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「俺がお前を、一人前の魔女にしてやる」
しおりを挟む魔女になるための条件は三つある。
自分はもう、そのうちの二つについては満たしていた。
残りのあと一つの中身を、ウォルフリートにきちんと話したことはない。
なのに彼はその最後の条件を口にした。
どこで聞いたかなんて考えるまでもなかった。
「村長さん、ですか?」
フィルエシュカの事情に通じている人間といえば村長くらいしか思いつかない。
男からの無言の返答は、この推測が正しいのだと教えてくれる。
「……俺は、お前がまだ子供のように見えていたから、てっきり成人することが条件だと思っていた」
食卓にのる片腕の拳は、強く握り込まれている。
「だからこそ、お前が成人して皇族の呪いを解く日まで、守る気でいたんだ」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はない。勘違いしたのは俺だ」
どうやら年齢までバレているらしい。
しょんぼりしていると、頭の上に手が置かれる。
食卓の向かい側にいたはずの男は、いつの間にか自分のすぐ隣に立っていた。
「……まだ十五くらいだと思っていたぞ」
それは若く見積りすぎだが、昔から幼く見られがちの外見をしている自覚はある。
魔女になる条件のことは、騙していたわけではないし、よしんばわざと黙っていたとしても、ウォルフリートに迷惑が掛かるわけではない。
けれど男の言葉の端々から、悔しさのような感情が見え隠れして何も言えず、自分の頭に手を置く男を、ただ見上げていた。
(……嫌われちゃったかなぁ)
不安な気持ちで男を見つめていた。
すると頭に置かれていた手が背中に回り、もう片方の手が膝下に伸びた。
あっという間に椅子の上から持ち上げられ、フィルエシュカは男に抱き上げられる形になる。
昨日、いや今朝までならこんなことをされたら暴れていただろう。
けれどもう自分は、この病みつきになりそうな温もりを、知ってしまった。だから大人しく身を預けていると、頭の上で深い溜め息が聞こえる。
「ウォル?」
「……お前は、どうしてそんな……」
ぐっとその先の言葉を必死に飲み込んだ顔は苦し気で、眉間には深く皺が刻まれている。
そしてウォルフリートはフィルエシュカを抱えたまま、椅子に腰を下ろした。
男の膝の上に座らされると、想像よりも硬い太腿に、つい胸の鼓動が速くなった。
「いくつか訊く」
こくん、と頷いた。
訊かれたら答えると言ったのは他ならぬ自分だ。
「魔女になる条件が男と関係することなら、お前はどうやって満たす気だったんだ?」
「それは、あのぅ、村で」
「村で?」
「……む、村で、受け入れてくれそうな人に、頼もうかと……ひゃっ」
背中を支えていたウォルフリートの手が肩口をすっぽり包み、その次の瞬間には厚い胸板に密着するように引き寄せられた。そのせいで変な声が出てしまう。
「ーーまさか今日、誰かに頼んだりしてないだろうな」
ぶんぶんと、押し付けられたまま何とか首を振る。男はそれでも力を緩めない。まだ気が済まないのだろう。
「次の質問だ。ーー仮にそれを頼んだとして、お前その時、男から具体的に何をされるか分かってるのか?」
「それは……知らない、ですけど。でもあの、知らなくても、男の人が勝手に終わらせてくれるんですよね?」
村の女の人はそう言っていたし、そこまで難しいことではないのだろう。
自分が混ざることはなかったが、その行為を終えた後の感想を言い合う女性たちの会話は、何やらひそひそと、楽しそうに見えた記憶がある。収穫祭の後の、よくある光景だった。
「なら別に誰でもいいかな、って……」
その時、男のこめかみに血管が浮き上がるのが見えた。自分の口からひっと小さな悲鳴が漏れる。
「そうか……誰でもいい、か」
ーー怖い。
ウォルフリートは笑っていた。人の笑顔を怖いと思ったのはこれまで片手で数えるほどしかないが、その全てが彼なんだぞと、どこかで冷静な自分が囁いている。
何か自分は、言ってはならないことを言ったらしい。
「誰でもいいなら、俺でもいいな」
彼の右手はまだ自分の肩にある。
フィルエシュカを膝の上に置いた後自由だった左手が、視線を逸らすのを許さないとでも言いたげに、顔に添えられた。
強制的にウォルフリートと視線が合い、その目を見て息が止まりそうになった。
男の目は、完全に据わっている。
「俺がお前を、一人前の魔女にしてやる」
***
どれくらい呆けていただろう。
ぽかんと開けていた口を、男の親指がつぅ、となぞってやっと覚醒した。
「ウォル? 何言って」
「村人程度の男なら誰でも良くて、俺では駄目な理由があるなら言ってみろ」
言ってみろと言っておきながら、唇をなぞる男の指は止まらない。どころか、そのまま口の中に侵入してきたではないか。
「ん、むぅ、ん」
舌の縁をぐるりとなぞった親指に、触られていないはずの腰がぴくりと跳ねる。
(な、に? なんで、ゆびが)
指は口の中をなぞる。何かを探すように隅から隅まで。
すると何ヶ所か、おかしな感覚に襲われる場所があった。
撫でられているのは口の中なのに、お腹の中の弱いところを探られているような、味わったことのない感覚。
(あ、や、ぃや……っ)
もちろんウォルフリートはその瞬間を見逃さない。
弱いと分かれば、指でそこを執拗に撫で上げた。
「んっ、ん~~!」
肩と顔を抑えられているせいで感覚を逃すことができない。男の左腕に思わずしがみついた。頭に朝の森のような、深い靄がかかっていく。
「……こんなお前を、わけのわからん男に渡す? 一体何の冗談だ」
「ふぁ……」
口からやっと抜かれた指は、唾液に塗れていた。部屋の中を灯すランプの灯りが反射してぬらりと光るそれを、ウォルフリートが自身の口元へ運び、舐める。
手首まで垂れる雫が甘露であるかのように、男は余すことなく舐めとった。
けれど目だけは、猛禽のようにこちらを捉えていた。
支えがなくても、目を離すなんて、出来ない。
「今俺がしたようなことを俺以外の男にされたいなら、そいつのところへ行けばいい。無論、これだけじゃ済まないがな」
口と頭がまだ痺れている。残った指の感触のせいで上手く言葉が出せない。
(今みたいなことをするの?)
抱くという言葉通り、処女を失う行為は、せいぜい同じ寝台に横になって抱き締められる程度だとばかり、思っていた。今のようなことだけでも嫌なのに、それ以上だなんて……そんなのどう考えても無理だ。
じゃあウォルフリートならいいのかと問われたら、それはそれで返答に困ってしまう自分がいる。
嫌ではないが、踏み込んではいけない場所に入るような予感が、ひしひしとするのだ。
とりあえず緩慢に首を左右に振れば、男は満足そうに口角を上げる。
「なら、俺以外の男に処女を奪ってくれと、今後絶対に頼まないな?」
「は、い」
「ずっと俺の側にいるな?」
「はい」
口にしてからあれ? と内心、首を傾げた。
いま、自分は何の問いに返事をしただろう。
口の中を弄られたせいで、まだ頭がぼーっとしている。そのままよく考えずに答えてしまった。
汗で額に張り付いた髪を、男の指が整える。優しく額からこめかみへと伝う指。
仕事を終えた指が、すりすりと頬を撫でた。
「……なら俺は、お前だけを大切にしよう」
(ん? んんん?)
そして膝の上でぎゅっと抱き締められた。
抱き締められながら、もしかすると自分はとんでもない質問に答えてしまったのではないか。そんな気がしていた。
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