【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「一人じゃない。俺がいるだろう」

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 村長の家は村の出入り口から遠く、向かうあいだフィルエシュカはすれ違う村人達にひっきりなしに話しかけられた。誰も彼もフィルエシュカをみてほっとした顔をする。

「フィルカ! あんた生きてたんだねぇ! あとでうちにも寄っとくれ!」
「はーい!」

 家の窓から身を乗り出したおばさんの次は、畑で収穫にあたっていたおじいさんだ。

「半魔女さんじゃないかい! 元気そうで良かった良かった! そったら、今年もうちの豚小屋を頼むよぅ! 後でかぼちゃをあげっからさ」
「かぼちゃ! 分かりました、任せて下さい!」

 ちなみに隣で荷車をひくウォルフリートはフィルエシュカが話しかけられるたびなぜか身構えている。二人を先導するゾフィはといえば彼女はこういうことに慣れているから、気にも留めていない。

(とりあえず、まじないがきれてる家は無しと。ウォルはかぼちゃ料理できるかな?)

 自分が一人でかぼちゃを貰ったら、切って、ワタを取って、煮ておしまい。皮は硬くてもそのままだ。でも料理上手なこの男ならばもっと美味しくできるだろう。
 欲を言えば食料の他にも蝋燭や石鹸、糸や針も欲しい。けれどいずれも余るほどあるわけではない、貴重品である。
 猪の肉や毛皮はウォルフリートが欲しいものと交換するだろうし、自分のまじないでどれくらい手に入るだろうかと計算するうちに、もう村長の家に着いていた。

 村長はいつでも火の玉みたいなゾフィと違って物静かで穏やかな人である。どうやら家の前に出て待っていたらしい。三人を見ると屈託のない笑みを浮かべた。

「フィルカ。元気そうで何よりだ。おや、そちらは?」

 フィルエシュカをフィルカ、と親しみを込めて呼ぶ村長の前にウォルフリートがずいっと進み出る。

「お初にお目にかかる、チセ村の村長殿。俺のことはウォルと呼んで欲しい」
「……ウォル様ですね。このような辺鄙な村には珍しいお方がいらっしゃったものだ。ゾフィ、悪いがディルクを呼んできておくれ」

 用を言いつけられたゾフィが見えなくなると、村長はフィルエシュカ達に家の中に入るようすすめてくる。
 案内する村長の背中を追うようについていく男が、思ったより静かであることにほっとしていた。

 チセ村は近隣の村の中でも比較的豊かな方だ。牧歌的で、平和。滅多に盗賊なんか現れないし、犯罪も聞かない。
 だからか、領主の姿すら滅多に見ることがない。少なくともフィルエシュカは会ったことがなかった。
 本来ウォルフリートのような天上人は、一生縁がない場所である。

 村長の妻の趣味であるパッチワークのタペストリーがかけられた部屋に二人は案内される。年季の入った木の椅子にウォルフリートが腰を下ろしてすぐのことだった。

「もしや、畏れ多くも皇弟殿下であらせられますか?」

 開口一番、村長はウォルフリートの正体に言及した。
 まさかバレるなんて思っていなかったから、フィルエシュカの口はポカンと開いたままである。

「よく分かったな」

 流石に男も驚いているらしかった。
 村長は鷹揚に頷いている。
 
「……フィルカは呪いの魔女ですから。この国の者ならば子供の頃からはじめの皇帝の話を聞いて育ちます。すぐに、ウォルフリート殿下では、と思いました。無論、他言はいたしません」
「そうしてくれると助かる。俺のことは、この娘の遠い親戚ということにしてほしい」

 フィルエシュカ達の前にお茶を出して、ウォルフリートと向かい合う椅子に村長は腰を下ろした。

「畏まりました。それではもう、呪いはお解きになられたのでしょうか」
「いやまだだ。フィルエシュカが一人前になってからでないと解けぬというのでな」
「……そうですか」

 まるで安堵しているようだった。村長のフィルエシュカを見る目は、父のように優しい。

「フィルカ。今年の収穫祭はどうする? ディルクが今年成人でね。君さえ良ければ一緒にと言っていたが」

 収穫祭。それは、農村では最も大切な祭りだ。神様に今年与えて下さった実りを感謝し、次の年の豊穣を願う。けれど適齢の男女にとっては、もう一つ大切な意味がある。

「ディルクさんが? 私はべつにーー」

 いいですけど、と言おうと開けた口を、横から素早く伸びた手が蓋をした。

「んむっ」
「ほいほい返事をするな。ディルクとは誰だ?」
「私の息子で、次期村長でございます」
「……ほう」

 むがむがしても男は口から手を離してくれない。村長は少し引き攣っていた。
 
「あの……そろそろ離してやっては」

 内密にするとは言っても、皇弟という身分を知っていては大きく意見を言えないのだろう。村長の小さい声くらいでは、ウォルフリートは意思を変えたりしない。

「フィルエシュカは迂闊で、危機感がないのでな。村長殿、俺が持ってきた猪の肉と毛皮と牙なのだが、良い品と思って頂ければこちらの欲しいものと替えていただきたい」
「さ、それは。品物を見てからといたしましょう。ちなみにご入用のものは?」

 ウォルフリートはフィルエシュカの口を押さえたまま希望の品物を上げていく。

「チーズと小麦粉が欲しい。それから毛糸、布、菜種油と……」

 最初は頷きながら聞いていた村長の顔がだんだんと強張っていく。皇弟が上げたのはどれも貴重品で、村で一番大きな村長の家にも余分にあるとは思えなかった。それでも要求を聞きおわると、苦笑して「いいでしょう」と言った。

「ウォル様がお持ちの猪と、ご希望の品ーーあまり数は揃えられませんが、それらを交換いたします。しかし私の願いをひとつ聞き届けて頂けたらです」
「なんだ? 領主にでもなりたいか?」

 幾分、ふざけ混じりの応酬だ。
 村長が腹の中の見えない笑みを顔に貼り付けて、身を乗り出した時だった。
 部屋の外の長くない廊下を走ってくる音がする。そして入室の伺いすらなく、部屋の扉が勢いよく開かれた。
 
「フィルカ!!」

 満面の笑みで飛び込んできたのは、淡い栗毛の青年だった。その背後には辟易したようなゾフィ。
 青年はフィルエシュカのすぐ側まで駆け寄ってくる。

「久しぶり! 何ヶ月振りだろう? ぜんぜん村に来ないから心配していたんだよ?」
「それはすみません」

 驚いて緩んだウォルフリートの手をぺりっと剥がして答えた。
 フィルエシュカのポンコツっぷりをよく知っているこの村の人達は、馴染みの魔女がなかなか村に顔を見せないから、本気で死んでないか心配していたのだという。

「もうすぐ収穫祭だし、今日来てくれなかったら明日森に様子を見にいくところだった。ね、今年の収穫祭は出るでしょう?」
「えっと……」

 ちらりと、見なきゃいいのに、隣を見た。
 恐ろしいほど静かだったから、怖いもの見たさにだ。

 しかし予想に反して、ウォルフリートは真顔だった。怒ってもいないし、もちろん笑ってもいない。

「僕、収穫祭の日にはちゃんと十八になってるからね。フィルカが去年祭りに出なかったのは僕を待っててくれたんでしょう?」
「待って、た?」

 何のことか、と首を傾げる。
 ディルクは乙女のように頬を染めた。その顔には少し前までゾフィと同じくらいそばかすが散っていたはずなのに、今は名残すらない。
 
「やだな。さすがにこの場では恥ずかしいよ。そうだ、衣装も僕と揃えようか。フィルカの金の髪にぴったりなすごく可愛いのを母さんが縫ってくれるよ! 急いでもらわなきゃ間に合わないから、早速……」

 と、ディルクがフィルエシュカの負傷している方の腕に向かって伸ばした手を、ウォルフリートが阻んだ。
 正確にはフィルエシュカの肩を抱き寄せた、だ。

「ウォル!」
「フィルエシュカは手を怪我している。触らないでもらおうか」
「え、そうなのごめんーーって、誰?」

 青年はそこでやっとウォルフリートの存在を認識したらしい。

「ディルク、こちらはフィルエシュカの遠い親戚で、ウォル様だ。ウォル様、愚息が失礼いたしました」
「ーーフィルカの! それは失礼しました。僕はディルクと申します」

 父親に紹介された青年は人懐こい笑顔で仕切り直すと、ごく自然に空いている椅子に座る。そこは偶然にもフィルエシュカの向かいだった。

「フィルカ怪我したの? やっぱり森の中で一人暮らしなんて、まじないの力があっても心配だよ。前みたいにうちで暮らせばいいじゃないか」

 何とも言えず苦笑して、ぽりぽりと頬をかく。
 小屋に住む前、この村長の家に居候していた時を思い出したのだ。

(ディルクはあの時も結構引き留めてきたもんなぁ……)

 自分だって人里で暮らす方がずっと楽なのは分かっている。けれどもその提案は受け入れられない。

「ありがとうございます。でも私もう大きいので。一人でやっていけますから」

 そういうと、ウォルフリートがフィルエシュカの腰に手を這わせた。
 その手がなんだか、いつもフィルエシュカに触れる手とは違う気がして、ぞくりとする。

「一人じゃない。俺がいるだろう」
「……は?」

 ぽかんとした青年に向かって、ウォルフリートがにやりと口角を上げる。横顔しか見えないのに、すごい悪人顔だった。
 腰に回った手とは反対の手がフィルエシュカの顎を掬い上げた。

「フィルエシュカは俺と暮らしている。だから不自由なんてしていない。この家に住んでいたというのは初耳だが、戻ることなどない」

 無理矢理交わさせられた視線は、間違いない。
 あとでお説教と言っている。

(ひぇええ! なんで怒ってるの!?)

 目だけを動かしディルクと村長の反応を確認すれば、よく似た顔が揃って呆けている。先に立ち直ったのは息子の方だった。

「フィルカとーー暮らしてる?」


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