【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「……いないのか?」

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 フィルエシュカの隣ではウォルフリートが荷車を軽々とひいて歩いている。
 村で物々交換に使うという猪の毛皮などを載せた荷車はかなり重い。それほど往来の多くない森の道は、車輪をとられてなかなか進みにくいと思う。だが男は汗一つかいていなかった。

 夜明けと共に小屋を出発した二人はもう随分歩いていたが、その道のりは一人で歩くよりもずっと短く感じられた。
 道中は思っていたよりも話題が尽きなくて、沈黙に困ることがなくてほっとした。男の話はフィルエシュカへのお小言に始まり、毒を持つ木の実のこと、ウォルフリートが旅の途中立ち寄った土地の面白い伝承まで多岐に渡る。

「伝承?」
「あぁ。なんでも岩山の奥にドラゴンが住んでいて、昔その血を浴びた男が不老不死になったそうだ」
「ドラゴン? 不老不死?」

 加えてそんな風に話をしながらも男はフィルエシュカにあれこれと気を遣ってくれるのだった。

「疲れてないか」
「はい」
「寒くないか」
「大丈夫ですったら」
「腹は減ってないか。蒸かし芋なら俺の背嚢にあるぞ」
「お芋ください」

 手渡された蒸かし芋を歩きながら頬張る。男がもっていた岩塩が芋の甘さを引き立てて何倍にも美味しい。

 フィルエシュカは頬を栗鼠りすのように膨らませながら、村に着いたらこの男のことを何と説明しようか悩んでいた。
 
 ウォルフリートは、だいぶ見慣れてはきたが相変わらず端正な顔立ちをしている。それだけでなく背も高くて、鍛え上げられた体には気品さえ纏っている。その辺の傭兵や狩人、ましてや村人などには全く見えない。
 そんな人間がどうして自分と一緒に居るのかと聞かれたらどう答えよう。

(呪いのことを言っちゃうと、身分がばれるし)

 森の出口に差し掛かるまで考えていたが、なかなか良い案は浮かんでこなかった。
 全てはこの男のちぐはぐな言動が原因だ。

 皇弟殿下の世話焼きは日に日に磨きがかかっていて、その行動はもはや自分の母親か父親のよう。けれども二人は外見に共通点が無さすぎて、肉親と言い張るのは難しい。
 恋人というには釣り合わないし、用心棒だというには、フィルエシュカの懐具合が村にばれている。

「ウォル、村の人にあなたのこと、なんと紹介したら良いですか?」

 考えるのが面倒になってきたので男に丸投げすることにした。
 
「……兄」

 まっすぐ前を向いたまま答えた男の提案を、すぐ却下した。

「無理ですよ。似てないです。それに私、天涯孤独って言ってありますし」

 そう言うと、ウォルフリートは急に歩みを止めた。自分だけ数歩進んだところで気付いて振り返る。

「ウォル?」
「……いないのか?」

 文脈的に家族のことだろう。
 数歩分空いた距離は、見上げなくても視線を合わせるのにちょうど良かった。

「はい。きょうだいはいませんし。両親はもう死んでます」

 そうでなければ、こんなポンコツの自分が一人暮らしなんてするはずがない。
 悲しさも寂しさも、もうとうの昔に故郷に置いてきた。だから口調がさっぱりしてしまうのは仕方ない。

「数年前に国境沿いで隣国と小競り合いがありましたよね。その時に兵士が私達の村に雪崩れ込んできて、二人は殺されてしまいました」
「……っ」

 進もうとしない大きな体からは、聞いてしまったことに対してなのか。申し訳なさが滲み出ている。

(ウォルもかなぁ)

 この話をするとフィルエシュカを可哀想な人間として見てくる人間は多い。それは心外だ。
 なら話さなければいいのにと言われそうだが、行く先行く先で聞かれるのだから仕方ない。
 今のは自分からだったが。

 ぎゅっとしかめられた顔は感情表現の不得意そうなウォルフリートには珍しい。

「ーーすまない」

 謝られるのも慣れている。
 にこりと微笑んでみせれば、男の顔がもっと歪んだ。

「なんでウォルが謝るんですか? 私が勝手に話したんですから気にしないで下さい。ーーあ、ゾフィがいる! すみません、先に行きます!」
「ああ……」

 そしてまだ何か言いたげな男を置いて、村の入り口に立っているのが見えた馴染みの顔の元へと、駆け寄って行った。
 


 ***

 チセ村の出入口に立つそばかす顔の知り合いは、駆け寄ったフィルエシュカの肩をガシッと掴んだ。

「あの人誰!?」

 きらきら、を通り越してぎらぎらした眼に気圧される。

「この前村に寄ってくれた時はお近づきになれなかったの! ねえ誰!? あんたの何!?」
「えっと……」

 ウォルのことをどう説明するか、結局決めていなかった。あと、フィルエシュカの小屋に来る前に寄った村、というのはやはりここで間違いないらしい。

 同い年の友人は鼻息が荒い。
 数ヶ月ぶりに会う自分よりも男のことなのか、と呆れる。

「こちとらもうすぐ収穫祭で切羽詰まってんの分かるでしょ!? 分かったらさっさと吐きなさいよこの半魔女!!」
「いひゃいいひゃいいひゃい!」

 両頬を摘まんで伸ばされる。その手を振り解こうとするも女の子にしては背の高いゾフィは、力も強かった。同い年の子達より一回り小さい自分では全く敵わない。

「フィルエシュカ!」

 そこへ追いついてきたウォルフリートが割り込み、ゾフィを引き剥がした。彼はどうやら大事な荷車を放り出して駆け寄ってきたらしい。

 引き剥がした後はフィルエシュカをその背中に庇うように隠している。

「ーー何をしていた」
「ひっ」

 顔を見なくても空気だけで分かった。ウォルフリートは怒っていて、ゾフィはそれに怯えてる。
 これはまずいと、男の背中を叩き意識を自分に向かせた。

「ウォル。この子はゾフィ。村長さんの娘で、私の友達です。今のは単にじゃれ合ってただけですから」

 男の背中から顔を出せば、ゾフィは青くなっていた。ウォルフリートの怒った顔がよっぽど怖かったのだろう。すごくよく分かる。

「ゾフィ、この人はウォル。私の、えっと」
「遠い親戚だ」

 結局、肉親路線を貫くことにしたらしい。
 ゾフィは持ち直して、フィルエシュカと男を何度も見比べている。
 
「あんた、天涯孤独っていってなかった?」
「遠いところにいたらしくて、訪ねてきてくれて、初めて知ったの」
「ふぅん……」

 ウォルフリートを上から下までじっくり観察するゾフィは先ほどまでの黄色い眼差しなんてどこへやら。完全に怪しんでいた。

「まぁいいけど。フィルカが来たら呼んでくれってお父さんが言ってたよ」
「村長さんが?」

 呼ばれているのなら行かなければならない。ゾフィの父である村長は、フィルエシュカを信用して村でまじないをさせてくれたり、使わない小屋を譲ってくれた恩人だ。ウォルフリートの背から出て、ゾフィに近寄ろうとした時だった。
 がしりと二の腕を掴まれた。

「待て。俺も行く。お前が世話になってきた村長なら、挨拶してやろう」
「はい……」

 不穏すぎる予感がした。

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