ガタリと音を立てて勢い良く立ち上がる。アンナに深く礼を言った。
「今回の件、深く感謝申し上げます。アンナ・エイプリル上席研究員。……生涯をかけて、必ず塔に成果を上げると誓います」
ぱちりとアンナが瞬きをする。
そして、口元をわずかにほころばせた。
「……楽しみにしているよ」
アンナの部屋を後にすると、午後に差し掛かろうとしていた。抑えきれない気持ちのまま、早足で階段を駆け下りる。すれ違った連中が怪訝な顔を向けてきたが、気にしていられなかった。
扉を開けると、室内にヒルダがいた。
「ヒルダ!」
「ドミニクス様。ただいま戻りました」
彼女はふわりと微笑み、一礼をする。抱きつきたい衝動を必死に抑えながら、彼女へと歩み寄る。伸ばしかけた腕を引っ込め、真剣な声で言った。
「ヒルダに伝えたいことがあるんだ。……とても、大事な話だ」
ヒルダは頷き、静かに聞く姿勢を取る。
「鍵、締めましょうか」
「ああ」
扉へと向かい、静かに鍵を閉める。その間も鼓動がうるさくて、どうにも落ち着かなかった。
ドミニクスは、彼女にすべてを伝えた。
──ゲイルをはじめとしたグランツ家が、今回の事件をきっかけに処罰されたこと。
──グランツ家が掲げていた魔術至上主義の派閥が解体されること。
──そして、自身はその一族から切り離され、塔所属の研究員として新たに籍を移すこと。
ヒルダは黙って聞いていた。わずかに驚きはしたが、それ以上は騒がず、静かに受け止めていた。
「……ようやく気持ちを伝えられる。ヒルダ。私はお前を愛している。私と……生涯、共にあってくれないか」
「すごく、嬉しいです。……私も、貴方を愛しています」
ヒルダの頬が淡く染まり、目が潤む。その表情を見て、ようやく現実味が追いつく。頬の内側が熱を帯びて、言葉が喉に詰まった。
「……抱きしめても、いいか」
「今日は、事前に確認されるんですね?」
くすくすと笑う声が近くで響く。思い返せば、これまで何度も衝動のままに抱きついては、彼女を驚かせてしまっていた。
「……すまなかった」
「冗談ですよ。嬉しくて抱きしめてくださっていたの、ちゃんと分かっていましたから」
ヒルダはそう言って、迎え入れるように両腕を広げた。吸い寄せられるように歩み寄り、腕を回して抱きしめる。ヒルダも背中に腕を回し、ぴたりと身体が重なった。介抱してもらった夜を思い出す、その柔らかなぬくもりに、はあ……と大きく息が漏れてしまう。
……まだ勤務時間中なのに、酷く離れがたかった。
今日は、このままずっと過ごしていたい──そんな衝動に駆られる。
「幸せだ……離れたくない……」
まるで子供のような言葉に、自分で言っておいて顔が熱くなる。それでも、正直な気持ちだった。
ヒルダが背を撫でてくれたのが嬉しくて、こめかみに頬を寄せると、「ふふ、かわいい」と腕の中で笑う声がした。
……また“かわいい”と言われてしまった。少し不服だが、そこに宿る慈しみが温かくて、どうしても笑みがこぼれてしまう。
「……ドミニクス様」
少し緊張した面持ちで、ヒルダが見上げてくる。
「今日、このあと……外泊届を出しませんか」
「……外泊、届?」
意味がつかめず、そのまま復唱してしまう。
「あ、いえ、その……ですね。……ええと」
ヒルダが頬に手を当てて、視線を彷徨わせる。
言葉を選ぶように一度小さく息を吸い、もじもじと続けた。
「塔の外で、誰にも邪魔されずに……二人だけで、夜を過ごしたいんです」
その一言で、世界が一瞬静まり返った気がした。遅れて意味が頭に染み込み、顔が一気に熱を帯びる。
「……ぁ……」
情けないほど間の抜けた声が漏れ、頬がみるみる熱くなるのが自分でもわかった。ヒルダはそんな自分を見て、綻ぶような笑みを浮かべた。
そのまま彼を伴って中層の研究室まで戻り、扉を開けると、ヒルダが「お疲れ様です」と笑顔で出迎えてくれた。
その笑みに、胸の緊張がふっとほどける。けれどすぐに、先ほどまでのアンナとのやり取りが脳裏をかすめ、胸の奥が重く沈む。それを悟られまいと平然を装った瞬間、背後の使者がヒルダの名を呼んだ。
ヒルダは気遣うようにこちらを見たあと、「それでは、行ってきますね」と微笑み、出ていった。
研究を再開する気にもなれず、金属椅子を並べた簡易な寝床に身を投げる。深く息を吐き、そのまま目を閉じた。
「…………様、……ニクス様。ただ……戻りました……」
肩を軽く揺らされ、意識が浮上する。
ぼんやりと目を開けると、ヒルダが目の前にいた。窓の外はすでに夜で、室内の照明は落とされ、柔らかな光だけが漂っている。
「もう遅いので、起きてご飯を食べませんか? 食欲がなければ無理にとは言いませんが」
ヒルダは穏やかにそう言った。その声を反応するかのように腹の奥がぎゅうと締まったので、無言で頷いた。
食堂から持ち帰ったトレーを机に置き、いつものように並んで座る。彼女と食事をするようになって、苦手だった肉料理もいつの間にか美味しいと感じるようになっていた。鶏ささみのクリーム煮を味わっていると、ヒルダが何も言わずにこちらを見つめていた。
不意を突かれて胸が跳ね、「……どうした」と返す。
「ドミニクス様。私、五日ほど休暇をいただこうと思います」
しばらくの沈黙のあと、覚悟を決めたような顔つきで、ヒルダはそう告げた。あまりに突然で、頭が真っ白になる。
「……え」
「突然ですみません。でも、急ぎの……とても大事な用なんです」
「理由を、聞いてもいいか」
「……今は、まだ言えません。でも、帰ってきたら報告します。──約束します」
「…………わかった」
ヒルダが安堵の笑みを浮かべる。その表情に、ドミニクスの胸は締めつけられるように痛んだ。
「ドミニクス様」
呼ばれて顔を上げる。
「大丈夫。きっと、うまくいきます」
ドミニクスを安心させるように、ヒルダはまっすぐにその瞳を見つめた。横に流れた髪が、灯りを受けてさらりと揺れる。
噛みしめるように言葉を紡ぐ唇は艶やかで、声は凛として澄んでいた。
その声に宿る確信が、どんな未来も叶えてしまうように思えて──目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
ヒルダ不在の研究室で、ドミニクスは研究を再開した。完全な独りは、三年以上ぶりになる。温かな灯りが室内を照らしているのに、不思議と温度を失って見えた。
(……ヒルダ)
指先で机の表面をそっと撫でる。彼女が整えてくれた空間を乱したくなくて、使った道具は必ず元の場所へ戻した。食堂にも一人で通い、彼女がいた頃と同じように食事を摂る。
「……うまい」
思わず零れたその言葉に、ヒルダの「そうですね」という笑い声が重なった気がして、ドミニクスは静かに目を閉じた。
六日目の朝、使者の男が再び現れる。
ヒルダは今日、戻るはずだった。すぐにでも顔を見たかったが──猶予は与えられなかった。
あの日と同じように連れられ、アンナ・エイプリルの待つ部屋へと向かう。
「やあ、待ってたよ」
応接のソファに腰を下ろすと、アンナも対面に座った。
指を組み、思案するように顎へ添えながら、彼女は静かに口を開く。
「調査の結果、グランツ家には処罰が下されることになった。ゲイル・グランツはすでに魔術研究の権限を剥奪された。二度と塔に足を踏み入れることは許されない。同じく塔に籍を置く両親をはじめ、一族にも処分を下す。研究への関与や監督権限は、シュトラウス家同様、大幅に制限されることになる」
短く息を吐く。妥当だ。ただそう思う。
「……魔術至上主義の派閥は、解体されることになったよ。思想そのものは自由だけれど、他者を傷つけた以上、もう見過ごすわけにはいかない。
調査の結果、君たちが呼び出されたあの実験室は、彼らの拠点の一部でもあった。──ゲイルが侵入するための時間稼ぎだったと、彼ら自身が認めたんだ」
ドミニクスは頷いた。胸の奥で、静かに何かが終わっていく。
それでね、とアンナは次の言葉を紡ぐ。
「君をグランツ家に留めることは、もうできない。塔としても、将来ある研究者をこれ以上危険に晒すつもりは無いんだ。
……だから、塔が君を迎え入れたい。塔所属の研究員、ドミニクス・タウレンとして」
ドミニクスは驚きに息を呑んだ。心臓が強く跳ね、鼓動の波が胸の奥からせり上がる。まるで雪解けのあとに初めて陽を浴びたように、体の芯からじわりと熱を帯びていく。信じられず、確かめるように胸へ手を当てると、手のひらの下で脈が暴れている。
「この国には、才能があっても身分の壁に阻まれ、塔で学ぶことすら許されない者がいる。そうした者たちを受け入れ、平等に研究の場を与えるために──この制度があるんだ。
塔に属したあとは、君自身の意志で生きればいい。ここでの名は、君を縛るものではなく、君を守るものだからね」
まだ言葉にならないまま、アンナを見上げると、任せろと言いたげに頷いた。
「グランツ家のことは心配いらない。こちらで全て処理する。……君の意志だけを聞かせて欲しい」
少しの沈黙のあと、大きく息を吸い込む。
「──私は、グランツ家と決別したい。もう、あの名を背負いたくない」
アンナは力強く頷いた。
「了解した。それじゃあ手続きを進めておくよ」
壁の時計に視線を向けて、ふと笑う。
「そろそろあの子も戻っている頃だ。会いたいだろう? 行っておいで」
その声に、ガタリと音を立てて勢い良く立ち上がる。アンナに深く礼を言った。
「今回の件、深く感謝申し上げます。アンナ・エイプリル上席研究員。……生涯をかけて、必ず塔に成果を上げると誓います」
ぱちりとアンナが瞬きをする。
そして、口元をわずかにほころばせた。
「……楽しみにしているよ」
アンナの部屋を後にすると、午後に差し掛かろうとしていた。抑えきれない気持ちのまま、早足で階段を駆け下りる。すれ違った連中が怪訝な顔を向けてきたが、気にしていられなかった。
扉を開けると、室内にヒルダがいた。
「ヒルダ!」
「ドミニクス様。ただいま戻りました」
彼女はふわりと微笑み、一礼をする。抱きつきたい衝動を必死に抑えながら、彼女へと歩み寄る。伸ばしかけた腕を引っ込め、真剣な声で言った。
「ヒルダに伝えたいことがあるんだ。……とても、大事な話だ」
ヒルダは頷き、静かに聞く姿勢を取る。
「鍵、締めましょうか」
「ああ」
扉へと向かい、静かに鍵を閉める。その間も鼓動がうるさくて、どうにも落ち着かなかった。
ドミニクスは、彼女にすべてを伝えた。
──ゲイルをはじめとしたグランツ家が、今回の事件をきっかけに処罰されたこと。
──グランツ家が掲げていた魔術至上主義の派閥が解体されること。
──そして、自身はその一族から切り離され、塔所属の研究員として新たに籍を移すこと。
ヒルダは黙って聞いていた。わずかに驚きはしたが、それ以上は騒がず、静かに受け止めていた。
「……ようやく気持ちを伝えられる。ヒルダ。私はお前を愛している。私と……生涯、共にあってくれないか」
「すごく、嬉しいです。……私も、貴方を愛しています」
ヒルダの頬が淡く染まり、目が潤む。その表情を見て、ようやく現実味が追いつく。頬の内側が熱を帯びて、言葉が喉に詰まった。
「……抱きしめても、いいか」
「今日は、事前に確認されるんですね?」
くすくすと笑う声が近くで響く。思い返せば、これまで何度も衝動のままに抱きついては、彼女を驚かせてしまっていた。
「……すまなかった」
「冗談ですよ。嬉しくて抱きしめてくださっていたの、ちゃんと分かっていましたから」
ヒルダはそう言って、迎え入れるように両腕を広げた。吸い寄せられるように歩み寄り、腕を回して抱きしめる。ヒルダも背中に腕を回し、ぴたりと身体が重なった。介抱してもらった夜を思い出す、その柔らかなぬくもりに、はあ……と大きく息が漏れてしまう。
……まだ勤務時間中なのに、酷く離れがたかった。
今日は、このままずっと過ごしていたい──そんな衝動に駆られる。
「幸せだ……離れたくない……」
まるで子供のような言葉に、自分で言っておいて顔が熱くなる。それでも、正直な気持ちだった。
ヒルダが背を撫でてくれたのが嬉しくて、こめかみに頬を寄せると、「ふふ、かわいい」と腕の中で笑う声がした。
……また“かわいい”と言われてしまった。少し不服だが、そこに宿る慈しみが温かくて、どうしても笑みがこぼれてしまう。
「……ドミニクス様」
少し緊張した面持ちで、ヒルダが見上げてくる。
「今日、このあと……外泊届を出しませんか」
「……外泊、届?」
意味がつかめず、そのまま復唱してしまう。
「あ、いえ、その……ですね。……ええと」
ヒルダが頬に手を当てて、視線を彷徨わせる。
言葉を選ぶように一度小さく息を吸い、もじもじと続けた。
「塔の外で、誰にも邪魔されずに……二人だけで、夜を過ごしたいんです」
その一言で、世界が一瞬静まり返った気がした。遅れて意味が頭に染み込み、顔が一気に熱を帯びる。
「……ぁ……」
情けないほど間の抜けた声が漏れ、頬がみるみる熱くなるのが自分でもわかった。ヒルダはそんな自分を見て、綻ぶような笑みを浮かべた。
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