【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「私との約束、破ったんですか?」

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「巻き上げたって、どういうことですか?」

 抱えられながらも、ゾフィの発言に男がぎくりとした瞬間は、ちゃんと見ていたのだ。
 問い詰めればウォルフリートは、しれっとした顔で言い放つ。

「お前への無礼に対する慰謝料だ。安いくらいだろう」

 急速に頭が冷えていく気がした。そんなことは少しも望んでいない。

 村長の妻から虐げられるのは挨拶のようなものだから、いちいち気にしていられない、というのもある。

「私との約束、破ったんですか?」

 男の胸元の服を掴んでじっと見上げる。ウォルフリートが何かをしたのだとしたら、それは自分が村中にまじないをかけていた時だろう。村長達と喧嘩したりしないという約束をしてくれたから、一人で戻ってもらったのに。

 しかしウォルフリートは悪びれもせず「喧嘩はしていない」と言った。

「俺はただの交渉のつもりだった。だが村長が全て叶えてくれるというから、それに甘えただけだ」
「そんなのっ……」

 当たり前である。
 村長はウォルフリートの身分を知っている。
 きっと、皇帝の弟の不興を買うわけにはいかないと、無理な要求を聞いたのだろう。

(ーー私のためでも、そんなの)

 男の服から手を離し、その膝から降りる。
 引き留めようとする手を振り払えば、男の顔は途端に歪んだ。

「フィルエシュカ!」

 お腹に力を入れて、キッと睨む。ウォルフリートがどう思おうが、今はっきり伝えなければ、彼はずっと同じことを繰り返すだろう。

「ーーウォル。村長さんもゾフィも、私にとっては家族のような人達なんです。その人達を脅したり怖がらせたり、ましてや雑に扱うなんてウォルでも許せません」

 椅子に腰を下ろしたままウォルフリートは硬直している。
 座った彼と目線が合うように腰を落とした。

「私のことを思ってくれたのは分かりますけど、方法を間違えてると思います」

 もしかしたら、彼はこんなことを言われたことがないのかもしれない。
 驚きの中に戸惑いが見え隠れしていた。

「貰いすぎたものは、返しましょう? ね?」

 腿の上で握り締められた大きな拳に手を添えた。
 目を伏せる悔しそうな顔に、申し訳なさが湧いてくる。
 自分のために怒って、何かをしてくれる気持ちは嬉しい。
 問題はその手段だ。誰彼構わず波風を立てるようなやり方は、いつか彼の身を滅ぼしてしまう。

(そういえば私、ウォルにちゃんとお礼言ってない)

 色々ありがとう、で済ませていたが、やはりそれでは伝わらない。
 何をされたら嬉しくて、何をされたら嫌なのか、そんなのは人によって違うだろう。

 勇気を振り絞ると、膝と背筋を伸ばしてから、ウォルフリートの頭を抱え込むように手を回した。彼は座ったままだから、丁度自分の胸に頭が当たる。その手で彼の黒髪を、褒めるように撫でた。
 さらさらと指通りの良い髪だった。鼻腔を爽やかな木のような香りがくすぐる。ほっとする匂いに、自分の中の彼への苛立ちが柔らかくなっていくのが分かる。

「ウォル。私、嬉しかったんです。ウォルが私のために奥様に怒ってくれたこともーーディルクさんから、守ってくれたことも。だからこそ、私のために周りの反感を買うようなことは、して欲しくない、です」

 ただでさえ体が大きくて、そこにいるだけで威圧感があるのだ。されなくていい誤解もたくさんされてきただろう。
 そこまで考えて初めて、彼の過去を何も知らないことに気がついた。聞こうともしていなかった。
 でも今はなぜか知りたい、と思う。
 
 いつかさよならする時が来ても、彼のことは覚えておきたい。
 こんな自分を魔女にしてくれる人との、思い出を。

「私はみんながウォルを誤解してしまうのが、嫌です。だってウォルはほんとは、お料理もお裁縫も上手で、なんでも知ってて、私の看病までしてくれて、とっても優しいんですから」
「ーー俺のことをそんな風に言うのは、お前だけだ」

 そんなことない。その言葉の代わりにぎゅっと抱き締める力を強くする。
 自分の背中にも彼の腕がまわる。
 鳩尾に押し付けられた口から、体の中心へと小さな振動が伝わった。

「……もう、しない」

 表情までは判らなかった。彼の顔は全部フィルエシュカの上半身で隠れていたからだ。
 でもきっといつもの仏頂面なのだろう。
 
 想像すると可愛かった。

 そこへ、控えめな咳払いが響く。
 勢いよく顔を上げると、顔を真っ赤にしたゾフィが視線を彷徨わせていた。
 ーーいるのを、すっかり忘れていた。

「……邪魔して、悪いんだけど」
「ゾ、ゾフィ、あの、今のは……っ」

 慌ててウォルフリートと距離を取ると、友人は大きな溜め息をついて、苦笑した。

「言ったでしょ。フィルカが良いならいいって。あとこれから持って来る物は返さなくていいと思うわよ。畑が荒らされた上に、そのでっかい男の食い扶持が増えたんだから、いくらあっても足りないでしょ」
「う……」

 ゾフィの言うとおりだった。
 ウォルフリートがどれくらい村長からもぎ取ったのかは分からないが、あって困ることはない。
 もし多くてもその分、行商の人から買うものを減らせばいい話だ。

「ご、ごめんね」
「あんたは謝ってばっかりね。……いつまで経っても水臭い子なんだから」

 じゃあ帰るから。そう言って椅子から立ち上がる友達に駆け寄った。

「待ってゾフィ。ーーゾフィが、無事に家まで帰れますように」

 つま先立ちをしてやっと彼女の頬に唇が届く。まじないをかけると、途端に広がって彼女を包む、ふわりとした光の衣。
 まじないは何も持っていない自分が、友達に唯一してあげられることだ。

「気をつけて帰ってね? 来てくれてありが……」

 言い終える前にいつもと違う反応に気づいた。ゾフィは頬に手を当てて、青い顔をしている。その視線はフィルエシュカの背後に釘付けだった。

「ゾフィ?」

 固まった友人の視線がじわりと動く。辿った先には、とてもにこやかなウォルフリートがいた。

「フィルエシュカ。昨日今日の詫びとして、俺がお前の友人を送っていこう。少し一人で留守番できるか?」
「ーーっひ」

 ゾフィが息を呑んだのが分かる。
 後ろにいたウォルフリートは機敏な動きで前にまわると身を屈めてきた。
 様子のおかしい友との間に、壁になるように。

「俺も森に行くのだから、まじないを」
「う、ん」

 前にした時は百年早いと怒られたが、今日はいいのだろうか。疑問に思いながら唇を頬に近づける。
 しかし頬に届く直前、ウォルフリートが急に顔の向きを変える。

「んっ」

 頰よりも柔らかく、熱くてしっとりしたものが唇に触れた。間違えたのだと、慌てて離れようとするけれど頭が動かない。
 ウォルフリートの手が後頭部を押さえているからだった。

「ん、ふ、んっ」

 熱いと思ったのはウォルフリートの唇で、ぬるりと唇の合わせ目をなぞる、ざらつくものはきっと舌だ。なぜ、とか。どうして、とか、頭がぐるぐると廻る。でも答えを導き出す前に、それはあっさり離れた。
 まじないをする余裕なんて、あるはずもない。

「行ってくる。戸締りをしろ。誰が来ても開けるな」
「……ふぁい……」

 まじないじゃない。今のは、ただの口付けだ。

 鈍い頭でそれを悟ってしまうと、恥ずかしくて恥ずかしくて、立っているだけで精一杯だった。
 だから、ウォルフリートと小屋を出ていくゾフィが、引き攣った顔をしていたことに、全く気が付かなかったのである。
 
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