【R18】呪いを解けと皇弟が迫ってきますが、処女なので無理です

白岡 みどり

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「特別に許す」

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 苺のように真っ赤になって固まる娘を残し、小屋を出た。
 距離を保って歩くフィルエシュカの友人は、こちらに対する警戒心を隠そうともしない。
 二人分の枯葉を踏む音が、静かな森の中に大きく響く。

「……送らなくてもいいわよ」
「お前のためじゃない」

 フィルエシュカの心配事を一つでも減らす為、というのは勿論だったが、もう一つ、時間を作ってまで話さなければならない理由がウォルフリートにはあった。

(村長の家でどんな扱いを受けていた?)

 フィルエシュカは先ほど、村長とゾフィを家族のようだと言った。
 彼女に対する二人の態度、思いやりを見ていればそれは理解できる。
 そして当たり前ではあるが、村長の妻と息子のことは、家族だと思っていないらしい。

(あいつらに、何をされてきた?)

 付き合いは浅いが、昨日の例もある。これまでに大体何があったかは想像にかたくない。
 あの場では断罪しなかった自分だが、彼らを赦す気は毛頭なかった。
 今後のフィルエシュカの安全の為にも、打てる手は打つべきである。

(母親はおそらく手出しまではしてこない。警戒すべきは息子だ)

 フィルエシュカは口にしなかったが、あの不埒者は他にも彼女に何か言ったに違いない。今朝になっても色濃く残るほど、ひどい痣をつけた男だ。そのくらいはするだろう。
 仮に罪らしき罪がなくても、問題はない。いざとなればでっち上げてでも排除する。
 その為の足掛かりを得るのにうってつけの人間が、目の前にいた。

「フィルエシュカがお前達の家でどのように過ごしていたのか聞きたい」

 人に優しく、どこまでも甘いフィルエシュカ。
 彼女は皇弟である自分が尋ねても、きっと事実を控えめに話すだろう。暴力は一度だけと言っていたが、怪しいものだ。
 そもそもどんなことが暴力にあたるのか、正しく認識していない気がする。いずれ確認する必要があるな、と頭の中で書きつけた。
 だが今は目の前の女に問う時間だ。

「ーーフィルカがどんなふうに過ごしていたかって?」

 ガサガサと響いていた音が止む。
 横を見れば村長の娘は足を止め、疑いの目をこちらに向けていた。

「そうだ。フィルエシュカは、お前の母親に暴力を振るわれたのは一度きりと言っていたが、それすら本当なのか怪しい。近くにいたなら分かるだろう」

 さっと、そばかす顔が青ざめる。
 吐き気を堪えるような顔に、やはり聞いて良かったと思った。

「……違うんだな」
「……」

 しばらく俯いていた顔が、ふと前を向く。

「あたしが、言ったって、あの子には」
「言わん。何を聞いても、俺の胸一つに収めよう」

 冷たい風が吹いた。まだ木に残っていた茶色の葉が、遅れて落ちる。その葉が地面に届く頃、村長の娘は口を開いた。
 過去の話し手と聞き手は、ゆっくり並んで、村に向かって歩きだしたのだった。
 


 ***

「お父さんがフィルカを買ったのは、ちょうどこのくらいの季節だった」

 商人によって商品として連れ回されていた少女に目をつけたのは自分だ、とゾフィは語った。

「……フィルカは知らないけど、あたしがねだったの」

 ーーずっと、弟より妹が欲しかったから。

 まるで教会で告解をするような語り口に、ウォルフリートは無言を貫く。

 ゾフィのおねだりによって娼館行きを免れた娘は、それでも金で買われた以上は村長の持ち物だ。
 隣を歩く女は長ずるにつれて、そのことに対する罪悪感を覚えたのだろうと、口振りから何となく想像がついた。

 この国では人身売買は推奨していない。過去には貴族が人狩りをするような時代もあったが全て取り締まり、現在では禁止している。
 しかし依然として孤児や破産者、犯罪者を対象とする売買制度自体は残っていた。
 褒められるような行為ではない、という倫理観と共に。

「お父さんは……村の人に対しては下働きの子だって伝えて、あたし達家族には、家族として扱いなさいって言ってた。でも、お母さんは、それが嫌だったみたい」

 村長の妻は当初からフィルエシュカに対して激しい憎悪を見せたらしい。
 そして村長が頼んだようには、彼女を扱わなかった。

「お母さんはフィルカにすごく冷たかった。同じご飯を食べるのも許さなかったし、お父さんが用意した部屋を使うのも、許さなかった。あの子は真夏でも真冬でも、台所の床で寝てた」

(ーーやはり、そうか)

 怒りから、拳を限界まで握る。
 昨日、村長との交渉中に抱いた小さな違和感は正しかったのだ、と。

 初めてチーズを出した日、あの子は食べたことがないと言っていた。なのに村長はその存在を知っていて、しかもすぐ用意ができるほど身近にあるような素振りだった。それでおかしい、と思ったのだ。

 食卓を一緒にして同じ献立を食べていたならば、まずあり得ないことだろう。おそらくフィルエシュカには粗末な物しか与えられていなかったに違いない。
 
 焼いただけの肉でも、彼女はそれを、ごちそうのように食べるから。

 村長の妻は、フィルエシュカを奴隷として正しく扱ったというわけだ。

 きっとだが、食事だけでなく寝床も、村長の家にいた頃に比べれば、今は天国のようなものなのだろう。
 昨日眠りながら帰ってきた彼女を寝かせようと、寝室に初めて足を踏み入れた時、ウォルフリートは愕然としたのである。
 こんなものは寝るところではない、と。

 板張りの寝台にはくたびれた毛布が二枚。その間に、生成色の布が一枚挟まっていた。
 毛布の一枚を敷き布団代わりにし、端が既に糸になり始めている布を敷布にして、残った薄い毛布を被って寝ているのだろう。
 他に寝具らしい寝具も見当たらず、あの子を抱いたまま、しばらく途方に暮れたものだ。

 城の使用人部屋ではまずあり得ない光景だ。町人や、村人でももう少しマシな寝床を持っている。

(こんな場所で寝ても、体が休まらないだろう)

 この季節はきっと寒いに違いない。
 考えてはならないと思っても、頭から離れなかった。それで、気づいた時には隣に潜り込んでいた。
 床の上に外套を敷いて眠るのと大差ない寝台に、胸の痛みは激しくなるばかり。
 フィルエシュカの体はやはり冷え切っていて、眠ったまま暖を求めるように擦り寄ってくる。堪らず、腕の中へ迎え入れた。

 何年も一人で、こうして眠っていたのか。
 こんな硬くて冷たいところで。

 その光景を想像しただけで、彼女を抱き締める腕に力が篭った。
 すると、あろうことかフィルエシュカは、ふにゃりと寝顔を緩め、すりすりと胸に頬擦りをしてきたのである。
 そのせいでウォルフリートの男が酷く昂ぶるとも知らず。

 抱いたままでは昂ぶりを自力で処理することも出来ない。なんとか夜明けまで耐えた身を褒めてやって欲しい。

「……お母さんがあの子に手を上げるところは……何度か見たわ。でもフィルカに火搔き棒を押し付けたのは、一度きりよ。あたしがあの子を看病したから覚えてる……」

 火傷を負わされたフィルエシュカは、何日も寝込んだらしい。それきり沈黙した顔は紙のように白い。その頃を思い出しているのだろう。
 
 ウォルフリートはそれ以上母親の所業を話せそうにない娘に、違う角度から質問を重ねた。

「母親はもういい。お前の弟は、どんな奴だった?」
「ディルクは……かなり、昔から、やばかったわ」

 姉であるにもかかわらず、ゾフィはおぞましい、という表情を隠せないようだった。

「婦人会ってわかる?」
「いや……」

 五年間国中を旅した男でも、あまり聞き覚えのない単語だった。
 チセ村は収穫祭といい、その婦人会といい、村独自の風習が根強いようだ。辺境にありがちな特徴と言える。

「うちの村ではね。女の子は十歳くらいになると、子育てを終えた女の人の家に集まって、色んなことを教わるの。料理に、裁縫に、子どもの作り方までね。もちろんあたしもフィルカもそれに通ったんだけど……」
「けど?」
「フィルカだけ、すぐ出入り禁止にされちゃったわ。その原因があたしの弟よ」

 ゾフィが話すには、婦人会は男子禁制の掟があるらしい。会場となる家の男主人でさえ覗いてはならないという厳しい掟が。子作りの方法まで教えるというのだから当然だろう。
 だがあのディルクはそれを破り、フィルカについて回ったのだという。扉の外で聞き耳を立てていたり、遠くから覗いたり、はたまた会場の周囲をうろついていたりと。
 ウォルフリートは聞きながら吐き気を覚えた。

「最初はディルクも子供だし注意で済んでたんだけど……ある日授業をしている家の中にまで乗り込んで来ちゃって、これはもう無理だってことで、フィルカはそれから婦人会には出られなくなったわ」
「フィルエシュカに責任はないのにか?」
「そうよ。みんな、下働きの女の子より次期村長の機嫌を優先したのよ。卑怯者だから」

 フィルエシュカは、一人暮らしになってから村にまじないをするようになったと言っていた。
 ということは、子供の頃はまじないの力を持たない、ただの余所者、ただの下働きの娘という扱いだったのだろう。
 何においても優先順位を低くされたに違いない。

 聞けば聞くほど、自分の胸の奥のムカつきがひどくなっていくのが分かる。

(そういうものと分かっていても、腹の立つ)

 いっそ村ごと処分するべきか。
 段取りを想像していると、隣から、泣きそうな声がした。
 視線を向けなかったから分からないだけで、もしかすると泣いていたかもしれない。

「あたしが望まなかったら、あの子は、もっと良い人に買われたかもしれない。幸せだったかもしれない。……だから、あの子には言わないで。嫌われたくないの」
「ーーそれは、違うな」
「は?」

 フィルエシュカはそんなことで村長とゾフィを恨まないし、嫌ったりもしない。
 それを口にすると娘は目を皿のように大きく開いた。

「あの娘は他人を長々と恨み続けるような性格はしてないだろう。お前がいつまでもそれを心のしこりにしていることの方が、よっぽど気になるだろうな」
「……なにそれ。なんで、あんたが……」

 ーーあたしより、あの子に詳しいのよ。
 再び目を逸らせば、そんな呟きが風に乗って耳に届く。
 隣から鼻を啜る音がした。

「……あたし、いっぱい話したわ。だから一つくらいこっちから聞いたって、いいわよね」
「特別に許す」

 真っ直ぐ正面に続く道。その先に、まだ遠くではあったが、荷車をひく人の姿が見えた。話を聞けるのもここまでだった。

「あの子をどうするつもり?」

 ぴたりと歩みを止めた。
 立ち止まった男に気がついた女も足を止め、数歩先から振り返る。
 昨日フィルエシュカとも似たようなことをしたな、と思い出して自然と顔が緩んだ。
 
 たった一日だ。けれどあの時はこんな言葉を口にする時が来るとは、全く想像もしていなかった。
 人生とは全くもって分からないものである。


「ーーフィルエシュカは、俺が娶る。そして生涯、この手で大切にする」
 

 一瞬の、強い風が吹く。
 それはウォルフリートの足元に広がる落ち葉を、鮮やかにさらっていった。

 
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