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「……だめだ、やめない」
しおりを挟むウォルフリートに口付けをされて、しばらく。
フィルエシュカは座ることも、歩いてその場を離れることも出来ず、玄関扉の前で立ち尽くしていた。
頭の中は、いまや手がつけられないくらい、ぐちゃぐちゃになっていた。
口付けは、恋人同士や夫婦がするもの。そのくらいのことは、婦人会に通えなかった自分でも知っている。
心臓が激しく鼓動していた。
生活音のない静かな部屋に、その音だけが響くほどに。
(あ、あたま、冷やそうかな)
混乱しているから、まずは冷静になったほうがいい。あの口付けに大きな意味なんて、きっとないに決まっている。
ウォルフリートは多分、まじないの受け方を忘れてしまっただけだろう。
意味はない、意味はないと自分に言い聞かせながら、玄関から出た。
時刻は昼前だ。太陽が高く昇っていても、外の空気は澄んでいて冷たい。ほてった顔を冷やすには丁度いい温度だった。
目の前にはウォルフリートが丁寧に直してくれた畑が広がっている。今年の作付けはもう終わってしまったから、次は来年になるが、きっと良い作物がとれるだろう。
それと彼は畑と家を囲う柵も、あちこち補修してくれて、この小屋は前よりもずっと安全になった。
畑に向かって左側に顔を向けると、そこには薪がたくさん積んである。それらのほとんどが、これから来る冬の為にウォルフリート自身が割ってくれたものだ。
毎年薪が足りなくなることを恐れて、うんと寒い日しか暖炉に火を入れないようにしていたけれど、今年の冬は、その心配はなさそうだ。
実際、彼は今朝から暖炉に火を入れてくれていたようで、起きた時、部屋の中はもう暖かかった。
フィルエシュカだけの時ならば、まだ耐えていただろう。
小屋の周囲、畑、部屋の中。それらのどこをみても、必ず彼の痕跡を見つけられる。
違う。見つけられるのではなく、探しているのだ。どこにいても、何をしていても自分は、彼と、彼の跡を探してしまっている。
「フィルエシュカ?」
すっかり聞き馴染んだ声に顔を上げると、荷物が満載の荷車をひいたウォルフリートが、柵を開けて入ってくるところだった。
せっかく落ち着いた胸がまた、激しく動き出した。
「家の中にいろと言っただろう」
呆れたように、彼は言う。荷車の持ち手を地面に置いて、こちらに向かってくる。
あっという間に距離を詰めると、慣れた手つきでフィルエシュカを抱き上げた。逃げる暇も避ける暇も与えない、手際の良さである。
まるで頭を撫でる時のような、優しい声がする。
「俺はこれから荷を整理する。昨日のまじないでまだ疲れているんだろう? お前は中で休んでいろ」
「な、なんで、気づいたんですか?」
まじないは無尽蔵にかけられない。
たくさんすればそれだけ疲れてしまう。そのことは、誰にも話したことがない。なのになぜわかるのだろう。
愚問だとでもいうように、男は溜め息をついた。
「見ていれば、それくらい分かる」
「ーーっ」
それだけ言うと、あとは問答無用とばかりに、小屋の中に運び込まれてしまった。
せっかく冷えた頬は、また熱くなっていた。
(なんで、見てるだけで分かるの?)
今まで誰一人、まじないをかけるフィルエシュカの体を気遣う人など、いなかったというのに。どうして、ウォルフリートだけは違うのだろう。
太い腕の中から、椅子へと移動させられる。
元からあるフィルエシュカの椅子と違って、背もたれのある椅子は、彼の手製とは一見思えないほど、丈夫なつくりだった。
まだ熱い頬に少し冷えた手が添えられ、その温度差にほんのわずか、身じろぎをした。
「ありがとう……」
礼を口にした時には既に、緑色の宝石みたいな瞳が真近に迫っていた。光の加減で、時には初夏の若葉のように、また時には、冬でも枯れぬ針葉樹の尖った葉のようにも見える、綺麗な緑の双眸。
それらはずっと見ていられるほど、美しかった。
「フィルエシュカ。俺はお前の友人をきちんと送ってきた。だから褒美をくれ」
「ほ、褒美?」
「ああ」
「どんな……」
言い終える前に、その口を、ウォルフリートに塞がれた。
「……んっ」
唇が重なったそこが熱くて熱くて、炙られたチーズみたいに溶けそうだった。
出掛ける前のように、男は舌で唇の上をなぞるが、ふと何か思いついたかのように離し、要求をしてきた。
「ーーもっとくれ」
「ウォ、ーーんん!!」
咎めようと口を開いたところへ、襲いかかるみたいに口が重ねられ。
無防備になっていた隙間に、舌が、捻じ込まれる。
まさかそんなことをするだなんて、思ってもいなくて。
彼の服に思い切りしがみつくと、その大きな手は、別の意思を持ってるみたいに、背中をなぞった。
「~~っ!! ん!?」
その間にも舌は、昨日見つけたばかりの、フィルエシュカの弱いところに到達する。
自分の舌の置き場を無くしたフィルエシュカが、どうにか異物を阻もうとしても、全て無駄だった。
「ん!! ん、ん……っ!!」
ざらりとした舌先で、上顎の裏や、舌の裏の付け根、それから舌の表面を順につつかれ、なぞられて、腕から力が抜けていく。
(だ、め、やだ、また……)
今朝初めて味わった不思議な感覚に、全身が覆われていく。
口ばかりに集中していたら、ウォルフリートの手はいつの間にか、背中から離れていた。
何処へ行ったのだろう、などと考える必要はない。
その掌はすっぽりと、自分の胸を覆っていたのだから。
「……フィルエシュカ」
(おわ、った?)
フィルエシュカを長い口付けから解放し、名前を呼んだ男へ、やっとの思いで視線を向ける。
男がみせるその表情は恍惚、と言ってよかった。
「ーーんんぅっ」
戸惑っていると、突然、左の胸の頂を摘まれ、びくりと仰け反った。
椅子の背もたれは、まるでウォルフリートの広い胸板のようだ。前後を挟まれて、フィルエシュカはどこにも逃げようがない。
肌着と服による防御など、なんの意味も為さぬかのように、指先は頂を擦り上げていく。
「あ、ぁーーやぁ!?」
親指と人差し指で、こよりを作るように、擦られ、捻られる。
小さな頂が生む大きな不安に、いやいやと、首を振った。
「~~や、ぃやーーウォ、ル、とめ……てぇ……!」
必死の願いだった。
「……だめだ、やめない」
「ーーひぅう!!」
願いが届かず、絶望したフィルエシュカに与えられたのは、胸の先を喰まれる、あの感覚だ。
彼の唇は右の頂を挟んでいた。
「あぅ、あっ、あっ……!!」
ウォルフリートは止まらない。
右の頂を優しく啄ばみながら、右手では、擦り上げられたせいで痛いくらい張り詰めた先を、短い爪を使って引っ掻く。
フィルエシュカの小指の先くらいの小さな果実。それが生み出す凶暴なまでの感覚に、とうとう耐えきれず、悲鳴をあげた。
「ーーっ……ゃあぁぁあーー!!」
ーーぶちん、と。
その瞬間、頭が真っ白になって。
「……ぃ……してる、お前を……」
まるで水面の向こう側にいるみたいに。
大事な人のその言葉を聞き取ることは、出来なかった。
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